ハーフタイム 01
緋山春来は、藤谷春翔といつも一緒にいた。
春来と春翔が産まれる前、それぞれの両親は妊娠をきっかけにマイホームを探し始めた。その際、同じデザインの家がいくつも並ぶ、いわゆる分譲住宅を見つけ、そこの見学へ行った。
そこは新築で、デザインや間取りも気に入り、それぞれの両親は、そこで暮らすことを決めた。そうして、緋山家と藤谷家は、隣同士になった。
隣同士というだけでなく、お互いに出産を控えているという共通点もあり、緋山家と藤谷家は、自然とやり取りする機会が多くなっていった。
また、偶然は重なるもので、春来と春翔は、二人とも同じ日――3月21日に産まれた。それをきっかけに、緋山家と藤谷家は、さらに交流を深めていった。
これは、女の子が欲しいと思っていた緋山家に、男の子が産まれたこと。男の子が欲しいと思っていた藤谷家に、女の子が産まれたこと。そうしたことから、それぞれの両親は、お互いの子も一緒に可愛がるようになり、より一層、交流を深めていくことになった形だ。
そのため、もはや記憶に残っていないものの、物心がつく前から春来と春翔は出会い、ずっと一緒にいた。それこそ、自分達には二組の両親がいると幼心から思い、その考えはずっと変わらなかった。そして、二人は兄妹のようにいつも一緒に遊んでいた。
遊び場は、どちらかの家か、近くの公園だった。ただ、幼い頃の春来は、春翔と遊ぶ度に泣かされてばかりだった。
「また僕の負けじゃん!」
「また私が勝っちゃったね」
「もう一回! 次は僕が勝つから!」
同い年の女の子に負かされる。それが悔しくて、春来は何度も春翔と勝負した。かけっこや相撲、トランプやボードゲーム、さらにはテレビゲームなど、勝負の内容は様々だった。しかし、どれをやっても春翔に勝てず、悔しくて泣いてばかりいた。
これは、女の子の方が男の子よりも成長が速いといった、当たり前に言われていることが関係していたものの、幼い春来は、そのことを理解できなかった。
そのため、春来は春翔が他の人と違う「特別」なんだろうと思うようになっていった。
これは、春来が自覚していないものの、生まれつき負けず嫌いだったことも関係していた。春翔に勝とうと努力しているのに、勝てないなんておかしい。だからきっと、春翔は特別な存在なんだろう。幼い春来は、自分が春翔に負ける理由として、そんな風に考えていた。
そのうえで、さらに努力しようと春来は思い、実際に様々な努力をした。その際、春翔の父親が特に協力してくれた。
「春来君! 男ならもっとしっかりしろ!」
春翔の父親は、男の方が強くあるべきだといった硬派な考えを持っていて、春来に対して特に厳しかった。ただ、単に怒るだけでなく、的確なアドバイスをしてくれた。
まず、かけっこで勝てるようになりたいと思った時、幼少期から筋肉を鍛えるのは、将来的に身長が伸びづらくなるといった弊害があることを教わった。そのうえで、筋肉を柔軟にするべきだと言われ、ストレッチのやり方を教わった。それ以降、春来は毎朝ストレッチをするのが習慣になった。
それから、ゲームに勝つためには情報が必要だと言われたため、幼いながらもパソコンを使い、攻略法といった情報を探すようになった。探してみれば、初心者でも強くなれる方法といった有力な情報は、いくらでも見つかった。そして、そうした情報を単に覚えるだけでなく、情報の探し方も春来は学んでいった。
しかし、春来は春翔になかなか勝てなかった。それでも諦めることなく、努力を続けた。何か一つでも春翔に勝てるものはないかと、様々なことで春翔に挑戦した。
そうして、春来が初めて春翔に勝ったのは、サッカーだった。
サッカーといっても、試合をしたわけでなく、的に向かってボールを蹴り、どちらがより多く当てられるかといった勝負だった。そこで、春来は正確にボールを的に当て続け、完勝といった形で春翔に勝った。
「悔しい! 今度は負けないから!」
春翔が悔しがったことをきっかけに、春来達はサッカーで遊ぶのが中心になっていった。そうして、何度も遊んでいるうちに、単に的を狙うだけでなく、一対一でボールを奪い合う、ワンオンワンのようなこともやるようになった。それは、どちらも勝ったり負けたりといった感じから始まったものの、いつしか春来が連勝するようになった。
「もう! 次は負けないから、もう一回!」
春翔が春来以上に負けず嫌いだと知ったのは、春来が勝つようになってきた頃からだ。春翔は自信家で、何でもそつなくこなすことができた。それだけでなく、人と話すことがとにかく好きで、公園などに行っても、すぐに誰かと仲良くなっていた。
しかし、春来は人見知りな性格で、公園に行った時など、誰とも遊べずに一人でいた。これは幼稚園に行くようになってからも変わらず、友人を増やすことはできなかった。春翔が一緒にいてくれれば、何か変わったかもしれないものの、違う組だったこともあり、幼稚園ではずっと一人だった。
一方の春翔は、幼稚園でも友人をたくさん作り、いつも多くの人に囲まれていた。そのため、春来にとっての春翔は、何でもできる「特別」なんだと尚更思うようになった。
そんな春翔が、サッカーでだけ春来に勝てず、泣きそうなほど悔しがっている。そうしたことを感じると、春来は手加減をして、わざと春翔に負けた。
「春来! わざと手を抜いたでしょ!?」
しかし、春翔は喜ぶことなく、さらに怒りをぶつけてきた。
「いや、僕は……」
「春来なんて嫌い!」
それから、しばらく……といっても、三日ほどだったが、幼い春来達にとっては長い時間、一緒にいない時間ができた。
とはいえ、それぞれの両親が仲良しで、定期的に夕食を一緒に取ることも多かったため、ほぼ強制的に春来と春翔は顔を合わせることになった。ただ、お互いに話すことなく、ただご飯を食べるといったことを徹底した。
そんな二人を、両親達は放っておかなかった。
「春翔ちゃん、今日も可愛いわね。その髪飾りも、よく似合っているわ」
「これだと、春翔ちゃんは幼稚園でモテモテだろうね」
春来の両親は、娘ができた時に着せたかった服や、ちょっとしたアクセサリーを春翔に与えていた。厳しい春翔の両親から甘やかし過ぎだと怒られつつ、とにかく春翔に甘かった。
「春来君、サッカーを始めたそうだが、基本からしっかりやるのがいい」
「サッカーボールも、しっかりしたものがいいと思うし、今度買おうかね」
春翔の両親は、息子ができたら、プロの世界で活躍するようなスポーツ選手にすることを望んでいた。そんな選手に春来がなってくれたら嬉しい。厳しいながらも、そうした思いを春来に向けていた。
「ただ、それよりも……春来と春翔ちゃんが仲良くしてくれるのが、私達は一番よ?」
「春翔、春来君が手加減したのは、春翔のことを思ってのことだよ? それこそ、春来君が春翔のことを何とも思っていなかったら、手加減なんてするわけないよ」
その言葉に、春翔は複雑な表情を見せた。
「ただ、春来君も良くないよ。手加減なんてして、春翔が喜ぶわけないでしょ?」
そう言われ、春来は春翔に目をやった。そうして目が合ったところで、自然と口が開いた。
「ごめん、春翔。その……」
伝えたいことがあるのに、それを上手く言葉にできなかった。そうして黙っていると、春翔は笑った。
「いいよ。でも、今度手加減したら、絶対に許さないから」
笑顔でそう言った春翔に、春来も笑顔を見せた。
「うん、僕は春翔に手加減なんてしないよ。約束するから」
そうして、春来と春翔は、お互いに笑い合った。
「ほら、ご飯が冷めちゃうわよ。二人とも食べて」
母親からそんな風に言われ、改めてみんなで夕食を取った。
それは、話が尽きることのない、ただただ楽しい時間だった。