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TOD  作者: ナナシノススム
ウォーミングアップ
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ウォーミングアップ 12

「ただいま」

 美優が家に帰ると、美優の帰りを待ちわびていたかのように一匹の犬が駆け寄ってきた。

「ミュー、ただいま」

 美優は拾った犬に、「ミュー」という名前を付けた。これは、美優のイニシャルであるMをギリシャ文字に変換するとμ(ミュー)になること、音の響きが美優と似ていることなどから、付けた名前だ。

 美優はミューの頭を軽く撫でた後、そのままミューを抱っこして、部屋に向かった。

「美優、おかえり」

「うん、ただいま」

 途中、祖母とそんなやり取りをした後、美優は部屋に入り、ミューを下ろすと、服を着替えた。それから、またミューを撫でつつ、美優は軽くため息をついた。

「私……好きな人ができちゃったみたい」

 こんな風にミューに話しかけるのは、よくしていることだ。当然、犬のミューが、美優の言葉を理解してくれるとは思っていない。ただ、だからこそ美優にとってミューは何でも話せる相手になっていた。

「ミューを拾った時にいた人だよ。ミューも懐いていたもんね」

 あの時、翔と会っていなかったら、こんな気持ちになることはなかっただろう。そう考えると、ミューのおかげで翔を好きになったともいえる。

「翔って言うんだけど、今日、誰とも仲良くしたくないなんて言っていて、何でそんなこと言うのかね? でも、孝太と千佳と大助も協力してくれるし、仲良くなれるよう、頑張ってみるよ」

 言葉を理解していないはずだが、ミューは返事をするように鳴いた。それを見て、美優は思わず笑みが零れた。

「人を好きになるなんて、初めてだけど……何だか変な感じだね。どうしていいかわからないし、悩みしかないよ。お母さんも、こんな気持ちだったのかな?」

 ふと、美優は棚に飾ってある、母親の写真に目をやった。

 母親の写真は少なく、その中から美優を妊娠して、入院している時に撮ったという写真を飾っている。祖父母の話では、これが生前の母親を撮った写真の中で、最も新しいものだそうだ。

 それから美優は鏡に目をやり、あることに気付いた。それは、写真に写る母親と、鏡に映る自分の姿がそっくりだということだ。それは単に似ているだけでなく、美優自身が母親の年齢に追いついたことを表しているように感じた。

 両親の交際や、美優を出産することに対して、周囲から反対があっただろうことは、祖父母の様子などから察している。それは、恐らく母親が若くして……それこそ今の自分と同じ高校生の時に妊娠したからだろうと美優は考えている。誰も何も説明してくれないものの、そういったことは雰囲気でわかってしまった。

 父親のことは年齢も含め、何もわかっていないが、高校生を妊娠させたとなれば、大きな騒ぎになっただろう。一応、こういった話の中には、周りの理解を得られたケースもあると聞いたことがある。しかし、美優の両親に限っては、祖父母を含め、周りから反対されたようだ。

 思い返してみれば、幼稚園に行っている頃、誰かが家を訪ねてきた際に、祖父母が強い態度で拒否して帰らせたことがあった。もしかしたら、あの人が自分の父親なのかもしれないと、ふと思った。

 急にそんなことを思うのも、翔を好きになったからかもしれない。そうだとしたら、人を好きになるというのは、改めてすごいことだと感じた。

 同時に、何だかよくわからない不安な気持ちが生まれて、美優はミューを抱きしめた。

 犬は癒しだなんて言う人がいるけど、本当にそのとおりだ。こうしているだけで、美優は気持ちが落ち着いていった。

 その時、強く抱きしめすぎたようで、ミューが嫌そうに鳴いた。

「ああ、ごめんごめん! 苦しかったね!」

 美優が放すと、ミューは少しだけ逃げるように距離を取った。そんなミューを見て、美優は苦笑した。

「本当にごめん。あ、おやつあげようか?」

 それで釣るのもずるい気がしたが、美優は引き出しから犬用おやつを取り出すと、ミューに向けた。すると、ミューは少しだけ警戒しつつも、ゆっくりと近付き、おやつを食べてくれた。

「話の続きだけど、今度、翔を遊びに誘ってみようかな。ほら、ミューも翔に懐いていたし、会わせたいとかお願いしてみようか。……何だか、ミューをだしに使うみたいで悪いけど、いいよね?」

 こうして翔のことを考えていると、不安はあるものの、それ以上に心が温かくなるような感覚があった。恐らく、これが人を好きになるということなのだろう。そんなことを思いつつ、美優はまたミューの頭を撫でた。

 その時、千佳から電話がかかってきて、美優はすぐにスマホを手に取った。

「もしもし?」

「美優、明日の朝、いつもより早めに出て、翔を待ち伏せしない?」

「え?」

 いきなり本題を言われて、美優は理解するのに少々の時間を要した。

「そんなことして、怒らないかな?」

「さすがに家の前で待つとかはやめた方がいいと思うけど、少し離れたところで、偶然会った感じにすればいいんじゃないかな?」

 待ち伏せしておきながら、偶然会ったように装うなど可能なのか、普通に疑問だったが、千佳の勢いに押される形で、美優は笑った。

「うん、わかった」

「翔、いつも結構早いし、こっちもいつもより30分ぐらい前に集まろうよ」

「そんなに早く?」

「美優、翔と登校したいでしょ!」

「……うん」

 それから、ほとんど千佳が考える形で、明日の詳細が決まった。

 当然、翔の迷惑になるかもしれないといった不安も持っている。それでも、美優は今この瞬間を楽しいと感じていた。

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