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TOD  作者: ナナシノススム
ハーフタイム
143/272

ハーフタイム 08

 幸いなことに、保健の先生は残っていて、すぐに朋枝の怪我を見てくれることになった。

「私は大丈夫です。もう帰らないといけないので、帰ります」

 ただ、朋枝は怪我を見せることを強く拒否していた。その意味がわからず、春来は戸惑ってしまった。

「朋枝ちゃん、念のためでも見てもらった方がいいと思うよ?」

「本当に大丈夫です。心配しないでください」

 春翔が言っても、朋枝は聞く気がないようだった。そうした朋枝の態度に対して、保健の先生は何かを察した様子で、息をついた。

「ごめん、春翔ちゃんと春来君は、外で待っててくれない? 朋枝ちゃん、少し二人で話そうか」

 何故そんなことを言ってきたのか、一切わからなかったものの、先生がそう言うならと、春来達は任せることにした。

「あと、すぐに朋枝ちゃんが帰れるよう、ランドセルを持って来てもらえない?」

「わかりました。春来、一緒に来てよ」

「うん、僕も行くよ」

 そうして、色々と気になりつつ、春来と春翔は保健室を出ると、教室に向かった。そして、朋枝のランドセルだけでなく、すぐに帰れるよう、自分達のランドセルも持って、保健室に戻った。

 保健室に着くと、朋枝は先生と一緒に保健室の外で待っていた。

「朋枝ちゃん、足を捻って、軽い捻挫になってるみたい。まあ、普通に歩くぐらいなら、大丈夫だと思うから……」

「だったら、私達が家まで送ります。春来もいいよね?」

「うん、それじゃあ、僕が朋枝のランドセルを持つよ」

 そんな風に伝えると、朋枝は困ったような表情を見せた。

「あの……私は一人で大丈夫なので……」

「友達でしょ? 困った時は頼ってよ」

 そんな風に春翔が言うと、朋枝はどう断ろうかとますます困っているようだった。

 朋枝が一人になりたいと思っているなら、そうするべきなのかもしれない。そんな考えもあったが、春来は別の選択をすることにした。

「春翔の言うとおりだよ。僕達に頼ってくれないかな?」

 春来からもそう伝えたところで、ようやく朋枝に伝わったようだった。

「……わかりました。それじゃあ、お願いします」

 その時、先生が何か言いたげな様子だったため、春来は目を向けた。ただ、少し時間を置いた後、先生はため息をつくだけだった。

「先生?」

「ああ、ごめん。それじゃあ、春翔ちゃんと春来君に任せるよ」

 そう言った後、先生は朋枝に目を向けた。

「朋枝ちゃん、いつでも相談してね」

「……私は大丈夫です」

 そのやり取りも気になるものだった。しかし、何か触れちゃいけない雰囲気を感じて、春来は何も言わないでおいた。

 そうして学校を後にすると、朋枝に案内される形で、春来達は朋枝の家に向かった。

 わかっていたことだが、朋枝の家は春来達の家から離れていて、まず学校を出て向かう先が反対方向だった。両親達から、出かけるにしてもなるべく家から離れないように言われている春来としては、多少の抵抗がありつつ、朋枝のことを優先して、それは考えないようにした。

 足を怪我していることもあり、朋枝の歩く速度はゆっくりだった。ただ、朋枝は少しでも早く家に帰ろうと、焦っている雰囲気だった。

「朋枝、何か用事とかあるのかな? そんなに無理して急ぐと危ないし……」

「大丈夫です。でも、なるべく早く帰りたいんです」

「それは、何でかな?」

「……言えません」

 何か事情があるのだろうと思いつつ、朋枝からそう言われてしまうと、これ以上の詮索はできなかった。そのため、春来はただ朋枝の後をついていった。

 朋枝の家までは、歩いて十分ほどだった。そこは小さめの一軒家で、一見して、春来は妙な感覚を持った。というのも、その家は、全体的に外壁が汚れていたり、新聞受けや郵便受けが一杯になっていたり、さらには窓ガラスがひび割れているところもあり、人が住んでいるように見えなかったからだ。

「すいません、ここで大丈夫です」

 そう言うと、朋枝は自分のランドセルを、春来から奪うように持った。同時に足を痛めていてバランスが取れなかったのか、朋枝が体勢を崩したため、咄嗟に春来は身体を支えた。

「朋枝、本当に大丈夫かな? 家の中まで運ぶよ?」

「すいません、本当に大丈夫です。お母さんと、あの人に見つかる前に、春来さんと春翔さんは帰ってください」

 朋枝は焦っている様子で、そんな風に言った。

 その時、家のドアが開き、男が出てきた。男はTシャツに短パンという軽装だったものの、それが薄汚れていて、お世辞にも清潔感は感じなかった。

「声がすると思ったら、やっと帰ってきたのか。朋枝、遅かったじゃねえか」

 男がそんな乱暴な言葉をかけると、朋枝は怯えた様子を見せた。そのことに気付き、春来は自然と口が開いた。

「朋枝は怪我をしたんです。だから……」

「これはうちの話だ! 部外者が口を出すんじゃねえ!」

 男から威圧されるようにそう言われ、春来は言葉に詰まってしまった。それから、男は乱暴に朋枝の腕を掴んだ。

「今日は食うもんがねえんだ。サッサと何か買ってこい」

「はい、すいません。すぐに行ってきます」

「待ってください。朋枝ちゃんは足を捻挫しているんです。それで買い物は難しいと思います」

 今度は、春翔が朋枝を庇うようにそう言いながら、男に近寄った。そんな春翔に対して、男は苛立った様子を見せた。

「うるせえな! うちのことに部外者が口を出すなって言っただろうが!」

 そう言うと、男は腕を振り、殴るようにして春翔を突き放した。そして、春翔は体勢を崩すと、そのまま尻もちをついた。

 その瞬間、春来は頭が真っ白になった。

「ふざけるな! このクズ野郎が!」

 春来は男に殴りかかろうとしたが、春翔と朋枝が身体を押さえるようにして止めた。

「春来、落ち着いて!」

「春来さん、私が我慢すればいいだけですから、やめてください!」

 そんな風に言われたものの、春来は怒りが治まらず、とにかく男に何かしらかの危害を加えたいという衝動しかなかった。ただ、春翔と朋枝の二人に止められると、男に近付けなかった。

「おまえ、生意気だな」

 反対に、男が近付いてこようとしてきたところで、家から女が出てきた。

「ちょっと! さっきからうるさいわよ!」

 女は大きめのシャツを着るだけといった感じの恰好で、男同様、そんな恰好で外に出るのかと感じさせるものだった。

「遅いと思ったら、朋枝がうるせえガキと一緒に帰ってきやがったんだよ」

「私の娘だから、モテるのはしょうがないわよ。けど、朋枝には言ったわよね?」

 そう言うと、女は朋枝に詰め寄った。

「おまえは私のモノだから、勝手なことしないでくれない? おかげで、私の大好きな彼が怒っちゃったじゃない。全部、おまえのせいよ?」

 女がそう言うと、朋枝は身体を震わせながら、何度も頷いた。

「すいません! お母さんの言うとおりです! 勝手なことをしてすいません!」

 春来は、目の前で起こっていることがあまりにも異常で、何もできなかった。そうしていると、女は春来達に笑顔を向けた。

「朋枝を送ってくれたのね。ありがと。けど、朋枝に友達はいらないから、今後一切かかわらないでくれる?」

 そんなことを言われ、春来は春翔を振り解いてでも、この男女に殴りかかろうとした。しかし、そうした春来の思いを察したのか、春翔がさらに力を込めて押さえてきたため、結局動けなかった。

 そして、朋枝は相変わらず身体を震わせながら、春来達に笑顔を見せた。

「私が我慢すればいいだけです。ですから、春来さんと春翔さんは帰ってください。今日まで、ありがとうございました」

 朋枝の悲しげな表情。それは、助けを必要としているのに、それが言えないからこその表情だった。

「ふざけるな!」

「春来、落ち着いて! 迷惑をかけてしまって、すいませんでした! 私が何とかしますから!」

 春翔はそう言うと、押さえるだけでなく、春来をその場から引きずるように離していった。春来は必死に抵抗したものの、春翔の力には勝てず、そのまま引きずられていった。

 ただ、春翔がこうしてくれたおかげで、春来は特に危害を受けることなく、その場から離れることができた。そして、少しだけ冷静になろうと思ったところで、また怒りが込み上げてきた。

「あいつら、朋枝を何だと思っているんだよ!?」

 朋枝の言っていたことを思い返して、春来の中では、ほとんど答えが出ていた。

 女は、朋枝の母親なのだろう。ただ、女は朋枝を「私のモノ」と言っていた。自分の娘をそんな風に言うなんて、春来は信じられなかった。

 男は、朋枝の父親というわけじゃないようだった。それは、朋枝が「あの人」と表現したことと、女が「大好きな彼」と表現していたことで、そうだろうと思えた。それにもかかわらず、朋枝に暴力を振るっていた。

 そこまで頭を整理したうえで、春来の中には怒りしかなかった。

「春来、落ち着いてよ」

「春翔まで殴りやがって、絶対に許さない! 復讐してやる!」

 春来がここまで怒りを感じているのは、春翔が男に殴られたことが一番の理由だった。ただ、この時の春来は、そのことに気付けないまま、とにかく自分の中の怒りを抑えられないでいた。

「子供でも……ううん、子供だからこそできるんじゃないか? 包丁を隠し持って、不意を突けば……」

「春来! 私の話を聞いて!」

 春翔から大きな声をかけられ、春来は考えるのを止めた。

「世の中、許せない人はいると思うけど、誰かを恨んだり、復讐したり、そんなことだけはしないでよ」

 その言葉は、春翔の両親がよく言っていた言葉で、春来も言われたことがあった。

「でも……」

「でもじゃない! 今の春来、すごく怖くて、おかしいよ!」

 そう言うと、春翔は泣き出してしまった。

 春来は、どうしていいかわからないまま、ただ春翔が泣き止むのを待っていた。

 そうして時間を置いたおかげで、春来も自分の考えが間違っていたのだろうと思えるようになった。ただ、納得はできなかった

「春翔の気持ちはわかるけど、それじゃあ何もしないってことかよ?」

「何もしないなんて言っていないよ?」

 そう言うと、春翔は涙を服で拭った後、笑顔を見せた。

「朋枝ちゃんを助けるために、できることをみんなで考えようよ」

 春翔の言葉は、春来のしたいこと、そのものだった。

「うん、僕も朋枝のためにできることを、みんなで考えたいと思っているよ」

 春来がそう言うと、春翔は先ほどよりも嬉しそうに笑った。

「だったら、ママとパパに話そうよ」

 その言葉を受け、春来は自分の気持ちを改めて落ち着けると、強く頷いた。

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