前半 64
翔達との通話が切れた後、和義は軽く息をついた。
「まさか、待ち伏せまでされるなんて、想定外だって」
「いや、こうしたことも起こると予測するべきだったんだろうね」
和義は、光とそんな話をしつつ、鉄也から受けた提案を思い返していた。
光を中心に、瞳、圭吾、鉄也、そして和義の五人で、TODの調査を続けようと提案があった際、鉄也はセレスティアルカンパニーの内部に敵がいた場合のことを考慮していた。それは、セレスティアルカンパニーにいる光達を中心に何かしようとするたび、それが筒抜けになってしまう可能性を心配するものだった。
そのため、外で活動することになる鉄也と圭吾が何かしらかの対策を立て、何かあった時は自分達が中心になるといった提案をした。しかも、この提案自体が、あらゆることを警戒し、和義に手書きのメモを渡したうえで、それを光と瞳にも連携するといった古典的な方法によるものだった。
さらに、そのメモには、こちらの動きを先読みされるような事態が起こった場合、セレスティアルカンパニーの内部に敵がいると判断して、光達がその敵を特定するべきだといった内容もあった。そして今、それをするべき時が来たと、和義は感じていた。
「これって、俺が把握できてないだけで、ハッキングされてるってことじゃん」
「いや、これは和義君の問題じゃなくて、セレスティアルカンパニーの問題だよ。会社全体で調査する必要があるかもしれないね」
光は和義に頼ろうといった感じでなく、セレスティアルカンパニーとして、どうするべきかといった話をした。それは、和義を拒否するような言い方でもあった。
「瞳、セレスティアルカンパニー内部に敵がいるとして、誰に何を調査してもらうのがいいのかな?」
「いや、ハッキングされてるってことなら、俺が調べるよ。俺でわからないなら誰もわからないでしょ? だから、俺が……」
「和義君、僕は瞳に聞いているんだよ?」
こちらをバカにしているかのようでもある光の言い方に、和義は苛立ちを覚えた。
「やっぱり、僕は和仁さんにお願いするのがいいと思うけど、瞳はどうかな?」
「何で、そこで兄貴が出てくるんだよ!?」
「それは、和仁さんがセレスティアルカンパニーの社員として、活躍しているからだよ?」
「そんなの……」
上手く反論できなくて、和義は言葉に詰まってしまった。
「光、そんな言い方は良くないよ。和義君だって、色々としてくれているのに……」
「二人とも何だよ!? そんな同情するみたいなこと言ってきて!」
「和義君、私も光も、そんなつもりで言ったんじゃないの」
「慰めなんていらないって! 俺が案内した場所で待ち伏せされた! こんなの、俺のせいじゃん!」
和義は感情的な声を上げた後、光に近付くと、胸倉を掴んだ。
「和義君、落ち着いて! 本当に私達は……」
「慰めなんていらないって言ってるんだよ!」
その時、光は両手を使って、和義の手を引き離そうとした。その際、和義は手に当たった物を握り締めた。
「だったら、はっきり言うよ。そんな感じで和義君にいられても、僕達は困るだけだから、今すぐ出ていってほしい」
「光! だから、言い方があるでしょ!? 和義君、光もおかしくて……」
「そこまで言うなら、もういいって! 俺は必要ないってことじゃん!」
和義はそう叫ぶと、光を突き放し、部屋を出た。
そして、和義は廊下を走り、そのままセレスティアルカンパニーを出た。それから少し歩いたところで、一台のワゴン車が和義の近くで止まると、助手席の窓が開いた。
「君が和義だな? 俺は冴木だ。鉄也から、君を迎えに行くよう、指示があったんだ」
そう言うと、冴木は鉄也が残したと思われるメモをこちらに見せた。そこには、和義と合流した後、ダークの本拠地に向かうよう、書かれていた。
「鉄也、準備がいいじゃん。そういうことなら、乗せてもらうよ」
「俺は、ダークの本拠地がどこにあるか知らないから、むしろ乗ってもらわないと困る」
「ああ、そっか。冴木だっけ? よろしく」
簡単に挨拶した後、和義は助手席に乗った。それから、スマホを操作すると、ダークの本拠地へ向かうルートを表示させた。
「それじゃあ、ここに向かって」
「ナビを使うと、位置を特定されるんじゃないか?」
「ルートを表示させてるだけで、これはどことも繋がってないスマホだから、安心して。それに、これは地下に入るまでのルートだしね。地下に入った後は、俺が案内するよ」
「わかった。それじゃあ、向かう」
そうして冴木が車を走らせたところで、和義は先ほど光としたやり取りを思い出し、自然とため息が出た。
「どうかしたか?」
「いや、演技とはいえ、さすがにムカつくことを言われたからね」
「俺は鉄也からメモを見ろと言われて、そこに書かれていたとおり、君を迎えに来ただけだ。何故こんなことをさせたのか、詳しく教えてほしい」
冴木の認識はそうなのかと気付き、和義は何から説明しようかと少し悩んだ。
「さっき、ラン達に向かわせた場所の近くで、待伏せしてる奴らがいたんだよ」
「大丈夫だったのか!?」
「みんな無事だから安心して。それで、鉄也がこうなることを一応予測してて、実際に起こったらどうするかを決めてたんだよ」
それは、決して外部の者に気付かれないよう、メモを使って行っていたことだ。
「位置が特定される理由は一つじゃなくて、複数あると考えた時、盗聴や盗撮をされてる可能性は考えないといけないからね。その可能性が高いと判断できた時は、俺が外に出るって決めてたんだよ」
もしも盗聴などをされていた場合、こうしたことを口頭で光と話すのも良くない。そのため、和義が離れる際は、仲違いを起こしたふりをしようと、あらかじめ光とメモを使って相談していた。
しかし、演技とはいえ、光から言われたことに対して、和義は色々と思うところがあった。
和義は物心がついた頃、歳の離れた兄の和仁が人よりも優秀で、周りから期待されていると知った。そして、和義の目標は、兄のようになることになった。
しかし、和義は器用でなく、何をやっても兄のようにはできなかった。
学校の勉強が好きになれず、成績は平均より少し上ぐらいだった。運動神経も良いわけでなく、兄の影響で始めたダンスも、和義はあまりセンスがないと自覚した。むしろ、兄のように魅力的なダンスが踊れないと落ち込み、自然とやめてしまった。
そうして、和義は何をやっても兄のようになれない。誰からも期待されない。そんな惨めな気分になってばかりだった。
そんな中、和義がプログラミングに興味を持ったのは、無料で公開されていたゲームと出会ったことがきっかけだった。無料だからと何の気なしに遊んだら、思いのほか楽しくて、和義は熱中した。そして、自分もこんなゲームが作りたいと思い、プログラミングの勉強を始めた。それは、和義にとって、初めて兄とは関係なく、始めたことだった。
プログラミングの勉強は、ほとんど独学に近いものだった。ただ、参考になるものがほしいと、和義は一般に公開されているソースコード――プログラムにどんな操作をさせるかが記載されたテキストファイルをたくさん見た。その結果、あらゆるプログラムにバグと呼ばれる欠陥が存在していることに気付いた。
それから、和義は無料で公開されているゲームやツールを、意図的に誤動作させる方法を見つけては、実際にそれを行うといった遊びを始めた。その中には、自分がプログラミングを始めるきっかけになったゲームも含まれ、あれだけ熱中したゲームを普通に遊ぶより、誤動作させる方が楽しいと思うようにすらなった。
そんな時、兄がプログラミングの勉強を始め、資格を取るために参考書などを購入した。その参考書を読ませてもらった時、何故こんな欠陥だらけのソースコードが掲載されているのかと和義は疑問を持った。しかし、そのことを指摘すると、余計な口を出すなと両親から怒られたため、一切言わないようにした。
ただ、その後、兄が資格を取得した時も、セレスティアルカンパニーへの就職が決まった時も、和義は納得がいかなかった。
そして、和義はセレスティアルカンパニーのシステムに、バグがないかと探すようになった。とはいえ、ソースコードを見られるわけでもないため、そう簡単にバグを見つけることはできなかった。それを踏まえて、ネットワークに関する知識があれば、もっと何かできるのではないかと、さらに知識を深めていった。
それは、確実にできることを増やしていった。和義は、自分で複数のネットワークを構築すると、あるネットワークに置いたシステムを、他のネットワークから攻撃するといったテストを繰り返した。
そして、和義はセレスティアルカンパニーのシステムに攻撃を仕掛けた場合、どんな方法で対応してくるか把握できるツールを作成すると、自分が特定されないような方法で実際に攻撃を仕掛けた。その結果、わかったことは、セレスティアルカンパニーのシステムが優秀で、一つの攻撃に対してあらゆる対処をしていることと、その対処を徹底し過ぎて、処理に非効率な部分――バグが存在することだった。
非効率な処理というのは、システムに負荷を与えるものだ。そう認識していた和義は、何種類もの攻撃ツールを作成した後、それを使って、あらゆるネットワークから一斉に攻撃するという策を立てた。
そして、実際に攻撃した時、一時的ではあったものの、セレスティアルカンパニーのシステムをダウンさせることができた。その時、和義は大きな達成感を得た。
しかし、この攻撃は、事前にテストした時と違い、誰がやったかわからないようにする細工をほとんどしなかった。というより、和義がやったと認識してほしくて、あえてしなかった。結果、すぐに犯人が和義だと判明した。
それから和義は、兄の和仁と、両親から怒られた。それは、これまでにないほどのひどい怒られようだった。
一方、セレスティアルカンパニーの方は、システムをダウンさせられたという事実を隠し、事故で一時的にシステムがダウンしたと発表した。そのため、和義が罪に問われることはなかったが、同時に和義のしたことを世間が知ることもなかった。
自分は、セレスティアルカンパニーのシステムをダウンさせるという、今まで誰もできなかったことをやった。それなのに、何で誰も自分を評価してくれないのか。そうした疑問は、和義の中で怒りになっていった。
そのまま家を飛び出し、途方に暮れていた時、見つけたのがライトのメンバー募集だった。納得できない社会を変えたい。そんな思いに共感して、和義はライトのメンバーになりたいと願った。
そして、鉄也を初め、光と圭吾からも自分の実力を認めてもらい、ライトのメンバーになることができた。その後、ダークとしてライトから分裂する際も、誘ってもらえた。それは、自分を期待してのことだろうと、今でも嬉しく思っている。ただ、自分よりも兄の方が評価され、期待されているという事実は、今も変わらないのだろうといった、諦めも和義は持っていた。
今、和義の本音としては、セレスティアルカンパニーに残ったまま、内部にいる敵を見つけたいと思っていた。これまで、あらゆるバグを見つけ、ハッキングもしてきた自分なら、何が原因で外部に情報が漏れているか特定できると自信を持っている。しかし、鉄也と光は、和義をセレスティアルカンパニーから離した方がいいと判断した。
さらに、光は和仁に調査をお願いすると言っていた。セレスティアルカンパニー内部のことは、和仁にお願いしたいというのは、演技でなく、光の本音だったように感じている。結局、自分はいつまでも期待されることがないのだろう。そんな思いに、和義は堪えられそうになかった。
「こういう時、年上として何か言えるようになっておきたかった。俺はそんな悩みを今持っている」
冴木から不意にそんなことを言われ、和義は意味がわからなかった。
「くだらない悩みだと思っただろ? だが、本当に悩んでいるんだ。悩みなんていうのは、いくら歳を取ってもある。そのほとんどが、他の人からしたら、くだらないと言われるようなものなんだ」
「いや、俺は……」
「君の悩みがくだらないなんて言いたいわけじゃない。俺が言いたいのは、悩んでいる暇なんてない。君は周りから期待されたことをやるべきだということだ」
何を言われているか理解できず、和義は苛立ちを持った。
「俺が何を期待されてんだよ? セレスティアルカンパニーから追い出されて、鉄也には本拠地に帰ってこいって言われたわけでしょ? こんなの……」
「その手に握っているのは、SDカードだな? 中には何が入っているんだ?」
それは、光と別れる際、手渡されたSDカードだ。
「いや、光から渡されて、まだ何が入ってるか……」
「この車は、鉄也が用意したものだ。後ろにあるノートパソコンも、元々あった。それを使えば、SDカードの中に何が入っているかわかるはずだ。光が君に何を託したのか、確認するべきじゃないか?」
冴木に誘導されているような気分になりつつ、そのとおりだと思い、和義はノートパソコンを取ると、SDカードに何が入っているかを調べた。そこには、想定外のものがあった。
「これ……ソースコードじゃん」
「何のソースコードだ?」
「セレスティアルカンパニーのシステムのだよ! こんなの俺に渡して……」
そこで、冴木から言われた、自分への期待というものを和義は考えた。ソースコードを解析すれば、システムそのものを知ることができる。つまり、光は、セレスティアルカンパニーのシステムそのものを和義に託したようなものだ。
また、このソースコードを解析するためには、こんなノートパソコンだけだと心許ない。そのため、一度、ダークの本拠地に戻る必要がある。つまり、鉄也が本拠地に戻ってくるよう指示を出してきたのも、繋がっている。
「そうだ。これは俺にしかできないことだ」
鉄也達は、他の誰よりも、和義に期待している。そう実感すると、必ずその期待に応えようと、和義は決心した。