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TOD  作者: ナナシノススム
前半
128/272

前半 68

 浜中は、神保純の家の近所で張り込みをしながら、定期的に同僚と連絡を取っていた。しかし、今のところ、神保純の姿を見かけることもなければ、同僚が有力な情報を掴むこともなかった。

 一年前、日下や月上を中心に、警察が何をしていたか。それ自体は、いくつかわかってきたこともある。しかし、決定的なことは見つかっていないようで、もしかしたら他の者が中心に動いていた可能性も出てきたとのことだ。そんな状況で、同僚も困っているようだが、これについては任せることしかできないでいる。

 そうして、いわゆる暇な状態になったため、浜中は車の中で気を抜くと寝そうになってしまった。そのため、眠気覚ましに自動販売機で缶コーヒーを買うと、その場でそれを飲んだ。

 その時、近くを通り過ぎた女性を、自然と目で追った。そして、浜中はすぐに気付いた。

「速見絵里さんだよね?」

 そう問いかけると、速見は足を止めた。しかし、すぐ険しい表情になると、逃げるように走り出した。

「待って! 単独行動は危険だよ! それに、聞きたいことや話したいことがたくさんあるんだ!」

 浜中はそう言いながら追いかけると、速見の腕を掴んで、足を止めさせた。

「私は刑事で、浜中剛と言います。少しでいいから、話をさせてほしい」

「離して。私は誰も信用しないわ」

「神保純に会いに来たんだね? 彼のことでも、話があるんだよ」

「……命を狙われているって話でしょ? それで何度も連絡したんだけど、全然出ないから、直接会おうと思って……」

「それは違う。神保純がTODの元ターゲットを殺した犯人だ。そして、今回のターゲットも殺そうとしているんだよ」

 浜中の言葉に、速見は少しの間、何の反応もしなかった。

「何を言っているのかしら? そんなこと……」

「彼は先月のTODで、自分を殺そうとしたオフェンスとディフェンスを殺して生き残ったんだ。その経験が彼を狂わせたようで……相手にもナイフを渡したうえで、殺し合いをしているそうだよ。しかも、それを何度も繰り返しているよ」

 速見は信じられないといった様子で、言葉を失っていた。

「あと、篠田さんが殺されたこと、TODに参加していたことだけが原因とは思えないんだ。何か、知ってはいけないことを知ってしまったんじゃないかと考えている人もいる。だから、君も危険かもしれない」

「危険は承知のうえよ。だから、私は私自身を守るために動くわ。あなたの助けなんていらないわよ」

「私が君を助けるんじゃないよ。私は君に助けてほしいんだ。今、警察はTODに関する捜査を打ち切っていて、独自に捜査している私も自由に動けない状況なんだよ。今日だって、私は署から追い出されたようなもので、今は同僚に色々と警察内部のことを探ってもらっているところだよ。まあ、正直言って、私は役立たずだ」

 現状、光達も警察の妨害によって動きづらくなりつつある。そんな中、浜中は正直に自分が役立たずであることを伝えたうえで、速見に協力を求めることにした。

「記者の調査能力は、刑事でも敵わないと思っている。実際、篠田さんは私達の知らないことを多く知っていただろうしね。こんな状況の中、私は少しでも誰かに助けてほしいと思っているんだ。こんな頼りない私で申し訳ないけど、協力してもらえないかい?」

 浜中は、深く頭を下げた。それから少しして、速見の笑い声が聞こえた。

「本当に頼りないわね。まあ、その方が信用できるわ。演技をしているようにも見えないしね」

 浜中が顔を上げると、速見は少しだけ間を置いた後、口を開いた。

「そういうことなら、協力してあげる……というより、あなたが私に協力して。それでいいかしら?」

「うん、ありがとう! それでいいよ! ああ、改めて、私は浜中剛だよ」

「私は、速見絵里よ。よろしくね。それで、早速だけど、色々と聞かせてくれないかしら?」

 速見は軽く挨拶した後、すぐにそう切り出してきた。そのことに、浜中は少しだけ戸惑った。

「警察がTODの捜査を避けていることは、篠田さんから聞いていたわ。そのうえで聞くけど、さっき、警察内部のことを探ってもらっているなんて言っていたわね? 何を調べようとしているのかしら?」

「一年前のTODについては、どこまで知っているかい?」

「ターゲットが緋山春来で、亡くなったこと。刑事の日下洋が恐らくオフェンスで、緋山春来の死にかかわっているんじゃないかってことぐらいは、知っているわ。他にも、断片的にはなるけど、知っていることがいくつかあるわよ」

 そう言うと、速見はバッグから手帳を出した。

「それは?」

「篠田さん、アナログでも情報を残すようにしていて、特にTODに関する情報は消されやすいからと、手帳にメモしていたのよ。走り書きが多くて、解読するのが大変だけど、ここに様々な情報が書かれているわ」

「私も手帳を使っているよ。まあ、私はその方が頭を整理できるからって理由だけどね。その手帳、少し見せてもらえないかい?」

「ダメよ。これは篠田さんの形見みたいなものだし、本当に信用できる人にしか見せないわ」

「……うん、わかったよ」

 浜中としては残念だったが、確かにそのとおりとも思い、それ以上お願いするのはやめておいた。

「それじゃあ、話を戻そうか。一年前のTOD、日下さんだけでなく、警察内部で他にもかかわっていた人がいるかもしれないんだよ」

 それから浜中は、これまでわかっていることを順に説明していった。その間、速見は黙って話を聞いていた。

「以上が、これまでのところでわかっていることだよ」

「……そう」

 浜中が話を終えると、速見は複雑な表情で、ため息をつくように声を漏らした。

 そして、少しだけ時間を置いた後、速見は口を開いた。

「さっき、危険かもしれないなんて言って、私を心配していたけれど、そんな話を聞いたことで、さらに危険になっていないかしら?」

「いや、そんなこと……」

「これまで逮捕された人のうち、実際は何の罪も犯していない人、どれだけいると思っているかしら?」

 不意にそんなことを聞かれ、浜中は答えに困った。

「いや、何を言いたいのか、わからな……」

「まあ、法律に違反している人ってことなら、日本全国……それこそ世界中の人全員がそれに該当すると私は思っているわ。それなのに、犯罪になる人とならない人がいるのは何故かっていうと、警察がそれを罪とするかどうかってだけでしょ? これは、警察……いや、警察よりも上の存在にとって不都合な人がいた時、いつでも逮捕できるってことじゃないかしら?」

「いや、そんなことは……ないとは言えないかな」

 現在進行形で、浜中は警察の妨害を受けているところだ。もしかしたら、不当に逮捕される可能性もあるかもしれない。そんな考えがあり、速見の言葉を否定し切ることはできなかった。

「今、あなたが話したことは、警察にとって不都合な情報でしょ? それを知った今、何かしらかの罪で、いきなり逮捕される可能性もあるんじゃないかしら?」

「私がそうならないようにするよ」

「どうやって?」

「それは……」

 浜中が上手く答えられないでいると、速見はため息をついた。

「まあ、いいわ。それぐらいのリスクは承知のうえで、私も動いているからね。むしろ、警察の状況を知ることができて良かったわ」

 その言葉から、浜中は速見の覚悟みたいなものを感じた。そして、それは自分が持っている覚悟に近いような気もした。

「それに、篠田さんも緋山春来のことを調べたことから、TODについて知っていったようだし、一年前のTODを追求するのは、いいかもしれないわね。これまでわかっていること、教えてくれないかしら?」

「それが、今のところ、ろくな情報がないんだよ」

「その判断は、私がするわ。とにかく教えなさい」

 強引な速見に圧倒されつつ、浜中はこれまでわかっていることを順に話していくことにした。

「日下さんと月上さんが中心になって動いていたことは、まず廃墟の調査をしていたようだね。これは、どこにターゲットを誘い込むか、決めていたということだと思うよ」

「……そういえば、ガス爆発があったのよね? 廃墟なのに、どうしてガスが通っていたのかしら?」

「建物の所有者が夜逃げしたケースとか、しばらくそのまま放置されることがあるからね。珍しいことじゃないよ」

 そこで、浜中は月上に話した、自分の推測を思い出した。

「実は、緋山春来を殺したのが日下さんかどうかは、わかっていないんです。遺体は見つかったものの、爆発によって損壊していたので、死因もわかっていません。もしかしたら、別の誰かが緋山春来を殺した後、何かを隠蔽するために爆破させたという可能性もあります」

「別に、日下洋が緋山春来を殺した場合でも、同じことが言えるわよ?」

「……そうでしたね」

 速見の言うとおりだと思いつつ、浜中は複雑な気持ちだった。

「それで、他には何があったのかしら?」

「……ああ、そうだね。一年前、日下さんと月上さんは、検死関係で何か手を回していたみたいなんだよ」

 爆発があった建物から遺体が出て、それを検死した者は、当日になって急遽代わったそうだ。そして、その検死した者は、月上さんと頻繁にやり取りをしていた人物だった。

「そのせいで、緋山春来の死因が明らかになっていないどころか、爆発の前に亡くなっていたのか、爆発で亡くなったのかもわかっていないそうだよ。これは、銃のような凶器を使っても、誰が殺したか特定できないようにする目的があったんじゃないかって、同僚は言っていたよ」

「確かに、警察による犯行を隠すためと考えるのが、自然ではあるわね」

「あと、押収された銃の記録が改ざんされて、一部が持ち出された可能性もあるみたいだけど、これは確定じゃなくて、まだ調べてもらっているところだよ」

 ただ、この件については記録が残されていないようで、追及するのが難しいと同僚は話していた。

「私が関係あると思ったのは、これぐらいで、あとは関係ないような……」

「その判断は、私がすると言ったでしょ?」

 威圧するような雰囲気で言われ、浜中は同僚から聞いた、他の情報を軽く整理させた。

「事実確認ができていない情報もあるから、それを承知のうえで聞いてほしい。知っているかもしれないけど、ヤクザや暴力団と呼ばれる人達は、銃などを所持していたとしても、極一部を除いて逮捕されていないんだよ」

「私がさっき話したのと逆の話ね。警察が罪としなければ、何をしても罪にならないってことでしょ?」

「耳が痛いね。でも、そのとおりだよ。それで、一年前、そうしたヤクザや暴力団と、月上さんが接触したそうだよ。それだけでなく、そうした団体が所持している建物なんかを借りたんじゃないかって話もあって……ただ、この辺は関係ないんじゃないかって同僚も話していたし、詳細は不明って感じだよ。関係があるとしたら、殺害現場の候補を探していたとか、それぐらいじゃないかな」

 しかし、実際の殺害現場は廃墟だったため、仮にそうだとしても、ほとんど関係ないことだった。

「あと、警察って病院とも繋がりが深いんだけど、そちらの方にも何か動いていたみたいだね。ただ、こっちも全然情報が出てこないみたいだよ」

 それから、速見は少しだけ黙り込み、何か考えている様子を見せた後、口を開いた。

「一つ質問したいんだけど、あなたは、緋山春来を殺したのが日下洋じゃないと思っている……いえ、思いたいのね?」

 それが図星で、浜中は言葉に詰まってしまった。

「でも、状況証拠などから、日下洋が犯人だろうと無理に思おうとしている。違うかしら?」

「……どうして、そう思うんだい?」

「反対に質問するわ。日下洋が殺人を犯していない。そう思いたい理由があるはずよ? それは何かしら?」

 今、それを言う必要があるのだろうかと思いつつ、浜中は口を開いた。

「……日下さんは私の先輩で、色々と教えてくれたんです。とても正義感の強い人で、娘さんの手術費用が必要だったようですけど、そんな理由で人を殺すなんて……考えられません」

「だったら、日下洋は緋山春来を殺していない。その可能性を追ってみたらどうかしら?」

 不意な提案で、浜中は驚いてしまった。

「それは、どういうことだい? 私達は、一年前に何があったか、事実を追っているんじゃないのかい?」

「事実を調べて、それを伝える。それが記者の仕事だと、あなたは思っているのかしら?」

「……そう思っているけど、そうじゃないのかい?」

「記者の仕事は、自分の伝えたいことを伝える。取材するのも、伝えたいことを伝えるために情報を集めているだけで、事実を追求しているわけじゃないわ。というか、時には何も調べないで、事実と違うことを伝えることもある。だから、記者の仕事は、自分の伝えたいことを伝える。この一言だけで全部よ」

 速見が何を言っているのか、浜中にはわからなかった。

「わかりやすい反応ね。まあ、いいわ。実は、篠田さんも、日下洋が殺人を犯したとは思っていなかったみたいなの」

「そうなのかい?」

「篠田さんは、日下洋が解決した事件の被害者に会ったり、娘にも会ったりしたみたい。それで、あなたと同じように、正義感の強い人だと感じたそうよ」

 日下が解決した事件の被害者と聞いて、浜中は何人か頭に浮かんだ。

 事件が解決したからといって、被害者の心が完全に晴れることはない。そのため、事件が解決した後も、日下は頻繁に被害者を訪れ、話を聞くようにしていた。そうして、以前のように明るくなった被害者も、たくさん見てきた。

「まあ、それ以前の話として、一年前のTODでは、ターゲットの緋山春来だけでなく、両親や幼馴染まで殺されているわ。そんな殺人鬼が参加しているなら、何もしなくても緋山春来は殺されて、オフェンスの賞金が手に入ったはずよ。そんな状況の中、日下洋や警察は、何をしたのかしら?」

 速見は、何かしらかの答えを持っているようだった。しかし、浜中の考えを知りたいといった様子で、質問してきた。

 それを受け、浜中は自分の考えを伝えようとしたが、視界に入ってきた人物に気付き、すぐ中断した。

「速見さん、こんなとこでどうしたんですか?」

 そんな声に反応するように、速見はすぐそちらに顔を向けた。

「その人は、誰ですか? 記者……いや、違うか」

 速見は何を言えばわからないようで、黙っている。それに、警戒を強められたため、浜中は自分から話すことにした。

「神保純君だね? 私は、刑事をやっている、浜中剛だよ」

「やっぱ、正解だったぜ。まあ、そろそろ来るか」

 神保純は、不気味な笑みを浮かべた。よく見ると、黒いシャツにジーンズのため目立たないものの、大量の血が付着していた。

「……君を逮捕する。今すぐ……」

「待って。少しだけでいいの。私はずっと純君の取材をしてきたわ。だから、私に話をさせてくれないかしら?」

 速見の言葉を受け、浜中は少しだけ間を置いた。ただ、答えは既に出ていた。逮捕状も持っていない今、できることは任意同行だ。そうして、神保純を警察署へ連れて行ったところで、今の状況では何もできないだろう。

「わかった。速見さんに任せるよ」

 そのため、浜中は、速見の提案を了承した。

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