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TOD  作者: ナナシノススム
ハーフタイム
144/282

ハーフタイム 09

 この日、春来と春翔は、お互いの両親達と一緒に夕飯を食べることになっていた。そのため、その時に朋枝の話をしようと、帰り道の途中で決めた。

 そうして、夜になり、予定どおり夕飯を迎えた。

 みんなで一緒に食事する時は、一方に春来家、もう一方に春翔家と、分かれて座ることが多い。そして、春来と春翔を真ん中に、父親同士、母親同士が向かい合うように座るのが定番といった形になっていた。

 今夜も、いつもどおりに座り、すぐ夕飯が出てきた。そこで、早速春翔の方から、話を切り出した。

「ママとパパに相談があるの。最近友達になった朋枝ちゃんのことで、話したいことがあって……」

「今日、朋枝が怪我をして、家まで送ったんだけど……」

 春来と春翔は、お互いの言葉をフォローし合うようにして、今日あったことを説明していった。そして、二人の両親達は、真剣な様子で話を聞いてくれた。

「私と春来は、朋枝ちゃんを助けたいの。どうしたらいいかな?」

 春翔が結論を言ってくれて、春来は両親達の答えを待った。ただ、問題が問題なために、両親達は、どう答えるべきか困っている様子だった。

 そうして、少しの沈黙があった後、春翔の父親がため息をついた。

「最初に言っておく。これは、各家庭の問題だ。だから、本来は他人が口を出すべき問題じゃない」

 それは、男が言った「うちのことに部外者が口を出すな」という言葉と同じものだ。そして、両親達も同じなのかと思うと、春来は怒りが込み上げてきた。

 その瞬間、春翔は立ち上がると、テーブルを強く叩いた。

「朋枝ちゃんは他人じゃない! 私と春来は朋枝ちゃんの友達一号だよ!」

 自分が言いたかったことを、春翔は言ってくれた。そのうえで、両親達がどうするか、春来は不安を持ちつつ、改めて答えを待った。

 そして、また少しの沈黙があったが、両親達の表情は、どこか晴れやかというか、何か決心した様子だった。

「そういうことなら、みんなで力になろう」

 代表するように、春翔の父親がそう言ってくれた。その直後、春来の父親が口を開いた。

「それじゃあ、僕から話すね。難しい言葉になるけど、これは恐らく虐待と呼ばれる問題だよ」

「ぎゃくたい?」

「うーん、どう説明するのがいいのかな?」

「前、いじめについて二人に話したことがあったわね。虐待というのは、それと似たものよ。ただ、今回のケースみたいに親などが子供をいじめるといったこともあって、問題としてはより大きいものが多いわ」

 補足をするように、春来の母親はそう言った。

「何で、そんなことをするのかな?」

「躾のためとか、単なるストレス発散とか、理由は様々よ」

「昔、こうした虐待……とくに子供が被害に遭うことを児童虐待というんだけど、それについて書いた時、実態調査として、色々と話を聞いたよ」

 春来の父親は、小説を書いたり、ちょっとしたコラムを書いたりする、作家だ。また、春来の母親は、その担当編集だ。そうして、いつも二人は二人三脚で作品を作っている。そのため、時には一般の人が知らないことなども知っていた。

「朋枝ちゃんの場合、実の父親と一緒に暮らしていなくて、代わりに母親の恋人らしき人が一緒にいると言っていたね? これについて、具体的にどんな事情があったのかは、今のところわからないかな。父親を早くに亡くしたとか、何かの事情で離婚したとか、色々あるからね」

「もしかしたら、今まで結婚していない可能性もあるわ。今はまだ判断できないけど、コロコロと恋人を変えている可能性も十分あるわよ。まあ、どちらにしろ、ボロボロの家に住んでいるってことだし、母親もその恋人も問題がありそうね」

 文章としては入ってくるものの、両親が何を言っているのか、春来は上手く理解できなかった。ただ、とにかく朋枝を救いたい。それだけを考えようと、頭を働かせた。

「どうしたら朋枝を救えるか、教えてくれないかな?」

「私もそれが知りたいの」

 春来達が詰め寄るようにそう言うと、春来の父親は困った様子を見せた。

「それが難しくてね。現状をしっかり理解したうえで行動しないと、逆効果になるかもしれないんだよ」

「お父さんと一緒に取材した中に、こうした問題を解決してくれる、児童相談所というところがあったのよ。そこは虐待を受けている子供の保護とかもしてくれるんだけど……」

「だったら、そこに相談すればいいんじゃないかな?」

「春来、最後まで話を聞きなさい。ここの職員さんが話していたんだけど、虐待の事実を確認できないで、保護できなかったというケースもたくさんあるのよ。その結果……自ら命を絶ってしまった子もいるそうよ」

 何を言われたのか、理解するまでに少々の時間がかかった。そうして、少しずつ理解していくに連れ、春来は事態の深刻さがわかってきた。

「どうして助けられなかったの?」

 春翔がそう質問すると、春来の両親は、話すべきかどうか悩んでいるような様子を見せた。ただ、少ししたところで話すべきと判断したようで、口を開いた。

「虐待を受けている本人が、虐待を受けていないと言った場合、周りにできることはほとんど何もないんだよ。さっき春翔ちゃんのお父さんが言ったとおりで、各家庭の問題を周りが解決するのは、本当に大変なんだよね」

「その自殺した子は、周りが虐待に気付いて、児童相談所に通報したのよ。でも、その子自身、怪我を負っていたのに、転んだとか言って、虐待を否定したのよ。それ以降、親は虐待を知られたくないと思ったのか、暴力をやめると、悪口を言うなどして、精神的に追い込むようになったそうよ。それで、その子は生きていてもしょうがないと思ったのか、自ら命を絶ってしまったわ」

 怒りが込み上げてきて、春来は強く手を握った。

「母さんの言うとおり、そういうこともあるから、ちゃんと事実を確認したうえで、慎重に動く必要があるんだよ」

「でも、それで間に合わなかったら……」

「間に合わせるために、春来と春翔ちゃんが気付いたことを教えてくれないかな? 話を聞く限り、朋枝ちゃんは、暴力を受けているようだけど、何か気付いたことはないかな?」

 そう言われて、春来はこれまでのことを振り返った。そして、すぐに今日のことを思い出した。

「今日、僕達がサッカーをしていた時、それを見ていた朋枝にボールが当たっちゃったんだよ。それで、保健室に行ったんだけど、朋枝は怪我を見てもらいたくないみたいだったよ」

「うん、そうだったね」

「あと、保健の先生に言われて、僕達は朋枝のランドセルを取りに行ったんだけど、その時に朋枝と先生は何か話したみたいで、何かあったのかなって……」

 あの時、何か違和感があったものの、具体的に何がおかしいかわからなくて、春来は言葉に詰まった。

「もしかしたら、その先生は朋枝ちゃんが虐待を受けていると気付いたのかもしれないわね」

「身体に虐待を受けた跡があるなら、それは一応、証拠になるよ。でも、さっき言ったとおり、虐待によるものじゃないと朋枝ちゃんが否定した場合、難しくなるね。怪我を隠したということは、虐待を否定する可能性が高いと考えた方がいいかもしれないよ」

「それに、怪我は自然と治るから、すぐに証拠として消えてしまうわ。まあ、どちらにしろ、その先生に相談するのは、いいかもしれないわね」

 両親達がそんな話をしているのを聞いて、春来は改めて今日のことを思い出した。

「先生も朋枝を心配していて、何か相談してほしいような雰囲気だったよ」

「春来達……子供達だけで解決するのは、難しい問題だし、僕達も先生と話がしたいね。春来と春翔ちゃんから、先生に話してみてくれないかな?」

「うん、わかったよ」

「ただ、そのことを朋枝ちゃんに感付かれないようにするべきよ。朋枝ちゃんが感付いたら、虐待の事実を隠す可能性があるわ」

 そうした話を受けて、春翔は口を開いた。

「何で、虐待されていることを隠すの? だって、辛いんだよね?」

 春翔の言うとおりで、春来も同じ疑問を持った。それに対して、両親達は少しだけ間を空けた後、口を開いた。

「春翔ちゃんと春来は、自分達の環境が特殊だって、わかっているかな?」

 そんな質問をされたものの、春来は意味がわからなかった。

「どういうことかな?」

「うん、わかっているよ」

 一方、春来とほぼ同時に返事をした春翔は、質問の意味がわかっているようだった。

「ママとパパが二人ずついるって話を友達にしたら、変な顔をされたの。それで、特殊なんだって気付いたよ」

 春来は友人が少ないため、春翔のようにそんな話を誰かにしたことがなかった。そのため、春来にとっては、これが普通だと思っていた。ただ、春翔の話を聞いて、確かに、他の人とは違うといった考えを持った。

「確かに、違うのかもしれないけど、それが何か関係あるのかな?」

「どれだけ特殊だったとしても、それが毎日……それこそずっと前から続くと、その人にとってそれは、特殊じゃなくて普通になるんだよ」

 その言葉の意味を少し考えて、春来は理解した。

「朋枝にとっては、虐待を受ける毎日が、普通になっているってことかな?」

 自分で言いながら、春来はまた怒りが込み上げてきた。すると、母親がため息をついた。

「虐待を受けている子は、それを普通と思って、受け入れてしまうことが結構あるのよ」

「そこには、今の環境を変えたくないという感情が働いてしまうみたいだよ。そうしたことも知ってもらったうえで、春来と春翔ちゃんに話しておくよ」

 そう言った後、父親は軽く息をついた。

「二人が朋枝ちゃんを救いたいと思っていることは、よくわかっているよ。でも、朋枝ちゃんを救うため、いくらその手を伸ばしても、朋枝ちゃんがその手を掴んでくれない場合、何もできないと思って、僕達大人に任せてほしいんだよ」

「……どういうことかな?」

「僕は、以前話をした、児童相談所の人に相談するよ。可能であれば、保健の先生とも相談したいかな。そうして、虐待の事実を確定させたうえで、朋枝ちゃんを救う。そうした手段を僕達大人は取るよ」

「それだと、間に合わないかもしれないじゃん!」

「春来、さっきも話したじゃない? 朋枝ちゃんが虐待の事実を隠した場合、解決するのはもっと困難になるわ。だから、春来と春翔ちゃんは、朋枝ちゃんを救いたいという思いを伝えたうえで、最後は朋枝ちゃんの判断に任せるしかないのよ」

「虐待の事実を伝えるというのは、家出するとか、家族を裏切るとか、それだけの覚悟が必要なんだよ。さっき言ったとおり、今の環境を変えるというのも、勇気がいることだしね。だから、自分が我慢すればいいと諦めてしまう子も多いんだよ」

 今日、朋枝も「我慢すればいい」と言っていた。そのことを思い出すと、春来は何も言えなくなり、顔を下に向けた。一方、春翔も同じのようで、春来同様、顔を下に向けた。

「こんな言い方になっちゃって、ごめんね。でも、その代わり……」

 父親は、何か大切なことを伝えようとしているようで、一息ついた。そんな様子を受けて、春来と春翔は顔を上げた。

「朋枝ちゃんが、助けを求めてきた時……二人が伸ばした手を掴んでくれた時は、全力で助けてあげてね」

 そう言われたと同時に、春翔が両手でテーブルを叩いた。

「うん! 絶対に助けるよ!」

 そんな春翔に驚きつつ、春来も考えは同じだった。

「僕も、全力で助けるよ」

 そう伝えると、両親達は穏やかな表情になった。

「それじゃあ、夕飯を食べようよ。食べた後、もっと色々と話そうよ」

「そうだな。自分達も協力したい。どうするか、後でまた話そう」

 春翔の両親がそんな風に言ったのを受け、春来達は途中で食べるのを止めていた夕飯を、また食べ始めた。

 この時、春来は夕飯を食べながら、自分が朋枝にできることは何か、改めて考えていた。

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