ハーフタイム 02
春来と春翔は、家が隣同士だから当たり前なものの、同じ小学校に入った。
幼稚園では同じ組にならなかったが、小学校に入って最初のクラスで、春来と春翔は同じクラスになった。ただ、春来はそこで、改めて春翔と違うと自覚することになった。
幼稚園に行っていた時、春来は組が違ったため、移動する時や休み時間に、友人に囲まれる春翔を軽く見かける程度だった。そのため、実際のところ、どこまで仲がいいのかといったことまではわからなかった。
それが、同じクラスになったことで、はっきりとした形で春翔が他の人とどう接しているかが見えるようになった。春翔は男女問わず、誰に対しても気さくに話しかけ、あっという間にクラスの中心といった感じになった。そして、春翔を含め、みんな楽しそうにしている様子だった。
一方、春来は相変わらず人と話すのが苦手で、春翔を通じて他の生徒と話すのも上手くできなかった。そうして、気まずい空気になるたび、春翔がフォローするように春来のことをからかい、そのおかげで、みんなも笑ってくれた。ただ、それでいいのかという悩みは、ずっとあった。
帰り道は、いつも春翔と一緒だった。途中までは他の人も一緒だったが、家が隣同士なため、いつも家の近くまで来ると、二人きりになった。だから、話そうと思えば、悩みを話す機会はいくらでもあった。ただ、春来は自分の悩みを春翔に話せなかった。
「春来、何かあった?」
黙っていたものの、春翔は春来が悩んでいることを察したのか、そんな風に聞いてきた。
「別に……何もないよ」
しかし、春来は自分の悩みを話すことなく、誤魔化した。
「それなら良かった。あ、今日も公園に寄っていこうよ」
帰り道、家の近くの公園に寄るのは、ほぼ毎日のことだった。
春来と春翔は、引き続きサッカーを続けていた。小学校に入る少し前の誕生日で、二人はサッカーボールを買ってもらい、さらにサッカーと触れる機会が増えていった。
ただ、手加減をしなくなってから、春来が春翔に負けることは全然なくなっていた。
「もう、次は絶対勝つからね!」
しかし、春翔は自信を失うことなく、いつかまた春来に勝つつもりでいるようだった。実際、春翔も勉強しているようで、特にボールのコントロールは上達し続けていた。そして、春来はそれを参考にすることで、さらに上達していった。
そうして、春翔が上達するのと同じ……むしろ、それ以上に春来は上達していき、その差はドンドンと広がっていた。
「うーん、春来の相手は、私じゃない方がいいのかな?」
ふと、春翔はそんなことを言った。寂しげな表情で、素直に受け取れば、単に春来と一緒にサッカーができなくなるかもしれないと不安になっているように感じた。
しかし、春来は別の形で、その言葉を受け取った。
学校にいる時、春来は、みんなと楽しそうにしている春翔を近くで見続けていた。そして、もしも自分がここにいなければ、もっと春翔は楽しいんじゃないかと思うようになっていった。
「まあ、今日は終わりにしようか」
「……うん、そうだね」
そうして、公園を後にした時、春来は一つの決断をした。
その次の日の放課後、春翔がいつもどおりやってきた。
「春来、帰ろ!」
そう言った春翔に対して、春来はいつもとは別の返答を用意していた。
「ごめん、今日は一人でサッカーの練習がしたいから、一人で帰るよ」
そう伝えると、春翔は驚いた様子を見せた後、寂しげな笑顔を見せた。
「……うん、わかった。頑張ってね」
そして、春来は早々に教室を出ていった。
別に、一人でサッカーの練習がしたいわけでなく、すぐに帰っても良かった。ただ、春来はいつもの公園に寄った。
そこは、スポーツをするための広場といった感じのスペースがあり、そこではサッカーだけでなくバスケットボールなどもできるようになっている。そして、春来はコンクリートの壁に向かって、ボールを蹴り始めた。
それは、野球やテニスなど、多くの球技の個人練習としてある、壁当てだ。壁当てというのは、単純なものの、どこに当てるかによってボールがどこへ反射するかが変わるため、ボールのコントロールだけでなく、ボールを受ける練習にもなる。
この練習方法は、春翔から聞いたものだ。実際、春翔はボールのコントロールを上達させていたし、有効な練習なんだろうと感じていた。ただ、いつも春翔が一緒だったため、こうした壁当てといった一人でしかできないことはしなかった。
そのため、一人になったこの日、春来は初めて壁当てをやった。
最初のうちは、ボールが予想外のところへ跳ね返り、追いかけてばかりだった。それから、どこに当てれば自分のところに跳ね返ってくるかを少しずつ確認し、次第にほとんど足を止めたまま、ボールを壁に当て続けることができるようになった。
それから、わざとボールが遠くに跳ね返ってくるようにしたり、ノーバウンドで蹴り返したり、ほんの短時間で、春来は完全にボールをコントロールできるようになっていった。
そして、もうそろそろ帰ろうかと思ったところで、春来は春翔のことを考えていた。
今、春翔が近くにいたら、どう思ってくれるだろうか。自覚できるぐらいの上達をした自分のことを褒めてくれるだろうか。そんな風に考えた後、春来はため息をついた。
自信家で負けず嫌いの春翔が、こんなものを見て楽しめるわけがない。だから、今日は春翔が近くにいなくて良かった。きっと、春翔は自分がいない中、みんなと楽しんでいるだろう。きっと、自分がいる時より、楽しんでいるだろう。そんな風に春来は決め付けた。
「春来、すごい!」
しかし、そんな声が聞こえて、春来は振り返った。そこには、ただただ楽しそうに笑う、春翔の姿があった。
「……何で?」
「ごめん、やっぱり今の私は春来の相手として相応しくなかったね。春来、あんなことまでできちゃうなんて……」
「何でいるんだよ!?」
思わず大きな声が出てしまって、春翔は驚いた様子だった。でも、春来は自分の思いを抑えることができなかった。
「僕なんか、みんなと上手く話せないし、みんなと仲良くなんてできないし、そんな僕と一緒にいても、しょうがないじゃん。春翔は僕と違うんだし、僕なんかと仲良くなんてしなくていいし、僕の近くになんていない方が、きっと楽しいはずだし……」
途中から、自分でも何を言っているのか、よくわからなくなってしまい、春来は言葉に詰まった。
「今日、春来は一人で練習したいんだと思っていたんだけど、そうじゃないのかな?」
春翔は、悲しげな表情だった。
「今日、私がここに来たのは……何て言えばいいんだろう? ただ、近くにいたいと思っただけだよ」
それから、春翔は真っ直ぐ春来の目を見た。
「私は、他のみんなと一緒にいるより、春来と一緒にいる方が楽しい。春来が一人で何かしたい時も、私は春来の近くにいたい。だから……一緒にいても、しょうがないなんて言わないでよ」
春翔は目に涙を浮かべ、そのまま声を出して泣いてしまった。
そんな春翔を前に、春来はどうしていいかわからず、ただそこにいることしかできなかった。
それからしばらくして、春翔は落ち着いたのか、泣き止んだ。
「春来、ありがとう」
「え?」
春翔が礼を言う理由がわからず、春来は戸惑った。
「近くに……一緒にいてくれて、ありがとう」
そう言われても、春来はまだよくわからなかった。ただ、近くにいたいと言ってくれたことは、嬉しかった。
「僕なんかが、一緒にいていいの?」
「私は、他のみんなより、春来と一緒にいたいよ。だから、春来が嫌なら、みんなとは仲良くしないし……」
「そんなことする必要ない! それなら……僕がもっと、みんなと仲良くできるようになりたい」
そう伝えると、春翔は笑顔を見せた。
「春来は、もうみんなと仲良しだよ?」
「いや、そんなことあるわけないじゃん」
「春来は、もっと自信を持った方がいいよ? まあ、いいや」
何がいいのかわからず、春来は何も言えなかった。一方、春翔はさっきよりも笑顔だった。
「ただ、一つだけ言わせて。一人で悩まないで。私も一緒に悩みたいよ」
「……うん、ごめん」
春翔の言うとおり、一人で悩まないで、すぐに話していたら、こんなことにはならなかった。それがわかっているため、春来は素直に謝った。
「あと……春来が一緒にいてくれるなら、私はそれだけでいいから」
春翔は、普段見せないような表情で、そんなことを言った。ただ、それがどういう意味なのか、春来はわからなかった。
ただ、春来も春翔と一緒にいたいという、同じ思いを持っていることは、確かだった。