前半 73
孝太達は、長時間カラオケにいた後、そのままファーストフード店で夕飯を食べていた。
「第一回『美優と翔のため、私達にできることをしよう会』は、楽しくできたね!」
「だから、何度も言うけど、その名前をどうにかしねえか?」
「いい名前じゃん! 大助もそう思うよね!?」
「えっと……」
「うん、いい名前だよね!」
千佳は、美優と翔が戻ってきた時、これまでと変わらないようにしようと強く意識している様子で、いつもどおりだった。ただ、それがどこか懐かしく感じてしまい、孝太は複雑な気持ちだった。
TODが始まってから、そんなに日は経っていないのに、懐かしいと感じるほど、様々なことがあった。正直なところ、美優と翔が戻ってきたとして、これまでと同じようにできる自信が、孝太にはなかった。
「明後日は土曜で休みだし、明日はもっと集めて、オールしようか!」
「いや、さすがにそこまで遅いと、警察に補導されんじゃね? 今夜だって、結構危ねえと思ってるのに……」
「とにかく楽しそうにしてれば、警察だって無視してくれるんじゃない?」
「いや、絶対にそれはねえって」
「じゃあ、ライトとダークの人に、オールしても大丈夫そうなとこを聞こうよ!」
「いよいよホントに不良じゃねえか」
ただ、こうして千佳と話していると、またこれまでどおりの日常に戻れるような気がした。そんな風に思わせてくれる千佳に、孝太は改めて魅力を感じた。
「そういえば、TODが終わるのっていつだっけ?」
「15日の午後7時だって、言ってなかったか?」
「それじゃあ、その時間にカラオケを予約しておこっか」
「いや、TODが終わって、すぐカラオケに参加ってのは、さすがに無理じゃね? てか、終わった日にすぐ遊ぶのも無理じゃねえかな?」
「もう、もっと早く終わってくれれば、いいのに! 127時間だっけ? 何でそんな中途半端な時間にしてるんだろうね? きり良く120時間とか、それこそ100時間とかだったら、もっと早く終わって、たくさん遊べるのにー」
千佳の言うとおりだと思いつつ、孝太は自然と頭の中である計算を始めた。それは、サッカーの試合中、司令塔として残り時間を把握したり、アディショナルタイム――規定の試合時間の後に追加される時間を予測したり、常に時間の計算をしているため、その癖で何となく計算したという程度のものだった。
「いや、おかしくね?」
ただ、何となく行った計算によって、孝太はあることに気付いた。
「え、何が?」
「だって、終了が15日の午後7時で、制限時間が127時間ってことは、今回のTODが始まったのって……」
何がおかしいかを説明している途中だったが、そこで孝太は何でおかしなことが起こっているのか気付いた。
「美優と翔が危ねえ!」
孝太が気付いたことは、現在進行形で大きな問題が起こっているというものだ。そして、それは美優と翔に大きな危険があるということでもあった。
「どういうこと?」
「説明してる暇はねえ! 早く連絡しねえと!」
孝太はスマホを手に取ると、翔に連絡を取った。これは、今起こっていることに対処できるのが、翔だと判断したからだ。
「孝太か? どうした?」
しかし、電話に出たのは、鉄也だった。
「あれ? えっと……」
「ああ、鉄也だ。ラン達がどこにいるか、これまで何度も特定されてたから、対応してるとこだ。何かランに伝えたいことがあるんだろ? 俺から伝えておく」
「そうですね……」
できれば、翔に直接伝えたいと思いつつ、早く伝えることを優先しようと孝太は判断した。
「翔に伝えてください。ディフェンスの中に……」
その瞬間、耳が痛くなるほどのノイズ音が聞こえ、孝太は咄嗟に耳からスマホを離した。
それから少しして、ノイズ音が消えたことを確認すると、また孝太は耳にスマホを当てた。
「鉄也さん?」
何があったのかと思いつつ、話をしようとしたが、鉄也から返事がないどころか、まったく音が聞こえてこなかった。そのため、孝太は耳からスマホを離して、どうなっているか確認した。すると、スマホの電源が切れてしまったようで、画面が真っ黒になっていた。
それから、孝太は電源ボタンを長押ししたものの、画面は真っ黒のままだった。
「千佳、スマホを貸してくれねえか? 何か調子が悪いんだ」
「うん、別にいいけど……あれ? 私も調子悪いみたい」
千佳のスマホも、孝太のスマホと同じで、電源が入らないようだった。
「大助のスマホも同じか?」
「はい、そうだと思います」
「だったら、しょうがねえか。ここからダークの本拠地は近いし、直接行って話してくる」
そう言って席を立ったところで、孝太は一瞬固まってしまった。
「あれ? スマホがつかないんだけど?」
「俺のスマホもおかしいな」
「すいません、レジが調子悪くて……」
「オーダーが消えたんだけど、誰か何かやったー?」
他の人のスマホも調子が悪くなってしまっただけでなく、店の電子機器もエラーが発生しているようだ。そんなことがあるのかと思いつつ、とにかく自分のするべきことをしようと、孝太はカバンを手に取った。
「それじゃあ、僕は行ってくる。もう遅いし、二人は帰ってくれ」
それだけ伝えると、孝太は店の出口を目指して走った。
「孝太、待って! 私も……痛っ!」
「千佳さん、ごめんなさい」
そんな千佳と大助の声が聞こえて、孝太は振り返った。そこには、床に膝をついて座る千佳と、そんな千佳を心配する大助の姿があった。
「もう、膝打ったじゃん!」
「本当にごめんなさい。急に走ると思わなくて……」
どうやら、千佳が大助にぶつかって転んだようだ。そうしたことを理解して、千佳への心配もありつつ、孝太は足を止めたくなかった。
「さっき言ったとおり、僕だけで行くから、二人は帰ってくれ!」
「孝太、待って!」
千佳の声を聞きつつ、孝太は店の外に出ると、全力疾走でダークの本拠地を目指した。
ここから行くとなると、途中で廃墟が並ぶ道を通るのが一番早いため、孝太は迷いなくそちらの道へ向かった。
そうして、全力疾走のまま、しばらく走っていると、当然ながら息が上がってきてしまった。サッカーの試合では、全力疾走をすることはほとんどなく、むしろ、いかに体力を温存するか意識するようにしている。そのため、こんなに息が上がるほど無茶をしていたのかと理解して、孝太は次第に足を緩めた。
そうして、自然と歩くようになってから、孝太はスマホを手に取った。
相変わらずスマホの電源が入らず、何が原因なのだろうかと考えたものの、答えは見つからなかった。そうして、孝太は歩きながら、どうにかスマホの電源が入らないかと、繰り返し操作し続けた。
その瞬間、孝太は何が起こったのか、よくわからなかった。
視界には、相変わらず電源の入らないスマホの真っ黒な画面が映っている。
それから、スマホを持った手を下ろした時、視界に入ったのは、腹部に広がった真っ赤な染みだった。
孝太は、ゆっくりと後ろに顔を向けた。そして、自分の顔に向けられた銃に気付くと、咄嗟に身体を動かした。同時に、右耳に強烈な痛みを感じて、手を当てた。しかし、そこにあるはずの右耳は、もうなかった。
手を外して、それを目の前にやると、真っ赤に染まった掌が孝太の視界に入った。
「ああ!」
孝太は叫びながら、その場から離れようと走った。しかし、足は真面に動かず、何度も近くの塀にぶつかった。
それから、何か衝撃を受けて、孝太は転んだ。しかし、今は一刻も早く逃げようと、すぐに立ち上がろうとしたところで、自分の左膝から血が流れているのが確認できた。
そのため、孝太はとにかく身を隠そうと、近くの廃墟に入った。
廃墟に入ってすぐ、孝太は足がもつれて、また転んでしまった。その時、目の前に何かが転がってきた。それは、今日の昼に速見から受け取った、生前の篠田が使っていたボイスレコーダーだ。受け取った後、ポケットに入れて、ずっとそのままだったのを忘れていたようだ。
今、自分のするべきことは、自分が知ったことを美優と翔に伝えることだ。そう確信しているからこそ、孝太は逃げることよりも、ボイスレコーダーの操作を優先した。
幸いなことに、スマホと違って、ボイスレコーダーは正常に動作してくれた。それに、いつも篠田が使っているのを見ていたから、操作方法はわかっている。そう思いつつも、ちゃんと操作できているか、自信はなかった。それでも、孝太は録音できているだろうと信じて、ボイスレコーダーが見つからないよう、ポケットに仕舞った。
「美優と翔に伝えたいことがある!」
この声がボイスレコーダーに録音されるかどうか、自信はない。録音状態になっていたとしても、ポケットに入れたまま、ちゃんと録音できるのかといった疑問もある。それでも、これが最期にできることだと信じて、孝太は叫び続けた。
この時、孝太は周りがゆっくりになるかのような感覚を持った。それは、亡くなる前に多くの人が体験するとされる、走馬灯だったのかもしれない。
その中で、孝太が願ったことは、千佳と美優と翔の幸せだった。
自分が死んだら、千佳は一生泣き続けて、不幸な人生になってしまうだろう。そう思ったから、孝太は叫んだ。
「千佳の笑顔が好きだった! だから、千佳はずっと笑ってろ!」
自分が死んだら、美優は自分のせいだと考えて、自分のことを責めるだろう。そう思ったから、孝太は叫んだ。
「美優はネガティブに考えるな! 僕が死んだとしても、それは美優のせいなんかじゃねえ!」
自分が死んだら、翔はどう考えるだろうか。これだけは、わからなかった。そのうえで、孝太は叫んだ。
「翔、全力で美優を守ってくれ!」
それだけ叫んで、孝太は仰向けになった。
そして、こちらに銃を向ける人物の姿を確認して、孝太はもう一つだけ、伝えないといけないことがあると思い、口を開いた。しかし、言葉を発するよりも先に銃が撃たれると、その銃弾は、確実に孝太の頭を貫いた。
そうして、孝太の意識は、そこで途絶えた。