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TOD  作者: ナナシノススム
ウォーミングアップ
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ウォーミングアップ 11

 翔が家に帰ると、お手伝いとして、ここに住み込みで働いている飯島いいじま伊織いおりが出迎えた。

「翔様、おかえりなさい。サッカー部の練習試合、いかがでしたか?」

 確認していないものの、伊織は自分と同年代ぐらいに見える。それにもかかわらず、学校へ行くこともなく住み込みで働いているのは、異常そのものだ。しかし、こうした異常はこの家にとって通常だ。翔はそう認識している。

「別に報告することはない。あと、今夜はまた出かけるから、夕飯はいらない」

「翔様、あまり団司だんし様を心配させないでください」

「あいつが俺を心配することなんてない」

「そんなこと……言わないでください」

「とにかく、夕飯はいらない」

 翔はそれだけ言うと、自分に与えられた部屋に入った。

 この家の主は、堂崎団司だ。そして、この家が異常なのも、この団司が原因だ。

 まず、この家は豪邸と言えるほど広い。しかし、団司は部屋に閉じこもり、普段どんな仕事をしているのか、翔も知らない。どういった経緯で伊織を雇ったのかも不明だ。

 そして、翔自身も団司と血が繋がっているわけでなく、事情があって、ここに引き取られた形だ。

 人が生活するうえで、衣食住が大事だという話がある。その点、翔は恵まれた環境で暮らしているといえる。

 まず、翔が使える金は常に多く存在している。それは一般家庭でいう、お小遣いというものだが、その金額が高校生の持つべき金額でないことを、翔は自覚している。

 それだけの金があれば、衣と食は、何の問題もない。欲しい服があれば、簡単に手に入れることができるし、食事も食べたい物を食べたい時に食べられる。

 そして、豪邸と呼べる家に住んでいることから、住も恵まれているといえる。つまり、翔は衣食住に恵まれた幸せ者ということだ。

 しかし、翔の考えは、全然違ったものだった。

 まず、この家に家族の絆は存在しない。同じ家で暮らし、同じ姓を名乗っているにもかかわらず、翔は団司のことを他人だと思っている。普通に考えて、これは異常だ。しかし、この異常は団司が望んでいることだと理解して、翔は合わせている形だ。

 これは伊織に対しても同じで、同年代で一緒に暮らしているとなれば、何かしらか関係が深まるものだ。ただ、この家では、そういったことが一切起こらない。この家はそういう場所だ。

 ここがそんな場所になってしまう理由は、全部が団司の所有物という扱いだからだろう。例えば、翔に与えられた部屋は、一般的な子供部屋というか、机に本棚にベッド、そしてもう年代的に使用することのない子供の玩具が仕舞ってある棚がある。それだけならまだ、この部屋は自分に与えられたものだと認識できるだろう。しかし、そんな認識を覆す存在が、いくつか目に入ってしまうのだ。

 それは、恐らくクレヨン、あるいはマジックで書かれた「D.D.」というイニシャルだ。堂崎団司のイニシャルを表す「D.D.」が翔に与えられた部屋だけでなく、廊下や別の部屋のあちこちに書かれている。それは、団司が全部の物を自分の所有物だと主張しているようだった。

 そして、その所有物の中に、翔や伊織も含まれているのだろうと感じた。それは、この部屋の窓を含めた、あらゆる窓の外に付けられた鉄格子を見るたびに感じていることだ。鉄格子を目にする度、翔は閉じ込められているかのような錯覚を持ち、うんざりしている。

 こんな環境で暮らしている自分が、誰かと仲良くなったり、誰かを好きになったりするなんてありえない。そうした理由もあって、翔は人とかかわらないようにしていた。そして、何かから逃げるように、それでいいと自分に思い込ませていた。


『ただ、近くにいたいと思っただけだよ』


 しかし、今はこの言葉が頭の中に残ってしまう。決心したはずなのに、この決心がすぐ揺らぎそうになってしまう。何故そうなってしまうのか、翔はわからなくて、混乱していた。

 ふと、翔は引き出しを開けると、そこに入っていたミサンガを手に取った。それは、プレゼントしてもらったものの、未だに着けられないでいるミサンガだ。

 翔は包むようにミサンガを両手で持つと、目を閉じた。そうすることで、このミサンガをくれた人の考えが、少しでもわかるんじゃないかと期待した。しかし、当然ながら、そんなことをしても何もわからないままだった。

 そして、翔は大きく息を吐いた。

「俺には、今やるべきことがある。それをやればいい」

 自分へ言い聞かせるようにそう言うと、翔はミサンガを机に戻した。

 それから、翔は着替えると、部屋を出た。

「翔様、先ほども言いましたが……今夜は、一緒に夕食を取りませんか? 団司様は無理でも、私はご一緒できますので……」

 玄関の近くにいた伊織から、そんなことを言われたが、翔の考えは変わらなかった。

「悪い、出かけてくる」

 翔は拒否するようにそう言うと、家を出た。そのまま門を出たところで、何か気配を感じて、翔は足を止めた。

「せっかくなら、わいと一緒に行こうや」

 そこにいたのは、工平くひら可唯かいだった。

「いつからいたんだ?」

「偶然通りがかっただけやで?」

「今日の練習試合にも来ていただろ? 勝手な行動を取るな」

 可唯は金髪で、遠目でも目立つ。今日、城灰高校サッカー部の練習試合に可唯が来ていたことを、翔は確認していた。

「そもそも、何で今日練習試合があることを知っていたんだ?」

「わいは情報通やから、全部わかってんねん。それより翔の応援に行ったんやで? むしろ褒めてや」

「可唯には感謝している。だが、信用はしていないからな。あと、俺を翔と呼ぶな」

「ああ、わかったで。それと、翔……ランはわいを信用せんでええで」

 可唯の言った「ラン」というのは、これから行くところで翔が名乗っている名前だ。

「いつも言うとるけど、ランってカッコエエよね。わいもカッコエエ呼び名を用意しよかな」

「無駄話をしている場合じゃない。この状態で、可唯と一緒にいるところをあまり見られたくない」

「ああ、それならはよ行こうや」

 一緒にいるところを見られたくないと言ったが、可唯は全然理解していない様子だった。そのことに多少うんざりしつつ、翔は可唯と一緒にその場を後にした。

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