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TOD  作者: ナナシノススム
前半
129/282

前半 69

 速見は何から話せばいいかと一瞬だけ迷ったが、いつもと同じように、自分の伝えたいことを伝える。すぐにそう決めた。

「純君、二人きりの時と同じように、タメ口で話してくれないかしら?」

「ああ、いいぜ」

 タメ口の方が本音を引き出せるだろうと、普段からこんなお願いを速見はしていた。ただ、教師の前で話した時、年上を敬えといった注意を純が受けてしまってから、二人でいる時だけと条件を設けた。

 今は近くに浜中がいるものの、これまでを振り返って、今ほど純の本音を聞きたいと思ったことはない。だから、二人きりの時と同じように話したいと速見は思った。

「単刀直入に聞くわ。何で、TODのことをちゃんと話してくれなかったのかしら?」

「ちゃんと話したぜ? TODのターゲットに選ばれて、命を狙われたけど、無事だったって言ったじゃん」

「確かに、そうだけれど……」

「それに、TODのルールとかも話したぜ」

 確かに純の言うとおりで、そのおかげで篠田が調べていた、緋山春来の死の真相に近付くこともできた。しかし、速見の言いたいことは、当然違った。

「そうじゃなくて、何で人を殺したことを言わなかったのかしら?」

 その質問に対して、純はキョトンとした表情を見せた。

「何で言う必要があるんだよ?」

「何でって……」

 上手く言葉が見つからなくて、速見は何も言えなかった。それより、純は他の人と根本的に違った考えを持っていると、改めて実感した。

 純の取材を初めてから、かれこれ半年ほどが経った。そうして、速見には、はっきりとわかったことがある。それは、純を理解することはできないというものだ。

 それまで、アシスタントとして篠田についていた速見が、初めて一人で取材するようになった時、任された仕事は、期待の高校生を紹介する特集だった。

 これは、篠田が取材した、孝太に関する記事の反響が大きかったため、それを拡大させようといった目的から企画されたものだった。

 そして、今後に向けた経験として、速見は取材対象を選ぶところから仕事を任された。

 当初、速見は取材対象として、美優を選ぶ予定だった。しかし、美優から早々に断られ、特に他の当てもなかったため、途方に暮れてしまった。

 そんな速見に対して、好きなことから探せばいいんじゃないかと、篠田から助言があった。それを受け、幼い頃から野球が好きだった速見は、高校野球に注目した。

 とはいえ、甲子園に出場し、そこで注目されるような高校生は、既に大手のマスメディアが記事にしていたため、すぐに候補から外れた。そんな中、予選敗退し、甲子園に出場できなかったものの、密かな注目を集めている高校生の存在に気付いた。それが、神保純だった。

 純は、最終的に甲子園出場を決めた高校を相手に、9回まで無失点で抑えた投手だ。チームメイトが点を取れなかったため、10回で投手が交代した後、そのまま敗退してしまったが、純のしたことは大きな快挙だった。

 というのも、純が相手をした高校は、打撃力を重視した攻撃的な戦略を立てていて、多くの試合で大量得点をあげていた。そして、この高校を相手に無失点で抑えた投手は、甲子園を含めて純だけだった。

 そうしたことを知り、純に興味を持つと、速見は取材を申し込んだ。それを純が快く受けてくれたことで、二人の付き合いは始まった。

 それから、速見は一緒に過ごしているうちに、純が他の人と根本的に違った考えを持っていると感じるようになった。

「人を殺すだなんて、普通の人は経験しないことよ。それを話す気は、一切なかったってことかしら?」

「別に、人を殺すなんて誰でもできるぜ。だから、わざわざ話す必要ないじゃん」

 それは、純がいつも言っていることだ。

 純は、この世に存在するあらゆることに対して、誰でもできるといった考えを持っている。それは、純のしていることも、誰でもできるという意味を含んでいる。そして、そうした考えは、良くも悪くも、純を普通とかけ離れた存在にしていた。

 普通の人は、できることとできないことがあると認識している。そして、時にはできないことに挑戦し、できるようになることもある。その結果、大きな達成感を得られることも多い。

 しかし、純の場合は違う。できないことに挑戦するといった考えが一切なく、ただ興味が湧いたから、自分もやってみる。そんな軽い気持ちで何かを始めては、すぐにやめるといったことを繰り返していた。

 しかも、単にやっただけで終わらず、いずれも何かしらか大きな結果を出していた。具体的には、非公式ながら陸上で中学記録を取ったり、テストで学年一位の成績を取ったり、さらには小規模のゲーム大会で優勝したり、普通はできないことをやってきていた。

 野球もその一つで、単に速い球を投げてみたいとか、変化球を投げてみたいとか、そんな軽い気持ちで始めただけだ。そのため、純は甲子園に出場することだけでなく、試合に勝つことすら興味がないようだった。それどころか、そもそも野球が好きじゃないようで、野球観戦なども一切していない。

 問題は、これが普通でないことを、純自身が自覚していないことだ。というより、純は普通でいるし、普通でいたいと願っているようで、だからこそ特別扱いされることに嫌悪感すら持っている様子だった。これは、何か始めても、周りから評価されて特別扱いされた直後、すぐにやめてしまうといった形で、表れていた。

 そんな純だからこそ、人を殺すということも、普通とは違う考えを持っているのだろう。速見は、どうにかそこまで理解した。しかし、実際に純がどう考えているかは、とても理解できそうになかった。

 とはいえ、それで諦めるつもりもなかった。

「それじゃあ、改めて聞くわ。先月のTODで、いったい何があって、どうして純君は人を殺したのかしら?」

 人を殺した理由を聞く。そのことに強い抵抗があったものの、それを速見は表に出さないように努めた。

「ああ、別にいいぜ」

 予想どおり、純は世間話をしているかのような反応だった。つまり、純にとって人を殺すというのは、特別でも何でもない、普通のことのようだ。速見は、そう感じた。

「TODのターゲットに選ばれて、ディフェンスと一緒に廃墟へ行ったんだ。俺みたいな普通の人が死んだとこで、どうでもいいと思ってたけど、賞金が掛かってたみたいだし、ディフェンスの言うとおりにしたんだ」

 いくつか言いたいことはあったが、純が自分から話をしてくれている今、速見は黙っておいた。

「ディフェンスがオフェンスに殺されたとか、そのオフェンスを別のディフェンスが殺したとか、色々あったけど、途中でリーダーっぽいディフェンスが怪我を負ったんだ。それで、危ないと思ったのか、俺を殺して、今回のTODを終わらせようって言ったんだ。俺は別に死んでもいいと思ってたし、それでいいって言ったんだけど、その人の拘りなのか、俺にナイフを渡して、いくらでも抵抗していいって言ってきたんだよ」

「まさか、それで……」

「浜中さん、黙って。純君、話を続けて」

 これまで黙っていた浜中が声を出すのも、しょうがない。そう思えるほど、速見も驚いたが、純が話を続けてくれるよう、浜中を止めた。

「だから、言われたとおり抵抗した。そしたら、向こうは怪我を負ってたし、簡単に殺せちゃったんだ。その瞬間のことは……最高に楽しいと感じたぜ」

「……楽しい?」

「ああ、最高に楽しかったぜ。その後、またオフェンスが殺しにきたけど、そいつらも俺が殺した。その時も、最高に楽しかった。特に、二人目のオフェンスを相手にした時は、いつ殺されてもおかしくないって感じで、最高に楽しい殺し合いだったぜ」

 この時、速見は二つの衝撃を受けていた。一つは、殺し合いを楽しいと表現していること。もう一つは、これまで楽しいなんて言ったことのない純が、楽しいと言っていることだ。

「その後は、微妙だったぜ。残ってたディフェンスとの殺し合いは、向こうが全然抵抗しなかったから、簡単に殺せた。最後のオフェンスも、何を驚いてたのか、何もしてこなかったぜ」

 純を理解するなど、自分にできることじゃない。というより、誰も純を理解できるわけがない。そう思いつつも、速見は純のことを理解したいという気持ちを捨てたくなかった。

「何で、元ターゲット……それに今回のターゲットを狙って、殺し合いをしているの?」

「俺と同じで、最高に楽しい殺し合いをしてくれると思ったからだぜ。でも、ほとんど抵抗しないし、楽しくなかった。何で、誰でもできることをみんなやらないのか、ホントに不思議だ」

 純にとって、これまでかかわってきた人は、誰でもできることをやらない人だ。そうした考えは、少しずつでも確実に、純を悪い方向へと進ませていたのだろう。

 そんな風に考えると、何か自分にできることがあったんじゃないかと、速見は少しだけ後悔した。そして、まだ遅くないと、踏み込むことにした。

「はっきり言うわ。純君、あなたは普通とは違う……特別なの」

「何で、他の人と同じ、普通の俺をそんな風に言うんだよ?」

「みんな、純君と違って、できないことばかりなの。だから、できないことができるようになった時は嬉しいし、自分にできないことをやっている人を尊敬するわ。人と比べてどうとか、勝ち負けとか、そうしたことをみんな気にするのも、できないことがあるからよ」

「何言ってるの? 何で速見さんもわからないの?」

 お互いの考えが、根本的に違っている。これまで以上に、そのことを速見は実感させられた。

 速見が純の考えを理解することはできない。そして、純が速見の考えを理解することもできない。

 それは、何も伝えられるものがないということで、速見は胸が苦しくなるほど悔しかった。

 その時、足元から金属音が聞こえて、目をやるとナイフが落ちていた。

「速見さんも、俺と同じことを経験すれば、きっとわかるはずだぜ? まだ捕まりたくもないし、殺し合いをしようぜ」

 純は、殺し合いをしたいそうだ。そのことを頭で理解しつつも、速見は動けなかった。すると、浜中がナイフを拾った。

「速見さん、私が彼の相手をします。だから、逃げてください」

 そう言われても、速見は動けなかった。これまでやってきたこと全部が、無駄であったかのような絶望感。そんなものが、心だけでなく全身を侵食して、動くという機能を失ってしまったようだった。

「盛り上がっとるやないか。わいも混ざってええか?」

 不意にそんな声が聞こえ、目をやると、一人の男が純に向かっていった。

 純が左手に持ったナイフを振ると、男は身体を反らしたり、バク転や側転をしてかわした。そして、明らかに変な体勢から蹴りを繰り出すと、純を吹っ飛ばした。

「可唯君、何でここに?」

「浜中に用があって来たんや。丁度ええタイミングやったな」

 純を相手にしながら、男は浜中と会話をしていて、余裕そうだった。

「浜中さん、彼は誰かしら?」

「ああ、工平可唯君といって……説明が難しいけど、一言で言うと、今回のTODのディフェンスだよ」

 こんな状況で突然やってきたことを含め、浜中が説明に困るのは、もっともだと速見は感じた。

 ふと、速見は純の方へ目をやった。すると、純は不機嫌そうな表情になっていた。

「あんたは、つまらない。邪魔するな」

「そないなこと言われたら、悲しいで。わいの相手もしてや」

「だったら、ナイフを使え」

「わい、ナイフを使うより、素手の方が強いねん。今のあんたには9割程度の力が必要やから、ナイフを使うなんてハンデは負いたくないで」

 可唯の言葉を受け、純は少し間を置いた後、ナイフを下ろした。

「あんたがいると、興が冷めるぜ。まあ、捕まりたくないし、着替えたかったけど逃げるか」

 そんな風に言うと、純は背を向けて、走り出した。そんな純を呼び止めることすらできず、速見は呆然としてしまった。

「追っても捕まらんやろな。ほんで、浜中に頼みがあったんやけど……」

「いや、そんな簡単に切り替えられないよ」

「わい、時間がないねん。せやから、早速本題に入るで」

 この可唯という人物も、普通とは違うのだろう。そんなことを速見は直感した。

「一年前のTODについて、調べとるやろ? せやったら、これも調べてほしいんや」

「……これは?」

「緋山春来が死んだって報道、目撃証言とか時系列とか、変な点がたくさんあるんや」

「それを調べろってことかい? それなら、可唯君の方が色々と調べられそうだけど……」

「ちゃうって。一年前の報道にかかわっとった、この新聞社を、ふりでもええから浜中が調べとるってことにしてほしいねん」

 浜中は、何を言われているのか、わかっていない様子だった。ただ、速見の方は、可唯の頼みに思うところがあった。

「揺さぶりをかけることで、向こうから動くようにしたいってことかしら?」

「さすが記者やな。そのとおりやで」

「……記者って、名乗ったかしら?」

「わいは情報通やから、全部わかってんねん。記者の速見絵里やろ?」

 その一言で片付けていいのかと疑問だったが、速見は本題に戻ることにした。

「その新聞社、篠田さんも調べていたわよ。まあ、情報を小出しにしたような、変な記事になっていたから、詳細を教えてもらおうとしたんだけれど、強く断られて諦めていたわ」

 明らかに情報を隠している様子だったものの、この件は調べようがないと早々に諦めていた。そのため、是非協力したいと速見は思った。

「ほな、わいは行くさかい」

「いや、そんな話だけじゃ何をすれば……」

「聞き込みに行くだけでもええよ。ほな、頼んだで」

 そう言うと、可唯は走って行ってしまった。

 それから少しの間、二人で呆然としてしまったが、速見は頭を切り替えると、浜中に顔を向けた。

「さっき言ったとおり、協力して。私も調べたいと思っていたし、これから一緒に聞き込みに行きましょうよ」

「今からかい? もう夜だけど……」

「記者は、むしろこれから動き出す人だって多いわ。だから、いいタイミングよ」

「いや、でも、危険だよ?」

「TODについて調べるのに、リスクは承知のうえだと言ったでしょ? それに……」

 それから、速見は軽くため息をついた。

「純君のことも止めたいわ。そのためにも、協力したいし、協力してほしいわ」

 速見の言葉を受け、浜中は少しの間、悩んでいる様子だった。ただ、観念した様子で軽く微笑むと、頷いてくれた。

「わかったよ。それじゃあ、改めてよろしくね」

「ええ、よろしく」

 篠田や純のことを考えると、様々な思いが溢れそうだった。そうした思いを仕舞い込むように、速見は、記者として自分にできることをしようと心に決めた。

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