前半 74
突然、通話が切れてしまったため、鉄也は、何度も孝太に連絡を取ろうとした。しかし、一向に通話が繋がることはなかった。
「何かあったのか?」
圭吾が心配した様子で声を掛けてきたが、鉄也はどう答えるべきか、一瞬迷ってしまった。
「孝太から連絡があって、ランに伝えてほしいことがあるって言ってたんだ。でも、その後すぐに通話が切れた。それで今、何度も連絡してるが、繋がらねえんだ」
「孝太がどこにいるかわかるか? 近くにいる奴に確認させるぞ?」
「わかった。孝太は位置情報を隠してねえし、すぐにわかるはずだ」
そうして、パソコンを操作したところで、鉄也はすぐに気付いた。
「おかしい。孝太のスマホが一切機能してねえみてえだ」
「どういうことだ?」
「わからねえ。とにかく、それなら通話の記録を調べて、どこから連絡があったか特定する」
これぐらいのことは、日頃からやっているため、和義がいなくても慣れたものだと思っていた。しかし、何か想定外のことが起こっているだろう状況で、自分がどうにかしないといけないと考えると、鉄也は焦りを持った。
「大丈夫だから、落ち着け。鉄也らしくないぞ?」
そんな言葉を圭吾から掛けられ、鉄也は一瞬だけ手を止めた。それから、すぐにまた手を動かすと、笑った。
「何もわからねえ、機械音痴の圭吾が何言ってんだ? 俺は落ち着いてる。すぐに調べるから待ってろ」
圭吾なんかに心配されるなど、最大の屈辱だ。そう思うと、自然に気持ちが落ち着き、鉄也は孝太がどこから連絡してきたかをすぐに調べた。そして、比較的ここから近いファーストフード店から、孝太が連絡してきたことを特定した。
「孝太は近くのファーストフード店から連絡してきたようだ」
「その店なら知ってるぞ。店長に連絡してみる」
何故、ファーストフード店の店長にすぐ連絡できるのかと疑問を持ちつつ、鉄也は圭吾が通話するのを見ていた。しかし、圭吾はすぐに険しい表情になった。
「こっちも繋がらないぞ?」
「店にかけてみたらどうだ? こういうとこは、ホームページとかに電話番号が載ってるだろ。今、調べるから……」
「それも知ってるから、大丈夫だ。連絡してみる」
圭吾がそう言ったが、それからしばらく何も喋らないのを見て、鉄也は理解した。
「繋がらねえか?」
「ああ、おかしいな」
「鉄也さん、いいですか?」
不意にそんな声を掛けてきた者がいて、鉄也は顔を向けた。
「どうした?」
「ついさっき、光がデータベースに情報を出したみたいなんですけど、通信障害があったようです」
そう聞いて、鉄也はすぐにデータベースの情報を調べた。そして、通信障害の発生した場所が、孝太が連絡してきたファーストフード店の付近だと知った。
「何かおかしい。直接行って調べてくる」
「だったら、俺も行くぞ」
「俺一人で大丈夫だ」
「通信障害って、例の悪魔と呼ばれてる奴の仕業かもしれないんだろ? それに、孝太はライトのメンバーだ」
「ライトはすぐ抜ける予定だけどな」
「じゃあ、そうならないように、やはり俺も行く。少しすればランから連絡があるだろうし、あのバイクにも乗っておきたいと思ってたからな」
ここで圭吾とケンカしてもしょうがない。そう思って、鉄也は諦めた。
「わかった。ああ、何かあった時のため、圭吾もここのゲートを開けられるようにしておく」
「いいのか?」
「後のことは後で考える」
そうして鉄也は、圭吾のスマホにも、ここのゲートを開けられるアプリを入れた。
「あと、これを使えば、運転しながらでも話せる。近距離でしか話せねえが、その分、盗聴の心配は少ねえはずだ」
鉄也はそう言うと、イヤホンマイクの着いた無線機を圭吾に渡した。これは、古くから使われている無線機を改良したもので、通信を送る際にノイズを付加しつつ、通信を受け取る際にそのノイズを排除する仕組みになっている。こうすることで、外部から盗聴されたとしても、送信側が付加したノイズに邪魔され、何を話しているかわからないようになっている。
それから、鉄也と圭吾はバイクに乗り、ゲートを通ると、そのまま地下から出た。
「まずは、ファーストフード店に行く」
「だったら、こっちの方が早いぞ。ついてこい」
そう言うと、圭吾は誰かの家の庭に入っていった。
「おい、どこに行くんだ!?」
「知り合いの庭で、通る許可は取ってある。だから、問題ないぞ」
圭吾がそう言うため、鉄也は抵抗を持ちつつ、ついていった。
「鉄也、遅いぞ。急げ」
「そのバイクが化け物なんだ。メチャクチャなバイクを組みやがって」
「今度はここを通るぞ」
そうして、圭吾が人の庭や、店の人しか使わないような細い裏道を通っていき、その後ろを鉄也は追いかけた。
「よし、着いたぞ」
裏道を使ったため、予定よりも早くファーストフード店に到着すると、鉄也達はバイクを降りた。
「当たり前だが、混乱してるな」
ファーストフード店だけでなく、近くのコンビニなども営業ができていないようで、店員が客を帰していた。それだけでなく、信号は忙しなく色が変わり、その役割を果たしていなかった。
一方、車やバイクなどは普通に動いていた。そうしたことから、鉄也は何が起こっているか推測した。
「通信系の障害のようだ。そうなると、EBじゃねえ。あれは、コンピュータをバグらせるものだから、車やバイクなんかも影響を受けるはずだ」
これまでは話を聞くだけで、実際に通信障害の影響を受けた場所を確認したわけではなかった。ただ、こうして起こっていることを見た限り、自分や和義、さらには光達が推測してきたことに、誤りが含まれていそうだと感じた。
「そういう話はわからない。とにかく、店に入るぞ」
「圭吾といるより、和義と一緒にいるべきだった」
「俺のおかげで、和義の大切さに気付けたようで良かったぞ」
「たく、わかった。サッサと店に入ろう」
段々と圭吾が口喧嘩を覚えてきた……というより、思い出してきたように感じて、鉄也はため息をついた。そのため息は、昔と同じように圭吾と話せていることを少しだけ喜んでしまっている、自分自身に対してのものだった。
「すいません、今はレジが使えない状態で……あ、圭吾さん! どうしたんですか? それに、鉄也……さんと何で一緒なんですか?」
年配の男性がそんな風に言ってきたのを受け、鉄也はこの人が店長だろうと判断した。この店長と会うのは初めてだが、圭吾から色々と話を聞いて、鉄也のことも知っているのだろうということは、すぐにわかった。
「色々あって、今は一緒に行動してるんだ。それより、ついさっきまで、ここに高校生がいたはずだ」
「この高畑孝太って人物が、ここから連絡してきたんだ」
鉄也はスマホを使って、孝太の写真を店長らしき人物に見せた。
「ああ、確かにいましたよ。何かレジが使えなくなって、その後すぐに出ていきました。他にも連れで、男子と女子が一人ずついて、彼を追いかけて店を出ていったから、印象に残っています」
「恐らく、大助と千佳だろうな。三人で一緒にいたんだと思うぞ」
「孝太がどこに行ったか知りたい。何か心当たりがあるなら、どんな情報でもいいから言え」
「それなら、ダークの本拠地に向かうとか言っていました」
その言葉を受け、鉄也と圭吾は顔を見合わせた。
「入れ違いになったってことか。近道を使うべきじゃなかった」
「そうとも限らねえ。そのことをすぐに聞けて良かった」
「とにかく戻るぞ」
「ああ、そうしよう」
鉄也と圭吾は店を出ると、すぐバイクに乗った。
「孝太は歩いて向かうはずだ。その場合、どの道を選ぶと思う?」
圭吾からそんな質問を受け、鉄也は軽く笑みを浮かべた。それは、圭吾からの挑戦を受けたような気分に、自然となったからだ。
「廃墟が並んだ道しかねえだろ。道が荒れてるし、バイクでは通りたくねえけど、行くしかねえだろ」
圭吾がそこを通るというなら、自分もそこを通ってやる。そんな意思を、鉄也は持っていた。
「俺も同じ考えだ。それじゃあ、手分けせずに、同じ道を行くぞ」
「当然だろ」
そして、鉄也達はバイクを走らせた。
廃墟が並ぶ道というのは、ほとんど利用者がいなくて、何かあっても真面な舗装がされない道でもある。そのため、歩くだけなら、多少路面がガタガタしていると感じるぐらいで済むが、バイクや自転車のような細いタイヤで走ると、その影響は大きく現れる。
そう考えると、圭吾が裏道を選択してくれたのは、正解だった。この道を孝太が進んだはずだという情報がない限り、この道をバイクで走ろうなどという選択を、鉄也は絶対に選ばない。そうなれば、ファーストフード店の店長から話を聞くことも遅くなっていたはずで、全部が遅れてしまっただろう。
とはいえ、この道をバイクで走るのは、改めて無謀だと感じた。突然ハンドルを取られたり、不意に前輪や後輪が浮いたり、集中していなければ、いつ転倒してもおかしくない。そんな状況で、鉄也は意識を集中させた。
「千佳がいたぞ!」
圭吾がそう言ったため、鉄也は速度を緩めた。そして、前方を確認すると、足を引きずりながら歩く千佳の姿があった。
そして、鉄也と圭吾は千佳の近くに寄ったところで、バイクを止めた。
「千佳、大丈夫か!? 誰にやられた!?」
「あ、鉄也さんに圭吾さんまで、どうしたんですか?」
千佳は驚いた様子で、状況がわかっていないようだった。そんな千佳の反応が、むしろ鉄也と圭吾からすると、わからなかった。
「この脚は、さっき転んでしまって……」
「孝太はどこに行った?」
「え? ダークの本拠地に向かいましたけど?」
お互いの認識が合っていない。そう理解したうえで、鉄也は何か危険なこと――悪魔と呼ばれる者が何か起こしたかもしれないこと。それを一刻も早く伝えたいと焦りを持った。
「今、悪魔が……」
「やっぱり、何か起こってるんですか!? 孝太は大丈夫なんですか!?」
「いや、その……」
何が起こっているかわからない今、変に不安を煽っても逆効果だ。そう判断して、鉄也は言葉に詰まった。
「鉄也、俺に任せてほしい。孝太がダークの本拠地を目指したって話は知ってる。一緒に行ったわけじゃなかったんだな」
「はい、一緒に行こうとしたんですけど、私が転んじゃって、それで孝太は先に行っちゃったんです」
「そういえば、大助も一緒だったはずだぞ? どこに行ったんだ?」
「私は走れないので、大助だけでも一緒に行ってもらおうと、先に行かせた……のに、何で大助はここにいるの?」
千佳がそう言ったため、鉄也は振り返った。そこには、辺りをキョロキョロと見ながらゆっくりと歩く、典型的な迷子になっている様子の大助がいた。
「大助!」
千佳が呼ぶと、大助は驚いたように身体をビクつかせた後、こちらに顔を向け、そのまま駆け寄ってきた。
「千佳さん、脚は大丈夫ですか?」
「それより、孝太は?」
「すいません、見失ってしまいました」
「もう! 先に行かせた意味ないじゃん!」
そんな千佳と大助のやり取りを見て、鉄也はどういう状況なのか、理解できてきた。
「圭吾、ここからはバイクを転がして、二人と一緒にダークの本拠地まで行こう」
「それぞれ後ろに乗せれば、バイクで移動できるぞ?」
「こんな道で二人乗りなんかしたくねえ。あと、ダークの本拠地に連絡して、孝太が近くまで来たら、すぐ迎えるように頼んでおく」
孝太は、何か大切なことを伝えようとしていた。そして、それを伝えられることで、不利益になる者も恐らくいるだろう。その一人が悪魔だった場合、孝太の命が危ない。そうしたことまで考えたうえで、鉄也はこうするべきだと判断した。
そうして、鉄也と圭吾はバイクを転がしながら、千佳と大助と一緒に四人で歩いた。ただ、歩いてから少しして、四人は足を止めた。
「あれは……何?」
千佳がそう言うのも無理はなかった。前方の地面には、暗くてもわかるほど、大きな血だまりが広がっていた。
「孝太!」
千佳は必死に足を引きずるようにして、先へ進んでいった。そんな千佳の姿を見て、鉄也と圭吾は自分達が呆然としていたことを認識すると、後に続いた。
血の跡は、色濃く残っていた。それは、出血量が多いことを表していた。それにもかかわらず、血の跡は長く続いていて、出血がありながらも、長い距離を移動したことを表していた。
そして、血の跡が続く廃墟に入るところで、血だらけになった孝太の姿を見つけた。
「……嘘」
そう呟くと、千佳は孝太に駆け寄ろうとしたが、すぐに足がもつれて転んでしまった。しかし、それでも這いずるようにして、孝太に近付くと、覆いかぶさるように抱き締めた。同時に、千佳の制服が赤く染まっていった。
「嘘だよね? ドッキリとか? 素人の私にこんな大掛かりなドッキリなんて仕掛けないでよ。今って技術とかすごいもんね。こんなの……孝太が死んじゃったとしか思えないもん。そんなのドッキリでも不謹慎過ぎるよ。だから今すぐ嘘だって言ってよ」
千佳が壊れてしまいそうで、鉄也はどうしていいかわからなかった。
その時、圭吾が千佳に駆け寄った。
「今、千佳と大助は危険な状況だ。だから、二人を保護する。何故こうなったのかは、俺達が考えるから、今は何も考えるな」
そんな圭吾の言葉を受け、鉄也は自分のするべきことに気付いた。
「潜伏先なら、いくつか用意してある。だから、今すぐそこに……」
「僕はいいです。かかわりたくないです」
大助がそう言って、鉄也は戸惑った。ただ、ここで迷いたくなかった。
「いや、危険なんだってわかっただろ! だから……」
「俺達が保護したからといって、安全とは限らないぞ?」
自分と同じ考えだと思っていた圭吾がそう言ってきて、鉄也は言葉に詰まった。
「だから、それぞれの判断でいいと思うぞ。特に大助は、元々俺達とかかわりたくないといった感じだったから、それを尊重したい」
「それでいいのか!? それで孝太は死んだんじゃねえのか!?」
思わず、感情的になってしまい、鉄也はすぐに気持ちを落ち着かせた。
「大きな声を出して悪かった。ただ、孝太を殺した人物がすぐ近くにいる可能性がある。それで、どうすればいいと思う?」
「ここのことは、警察に任せるべきだ。俺から通報しておく。あと、この状態で千佳を一人にしたくない。どこに匿うべきかも、俺に決めさせてくれないか?」
「わかった。だったら、俺はこのことをランに伝える」
「とにかく、ここを離れるぞ。千佳、立つんだ」
「嫌だ! 孝太といる!」
「頼むから、言うことを聞いてくれ!」
そうして、無理やり腕を引っ張るようにして、圭吾は千佳を立たせた。
「人通りの多いとこに出るまでは、大助も一緒に来い。あまり意味はないかもしれないが、少しでも襲撃されるリスクを減らしたい」
複数人で行動することに、そこまで効果があるのかという疑問は、鉄也の中にもあった。ただ、ここにいつまでもいるつもりはなく、圭吾に従うことにした。
そして、鉄也は、見開いたままになっていた孝太の両眼にそっと手を当て、閉じさせた後、圭吾達と一緒に、その場を後にした。