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TOD  作者: ナナシノススム
前半
123/272

前半 63

 翔は、美優が少しでも怖くないよう、慎重に運転しようと努めていた。しかし、このバイクでそれをやるのは、やはり不可能だと感じていた。

 どうしても急発進と急停止になってしまうし、曲がる時も小回りが利き過ぎてしまい、意識しないでハンドルを切れば、そのままスピンするように倒れてもおかしくなかった。

 また、後ろに美優を乗せたことで、またバランスが変わったため、先ほどと同じ運転は通用しなかった。そのため、翔は慎重にバイクの挙動を確認しながら、いかにコントロールするか、試行錯誤していた。

「ラン、よく乗りこなせてるじゃないか」

 その時、並走している圭吾の嬉しそうな声がイヤホンから聞こえて、翔は苦笑してしまった。

「いえ、そんなことありません。コントロールするので、精一杯ですよ」

「そうは見えない。そのバイクの性能をしっかり発揮してくれて、俺は嬉しいぞ」

 圭吾のバイク好きは、噂に聞く程度だった。ただ、こうして無邪気にすら感じる声を聞いて、圭吾がどれほどのバイク好きなのか、翔は改めて理解した。

「そういえば、ちゃんと話せてなかったが、美優と言ったな? そのバイクの乗り心地はどうだ?」

「……大丈夫です」

 美優の返事は、圭吾の質問に対する答えとして、おかしなものだった。しかし、そうなってしまうのもしょうがないと、翔は感じた。

 美優は振り落とされないよう、ずっと翔を抱き締めている。その力の強さなどから、美優が恐怖を感じていることは、十分過ぎるほど伝わった。

「悪い、もっと慎重に運転してやりたいが、なかなか難しいんだ」

「ううん、大丈夫。絶対に翔を離さないから」

 そう言うと、美優がさらに腕の力を強めた。それだけでなく、風の抵抗などを少しでも減らそうと意識しているのか、身体を翔に密着させた。

 その時、翔はまた心臓の鼓動が高鳴るのを感じたが、今度は動揺することなく、運転に集中し続けた。

「それにしても、そのバイクが公道を走る日が来るとはな。こんな嬉しいことはないぞ」

「せっかくなら、圭吾さんも運転しますか?」

「これでもバイク屋をやってる身だぞ? 周りへの迷惑を考えたら、あまり法に触れることはできない」

「このバイクを自分に渡した時点で、十分アウトだと思いますけどね」

 今、こうして翔と圭吾が気楽に会話できているのは、大きく二つの理由がある。

 一つは、美優達がいる位置が闇サイトに投稿されなくなっただけでなく、全然違う位置を示すようになった影響が大きいのか、襲撃を受けることが一切なくなったためだ。今後も安心だなんて考えに至るほど、楽観しているわけではないが、これまで頻繁にあった襲撃が、現状ないだけで、気持ちに余裕ができた。

 そして、もう一つは、和義の指示で向かっている目的地に、もうすぐ到着するためだ。そこに着いたからといって、ずっと潜伏するつもりはなく、一時的に待機するだけの予定だ。しかし、それでも多少は休めると考えると、それも気持ちに余裕を生んだ。

「目的地は、ここを行った先だぞ」

「そうですね。ただ……ここは無理ですね」

 気持ちに余裕があるからといって、油断していたわけではない。翔は路上に駐車してある複数台の車を確認して、すぐにバイクを止めた。

「ラン、どうしたんだ? もうすぐそこだぞ?」

「待ち伏せされています。引き返して、別の場所を目指しましょう」

 翔はそう言って、バイクをUターンさせた。その直後、車の中で身を隠していた者達が姿を見せ、こちらに向かって一斉に車を走らせた。

「圭吾さん、とにかく離れましょう」

「どうなってる!?」

「わかりません。和義に確認しましょう」

「わかった、俺が連絡するぞ」

「はい、お願いします」

 圭吾もバイクをUターンさせ、翔達は追ってくる車から逃げることを優先させつつ、和義と通話を繋げた。

「あと少しなのに、何で戻ってんの?」

「待ち伏せされてたぞ! どうなってる!?」

「いや、そんなわけ……ホントじゃん。何で?」

 和義にとっても想定外のようで、混乱している様子だった。その間にも、一台の車が迫ってきて、後ろを走る圭吾のすぐ近くまで来ていた。

「圭吾さん!」

「こっちは大丈夫だから、心配しなくていいぞ」

 圭吾は蛇行するようにして、むしろ速度を下げた。それに対して、後ろの車は圭吾に車をぶつけようと、車の向きを変えつつ、速度を急激に速めた。次の瞬間、圭吾は一気に加速すると、ぶつけようとしてきた車をよけた。それだけでなく、その車は近くに止めてあった別の車にぶつかり、そのままスピンした。

「さすがですね」

「今のは、相手が油断してたから使えた手だ。今後はこうもいかないぞ」

「わかりました」

 単純な性能では、翔のバイクの方がいいはずだ。しかし、圭吾はすぐに追いつくと、そのまま翔の横に並んだ。

「状況によっては、俺が囮になるぞ」

「ありがとうございます。でも、無茶はしないでください。誰も犠牲になってほしくないんです」

「俺も犠牲になる気はない。全員、無事に逃げ切るぞ」

 これまで、翔はライトに所属していたものの、偽名を使うなど、どこか一線を引いていた。ただ、この瞬間、圭吾のことを頼もしいと思い、ライトのリーダーなんだということを改めて認識した。

「美優、さっきより乱暴な運転になる。しっかり掴まっていろ」

「うん、わかった! 絶対に離さないから、翔は走りたいように走って!」

 怖いはずなのに、美優は力強い声で、むしろ翔の背中を押すような言葉を掛けてきた。そんな美優の強さを受け、翔は自分が弱いということを、改めて実感した。

「光だよ。調べてみたけど、闇サイトの方には、特に新しい投稿もないし、みんなの位置が特定されたようには見えないよ」

「ネットの話はわからない。とにかく、襲撃を受けてるんだ。どうにかしてくれ」

「オッケー。今、監視カメラを確認してるから、それで行けそうな場所をピックアップして……やばい! 前から来るよ!」

 和義の声を聞き、翔と圭吾は、お互いに距離を離した。そうしてできたスペースを、前から来た車が通過していった。

「ホントにやばいって! 周りを囲まれてるみたいだよ!」

「和義君、とにかく二人をここから離すよ!」

「いや、でも、これだけ囲まれてると、逃げ道なんて……」

「ここから抜けるのは、俺がどうにかする」

 圭吾は自信があるような口調で、翔を引っ張っていこうといった意思も感じるものだった。それを受け、翔は決断した。

「圭吾さんに従います。どうすればいいですか?」

「細道に入るから、ついてこい!」

「わかりました」

 店と店の間にあった、それこそスタッフしか通らないんじゃないかと思えるほど細い道に圭吾が入り、翔もついていった。

「そっちはまずいって! 出口で車が張ってるよ!」

 和義の声が聞こえた時には、道の出口を塞ぐように車が止まった。そして、道の入り口も塞がれてしまい、完全に追い込まれてしまった。

「大丈夫だ。こっちにも出口がある」

 そう言うと、圭吾は店の裏口を開けた。それを見て、翔は苦笑した。

「圭吾さん、まさか……」

「ラン、ついてこい」

 圭吾が裏口から店の中に入り、翔は抵抗がありつつ、追いかけた。

 そこは、大規模なパーティーなどもできそうな、広いスペースのあるレストランのようだった。当然ながら、突然バイク二台が店の中に入ってきたことで、店員や客などは慌てている様子だった。ただ、それを気にしている余裕もなく、翔は圭吾と一緒に店の中を通過した。

 そうして店から出ると、そこには道を塞ぐ車はなかった。

「今の店は、ライトもよく使ってて、いざという時の逃げ場所としても使わせてもらってる。バイクで通るのは初めてだったから、後で謝っておく」

 その程度でいいのだろうかといった疑問もあったが、おかげで追ってくる車は減った。しかし、今度は待機していた様子のバイク数台が追いかけてきた。

「バイクで挑むのは、愚策だぞ? あれは俺に任せろ」

 そう言うと、圭吾はわざと速度を落とした。それから、後輪を相手の前輪に当てたり、横から蹴りを加えたり、さらには後ろに回った直後に急加速して後ろから追突したり、あらゆる手を使って相手のバイクを転倒させていった。

 そうして、気付けば追ってくるバイクは、一台残らずいなくなっていた。

「圭吾、やるじゃん! おかげで、どうにか包囲網を抜けられそうだよ」

「そう簡単な話じゃないよ。まだ周りには、たくさんの車やバイクが待機しているみたいだし、そもそも何でいきなり襲撃が始まったのか……」

「いや、もう大丈夫そうだ。後は、こっちで何とかする。通話を切るから、光と和義は、何で襲撃があったかを調べてくれ」

 圭吾が急にそんなことを言ったため、翔は少し心配になった。

「圭吾さん、ちゃんと周囲の状況がわかっていた方が良くないですか?」

「そうだって! まだ周りには待機してる車やバイクがたくさんあるし、俺達がいないと……」

「和義、寝不足で頭が働いてないんじゃないか? いや、和義も鉄也を信用してないってことか。それなら納得だぞ」

「圭吾、ふざけんな」

 不意に鉄也の声が聞こえ、翔は驚いた。

「鉄也か?」

「いや、鉄也は通話に参加してないのに、何で話せんの?」

「時間がねえし、後で説明する。こっちは俺達で何とかするから、圭吾の言うとおり、和義と光は、こんな状況になった理由を調べろ」

「それじゃあ、通話を切るぞ」

「いや、待っ……」

 和義が何か話していたが、圭吾は通話を切ったようで、途中で話が途切れた。

「圭吾さん、何をしたんですか? それに、何で鉄也と話せるのか……」

「説明は後にする。とにかく、ランはついてこい」

「……わかりました」

 色々と思うところはあったが、現在進行形で追いかけてくる車が確認できているため、翔は圭吾の言うとおり、ついていくことにした。

「あそこに見えるのが、そうか?」

「こっちからも見えた。随分と遅かったな。まあ、そのポンコツだと、これが精一杯か」

「後で覚悟しろ」

「とにかく、二人とも急げ。できるだけ後ろと距離を空けろ」

「わかってる。ラン、一気に行くぞ」

「はい」

 まだ何が起こっているか理解できていないが、圭吾についていく形で、翔は速度を上げた。そして、圭吾が廃墟と思われる何かの建物に入ったため、翔も一緒に入った。

「鉄也、閉めろ!」

「命令するな。言われなくてもやる」

 そんな圭吾と鉄也の会話があった直後、翔の背後でシャッターが下りた。それから少しして、追いかけてきていた車が衝突したのか、シャッターが揺れた。

「このまま地下に入る。俺についてこい」

「鉄也、冴木さんは……?」

「安心しろ。何かあった時のため、車の中にメモを残した。それを確認するよう、さっき伝えたから、冴木さんもすぐ来るはずだ」

 鉄也は、あらかじめ今の状況を予測していた様子だ。そのことも含め、確認したいことがたくさんあったが、今は案内されるまま、ついていくことしかできなかった。

 そうして、到着した場所は、できかけの地下街を改造して作ったと思われる場所で、パソコンや、監視カメラの映像が映っていると思われるモニター、それと休憩に使えそうな部屋がいくつもあった。

「ここがダークの本拠地だ」

「あんなルートでも、ここに来られるのか?」

「圭吾には知られたくねえルートだった。これが終わったら、本当に引っ越しだ」

「これまで確認してなかったが、色々なルートがあるってことは、どこから襲撃を受けるかわからないってことだぞ? 大丈夫か?」

「監視は、ちゃんとやってる。今はハッキングされた時のため、人の目で見るようにしてるし、連絡手段も、今使ってる『これ』があるだろ」

 鉄也が言った「これ」というのが気になりつつ、翔はバイクを止めた。

「美優、大丈夫か?」

「……ごめん、ちょっと身体が震えているから、少しだけこのままでいい?」

「ああ、いくらでも待つ」

 もうバイクは止まったものの、まだ美優は振り落とされないようにしようと、翔を離さなかった。そんな美優を安心させようと、翔は自分の手を美優の手に当てた。

 そうして、しばらくの時間が過ぎた。

「翔、ありがとう。もう大丈夫」

 美優がそう言ったため、翔はバイクを下りた。そして、鉄也に聞きたいことがたくさんあったため、それを頭の中で整理した。

「鉄也、まずは助かった。ありがとう」

「これぐらい、大したことねえ」

「それに、ここはダークの本拠地だろ? そんな所にまで案内してくれて、良かったのか?」

「別に、ここは全部終わったら捨てる予定だ。今は人数も減らしてるしな」

 鉄也の言うとおり、ダークの本拠地という割には、そこまで人がいなかった。

「色々と確認したいことがある。まず、何で鉄也は通話に参加していないのに、会話できたんだ?」

「まだテスト段階だったが、衛星を利用して、特殊な経路から通話に参加した」

「ハッキングしたってことか?」

「いや、あらかじめ圭吾と連絡が取れるように準備してただけだ。また美優達の位置が特定されたって話を光から聞いて、念のためやっておいた。それが役に立った。本当は圭吾に話すだけでいいと思ったが、俺の声が聞こえた方が和義達も安心すると思って、最後は聞こえるようにした。これは、俺個人がやってたことで、和義も知らねえことだから、尚更良かったんだろうな」

 そうした鉄也の話し方などから、翔は鉄也が何を考えているのか、少しずつ理解していった。

「待ち伏せされている可能性も、考えていたのか?」

「現状、あの和義ですら、位置が特定された理由なんかがわかってねえんだ。場合によっては、待ち伏せされてもしょうがねえと思ってた。ただ、実際のところ、どうかはさすがにわかってなかった」

「罠がある可能性があるのに、あえてその罠に向かわせたってことか?」

「実際に罠があるかどうかわかんねえなら、向かわせるしかねえだろ。それに、圭吾が一緒なら、何かあってもどうにか逃げ切れると思った」

 何気なく言ったであろう、鉄也の言葉は、心から圭吾を信用しているのだろうと感じさせるものだった。しかし、鉄也が素直に認めるとは思えなかったため、翔は言わないでおいた。

「まあ、和義と光に任せると言ったし、こんな状況になった答えは二人が出すだろ。これも、あらかじめメモを渡しておいたから、それで動いてくれるはずだ」

「どういうことだ?」

「わかんねえのか? これだけこちらの動きが読まれてるんだ。セレスティアルカンパニーに敵がいるってことだろ?」

 鉄也は自信に満ちた様子で、そう言い切った。

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