前半 62
光は、翔達をどうやって案内するか相談するつもりだったが、圭吾達が話をまとめたことを知り、二人に任せることにした。また、目的地まで案内するのは、和義に任せたことで、完全に自分の手が空いた状態になった。
そのため、光は浜中に連絡して、JJが美優を襲撃した事実を伝えつつ、何かわかったことがないか確認することにした。
「光君? 丁度良かった。連絡しようと思っていたんだよ」
浜中が最初にそう言ったのを受け、何か新しい情報を掴んだのだろうと光は期待した。
「浜中さん、先に僕から話をさせてください。JJ……いえ、今後は神保純と呼びましょうか。神保純が元ターゲットだけでなく、今ターゲットに選ばれている美優ちゃんを襲撃したそうです」
「やっぱり、そうなったんだね。それで、大丈夫だったのかい?」
「はい、詳しい話は聞いていませんけど、彼は逃げたそうです。ただ、逃げたとなると、また美優ちゃんやラン君を襲撃するかもしれません。可能なら、どうにか捕まえてほしいと、ラン君からもお願いされました」
「ラン君が?」
浜中が驚いたような声を返してきて、光は思わず笑みが零れた。
「ラン君、何か気持ちの変化があったようです。理由はわかりませんけど……」
「きっと、美優ちゃんが変えたんだと思うよ」
瞳がそんな声をかけてきて、光は顔を向けた。
「瞳は、こうなることがわかっていたのかな?」
「ううん、ラン君と美優ちゃんには会ったことがないし、わからないよ。ただ、こうなる気はしていたよ」
自覚があるのかわからないが、瞳は人の感情の変化などに敏感で、光が気付かないことにもよく気付く。だからこそ、基本的に社員への指示を瞳に任せているぐらいだ。そんな瞳がそう言うなら、そうなのだろうと光は理解した。
「私の方の話をさせてもらうよ。神保純の学校と家を訪ねたんだけど、普通に昨日まで学校に通っていたみたいだよ。今日は休んでいるみたいだけどね」
「待ってください。それじゃあ、連続殺人を始めた後も、普通に学校へ行っていたということですか?」
「うん、普通に学校へ行った後、そのまま元ターゲットを殺しに行った日もあったみたいだよ。休日でも、野球部の練習に出た後、犯行に及んだとか……かなり異常だね」
「そんなこともしていたんですか?」
思えば、犯行時間が夕方から夜にかけてという話があった。それは、被害者が一人になる時間を狙ったというだけでなく、昼間は学校にいるから何もできなかったという理由もあったようだ。
「そもそも、TODが終わった後、また学校に通っていたというのもおかしな話だよね。何もなかったならまだしも、そこで人を殺しているのに、すぐにまた日常に戻ったってことだからね」
「TODがあった時は、当然学校に行っていませんよね?」
「うん、一週間ほど休んだみたいだよ。他の生徒に話を聞いたけど、命を狙われていたなんて話を冗談を言うような感じで普通にしていたそうだよ。ただ、さすがに人を殺したとは言わなかったみたいだね」
人を殺した後も、普通に生活していたというのは、異常としか思えなかった。
「あと、家に行って、母親から話を聞いたんだけど、神保純は普段から夜遅くまで出かけたり、そのまま友人の家に泊まったりしていたみたいだよ。両親は放任主義というか、そんな彼を自由にさせているみたいで、家に帰ってこなくても、気にしないって感じの態度だったよ」
「事件のことや、TODの話はしたんですか?」
「結局、警察の方は捜査を打ち切ったし、逮捕までスムーズにいくとは思えないからね。事件を目撃した可能性があるとか、そんな話しかできなかったよ」
「まあ、しょうがないですね」
「ただ、元々放任主義なのもあるけど、家族の方は神保純に対して、不審に思っている様子が一切なかったよ。つまり、彼は家でもいつもどおりだったってことみたいだね」
「殺人を犯した後でも、特に変わっていなかったってことですか?」
「うん、そうみたいだよ」
翔から話を聞いた時点で思っていたが、神保純の思考を理解するのは非常に困難だった。というより、どうしても理解したくないという気持ちを強く持ってしまい、それが理解を妨げている状態だった。しかし、捕まえるためにも、神保純のことを理解できないかと、光は気持ちを整理させた。
「あと、重要な話で、ここ最近は篠田さんの取材を受けるだけでなく、その手伝いもしていたなんて話もあったんだよ」
「そうなんですか?」
「本人は隠していたみたいだけど、篠田さんと頻繁に一緒にいるところを見た生徒がいてね。恐らく、TODに関する情報をお互いに共有していたんじゃないかな?」
その話は、孝太を通じて知った速見の話とも通じるものがあった。篠田は、緋山春来の死の真相を追っている中で、神保純からTODの存在を聞いた。それからTODについて調べる過程で、神保純に様々な情報を伝えていたとしても自然だ。その中に、元ターゲットの情報があったとしても不思議じゃない。
「神保純が元ターゲットのことを知っていたのは、篠田さんが教えたのかもしれませんね」
「確かに、殺人を犯したことだけは、誰にも話していなかったようだし、篠田さんが何の警戒もなく、彼に情報を伝えてしまったかもしれないね」
篠田さんが亡くなった今、そのことを直接確認することは難しい。ただ、まったく方法がないわけではない。
「速見さんに話を聞いてみたいですね。ただ、孝太君の話だと、誰も信用していないようで、単独行動を取っているそうです。危険なことをしていないといいんですけど……」
「その言い方だと、警察も信用されていないだろうからね。一応、神保純の行方を捜しながら、その速見さんのことも気にしておくよ」
「はい、写真など送るので、お願いします」
そうして浜中から聞いた情報を整理していたところで、光は一つの推測を持った。
「神保純は、TODを開催しているところと繋がっているんじゃないかと思っていたんですけど、こうしてまとめてみると、ただの部外者というか、本当にイレギュラーな気がしますね」
「同感だよ。計画性もあまりないというか、これまで正体を隠そうといった意思もなさそうだったしね。それに、残りの標的が美優ちゃんだけだからか、今は学校へ行くことなく、昼間から動いているというのも、計画性のなさを表しているし、そんな彼がどこかと繋がっているというのは考えづらいよ」
「学校へ行かなくなったのは、ラン君に目撃されたことが原因かもしれませんよ。これまで、彼は姿を目撃されることなく、標的も全員殺してきました。だから、少しでも警戒されないよう、普段は普通に生活していたとも解釈できます」
そう言いながらも、神保純の行動は、どう解釈してもおかしいと感じていた。それでも、光はどうにか神保純の行動パターンなどが読めないかと、推測を進めた。そのためには、もっと多くの情報が必要だった。
「神保純は、高校野球で少し有名だったようで、彼を紹介した記事なども出てきました。ただ、ほとんど似たような評価で、個人の実力は高いものの、チームメイトに恵まれないといった感じみたいです」
「それは、どういうことだい?」
「彼はサウスポーのピッチャーで、速球も変化球も使いこなせるようです。今、高校二年生なんですけど、去年、一年生でエースとして起用されると、夏の大会で無失点だったんです」
「そんなにすごいのかい? でも、それならもっと話題になりそうだけど、私は知らなかったよ?」
「先ほど言ったとおり、チームメイトに恵まれなくて、神保純は強豪校相手でも無失点で抑えたのに、味方が得点をあげなかったそうです。それで、連投による故障を心配した監督が彼を交代させた後、代わりのピッチャーがすぐに打たれて、予選敗退となっています。なので、そこまで話題になっていないようです。ただ、それでも高校野球に詳しい人達の注目は集めたそうで、記事などで紹介されたのも、そのためみたいです」
話をしている間も光はキーボードを叩き、さらなる情報を集めた。そうして、神保純の性格が想像できる記事を見つけた。
「彼が強豪校を選ばなかったのは、自由に野球がしたいという思いがあったからだと、何かの取材で答えています。あと、自分の力だけで勝ち進められるといった自信もあったそうです」
「でも、実際はそうじゃなかったってことだね」
「彼は、他の部員からどう思われているんですかね? こうした態度だと、反感を買いそうですけど……」
「光君の言うとおり、良くは思われていないみたいだね。ただ、強豪校じゃないこともあって、みんな本気で甲子園を目指しているって感じじゃなかったし、大きな不満になっているかというと、そうでもなさそうだったよ。むしろ、不満を持っていたのは、神保純の方だったかもしれないね」
「そんな時、TODのターゲットに選ばれて、殺人を犯した。一つ聞きたいんですけど、最初の大量殺人って、正当防衛が成立するような状況だったと思いますか?」
その質問に思うところがあるのか、浜中は、ため息をついた。
「何もしなければ、自分が殺されるという状況だった。そうとしか言えないかな」
「これは僕が勝手に作ったシナリオですけど、神保純はそんな状況で、やむを得ず殺人を犯した。その時、野球では味わえない、大きな達成感のようなものを感じてしまった。そして、同じ体験をしたいと、元ターゲットを標的に殺し合いを始めた。元ターゲットを標的にしたのは、自分と同じだと決め付けたんだと思います」
「そうなると、TODは厄介な悪魔を新たに作り出したってことになっちゃうね」
何気なく言ったであろう浜中の言葉は、光が元々持っていたシナリオに繋がった。
「今回のTOD、ラン君を悪魔にしようといった意図があるように感じているんですけど、それは今回に限った話じゃないのかもしれませんね。このTODって、いったい何が目的で開催されているんですかね?」
「たとえ理由や目的があったとしても、私達には理解できないと思うよ」
浜中の言うとおりだと思いつつ、光は神保純を通して、本来は理解できない異常なことでも、少し理解できそうな予感を持っていた。
しかし、それは自分自身を悪魔に変えてしまうものかもしれない。何の根拠もないものの、そんな嫌な予感もあって、光は一旦思考を止めた。
「今後、神保純がどう動くか考えましょう。身を隠しながら、美優ちゃんやラン君をまた狙うというのが、普通の考えですけど、彼にそれが通用するとは思えません。もしかしたら、また家に帰ったり、学校へ行ったりするかもしれません」
「私は近所で張り込みしてみるよ。もしかしたら、速見さんが来る可能性もあるからね」
「はい、僕もそれがいいと思います」
「まあ、僕にできるのは、あと同僚の連絡を待つだけだからね。ああ、念のため報告するけど、一年前のTODのこと、今のところ同僚から何の連絡もないから、まだ何もわかっていないみたいだよ」
「警察内部のことを探るのは、リスクのあることです。連絡できない状況になっている可能性も考えられます。なので、定期的に連絡して、無事かどうか確認した方がいいと思います」
「ああ、確かに光君の言うとおりだよ。早速連絡してみるね」
危険なことに巻き込みたくないという理由で、翔が自分達のことを避けようとしていたことに、光は否定的な考えを持っている。しかし、危険だという事実は理解しているし、誰も犠牲になってほしくないという思いもある。
翔に何かしらか心境の変化があったことを感じた今、こうした思いを伝えるのは、ずるいかもしれない。そんなことを感じつつも、光は自分の思いを伝えた。
「それじゃあ、自分は手が空いたので、こちらでも一年前のTODについて本格的に調べてみます。何かわかったら、またお互いに共有しましょう」
「うん、そうしよう。それじゃあ、通話は切るよ」
「はい、わかりました」
そうして、浜中との通話が切れると、光は頭を切り替えた後、またキーボードを叩いた。