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TOD  作者: ナナシノススム
前半
132/273

前半 72

 浜中は、速見と一緒に、可唯に言われた新聞社を訪れていた。

「やっぱり、何かしらかの連絡は、するべきだったんじゃないかい?」

「大丈夫よ。刑事なんだから、ちょっと聞きたいことがあるとか、適当に言えばいいでしょ」

「いや、適当って……」

 浜中としては不安しかない状況だったが、速見は落ち着いているどころか、どこかおかしそうに笑った。

「あなた、目的がわかっていないみたいね」

「……どういうことだい?」

「まあ、いいわ。とにかく行くわよ」

 結局、ろくな説明を受けることなく、速見に引っ張られるような形で、浜中は新聞社へ向かった。

 普段、事件があれば、ニュースなどでそのことが報道されるが、その情報元のほとんどは警察だ。警察が新聞社を初めとした報道機関と、密接と言えるほど関係を持っていることを、浜中は刑事になってから初めて知った。

 署内には、何か記事にできるネタがないかと待機している記者が常にいるし、テレビや新聞で伝えてほしい事件があれば、警察から情報を出している。また、報道機関が事件のネタを掴み、その捜査をしてほしいとお願いしてきたこともある。時には、一般からの情報提供を期待して、逃亡した犯人の特徴などを報道してもらうこともあり、そうして警察と報道機関が協力し合って解決した事件というのも数え切れないほどある。

 ただ、一端の刑事である浜中は、そんなに記者と交流がある訳でなく、新聞社を訪れるのも初めてだ。それなのに、無理やりに近い形で新聞社の中に入らされてしまい、変な緊張があった。

 入ってみると、一般の企業と似た感じで、受付のようなところがあった。そして、軽く速見から押されるような形で、浜中は受付の方へ近付いた後、警察手帳を出した。

「刑事の浜中剛です。聞きたいことがあって……」

「捜査令状がないなら、お引き取りください」

 こちらを拒否するような態度をいきなり示され、浜中は戸惑ってしまった。

「いや、その……」

「捜査令状は、ありますか?」

「ないけど……」

「でしたら、お引き取りください」

 こちらの話を一切聞く気がないようで、浜中は戸惑ってしまった。それでも、どうにか自分も役に立ちたいという思いがあり、諦めたくなかった。

「いや、少しでも私の話を……」

「浜中さん、そういうことなら、もう行きましょう」

 速見はそう言うと、浜中の腕を引っ張るようにして、外へ出た。

「今すぐ車に乗って、ここを離れた方がいいわ」

「どういうことだい?」

「いいから、急いで」

 速見が急かしてきたため、浜中は車に乗ると、言うとおりに車を走らせた。

「私が指示したとおりに行って。まず、次の交差点を左折して」

「少しは説明してくれても……」

「いいから、言うとおりにして」

 何もわからないまま、浜中は速見の言うとおりに車を走らせた。そうして、くねくねと左折と右折を繰り返しながら、しばらく移動した所で、速見は息をついた。

「これで、何か効果があればいいわね」

「いや、何も聞けなかったし、効果はなかった……」

「可唯君が言っていたでしょ? 捜査していると示してほしいって。別に、最初から何かを聞き出すことが目的じゃないわ」

 そう言われても、まだ浜中は理解できなかった。

「受付にいた人、あなたが刑事と名乗ったら、すぐに対応したわ。恐らく、刑事……というより、あなたが来たら、何も答えずに帰せって指示があったんじゃないかしら?」

 速見の言うとおり、浜中に対して、受付の人は決まった対応をしているようだった。ただ、それが何を意味するかというところまでは、わからなかった。

「あなた、それこそブラックリストみたいなものに載っていて、警戒されていると自覚した方がいいわよ」

「いや、そんなことあるわけ……」

「すぐに移動したから、何とか逃げられたみたいだけれど、尾行されていたわ。気付かなかったのかしら?」

 当然ながら、浜中はそんなことに気付いていなかったため、驚きしかなかった。

「私達が調べているのは、こういうものよ。怖気づいたなら、今すぐこの件から離れるべきよ?」

 速見の言い方は、ここでもう引くべきじゃないかと問いかけるものだった。

 浜中は、今何が起こっているかということも含め、わかっていないことの方が多いのだろうと自覚している。そのうえで、変わらない考えがあった。

「私は、日下さんが何をしたのか、知りたいんだよ。そのためなら、何があっても逃げることなんてしない」

 そんな浜中の言葉を受け、速見はどこか嬉しそうな表情を見せた。

「あなたも私と同じみたいね。でも、思いがあるだけじゃダメよ? 知識もなければ、状況判断もできないし、理解力も全然ない。危なっかしくて、見ていられないわ」

「……申し訳ない」

 速見の言葉を否定できず、浜中は謝ることしかできなかった。

「だから、私の言うことを聞いて。そうすれば、あなたのしたいことをさせてあげるわ」

 速見はそう言うと、スマホを使って、どこかへ連絡した。

「もしもし? 調べてもらっていたこと、何かわかったかしら? それなら、会って話したいわ。今夜もいつもの所にいるのかしら? そう、ありがとう。すぐに行くわ」

 すぐに話がまとまったようで、それだけ話すと、速見は通話を切った。

「これから言う場所に行ってくれないかしら?」

「別にいいけど……誰かと会うのかい?」

「ええ、そうよ」

「それなら、行く前にどんな人なのか……」

「次の交差点を左折して」

「いや……」

「いいから、左折して」

 聞きたいことが山ほどあったものの、浜中は諦めて、速見の言うとおり車を走らせた。そうして、しばらく移動した後、コインパーキングに車を止めた。

「こっちよ」

 結局、速見からは何の説明もなかった。そのため、浜中は精神的な形でも引っ張られるように、速見について行った。

 そうして着いたのは、個人経営でやっているような居酒屋だった。こうした居酒屋は、店主や店員と仲の良い、常連が多い店といった印象があり、浜中は普段から避けるようにしていた。ただ、速見が何の抵抗もなく入ったのを見て、そのまま一緒に中に入った。

 店内はそこまで広くなく、真ん中に通路、左側に厨房とカウンター席、右側に三つのテーブル席があった。

「マスター、こんばんは」

「おう、絵里ちゃん! 何だ? 今日は彼氏連れか?」

「そんなんじゃないですよ」

 浜中は、下の名前で呼び合うといったことを普段していない。そのため、店主らしき人に下の名前で呼ばれ、気さくに話す速見を見て、常連なんだろうなと感じた。

 それから、速見が奥に行ったため、浜中はついていった。そうして、奥の座敷に行くと、一人の男性がいた。その男性は、白髪や髭が特徴といった感じで、見るからに高齢に見えた。

「ビーさん、こんばんは」

「絵里ちゃん、こんばんは。こんな時間に来るなんて珍しいな。その人は彼氏か?」

「マスターと同じこと言わないでよ。そんなんじゃないから」

 浜中は戸惑いつつ、靴を脱ぐと、速見の隣に座った。

「すいません!」

 速見からビーと呼ばれた男性は、手を振りながら大きな声で店員を呼んだ。そして、すぐに店員はこちらにやってきた。

「二人は、何を飲むんだ?」

「ああ、えっと……」

 決めてから店員を呼んでほしかったと思いつつ、浜中は無難にウーロン茶を頼むことにした。

「ウーロン茶で」

「何だ? 酒は飲まないのか?」

「車で来たんです。だから、お酒は控えます」

「刑事に飲酒運転をさせるわけにはいかないからな。それならしょうがないか」

「すいません……」

 酒に付き合うことは、大人のコミュニケーションとして、大事なものだと思いつつ、断ろうとしたところで、浜中は一つの疑問を持った。

「私が刑事だって、名乗りましたか? ああ、速見さんが話したんですか?」

「私は、浜中さんが刑事だなんて話していないわよ」

「だったら……ビーさんでしたか? 何で私が刑事だと知っているんですか?」

 浜中の質問に対して、ビーは笑った。

「俺に敬語なんか使わなくていい。今夜は腹を割って話そう」

 その言葉を受け、浜中は決めた。

「すいません、ウーロン茶じゃなくて、ビールをください」

「おいおい、飲酒運転する気か?」

「今夜は近くのホテルで休むか、それが無理なら車で寝ます。ただ……すいません、敬語を使うのは直らないかもしれません」

 そう言うと、ビーは笑った。

「おう、そういう感じ、俺は好きだ。それで、絵里ちゃんは何にするんだ?」

「じゃあ、私がウーロン茶にするわ」

「飲まないのかい?」

 てっきり、速見とビーは酒を飲むと思っていたため、浜中は裏切られたような気分になった。

「私、お酒に弱いの。だから、私がウーロン茶で……」

「灯ちゃんの弔いってことで、一杯だけ付き合ってよ」

 そんな風にビーが言うと、速見は少しだけ間を空けた後、息をついた。

「それじゃあ、私はウーロンハイにするわ」

「じゃあ、ビールとウーロンハイだね。少し待っててね」

 それからすぐに飲み物が来て、浜中達はお互いにグラスをぶつけた。

「知っているみたいですけど、改めて、刑事の浜中剛です。あなたは……?」

「匿名希望と言いたいとこだけど、絵里ちゃんが連れてきたわけだし、信用するよ。といっても、色々あるから、本名は内緒にさせてもらう。俺のことはビーって呼んでくれ」

「わかりました。ビーさんですね」

 恐らく、それはあだ名というより、匿名の人を表現する際、アルファベットで呼ぶことがあることから、単に「B」と付けただけだろうと浜中は感じた。

「ビーさんは、マスメディアの裏事情とかも知っていて、時々捏造や偏向報道を暴く活動をしているのよ。元々、篠田さんに紹介してもらったんだけれど、私も色々と助けてもらって、その時から付き合いが続いているの」

「別に、普段はここで酒を飲んでいるだけの飲兵衛だ」

「それで、早速本題だけれど、調べてもらっていたことについて、わかったことを教えてくれないかしら?」

 速見がそう言うと、ビーはタブレットを取り出し、何やら操作した後、こちらから見やすいように置いてくれた。

「一年前の話だよな? 緋山春来が亡くなった件、報道内容が二転三転したみたいだ。当初は監視カメラに映っていたって話があったけど、監視カメラが機能していなかったとわかると、目撃者がいたって話にすり替わったんだ」

「さっき、新聞社に行ったんですけど、門前払いといった感じでした」

「TODに関することは、タブーになっている。浜中さんがTODの捜査をしているっていうのは、結構有名で、警戒されているんだ」

 警察から警戒されているのは、既に承知していたが、報道機関からも警戒されているというのは、さすがに厳しいと感じて、浜中は苦笑した。

「警察の方では、死体を解剖する、鑑識などにも手を回していた形跡があるんです。そんなことをした理由は、何だと思いますか?」

「シンプルに考えるなら、緋山春来の死をすぐに確認させたかったってことじゃないか?」

「どういうことですか?」

「TODのルール、俺も確認したけど、あまりにも簡素過ぎて、色々と問題があるように見えるんだ。127時間っていう制限時間内にターゲットが死亡したら、オフェンスの勝ちってあるけど、ターゲットが死んだ後、制限時間内に遺体などを確認できなかった場合、どうなるんだ?」

「……確かに、ターゲットの遺体が、制限時間内に発見されないということもありえますよね。ただ、これまでターゲットの死は、すぐに確認されています。それと、今回のTODで、ターゲットの位置が特定されるという状況が、何度も起こっています。もしかしたら、TODを運営している者は、何かしらかの手段でターゲットの位置や状況を把握している可能性があります」

「なるほど。その可能性はありそうだ。ああ、色々と見てもらうつもりだったのに、忘れていたな」

 そう言うと、ビーはタブレットを操作した。

「緋山春来が亡くなる直前まで……いや、正確には亡くなった後も、他の部員達の取材をしていた人がいたんだ。その時の写真なんかを送ってもらった」

 そして、タブレットには、ジャージを着た男子と女子が写る写真が表示された。

「彼が緋山春来。隣の彼女は、幼馴染の藤谷とうや春翔はるかで、サッカー部のマネージャーをしていたそうだ」

 名前の漢字が表示されて、「春翔」で「はるか」と読むのは珍しいと、浜中は感じた。

「緋山春来が亡くなった現場で、藤谷春翔の遺体も発見されている。二転三転したけど、最終的な目撃証言としては、緋山春来、藤谷春翔、日下洋の三人が廃墟に入って、その後、爆発があったというものになっている」

「この廃墟も、日下さん達が探していたものみたいなんです。それで、爆発があったのって、日下さん達が意図的に起こしたものだと思いますか?」

「どうだろうな。遺体の確認がしづらくなるから、わざわざそんなことするだろうかって疑問はある。まあ、鑑識に手を回しているなら、遺体の状態なんて、どうでも良かったのかもしれないけどな」

「……他の写真も見ていいですか?」

「ああ、自由に見ていいよ」

 ビーの言葉を複雑に思いつつ、浜中はタブレットに入っている写真を順に見ていった。

 緋山春来と藤谷春翔は、他の部員とも仲が良かったようで、どの写真も笑顔の部員達に囲まれていた。そうして見ていくと、途中から緋山春来と藤谷春翔が写る写真がなくなった。

「その辺から、二人が亡くなった後の写真だ。他の部員は亡くなった二人の分まで頑張るって意気込んでいたけど、結局初戦敗退だったそうだ。それで、その結果だと記事にならないってことで、この取材は全部ボツになったそうだ」

「……そうですか」

 写真に写る部員達は、少し悲しげに見えるものの、みんな笑顔でガッツポーズのようなものをしていた。そうした写真を見ていくうちに、浜中はあることに気付いた。部員達はガッツポーズをしているわけではなく、ある物をカメラに写すことが目的で、みんな同じポーズをしていたのだ。

「あの、これって……?」

「ああ、藤谷春翔が部員全員に配った物らしい。その直後に彼女が亡くなって、形見みたいな物になったから、みんなで着けて頑張ろうとしていたんだろう」

「……偶然か、見間違いかもしれませんけど、これと同じ物を見たことがあります。速見さんも……」

 目をやると、速見が号泣していて、浜中は固まってしまった。

「速見さん?」

「篠田さん、何で死んじゃったの―?」

「ああ、絵里ちゃんって泣き上戸なのか、酒飲むといつもこうなるんだ」

「だったら、飲ませないでくださいよ」

「……悲しい時は、トコトン悲しませてあげたいからな。絵里ちゃんは強がりだから、酒の力でも借りないと、気持ちを吐き出してくれないんだ」

 そう言うと、ビーは軽く笑った。

「浜中さん、絵里ちゃんに気に入られているんだな」

「いえ、さっき会ったばかりですよ?」

「だったら、尚更だ。絵里ちゃん、灯ちゃんが亡くなって、ずっと気を張り詰めていたみたいだし、心配だったんだ」

「……そうですね」

「だから、今夜は浜中さんも息抜きの時間にしてほしい」

 ビーは、速見だけでなく、浜中のことも心配していたようだ。そのことを察して、浜中は色々と話したいことがありつつも、ビールを飲み干した。

「それじゃあ、トコトン飲みます」

「じゃあ、俺も付き合う」

 ふと、スマホに目をやると、月上から着信があったことを知った。すぐにかけ直すべきかとも思ったが、浜中は考えを変えることなく、スマホの電源を切った。

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