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TOD  作者: ナナシノススム
前半
117/273

前半 57

 美優と冴木は、特に会話をすることもなく、翔と合流するために移動していた。

 今のところ、特に追いかけられたり、待ち伏せをされたりといったことも含め、襲撃は受けていない。ただ、その理由は単に都心から離れていることが大きいようだった。

 現状、闇サイトには定期的に美優達の位置が投稿されていて、その情報は確かなものだった。そのため、いつどんな襲撃があるか、常に覚悟する必要があり、美優は緊張や緊迫といった感情を持ちつつ、自然と不安になってきた。

「美優、必ず翔と合流するから、安心しろ」

「いえ、その……」

 気を使ったように冴木が言葉をかけてくれたが、美優は翔のことを言われ、別の不安を持った。

「本当に、翔と合流していいんでしょうか?」

「どういう意味だ?」

「翔は、人を殺しても構わない……むしろ、私を守るために襲撃してきた人を殺した方がいいとすら思っているみたいです。そんな翔と合流していいのか、わからないんです」

「そんなこと、俺がさせない。だから、安心しろ」

 美優の不安をかき消すように、冴木は即答した。

「本音を言えば、翔を巻き込みたくないという考えはまだある。だが、翔は単独行動をしている今も、積極的にTODを潰そうと無茶をしている。JJを相手にした件もそうだ。そうなると、一緒に行動した方が翔を止められると感じたんだ」

 それから、冴木はため息をついた。

「だが、俺だけだと翔を止められない可能性もある。だから、美優も一緒に止めてほしい。美優には、翔を止められるだけの力がある」

「いえ、私は弱いです。ようやく戦い方を教えてもらったばかりで……」

「力というのは、身体的なことじゃない。精神的なことだ。美優は、自分を殺そうとしているオフェンスを相手に話をして、戦わずに済ませた。それは、美優が強いからできたことだ」

 精神的な強さと言われ、美優は自然と剣道のことを思い出した。剣道に限ったことではないが、武道というのは精神的な鍛練も必要とされている。当然、そうした教えも受けてきた。それが、少なからず自分の力になっているなら、これまでやってきたことは無駄ではなかったと強く思えた。

「だが、ケラケラや悪魔など、時には話が通じない奴もいる。そうした奴を相手にする時は、どうしても戦うことを選択しないといけないだろう。その覚悟は、常に持っておけ」

「もう、覚悟しています」

 冴木の言うとおり、話の通じない相手がいることも、その者を相手に戦わなければならない可能性も、美優は覚悟していた。そのため、すぐに強い口調で答えた。

 そんな美優に対し、冴木は少しだけ驚いたような反応を見せた。ただ、その表情は複雑で、何を感じているのかはわからなかった。

 その時、冴木は不意に車の速度を上げた。

「美優、来たみたいだ。警戒しろ」

 バックミラーを見ながら冴木がそう言ったため、美優は後ろを確認した。そこには、こちらを煽るように距離を詰めてくる車があった。

「思ったより早く来たな。翔がどこまで来てくれているかわからないが、もう少し近付きたかった」

 翔の位置情報を伝えてもらうことは、翔まで位置を特定され、襲撃に遭うリスクを考慮し、現状していない。そのことを今後も変えるつもりはないものの、翔がどこまで近付いているかわからないというのは、美優に不安を与えてもいた。

「美優、何かに掴まれ!」

 そう言われたものの、美優はダッシュボードに手を当てるぐらいしかできなかった。その直後、前から来た車がこちらに向かってきたが、冴木はハンドルを勢いよく切ると道を曲がり、間一髪のところでかわした。

「予定の道から外れた。こちらが都心を目指していると知っているようだ」

「翔と一緒にいた時も、同じようなことがありました!」

「その時と違って、こちらの車は防弾仕様じゃないし、相手の車に激突されれば走れなくなる可能性が高い。美優、いざという時は車を捨てて逃げることになる。荷物は俺が運ぶから、美優はとにかく全力で走れるようにしておけ」

「わかりました!」

 即座に返事をしたものの、冷静に考えてみれば、車を失った時点で逃げるのはほぼ不可能だ。そのことに気付いたところで、美優は冴木が何を伝えようとしているか察した。

「万が一の時は、美優だけでも逃げろ」

「でも……」

「約束してくれ」

 冴木が美優だけでも逃がそうといった強い意志を持っていることは、よく伝わった。そして、何か言ったところで冴木の意思が変わらないことも、美優は理解していた。

 そのうえで、美優は別のことを伝えることにした。

「冴木さん、実は……」

「伏せろ!」

 冴木が叫んだ直後、強い衝撃を受けた。それは、どこからか車が激突してきたことによるものだった。

「美優、大丈夫か!?」

「はい、大丈夫です!」

 冴木が咄嗟にハンドルを切ったことで、どうにか衝撃を抑えられたようで、何とかまだ車は走っている。しかし、明らかに挙動がおかしく、どこかに重大な支障が出ていることは明らかだった。

「美優、建物に入る。そこで一時的に潜伏しよう」

 車に追われている今、人の足で走って逃げるのは無謀だ。そうなれば、車で入れない場所に逃げるしかない。そうした冴木の意図を美優は理解した。そして、冴木から教わったとおり、これから起こることをいくつか予想しながら、自分がどう動くべきかを考えていった。

「近くに丁度いい廃墟がある。無理やり車を入れた後、そのまま二階に上がる。こちらは銃があるから、上を取れば有利になる。そのまま時間を稼ぐ」

「でも、それだと……」

「それから翔に連絡して、二階までバイクで上がってもらう。ここはスロープがあるからバイクなら上へ行ける。それで美優を乗せて、そのまま逃げてもらう」

 翔が襲撃者を相手にし、殺してしまうのではないかといった心配を解決する提案を、冴木はしてくれた。ただ、その提案には別の心配があった。

「冴木さんは、どうするんですか?」

「美優が逃げれば、みんなそれを追うはずだ。仮に俺が狙われたとしても、俺は自分の身を自分で守れるから、心配するな」

 その言葉を信用していいかどうか、美優は迷った。ただ、冴木を信じることしかできないと判断したうえで、一言だけ伝えることにした。

「私は足手まといですからね」

「そんなことない! ケラケラの襲撃があった時にそう言ったのは、美優に逃げてほしかったからだ! 俺は美優のことを足手まといだなんて思っていないし、これからもそう思うことはない!」

「わかっています」

 冴木の真意を知りながら、それを言葉にさせるようなことをしてしまい、美優は意地悪だったかと反省した。そして、先ほど伝えようと思っていた言葉を、そっと胸に仕舞った。

 そんな美優の態度に、冴木は何か思うところがあるようだったが、特に何も言わないまま、集中するように前を見ていた。

「あそこだ! 乱暴に入るから……」

 その時、前から猛スピードで向かってくる車があり、目的の建物に入る前に衝突するだろうことは、美優も予測できた。当然、冴木もそのことを予測しているはずだが、アクセルを緩めるどころか、強く踏んで急加速させた。

 そして、ハンドルを勢いよく切ると、左にある建物へ向けるように、車を左に振った。

 その瞬間、前から来ていた車が冴木のいる運転席側に衝突した。そうして、ほとんど制御を失いつつ、車は建物の中に入り、そのまま壁にぶつかって止まった。

「……美優、大丈夫か?」

 一瞬、意識を失いかけたが、冴木の声で美優はすぐに反応した。強い衝撃を受けたショックで、自分でもよくわからない状態になっていたものの、幸いなことに美優は怪我もなく、すぐ動けそうだった。

「はい、大丈夫です! 冴木さんは……」

 一方、冴木は衝撃を強く受けたようで、頭から血を流し、意識も朦朧としているようだった。

「冴木さん!」

「早く……逃げろ……」

 冴木が何かしらか怪我を負うなどして、一緒に逃げられない状況になった時、自分はどうするべきか。そのことを美優は考えていた。ただ、いざその状況になった今、自分のしようとしていることが、正しいのかどうかと不安を持った。

 しかし、美優は自分自身を助けるためだけでなく、冴木も助けるため、自分が出した決断を実行することにした。

 そして、美優は車から出ると、二階へ続くスロープを目指しながら、わざと目立つように両腕を振った。

「水野美優はここにいます!」

 それは、自らを囮にしながら逃げるというものだ。こうすれば、怪我を負った冴木をわざわざ追う者もいないだろう。確証はないものの、そう判断して、美優はこうすると決めていた。

 美優の狙いどおり、追いかけるようにやってきた車は、美優の方に迫ってきた。そのため、美優は全力で走り、どうにかスロープに辿り着いた。そこは細く、車が入れないようになっていたため、美優を追ってきた車は壁にぶつかって止まった。

 それを確認する余裕もないまま、美優はスロープを上がり、二階に出た。ただ、そこはライブや演劇といった、何か小規模のイベントで使われていたスペースのようで、そこまで広くなく、身を隠すような場所もなかった。そもそも、銃を持った状態で上から相手を制圧するといった目的は、既に果たせない状況だ。

 そんな事実を認識している間に、何人かが二階に上がってきて、美優を追い込もうと近付いてきた。美優はその人達に顔を向けると、大きく息を吸った。

「私は、水野美優です! あなた達の名前を教えてください!」

 どうにかして、話し合うことができないか。そんな希望を持ちつつ、美優はそんな言葉をかけた。しかし、それを聞いた人達の表情を見て、すぐに厳しいと感じた。それでも、諦める気にはなれず、さらに伝えることにした。

「あなた達の目的は、お金ですか!? それなら、他に解決策が……」

「何だ? 命乞いか?」

「別にそんなのどうでもいいし」

「いや、俺は金が欲しいから、だったら俺にやらせてくれよ」

「ふざけるなよ。こんな楽しそうなこと、譲れるかよ」

 既にオフェンスの五人がわかっている今、ここに来た者達は、闇サイトなどで美優のことを知った者達だと確定している。そして、闇サイトを利用しているということは、普通の人と違った思考を持っているのだろう。そんな人達を相手に、話をしたところで無駄だと、美優は強く実感した。

 そして、自分には戦うという選択肢しかない。そう、美優は自分自身に言い聞かせた。

 次の瞬間、呻き声があがったかと思うと、突然血しぶきが上がった。突然のことに、何が起こったのかと驚いていたら、一人の男がナイフを振りながら素早く移動し、次々と他の人の首を斬っていった。

 そうして、気付けばその場に立っているのは、ナイフを右手に持った一人の男だけになっていた。

 美優は何が起こったのか理解できず、表現できない恐怖を感じながらも口を開いた。

「……助けてくれたんですか?」

 そうではないという確信が美優の中にあったものの、自然とそう質問していた。

「いや、あんたと殺し合いがしたいだけだぜ?」

 そう言うと、男は左手で新たにナイフを取り出し、それをこちらに向けて投げた。それが自分の足元に転がってきたことを視界の端で確認しつつ、美優は確信した。

 今、目の前にいるのは、元ターゲットを標的に殺し合いを楽しむ、JJで間違いなかった。

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