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TOD  作者: ナナシノススム
ハーフタイム
140/272

ハーフタイム 05

 朋枝のことで話をした次の日――朋枝にとって二回目の登校になった日。いつもどおり、春来と春翔は一緒に登校していた。

 ただ、春来は朋枝にどう接するのがいいのかと考えながら、歩いていた。

「春来、変に頑張ろうとすると逆効果だよ。そんな緊張しないで、昨日と同じように少しずつできることをすればいいよ」

 春翔がそんな風に言ってきて、春来は顔を向けた。

「昨日言ったでしょ? 春来が何か変なことを言っちゃった時は、私がフォローするよ。だから、安心してよ」

「うん、わかっているよ。でも、言わないで済むなら、その方がいいと思うし……」

「いつものことだけど、春来は考え過ぎだよ」

「だって、考えないと、どうしていいかわからないじゃん」

「本当に言いたいことって、何も考えないで自然と言っているものだよ。それを、春来は自信がないからって理由で、止めているだけだよ」

 そんな風に言われたものの、春来は上手く理解できなかった。ただ、理解できないなら、春翔の言うとおりにするのもいいかもしれないと思うきっかけにはなった。

「あ、朋枝ちゃんだよ! 朋枝ちゃん、おはよう!」

 結局、どうするかはっきり決まらないまま、校門で朋枝と出会い、春翔が先に挨拶した。春来は戸惑ってしまったが、自分以上に戸惑っている……むしろ驚いている様子の朋枝を前にして、自然と口が開いた。

「朋枝、おはよう」

 たった一言伝えただけで、それもただ挨拶をしただけだ。それなのに、朋枝はどうしていいかわからない様子で、少しだけ間があった。

 そして、朋枝は自分を落ち着かせようとしているのか、自分の両手を握ると、軽く呼吸を整えているかのような動作をした後、笑顔を見せた。

「……はい、春来さん、春翔さん、おはようございます」

 朋枝は、礼儀正しく頭を下げた。そのことを少しだけ気にしつつ、嬉しそうにしている朋枝を見て、春来はある考えを持った。それは、朋枝にとって、こうした普通の挨拶すら、特別なんじゃないかというものだった。ただ、すぐにそんなことあるのだろうかと疑問を持ち、深く考えなかった。

「すいません、その……」

「別に、何も悪いことしていないけど、何を謝っているのかな?」

「そうですよね。すいませ……」

 そうして言葉を詰まらせた朋枝は、どこか怯えているように見えた。春来は、何か良くないことを言ってしまったかと思ったものの、何が良くなかったのか、全然わからなかった。

「ほら、二人とも、早く教室に行こうよ」

 その時、どうしていいか困っていた春来を助けるように、春翔は明るい口調でそう言った。

「そうだね。朋枝、一緒に行こうよ」

「はい、わかりました」

 どこか気まずい空気だったものの、春翔のおかげで、それは解消された。そして、春来達は一緒に教室へ向かった。

 その際、朋枝がどこか右足を庇うような歩き方をしていることに春来は気付いた。入学式の前、朋枝が事故に遭ったという話を知っているから、それが原因と考えるのが自然だ。ただ、昨日、朋枝が普通に歩いていたことを覚えているから、今日になって右足を庇っているのは、おかしかった。

「朋枝、怪我でもしたのかな?」

 何気なくそんな質問をしたら、朋枝は身体をビクつかせるほど、驚いた様子を見せた。

「すいません! 怪我なんてしていないです!」

 そんな反応をされると思っていなくて、春来は戸惑ってしまった。そして、言いたいことを深く考えずに言うのは、やはり良くないのかもしれないと感じた。

「ごめん、変なこと言っちゃって……」

「朋枝ちゃん、誰だって怪我はするし、怪我した時はすぐに言ってよ!」

 事前に言っていたとおり、春翔はすぐにフォローしてくれた。

「それに今日は体育があるし、怪我しているなら、無理しちゃダメだよ。言いづらいかもしれないけど、今日の体育は見学したいって、先生に言おうよ。一人だと不安なら、私も一緒に言うから」

 そんな風に言われ、朋枝は少し困っている様子だったが、笑顔を見せてくれた。

「すいませ……ありがとうございます。えっと……事故の時に足を痛めてしまったので、体育は見学させてもらえるよう、お願いします」

「うん、そうした方がいいよ!」

 事故が原因だとしたら、昨日も朋枝は右足を庇っていたはずだ。しかし、そうじゃなかったと春来は気付いているため、そのことを指摘したくなった。ただ、それを言うと、また朋枝が困るだけだと思って、言わないでおいた。

 その後も、この日は、春来と春翔、それに朋枝の三人でいることが多かった。これは、春来と朋枝の席が隣同士のため、そこに春翔が入るだけで、簡単に三人になることができた。そうして、休み時間のたび、三人は色々と話をした。

「今日は朋枝ちゃんのことを教えてくれない?」

「私のことですか?」

「好きなこととか、普段何しているかとか、朋枝ちゃんがどんな人なのか知りたいんだよ」

 春翔が明るい口調でそう言ったが、朋枝は困っているようだった。自分のことを話したくない。あるいは、自分のことで話せることがない。春来は、そんな雰囲気を朋枝から感じた。

「それか、反対に朋枝が僕達に聞きたいことはないかな?」

 そのため、春来の方から、そんな風に質問してみた。

「聞きたいことですか?」

「友達として、お互いのことをもっと知れたらいいなと思ったんだよ」

「うん、私もそう思っているの」

 春翔が合わせてくれたため、これで良かったのだろうと春来は思った。

「それでしたら……春来さんと春翔さんのことを教えてください」

「僕達のことって、何を教えればいいのかな?」

「えっと……聞いておいて、すいません。何がいいのか……」

 話が漠然としていて、春来と朋枝はお互いに困ってしまった。そんな春来達を助けるように、春翔が笑った。

「私が最初にした質問も、良くなかったね。じゃあ、まずは私達の話をしようか」

 そんな感じで、春翔は切り出した。

「私と春来、生まれた時から家が隣同士で、それにお互いのママとパパもすごい仲良しで、それでよく一緒にいるんだよ」

「うん、いつも遊ぶ時は春翔と一緒だし、お互いの家族みんなで夕飯を食べることも結構あるよ。僕にとって、春翔は兄妹みたいなものだし、それこそ二組の両親がいるって、いつも思いながら過ごしているよ」

 そんな風に伝えると、朋枝は複雑な表情を見せた。それと同時に、春翔がどこか不満げな表情を見せたことにも、春来は気付いた。

「それで、そんなに仲がいいんですね。羨ましいです」

 何故、春翔は不満げなのかと思っていたら、朋枝がそんなことを言ったため、春来は朋枝に意識を向けた。羨ましいという言葉は、自分にないものに対して使われる言葉だ。つまり、そうした環境に朋枝はいないということを表していた。

「二人とも、友人もたくさんいて……やっぱり私なんかでは……」

「僕も人と話すのが苦手で、春翔とは生まれた時から一緒だったから、こうして話せているし、春翔を通じて他の人とも話せているけど、そうじゃなかったら一人だったと思うよ」

「春来さん、そんなことないと思いますけど?」

「そうなんだよ。春来、色々とできるのに、自信がなくてできないと思い込んでいるの」

 口を挟むようにして、春翔がそんなことを言ってきた。これまで、春来は春翔のフォローに合わせるようにしてきたが、これだけは合わせる気になれなかった。

「いい加減なこと言うなよ。僕にできることなんて、少ししかないよ」

「ほら、こんな感じなの。だから、朋枝ちゃんからも言ってあげてよ」

「あの……私は、さっき言ったとおりですけど……すいません、上手く言えなくて……」

「ああ、困らせてごめんね。朋枝は悪くないし、気にしなくていいから。それより……」

 話が脱線しているように感じて、春来は話を戻すことにした。ただ、そこである質問をしようとしたところで、さすがに抵抗があり、止めてしまった。

「何ですか?」

「いや、別に何でもな……」

 一瞬、質問をやめようとしたが、そうした場合、朋枝は何か自分のせいかもしれないと考えそうだ。これまでの言動や態度から、そうしたことを察して、春来は質問することにした。

「悪口みたいに聞こえたら、ごめんね。朋枝は、これまで幼稚園とかで、どんな友達といた……というより、友達とかいたのかな?」

 聞いた瞬間、朋枝は表情を曇らせた。

「すいません、友達作りは苦手で……」

「僕もそうだったんだよ! 幼稚園だと春翔と別の組だったし、だから誰とも話せなくて、幼稚園だといつも一人だったんだよ! 朋枝も、僕と同じだったんじゃないかなって思って……ごめん、そう思っているなら、聞かない方が良かったよね」

 春翔がフォローするよりも早く、春来は自分でフォローするようにそう言った。それに対して、朋枝は、軽く首を傾げて、複雑な表情を見せた。

「えっと……」

「朋枝ちゃんのために嘘をついたとかじゃなくて、春来の言ったこと、本当だよ」

「え、嘘だと思われているのかな? さっき言ったとおり、僕は人と話すのが苦手だし……」

「さっき言ったとおり、本当に春来は自信がないんだよ。私がいなくても、春来ならたくさん友達を作れるのに……」

「だから、またいい加減なことを言うなよ」

 そんなやり取りをしていると、不意に朋枝が笑った。ただ、すぐに笑うのをやめると、頭を下げた。

「笑ってしまって、すいません」

「別に何も怒っていないし、笑ってくれる方が嬉しいよ。何を笑ったのかはわからないけど」

「それはえっと……春来さんと春翔さんのことが少しわかって、嬉しかったからですかね」

 朋枝自身も、何で笑ってしまったのか、わかっていないような言い方だった。それから、朋枝は朝にしたのと同じように、自分の両手を握ると、軽く呼吸を整えているかのような動作をした。

「私……幼稚園だけでなく、これまで友人を作ったことは一度もありません。だから……」

「それじゃあ、僕達が本当の意味で友達一号だね」

「朋枝ちゃん、改めてよろしくね」

 春来と春翔の言葉を受け、朋枝は満面の笑顔を見せた。

「はい、これから友人として、よろしくお願いします」

 そんな朋枝に、春来と春翔も、笑顔を返した。

 この時、春来はある違和感を持っていた。朋枝は、友人を作ることができなかったというより、友人を作ることに抵抗があったかのような、そんな雰囲気を感じた。

 ただ、その理由が何なのか、春来にはわからなかった。

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