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TOD  作者: ナナシノススム
前半
119/272

前半 59

 相手がどこにいるか常に教えてもらっていても、その相手が移動中となると、合流するのは難しい。そのことを翔は強く感じながら、これまで移動してきた。

 しかし、途中で美優が一ヶ所に留まり、動かなくなったため、何かあったのだろうと察してからは、全速力でそこを目指した。そして、到着すると、複数台の車を横目に、美優達が乗っているはずの車を見つけ、すぐに近付いた。

 車は窓ガラスが割れ、壁に衝突したのか、ボンネットなども潰れ、ボロボロだった。また、中には頭から血を流した冴木の姿があった。

「冴木さん、大丈夫ですか!?」

 冴木は、気を失っているようで、翔の呼びかけに答えることはなかった。ただ、息があることだけ確認すると、翔は美優の所へ急ごうと、バイクを走らせ、スロープを上がった。

 そして、首から血を流して倒れている人達、傷を負いながらも無事な様子の美優、それからJJの姿を確認すると、とにかくJJへの攻撃を翔は優先した。その際、バイクでいてしまおうと考えたが、JJが迎撃しようとしてきたため、意表を突いた攻撃に切り替えた。そうして、JJを吹っ飛ばしはしたものの、ダメージを与えることはほとんどできなかったようだった。

 ただ、翔は美優と合流することができた。とにかく、それだけで翔は十分だった。

 どこか戸惑っているのか、美優は複雑な表情で、怪我も負っているが、今も無事だ。翔はそのことに安心しつつ、必ず美優を守ると改めて強く決意した。そのためには、目の前にいるJJをどうにかする必要があった。

「ラン、こうしてまた会えて嬉しいぜ」

「俺は二度と会いたくなかった」

「そんなこと言うなよ。寂しいぜ」

「おまえは、オフェンスじゃないな?」

「そう言うランは、ディフェンスなのかよ?」

 JJの質問に、翔はどう答えようかと少しだけ悩んだが、特に嘘をつくことなく、正直に伝えることにした。

「ディフェンスじゃないが、美優を守ると決めた」

「それじゃあ、俺と反対だな。俺はオフェンスじゃないけど、美優と殺し合いをしに来たぜ」

「おまえについて、いくつかわかったことがある。おまえは、先月のTODでターゲットに選ばれた、神保純だな? そして、おまえは自分を殺そうとするオフェンスやディフェンスを殺して、生き残ったんだろ?」

「その話、さっき美優としたばかりだぜ?」

 JJが何を言っているのかわからず、翔は美優に目をやった。

「あ、孝太が紹介されていた雑誌で、見たことがあったの。それで、話していたら、TODのターゲットだったって聞いて……」

「こっちは篠田さんの同僚の速見さんが孝太に色々話してくれたみたいで、それでわかったんだ。だが、別に隠しているわけじゃないなら、直接聞けば良かったな」

 そう言ってから、翔はJJに聞きたかったことを頭の中で整理した。

「おまえは、どうやってTODの元ターゲットを特定したんだ?」

「そんなことより、早く殺し合いの続きをしようぜ」

 もしかしたら、これまで美優の位置を特定し、その情報を流している者と、JJに情報を流している者が同一人物ではないかと推測していたが、JJから話を聞くのは無理そうだと諦めた。そして、JJとの戦いは避けられないのだろうと、翔は判断した。

「わかった、相手をしてやる。美優、ナイフを渡せ」

「嫌だ」

 一瞬、何を言われたのか理解できず、翔は少ししてから美優に目をやった。

 美優は両手でナイフを持ち、翔に渡す気がないといった意思をはっきり示していた。

「美優?」

「私は、翔に人殺しなんてさせたくない。殺し合いだって、してほしくない」

「美優の言いたいことはわかる。だが……」

「何もわかっていない!」

 美優が大きな声をあげたため、翔は少しだけ戸惑った。

「いや、わかっているつもりだ。だが、誰かがあいつを止めないと、今後も危険なままだ」

「ランの言うとおりだ。俺みたいに、自分を殺そうとする奴を殺す。それが手っ取り早くて確実だぜ?」

「今のおまえは、単に殺し合いがしたいだけだろ。それだけでなく、これまでおまえが元ターゲットの人達を殺してきたのは、単なる人殺しだ」

「俺がしたいのは、最高に楽しい殺し合いだ。それに、元ターゲットが期待外れだったのは、俺のせいじゃないぜ。むしろ、つまらない殺し合いをさせられた、俺の方が被害者だ」

「やはり、どんな手段を使ってでも、おまえを止めないといけないな」

 翔はそう言うと、改めて美優に目をやった。

「美優、心配かもしれないが、俺は絶対に死なない。だから……」

「そうじゃないの! 翔が無茶をして、それで危険な目に遭うんじゃないかと心配もしているよ! でも、そうじゃなくて、人殺しをさせたくないの! そんなことしたら……翔が翔じゃなくなっちゃうよ」

 美優は泣きそうな顔で話を続けた。

「翔に何があったのかはわからないし、何が正しくて何が間違っているかも、私にはわからない。でも、翔が人を殺したり、復讐したり、そういったことをするのは嫌なの」

「……美優を守るためなら、俺は手段を選ばない。それは、俺が俺でなくなったとしてもだ」

「……わかった」

 美優は諦めたようにそう言うと、ナイフを持ち替え、そのまま自分の首に刃を向けた。

「美優!?」

「翔が殺し合いをするというなら、私はここで死ぬ。そうすれば、翔は殺し合いをする理由がなくなるでしょ?」

「バカなことをするな! 今すぐナイフを下ろせ!」

「嫌だ」

 美優の目は真剣で、本気だということはよく伝わった。少し距離もあるため、無理やりナイフを取ることも難しいだろう。そうなると、翔は何もできなくなってしまった。

「何か興が冷めたぜ」

 不意にJJがそんなことを言ったため、翔は目をやった。

「殺し合いをしないなら、二人まとめて殺してやるぜ?」

 そう言うと、JJはナイフを構えた後、こちらに向かってきた。

 無理やり美優からナイフを取ることはできない。だからといって、JJの攻撃をかわしたら、後ろにいる美優が無事では済まないだろう。そんな追い込まれた状況で、翔は咄嗟に警棒を取り出すと、勢いよく振って、それを伸ばした。

「それ以上近付いたら、その手を使い物にならなくしてやる」

 警棒を前に突き出すと、翔は強い口調でそう言った。そして、JJが少しでもこちらの攻撃範囲に入ったら、すぐに攻撃できるよう、意識を集中させた。

 そんな翔を警戒しているのか、JJは戸惑った様子で足を止めた。

 そうして、翔とJJはお互いに固まったように動きを止め、しばらくの間、膠着状態が続いた。そこには、息をするのも忘れてしまいそうな緊張感があり、まるでどこか異世界に迷い込んでしまったかのような錯覚すら覚えた。

「何だ、ここでまた邪魔が入るのかよ?」

 不意にJJがそう言ってナイフを下ろしたため、翔は我に返り、現実に戻ったように感じた。

 その直後、JJが斜め後ろへ下がると同時に銃声が響いた。

「美優、翔、大丈夫か!?」

 冴木の叫び声が聞こえたが、翔は振り返ることもせず、JJから意識を外さないように努めた。

 JJは、翔達から距離を取ると、冴木の方へ意識を向けているようだった。それから、的を絞らせないようにしているのか、左右に動き始めた。

「二人とも、大丈夫か?」

 その間も冴木はこちらに向かってきてくれたようで、気付けば翔の隣に立ち、銃を構えた。

「冴木さんは、大丈夫ですか?」

「軽い脳震盪のうしんとうを起こしたが、大丈夫だ」

「あいつがJJです。どんな手段を使ってでも、あいつはここで止めるべきです」

「わかっている。翔は手を出すな。俺に任せろ」

 翔と冴木が話している間に、JJは大きく回るように移動し、出口の方へ向かっていた。そんなJJを止めるように冴木は銃を撃ったが、直前でJJがステップを踏むようにして移動したため、銃弾は当たらなかった。

 次の瞬間、こちらの不意を突く形で、JJはナイフを投げてきた。そのナイフは真っ直ぐ冴木の方に飛んできて、冴木は銃で防御するようにしてナイフを弾いた。

「ラン、美優、また会おうぜ」

 その間に、JJは出口の方へ走っていった。咄嗟に冴木が銃を撃ったものの、それも当たらず、結局JJを逃がしてしまった。

「すまない。逃がした」

「いえ、助かりました」

 きっとまたJJは襲撃してくるだろう。そう考えると、逃がしたくなかったという思いもあるが、今は自分達が無事で良かったという思いの方が大きかった。

 それから、冴木は銃を仕舞うと、美優に近付いた。そして、美優が持つナイフを左手で乱暴に掴んで下ろすと、右手で美優の頬を叩いた。

「美優、もう二度とこんなことをするな!」

 美優は怒鳴られたことに驚いた様子を見せた後、ナイフから手を離したようで、地面にナイフが落ちた。

「……ごめんなさい」

 何の言い訳もすることなく、謝った美優を見て、翔は胸が痛くなった。

「ごめんなさい。美優がこんなことをしたのは、自分のせいです。もう二度と、美優にこんなことはさせません」

 翔がそう言うと、冴木は首を振った。

「俺には謝らなくていい。翔の謝るべき相手は、美優のはずだ」

「……そうですね」

 これまで、翔は自分がどうなっても構わないと考えていた。しかし、先ほど美優は自分の命を懸けてまで、そんな翔を止めたいという思いを示した。

 そこまで、美優が強い思いを持っているとは、思いもしなかった。そのため、また襲撃を受ける危険があるが、翔は少しの間だけでも、美優と話がしたかった。

「美優、俺は……」

「謝らないでいいよ」

 予想外の言葉を返されて、翔は言葉を失ってしまった。

「さっき言ったとおり、翔に何があったのかはわからないし、何が正しくて何が間違っているかも、私にはわからない。だから、翔が正しいと思っているなら、謝らなくていいよ。ただ……」

 美優は真っ直ぐ翔の目を見てきた。

「翔が同じことをするなら、私も同じことをする」

「いや、何でそんなこと……」

「ごめん、これは私のわがままだよ」

 反対に美優が謝ってきて、翔はまた胸が痛かった。そして、自然と美優から目をそらしたところで、左手首に着けたミサンガが目に入った。

「俺は逃げることしかしなかった。そのせいで、大切な人が死んだ。俺が何かしていれば……俺にもっとできることがあれば、変えられたはずなんだ。もう、あんなことは繰り返したくない。だから、どんな手段を使ってでも……俺が俺でなくなったとしても、悪魔のような奴を止めたい」

 美優の方を見ないまま、翔は自分の思いを伝えた。

「翔は、悪魔と呼ばれている人を恨んでいて……復讐したいと思っているの?」

「悪魔だけじゃない。こんなTODを開催している奴も、さっきのJJみたいに、あんな理由で人を殺す奴も、全員に復讐したい」

「……そうなんだ」

 美優は翔の言葉をしっかりと受け止めた様子を示した。

「これは、私がそう思っているってだけだからね」

 そう前置きした後、美優は大きく息を吸った。

「誰かを恨んだって、何も変わらないよ。世の中、許せない人はいると思うけど、誰かを恨んだり、復讐しようなんて思ったり、そんなことだけはしないでよ」

 その言葉は、今はもういない「彼女」が言っていた言葉と同じだった。そのことに気付き、翔は美優に目をやった。

「いや、でも、俺のせいで……」

「翔は何も悪くないよ。だから、自分のせいだなんて考えないで」

 その瞬間、過去の情景が浮かんだ。


 自分は、「彼女」を抱きかかえていた。「彼女」は、腹部や胸部に銃弾を受け、呼吸するのも苦しそうだった。

 こんなことになってしまったのは、自分のせいだ。そんな思いが溢れて、「彼女」が必死に伝えようとしていた言葉を、自分は受け入れなかった。しかし、その言葉は、しっかり伝わっていた。

「――は何も悪くないよ。だから、自分のせいだなんて考えないで」


「翔?」

 美優の問いかけで、翔は我に返った。ただ、その景色は涙で滲んでいた。

「ごめん! 翔を泣かせるつもりなんてなくて……」

 美優は慌てた様子で、両手をバタバタとさせた。そんな美優を止めるように、翔は力強く美優を抱き締めた。

「え、翔!?」

「美優の言うとおりだ。あいつも同じことを言っていた」

 時間はかかったものの、最期に「彼女」が必死に伝えようとしていた言葉を、今この瞬間、翔は受け入れることができた。

「もう、誰かを恨んだり、復讐したり、そんなことしない。自分のせいだなんて考えるのも、もうやめる」

 自分が間違っていることは、最初からわかっていた。しかし、「彼女」が死んだという事実を受け入れることができなくて、自分のせいにしたり、誰かを恨んだり、復讐することだけを考えるようになった。

 それは、「彼女」の望んだことじゃなかった。それを知りながら、自分は復讐を続けようとした。結局、自分はずっと逃げているだけだった。

「俺が間違っていた。だから、やっぱり謝る。美優、ごめん」

 翔はそう言うと、さらに強く美優を抱き締めた。

「俺は絶対に美優を守る。約束する」

「……うん、ありがとう」

 密着しているため、翔は美優の心臓の鼓動を感じ取ることができた。それは、これまでずっと迷っていた迷路から抜け出す、道しるべのようだった。

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