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TOD  作者: ナナシノススム
ハーフタイム
142/272

ハーフタイム 07

 体育でサッカーをやってから、春来の周りには、ちょっとした変化があった。それは、サッカーに関することで、色々な人から声をかけられることが増えたというものだ。

「春来、サッカーやろうぜ」

 ある日、休み時間になると、二人の男子からサッカーの誘いがあった。

「誘ってくれて嬉しいけど、僕は全然できないから……」

「いや、この前すごかったって」

「あんなの初めて見たぜ。俺と勝負してくれよ」

 断ろうとしても、そんな風に返されてしまい、上手く断ることができなかった。

 そんな時、春翔が駆け寄ってきた。

「春来、せっかくだからやろうよ。あと、私も入っていい?」

 てっきり助けてくれると思っていたのに、その逆だったため、春来は困ってしまった。

「春翔もすごかったし、いいぜ」

「確かに春翔はすごかったけど、僕は特に何もしていないのに、誘ってもらっても……」

「いや、何もしてないって、マジで言ってるのか?」

 先日の体育でサッカーをした際、春翔は何度もゴールを決め、チームを勝利に導いていた。一方、春来は一度ゴールを決めただけで、それ以降、ボールを奪っては味方にパスするのを繰り返しただけだ。その結果で、何故こんなに誘われているのか、理解できなかった。

「春来はマジで言っているよ。本当に自信がないんだから……」

「春来さん、せっかくだからやってみたらどうですか?」

 朋枝までそんな風に言ってきて、さすがに断れなそうだと、春来は諦めた。

「わかったよ。でも、そんなに時間がないし、放課後でもいいかな?」

「朋枝ちゃんの言うことは聞くんだね」

「え? 元々は春翔が言ってきたから、断れなくなったんだけど?」

 何故か春翔が怒っていて、春来はどうしていいかわからなかった。

「まあ、春来が参加してくれるなら、それでいいぜ。それじゃあ、放課後な」

「うん、わかったよ」

 そうして話がまとまると、男子達は席に戻っていった。

「春来、一緒に頑張ろうね!」

「春来さん、頑張ってください。私も見に行きますね」

 そんな春翔と朋枝の言葉を受け、春来はため息をついた。

「何で、こうなったんだか……」

 そう言ってから、春来は一つ気になることがあった。

「朋枝、いつも放課後は急いで帰っていたけど、大丈夫なのかな?」

「大丈夫です。少しだけ見て、すぐに帰ります」

 その返答は少し気になるものだった。ただ、それを追求すると、逆に朋枝を困らせると思い、春来は何も言わないでおいた。

 そして、放課後になると、春来達は校庭に出た。その際、朋枝だけでなく、同じクラスの男子や女子も一緒にやってきた。

 校庭には、サッカーのゴールが二つあるものの、そのうちの一つは既に高学年の生徒が使っていた。そのため、春来達は、もう一つのゴール付近でやることになった。

「ワンオンワンは知ってるか?」

「うん、真似事だから合っているかわからないけど、春翔とよくやっているよ」

「それじゃあ、その応用で、二対二でやろうぜ」

 それから、簡単にルールの説明があった。攻めと守りに分かれ、攻めはゴールを決めれば勝ちで、守りはボールを奪えば勝ち。大まかなルールはそれだけで、あとは攻める方の二人が自由にパスをし合っていいとか、守る方には追加でキーパーをつけるとか、どちらが勝っても次は攻めと守りを交代するとか、細かい話もあるものの、単純なものだった。

「だったら、私と春来で組もうよ!」

 普段、春翔と練習する時は、基本的に勝負することが多かった。そもそも、二人で協力して、誰かの相手をするなんて、これまでなかったことだ。ただ、春来は不安しかなかった。

「僕はいいけど、大丈夫かな?」

「それでいいぜ。じゃあ、そっちが先に攻めてこいよ」

 ボールをパスされ、それを春来は受けた。

「いつ攻めてきてもいいぜ」

「うん、わかったよ」

「ちょっと待って」

 そう言うと、春翔は足首を回しながら手をブラブラとさせた。そんな光景を春来は数え切れないほど見てきた。ただ、それはいつも自分を相手にする時、春翔がしていることだったため、特に意識することなどなかった。

「それじゃあ、ハンデなしでいくよ」

 ただ、それが自分以外に向けられているのを初めて見て、春翔は本気になる時、こんなことをする癖があるのだと、今更気付いた。そして、春来も本気でやるべきだと思い、意識を集中させた。

「じゃあ、始めるよ」

 春来は軽く息をついた後、ドリブルを始めた。二対二となれば当然なものの、一人は春来からボールを奪おうと近付いてきて、もう一人は春翔をマークしてパスを防いできた。

 春来はボールをキープしながら、春翔の位置を確認していた。春翔はパスが受けられる位置に移動しようとするものの、相手の妨害を受け、上手くいかないようだった。それでも、僅かな隙を突いて飛び出した春翔に合わせ、パスを出した。

 しかし、春翔が受ける前に相手がボールを奪い、春来達の負けになった。

「やっぱり、春来君と春翔ちゃんでも無理だよね」

「あの二人、クラブチームとかいうのに入ってるらしいよ」

「この前は、手を抜いてたんだね」

 そんな声が周りから聞こえてきて、これは元々不利な戦いだったんだとわかった。

「悔しい! 春来、絶対に私達なら勝てるからね!」

 ただ、いつだって自信を持っている春翔が、それを受け入れるわけがなかった。だったら、春翔が少しでも自信を失わないよう、もっと自分が頑張らないといけない。そんな風に春来は考えると、何度か深呼吸をして、意識を集中させた。

「それじゃあ、行くぜ?」

「春来、あっちをマークして」

 今度は向こうが攻めで、こちらが守りだ。ボールを奪う役割は春翔の方で、春来はパスされないように、もう一人をマークすることになった。

 しかし、春翔がボールを奪えないまま、相手がゴールを決めてしまい、春来は何もできないまま負けてしまった。

「もう!」

 当然ながら、負けず嫌いの春翔は不機嫌なようだった。ただ、春来は負けて当然だといった考えがあるため、特に何も感じなかった。

「春来さん! 春翔さん! 頑張ってください!」

 ただ、朋枝は春来達の勝ちを期待しているのか、そんな声援を送ってきた。そして、春翔も諦めていないようだった。

「春来、作戦があるんだけど、聞いてくれない?」

 そう言うと、春翔は春来の手を引いて、みんなから離れた。

「作戦?」

「うん、これなら絶対に勝てると思うから」

 気付けば、さっきまで不機嫌だったはずなのに、春翔はすっかり機嫌を直していた。そのことに違和感を覚えつつ、春来は春翔の作戦を聞くことにした。

「春来、私にパスしないで、そのままゴールを目指してよ」

 それは、先日あった体育の授業で春来がやったことに似ていた。

「いや、それだと一対ニになるじゃん」

「ならないよ。私が相手をマークして、邪魔させないようにするから」

「マークって、そういうものだったかな?」

 色々と疑問がありつつ、いつもと変わらず自信満々といった感じで言ってくる春翔に反論するのは、無理なことだった。それを知っているため、春来は受け入れることにした。

「じゃあ、それでやってみよう」

 そして、また春来達が攻める側で再開した。

 言っていたとおり、春翔は相手をマークしつつ、一切パスを受けないといった態度をこちらに向けてきた。恐らく、どれだけフリーになったところでパスを出しても、春翔はスルーしてしまうだろう。そんな確信を持ち、春来は目の前にいる相手にだけ集中した。

 攻める方が有利だというのは、どのゲームでも共通している。ただ、守る方がボールを奪えば、それで勝ちになるというルールだと、むしろ守る方が有利なように春来は感じた。そのうえで、こちらが勝つためには、あらゆる手段を使うしかない。そんな結論を持った。

 そして、春来はフェイントを仕掛けた後、一気に相手の横をすり抜け、ゴールに近付いた。そのままシュートをしようと思ったものの、春翔をマークしていたはずの相手が目の前に立ち塞がった。春翔は、ゴールの方に向かっているけど、パスを受けないと言った以上、絶対にパスを受けないのだろう。そう思いながら、ボールを浮かせるように蹴った。

 その瞬間、ボールがどこに行ったのか、相手だけでなく、春翔も見失った。ただ、春来だけはしっかりとボールを捉えていた。

 そして、春来は宙に浮いたボールを右足で蹴り、ダイレクトでシュートを放つと、ボールがゴールネットを揺らした。

 その瞬間、大きな歓声が上がった。気付けば、高学年の生徒達も加わり、この場にいる全員が自分達に注目していた。

「次はこっちが攻める番だぜ」

 相手がそんな風に言ってきて、妙に焦っているように春来は感じた。

「春来のおかげで、勝てそうだね。春来は、ボールを奪うことに集中して。さっきみたいに、私が二人を誘導してみるよ」

「うん、さっきと同じようにやってよ」

 先ほど、春翔は自分のマークをわざと外して、相手の意識を一旦外した後、そのままゴール前に向かうことで、一人だけでなく、二人の意識を自分に向けさせた。そうして翻弄してくれたおかげで、春来は攻めやすくなり、ゴールを決めることができた。

 きっと、今回も春翔は同じように相手を翻弄して、相手の攻めを崩してくれるだろう。具体的な打ち合わせは何もしていないものの、春来は春翔を信用して、また意識を集中させた。

 始まった瞬間、春翔は誰もマークすることなく、ゴール前に立った。それは、一人で二人を相手しろというわけで、春来は息をついた。ただ、負けず嫌いの春翔がこうすると決めたなら、これが正解なのだろうという自信はあった。

 とはいえ、一対二の状況となれば、こちらがボールに向かう度に、もう一人にパスを出すだけで対処できてしまう。そうしてこちらに隙ができたところでゴールを目指せばいいわけで、完全に不利な状況だった。

 ただ、相手はゴールを目指すことなく、パスを回すだけだった。攻める方はゴールを決めなければいけないのに、ゴールを決める気が一切ないようだった。

 こんな異常事態が起こっている理由について、春来は既に気付いていて、いつ自分から春翔に言おうかと思いつつ、有利なことに変わりがないため、黙っていた。ただ、さすがにいたたまれなくなってきたため、自分から言うことにした。

「春翔、それは流石にずるくないかな?」

「こっちがボールを奪えばいいんだよね? 何がファールかとかわからないし、全力で止めるよ」

 春翔はゴール前に立ち、どんなファールをしてでもボールを止めるといった雰囲気を出していた。そして、それは相手の二人にも伝わっているようだった。

「どうする?」

「これで怪我したら、やばいだろ」

 こうしたスポーツに、怪我はつきものだ。そんな意見も見かけるものの、実際は違う。スポーツをやるうえで、怪我は極力しないようにするべきだ。これは、両親達から言われたことで、春来もそのとおりだと思った。

 先ほど、相手の二人がクラブチームに入っているなんて話を聞いているし、怪我しないことを特に意識しているのだろう。そんな二人のことを考えるなら、こちらも相手が怪我しないようにするべきだ。

 しかし、素人である春来達にそんなことは難しく、不可抗力で怪我をさせてしまう可能性は高い。そうした、素人を相手にするうえでのリスクに相手は気付き、明らかに動きが鈍くなっていった。

 その瞬間、甘いパスが出たと同時に春来は駆け寄り、スライディングをした。すると、足先が当たり、ボールが浮いた。そうして浮かんだボールを、全員が追いかけた。

 その結果、相手の方が僅かに速くボールを受けたが、すぐ目の前には春翔が迫っていた。そんな状況で焦ったのか、相手はそのまま乱暴にシュートを放った。

 しかし、ゴールを目指すことなく飛んだボールは、何の不運か、周りで見ていた朋枝の方へ向かい、勢いよく左の足首に当たった。

 その直後、朋枝は左足を押さえるようにして、その場に倒れた。

「朋枝ちゃん、大丈夫!?」

 慌てた様子で春翔が朋枝に駆け寄り、春来もすぐに駆け寄った。

「……大丈夫です」

「無理しないでよ! 保健室、まだ先生いるかな?」

「本当に大丈夫ですから……」

「朋枝ちゃん、歩ける? 保健室に行くよ」

 そして、拒否している様子の朋枝を無視すると、春翔は朋枝を引っ張るようにして、保健室の方へ向かった。

「ごめん、僕も行くから、今日は終わりでいいかな?」

「いいぜ。でも、今度ちゃんと決着をつけようぜ」

 思えば、お互いに二勝したところで、今は引き分けの状況だ。それに春来自身、もっとやりたいと思っているところだ。そのため、春来は笑顔を返した。

「うん、今度またやろうよ」

 それだけ伝えた後、春来はその場を後にして、春翔と朋枝の後を追った。

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