表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
TOD  作者: ナナシノススム
ハーフタイム
147/272

ハーフタイム 12

 結局、春来と春翔は何も話せないまま、家に着いてしまった。

「それじゃあ、春来、またね」

「うん、またね」

 そうして、春翔と別れようとしたところで、家から春来の父親が出てきた。

「春翔ちゃん、ランドセルを置いたら、すぐに来てくれないかな? 春来と春翔ちゃんに会わせたい人がいるんだよ」

 父親から、そんな風に言われるのは初めてで、春来は悪い予想をした。それこそ、担任教師が来ていて、改めて注意されるかもしれないとか、そんな想像もした。

「うん、わかった。すぐに戻るね」

 ただ、春翔は明るくそう言うと、駆け足で行ったかと思った直後、あっという間に戻ってきた。これだけ速く戻ってこれたということは、恐らくランドセルを玄関に置いただけで、すぐにまた家を出たのだろう。そんなことが予想できると、春来は少し気持ちが楽になった。

 そうして、春来は春翔と一緒に家に入った。そのまま、父親についていく形でリビングに入ると、そこには、母親と知らない男性がいた。

「春来君、春翔ちゃん、初めまして。と言っても、俺は名前を名乗れなくて、だから『ビー』とでも呼んでくれ」

 そんな風に言われたものの、春来は意味がわからず、戸惑ってしまった。それは、春翔も同じのようで、驚いていた。

「ビーさん、そんな紹介だと、春来達はわからないわよ」

「いや、俺も何を話せばいいか……」

「僕がお願いしたんだけど、まさか来てくれるとは思っていなかったからね。僕から紹介するよ。彼は、以前ある小説を書こうと思った際、取材させてもらった人なんだよ」

 フォローするように、父親はそんな風にビーと名乗る男性のことを話してくれた。

 父親は、情報統制が行われた架空の日本を舞台にした小説を書こうとした際、現実に存在しているマスメディアの問題を知りたいと取材を始めた。そうして、色々な人の取材をしていく中で、出会ったのがビーだったそうだ。

 この時点で、春来はいくつか疑問を持っていた。まず、父親が作家で、様々な人の取材をしていることは知っていた。ただ、その取材相手と会うのは、今回が初めてだった。この時点で、明らかに特殊なわけで、何故会わせたのかという疑問があった。

 次に、これまで春来は、父親が書いた作品を可能な限り全部読んでいた。当然、幼い子供に向けたものじゃないため、難しい漢字や言葉、文章がたくさんあった。ただ、インターネットを利用することで、わからないことを調べられたため、時間をかけながらも読むことができた。だからこそ、情報統制された架空の日本が舞台の作品などなかったと気付き、その点でも疑問を持った。

 そして、最後の疑問は、朋枝の件で色々と悩んでいる今、父親がビーと春来達を会わせる選択をしたことだった。そうした疑問を持ちながら、春来は父親の話を聞いた。

「今回、春来達が色々と危害を加えられる可能性があったから、ビーさんに連絡して、守ってもらうことにしたんだよ。向こうは教育委員会や警察といった権力を味方にしていると聞いたし、だったら、世間を味方にしたいと思ってね」

「俺はマスメディアの裏事情なんかを調べて、それを暴露する活動をしているんだ。何てことを言っても、難しくて二人にはわからないか」

 ビーの言うとおりで、春来は何を言われているのか、あまり理解できなかった。そして、それは春翔も同じのようで、困った表情になっていた。

「今回、教育委員会や警察といった、いわゆる権力者の横暴があるようだけど、それも俺は暴露してきたからな。SNSなんかを使えば、いくらでも炎上させられるし、それが抑止力になるはずだ。権力者といっても、さらに上の者がいるから、炎上させれば、世間体を気にして切られるのが普通なんだ。さっき、この周辺に監視カメラを仕掛けたし、俺も近くのネットカフェでしばらく寝泊まりするつもりだから、何かあればすぐ俺が力になってやる」

「ビーさん、さっきも言いましたけど、家に泊まってもいいんですよ?」

「これまで色々と暴露してきて、俺自身多少の危険があるんだ。だから、あまり深くかかわるのは、やめておく」

 やはりビーの話は難しく、上手く理解できなかった。ただ、自分達のことを守ってくれるようだということだけは理解した。そのうえで、春来はある疑問を持ち、それを伝えることにした。

「ビー……さんでいいかな? 守ってくれるという話を伝えるだけなら、単に伝言で良かったと思うんだけど、こうして直接僕達に会ったのは、何か理由があるのかな?」

 そう言うと、ビーは急に笑った。

「カエルの子はカエルってことか。子供だから、どう話そうかって思っていたけど、随分と賢いみたいだな」

「え?」

「春来は自覚していないけどね」

 ビーが言ったことも、それに春翔が付け加えたことも、春来は意味がわからなくて、言葉に詰まった。

 実のところ、こうしたことも春来が人付き合いを苦手としている理由の一つで、知識の違いから、同級生と上手く話が合わないことが多くあった。しかし、そのことを春来は自覚していないため、改善されないどころか、むしろ悪化し続けている状態だった。

「まあ、話を続けようか」

 この時点で、ビーはある程度察している部分があるようだった。ただ、今話すことじゃないと判断したようで、すぐ本題に戻った。

「今回、色々と詳細を聞いたら、万場朋枝の件とわかって、直接春来君達から話を聞きたいし、こっちも話をしたいと思ったんだ」

「……どういうことかな?」

「俺は今、虐待に関する報道について調べていて、近いうちに暴露しようと思っているネタもあるんだ。まあ、先にその話をしようか。春来君達は、虐待についてどこまでの知識を持っている?」

 不意にそう聞かれて、春来は戸惑った。そうして、答えに困っている間に、春翔が口を開いた。

「私は、ママとパパから話を聞いただけで、あまりよくわかっていないの」

 春翔がそんな風に答え、それに合わせる方がいいといった考えもあった。しかし、実際は違っていたため、しっかりと自分の認識を伝えようと春来は思った。

「僕は話を聞いた後、インターネットを使って色々と調べたよ。それで……虐待で死んでしまった人や、自殺してしまった人がいるとわかって……でも、虐待を受けていた人を助けたって話も見たし、そんな風に、朋枝も助けたいと思っているよ。でも、その方法がよくわからなくて……」

「春来君、やっぱり俺の思ったとおりだな。その歳で、なかなか賢いじゃないか。おかげで、俺も話したいことが話しやすくて助かる」

 そう言うと、ビーはタブレットを取り出し、少し操作した後、画面を春来に向けた。

「春来君が見たのは、恐らくこれらだろう」

 それから、ビーは虐待によって亡くなった人に関するニュースや、虐待を受けていた人を助けるドキュメントの映像などを見せてきた。それらは、ビーの言うとおり、すべて春来の見たものだった。

「うん、これだよ」

「だったら、はっきり伝える。これらの情報、すべて正しいと思わない方がいい」

「……どういうことかな?」

 意外なことを言われ、春来は聞き返した。

「まず、虐待が原因で亡くなった人がいるというのは、残念ながら事実だ。ただ、実際の被害はもっと多い。ニュースになっているのは極一部だと思ってほしい」

「うん、そうだと思っているけど……」

「その認識じゃ甘い。はっきり言って、虐待というのはどこにでもある。ただ、虐待と認識されるものは、その中の一部だ。そして、さらにその中の一部をニュースなどでやっているに過ぎない。だから、はっきり言って、ニュースの内容は、情報が少な過ぎて、何の参考にもならないと捉えた方がいい」

 そんな風に言われたものの、さすがにそこまでじゃないだろうと、春来は思ってしまった。そうした春来の思いが態度に出てしまったようで、ビーは軽く息をついた。

「虐待の被害を伝えるニュース、虐待の内容があまりにもひどいと感じないか? そもそもの話として、大人が子供に暴力を振るえば、何かの拍子で大怪我や死に至ることはいくらでもある。つまり、少しでも暴力を受けるようなことがあった時点で、それは改善するべき問題なんだ。でも、そうしたことは、ニュースで伝えないんだ」

「いや、これは特にひどい虐待だったから、大きなニュースになったってだけで、他のはニュースでやっていても、僕が気付かなかっただけで……」

「春来君、中途半端に知識を持っている人ほど、気を付けた方がいいんだ。何か間違いに気付くと、他のことは間違っていないと決め付けてしまう人が多いんだ。でも、実際は他のことも間違っているケースの方が多い。そのことを認識してほしい」

 そう言われたものの、春来は理解できず、何も言えなかった。そうしていると、ビーはまたタブレットを操作した。

「これまで、虐待を受けて亡くなったとされる事例の一部を見せよう。これを見ると、一つ一つの暴力は、それこそ叱られて叩かれたとか、誰でもありそうなことなんだ。でも、それが日常化した結果、最悪の事態になってしまったというものだ。これを見れば、日常的に暴力を受けるようになった時点で、虐待を受けていると自覚するべきだとわかる」

 タブレットをスライドさせながら、そこに書かれていることを春来はじっくり読んだ。

「ただ、そのことをニュースなどでは伝えないから、今のところ、本人が虐待を受けているって自覚を持てなくて、対応が遅れているんだ。むしろ、さっき言ったとおり、あまりにもひどい虐待の話を知っていることで、自分はそこまでひどくないから、虐待じゃないと思ってしまう人もいるぐらいだ」

 ビーの話を聞いて、春来は自分の知識が中途半端であったことや、改めて虐待という問題の大きさを認識した。

「また、虐待で誰かが亡くなったというニュースには、周りで虐待を発見したら、すぐ児童相談所へ連絡するようになんて文言が付け加えられることがある。ただ、ここに書かれているとおり、児童相談所へ相談したものの、対応できずに最悪な結果になってしまったという話ばかりで、対応としてそれが正しかったのかと疑問視する声もあるんだ」

「児童相談所って、こうした問題を解決してくれるところじゃないのかな?」

「両親から聞いたと思うけど、結局、本人が虐待を受けていると訴えない限り、周りにできることはほとんどないんだ。それどころか、児童相談所がかかわったことで、状況が悪化したケースなんかもたくさんある」

「でも……」

 聞けば聞くほど、自分がしようとしていることを否定されているような気分になり、春来は言い返したかったが、上手く言葉が出てこなかった。ただ、このまま黙っているのは、朋枝を助けることを諦めてしまうことになるんじゃないかと思い、無理やりでも言いたいことを見つけた。

「虐待を受けていた人を助けたって話もあるじゃん! さっき見せてくれた動画、本人は虐待を受けていないって最初言っていたけど、みんなが相談に乗って、最後は助けられたじゃん!」

 思わず声が大きくなってしまうほど、春来は焦りを感じていた。それに対して、ビーは冷静な様子で、口を開いた。

「実は、この動画が一番問題なんだ。この映像、モザイクが入っているからわかりづらいけど、映っているのは全員役者だ」

「え?」

 何を言われたのか、春来は理解できなかった。

「春来君なら、わかるんじゃないか? この虐待しているって男性は、ヤクザ役なんかでモブをやっているこいつだ。あと、虐待を受けている子供は、いわゆる子役で、事務所のホームページで紹介されている」

 そうして、いくつか映像を見せられ、春来は複雑な思いを持った。

 そんなことある訳ないと否定したいのに、ビーの言うとおり、映像に映る虐待をしている男性も、虐待を受けている子供も、役者のように春来は見えてきた。それを否定しようと、よく見れば見るほど、ちょっとした癖や仕草が目に入り、さらには聞き取りやすい話し方をしていることまで気付いてしまった。

「こういうのは、昔からよくあるんだ。そもそも、何で虐待している様子を映像として残せるんだって話だ。これに限らず、病気とか、災害とか、事故とか、事件もそうだな。関係者以外が入れなさそうなところに、何故かカメラマンや番組スタッフがいる。それをおかしいと思うべきなんだ」

 ビーからそう言われ、春来はこれまで見てきたことについて、何を信用すればいいのかと疑問を持った。

「これは映像だけでなく、写真でも同じだ。人は映像や写真を見ると、無意識のうちに、それを自分自身が見ているかのように受け入れようとするんだ。ただ、実際はそれを撮ったカメラマンがいると、まず認識するべきなんだ」

 ビーの話は、これまでの認識を大きく変えるもので、拒否したくなる気持ちもあった。ただ、春来は少しずつ、こうした認識を受け入れていった。

「まあ、マスメディアが伝えているものは、どれも虐待の問題を解決したいと思う人にとって、いらないどころか邪魔なものだ。実際、これを鵜呑みにして、状況を悪化させたケースもあるからな」

「……僕も、そう思うよ。だって、助けようとしたはずなのに、それが間違っていたってことだよね? 今、僕がしていることは、正しいのかな?」

 春来は、自分が行動することで、反対に朋枝を追い込んでしまい、最悪な結果になってしまうのではないかと心配した。そうして、自分がしてきたこと、していることに一切の自信を持てなくなりそうだった。

「ごめん、ちょっと待って!」

 その時、置いていかれるのが嫌だったようで、春翔はそんな風に声を上げた。

「私、全然意味がわからないんだけど、春来はわかるの?」

「いや、僕も……」

 春翔の問いに対して、全部じゃないものの、理解できることがあると伝えたら、きっと春翔は怒るだろう。そう思うと、春来は何も言えなくなってしまった。

「春来君が賢いから、話し過ぎてしまったな。今日来た目的は、別にあるんだ。随分と脱線したけど、本題に入ろうか」

 困っている春来に気を使ってくれたようで、ビーはそんな風に言った。それから、ここで一区切りつけようといった意識を持っているのか、一息ついた。

 それを受け、春来達は、改めてビーに意識を向けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ