前半 56
光は翔から断られたものの、圭吾と鉄也に連絡して、翔のサポートをするように指示した。
それから、予定どおり光はインフィニットカンパニーのことを調べていたが、途中で浜中から連絡があり、すぐに出た。
「光君、今大丈夫かい?」
「はい、大丈夫です。どうしたんですか?」
「同僚に例の殺人事件について調べてもらったんだけど、色々と状況がわかってきたよ」
「本当ですか?」
「特に、最初にあった大量殺人について、色々と妙なことがわかったんだよ」
「それ、僕も気になって調べようとしていたところです。何がわかったんですか?」
他の殺人と比べて、最初の大量殺人だけ異質なものだというのは、ずっと感じていたことだ。だからこそ、何か大きなヒントになるものがあるんじゃないかと、光は期待していた。
「現場は廃墟だったわけだけど、殺害方法が違うだけでなく、殺されていた場所も微妙に違っていて、入り口付近で殺された人もいれば、結構奥の方で殺された人もいたんだよ。あと、既に話したことだけど、被害者の経歴もバラバラで、一部は身元不明な人もいる。改めて変な事件だと感じたよ」
「同感です。詳しい状況を知りたいんですけど、どの場所に誰の遺体があったかわかりますか?」
「入口付近の遺体は、サラリーマンと無職の男性だったよ。どちらも銃で撃たれて殺されたみたいだね。それと、入って比較的近いところで、身元不明の二人が亡くなっていたよ。あと、その付近から奥へ続く血痕があって、それは元自衛隊の男性のものだったよ。この男性は、奥の方の部屋で、ナイフで殺されたみたいだね」
光は頭を整理しながら、何が起こったのかを考察していた。
「元自衛隊の男性が亡くなっていた近くで、看護師の女性や、身元不明の遺体などがあって、そこが一番遺体が多かったみたいだね。あと、ここには、何故か携帯食料みたいなものが、たくさんあったようだよ。そこから、さらに奥へ進んだところで、最後の一人が亡くなっていて、この人もナイフで殺されたみたいだね」
「JJのものと思われる血痕は、どこにあったんですか?」
「遺体が多くあった場所から、奥へ行くようにいくつかあったようだね」
「身元不明の遺体が多くあったそうですけど、それらを特定するのは難しそうですか?」
「ああ、その件も詳細を教えるよ。何人か、免許証などを所持していたんだけど、そこにあった名前や住所がデタラメで、存在しないものだったんだよ。一応、いくつかわかっているのを送るよ」
それから、光は送られてきた免許証の画像などを確認した。
「写真は、本人のものだったんですか?」
「うん、そうみたいだね。遺体と見比べて、別人ってことはなかったそうだよ」
「それなら、うちやダークのネットワークを使って、この顔を検索してみます」
光は画像を取り込み、すぐに検索をかけた。すると、すぐに結果が出た。
「結果を共有します。依頼を受けて人を殺す、いわゆる殺し屋と呼ばれるような人が二人ほどいたみたいですね」
「そうなのかい? いや、でも、それも納得だよ」
「それは、どういうことですか?」
浜中があまり驚いていないどころか、むしろ予想どおりであったような口調だったため、光はすぐに理由を聞いた。
「色々と調べてもらった同僚と話したんだけど、光君はデスゲームって知っているかい?」
「はい、フィクション作品のジャンルですよね? 殺し合いをさせられるとか、そういったものだという認識です」
「うん、それだよ。それを現実でやったんじゃないかって推測しているんだよ。そして、これに参加していたJJが、そのまま殺人を繰り返しているという考えは、どうかな?」
浜中の推測は、納得できる部分も多くあった。しかし、光は別の推測をしていた。
「この事件、いつあったことなのか、正確な日はわかりますか?」
「先月の10日ぐらいじゃないかって話だよ。ただ、遺体の状況などを確認すると、数日後に亡くなったと思われる遺体もあって、よくわからないんだよね」
「……そうですか」
浜中に話す前に、光は自分の推測が正しいかどうか、しっかり判断しようと頭を働かせた。それは、誤った情報を伝えることで、浜中まで混乱させてしまう可能性があるからだ。
ただ、限られた情報しかない今、光は確信を持つことができなかった。そうして、浜中に話すべきかどうか迷っていたところで、孝太からメッセージが来た。
日常に戻ることにした孝太が連絡してきたということは、何かあったのだろうと察して、光はすぐに確認した。その内容は、光が求めていたものだった。
「今、孝太君から連絡があって、先月のターゲットが誰かわかりました」
「え、どうやってわかったんだい?」
「篠田さんの同僚で、速見さんという記者がいるんですけど、その人が知っていたようです。神保純という人が、先月のターゲットだったそうです。野球部のピッチャーとして有名なようで……写真などもすぐ出てきたので、共有しますね」
「ありがとう。JJの標的になっているだろうし、すぐ保護するよ」
「いえ、少し待ってください。確信を得るため、確認したいことがあるんです。ラン君を通話に入れてもいいですか?」
光が自分の推測に確信を持つためには、翔の情報が必須だった。
「ああ、構わないよ」
「それじゃあ、入ってもらいますね」
翔は美優達と合流するために移動しているところで、通話に出る余裕があるかといった疑問はあった。しかし、光にとっては、最優先で確認したいことだったため、すぐに連絡した。
少しの間、翔が出てくれなくて、やはり難しいかと心配したところで、翔は通話に出た。
「ラン君、度々ごめんね。今、浜中さんと通話しているんだけど、どうしても確認してもらいたいことがあるんだよ」
「移動しながらでいいなら、確認しますが、何を確認すればいいんですか?」
「今から送る写真の人物を見てほしいんだよ」
そう言いながら、光は神保純の写真を翔に送った。それから少しして、翔の驚いたような息遣いが聞こえた。
「こいつがJJです! これ、誰なんですか!?」
「やっぱり、そうだったんだね」
「光君、どういうことだい?」
翔と浜中が驚くのもしょうがないと思いつつ、光は自分の推測に確信を持った。ただ、それは普通の人に理解できるものなのかと疑問も残った。それでも、二人に話すことにした。
「JJがやったとされている、先月の大量殺人は、TODで何があったかを表すものだったんです。恐らく、ディフェンス側は廃墟に潜伏して、ターゲットである神保純を守ろうとしたんでしょう。ただ、そこにオフェンスの襲撃があって、入り口付近で見張りをしていた人などが殺されたんだと思います」
先ほど浜中から聞いた話を基に、光は何があったかというシナリオを作った。
「恐らく、元自衛隊の人は、ディフェンスの中心として動いていたんだと思います。ただ、途中で負傷したこともあり、ターゲットを守ることを諦めた……むしろ自分の身を守るため、殺そうとした可能性もあります。この辺りは完全に推測ですが、現場の状況などを聞いた限り、そんなことがあったように感じます」
「まさか、そんなことが……いえ、十分あり得ますね」
「いや、何があったのか、私は全然わからないよ」
翔は光がどんな推測をしたか、理解しているようだった。一方、浜中の方は混乱しているようだった。光としては、普通の人に理解できるわけがないと考えていたため、理解できている翔に対して、色々と思うところがありつつ、話を続けた。
「そもそも、殺し屋と呼ばれるような人が毎回オフェンスで参加しているのに、先月のTODでターゲットが生存したという話が、もうおかしかったんです。何故、そんなことができたのかというと、まず元自衛隊の人がオフェンスを殺すという対応をしたんでしょう」
もしかしたら、役に立たなそうな人を見張り役どころか、囮にしたのではないかといった考えもあったが、光は黙っておいた。
「ただ、先ほど言ったとおり、ターゲットを守ることが厳しいと判断した可能性が高いです。そうなると、ターゲットに成す術もなかったはずなんですけど、それを打開するために……」
「神保純は、オフェンス……それだけでなく、ディフェンスも殺したってことですか?」
「事実だけ言うと、神保純は先月のターゲットで、その時のオフェンスやディフェンスと思われる人は全員亡くなった。そして、今はJJと名乗って元ターゲットを標的に殺し合いをしている。改めてラン君に聞くけど、写真の人物がJJで間違いないんだよね?」
「はい、確実にそうです。JJというのも、単にイニシャルだったようですね」
「何故、彼が殺し合いを目的にしているかは、理解できない部分もあるけど、TODのターゲットに選ばれたことで、何か根本的なところで考えがおかしくなっているんじゃないかな?」
光は言いながら、神保純がどういった考えを持っているか、深いところまで理解できないだけでなく、理解したくないとも感じた。それは、人として誤った考えに向かってしまうリスクを強く感じたからだ。
「ターゲットを守るためなら、オフェンスや、闇サイトを見て襲撃してきた人を全員殺してしまえばいい。JJはそれをやったってことか」
翔は、光や浜中に話している感じでなく、自然と出てきた独り言といった感じでそう言った。それは、翔もJJと同じ考えを持っていると示しているようで、光は改めて翔の危うさを理解した。
「ラン君、JJは今後、美優ちゃんを標的にするかもしれないよ。ただ……」
「次に会った時、JJを確実に殺すので大丈夫です。向こうが殺し合いを望んでいるなら、逃げないので丁度いいです」
翔の言葉を受け、光は翔とJJが似ていると確信を持った。ただ、それは翔も何か根本的なところでおかしくなっているということだ。
それを理解しつつ、光は何も言えなかった。
「翔君、そんな簡単に人を殺すなんて言っちゃダメだよ!」
浜中は刑事として、これまでも経験があるのか、過激な発言をした若者を正そうとするような言葉を伝えた。しかし、そんな言葉で翔が変わらないことを光は知っていた。
「簡単になんて言っていません。全部解決した後、逮捕されてもいいと思って言っていますよ?」
翔の返した言葉は、浜中の思いをまったく受け取らず、大きくずれたものだった。そして、浜中も翔の異常さに気付いたようで、それ以上は何も言わなかった。
「どちらにしろ、自分は急いで美優の所へ行きます。運転に集中したいので、もう切ってもいいですか?」
「……ああ、うん、構わないよ」
「それじゃあ、切ります」
何か言いたかったが、かける言葉が見つからず、光は何も言えなかった。
そうして、翔が通話から外れ、光と浜中だけの通話になったが、少しの間、二人は黙っていた。
「……神保純という人物について、調べられる範囲で調べてみます。考えづらいですけど、普段は普通に生活している可能性もあります」
「そういうことなら、警察としても動くよ。上からどれだけ止められようと、必ず彼を確保するよ」
「はい、お願いします。あと、ラン君のことですけど……」
光はどう言えばいいかわからず、言葉に詰まってしまった。その時、いつもどおり黙っていてくれた瞳が、光の肩に手を置いた。
「瞳です。私達が伝えても、ラン君に思いは届かないと思います。でも、大丈夫だと信じましょう。上手く言えませんけど、きっと大丈夫ですよ」
瞳の言葉は、何の根拠もないものだ。しかし、光は瞳の言葉を信じることができた。
「浜中さん、引き続き動ける範囲で動いてください。僕も、引き続き自分にできることをします」
「……わかったよ。それじゃあ、一旦切るね」
浜中との通話を切り、光は息をついた。
「瞳、いつもありがとう」
「どういたしまして」
それから光は深呼吸をすると、頭を切り替え、神保純について調べ始めた。