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TOD  作者: ナナシノススム
前半
112/272

前半 52

 美優はナイフの扱い方についても、冴木から言われたことを十分に理解し、技術の一つとして自分の中に吸収していた。

「余計な力も入らず、自然に動けているようだな」

「これでいいですか?」

「ああ、覚えが速くて驚いているぐらいだ。剣道をやっていることも、大きいのかもしれないな」

「冴木さんの教え方が上手だからですよ」

 そんな風に伝えると、冴木は複雑な表情を見せた。

「こんなことしか教えられなくて、本当にすまない」

「え?」

「いや、何でもない。ただ、これだけ戦い方を教えておいて、矛盾したことを言うが、戦わないで解決するなら、それが一番だということを忘れるな」

 多少なりとも戦い方を教わった今、その言葉は美優にとって重いものだった。

 これまで、戦うことを選択しようとしても、剣道の経験ぐらいしか使えるものはなかった。それによって、翔が桐生真を相手に苦戦していた時、力になることはできたが、もっとできることはないだろうかといった気持ちが強くなるだけだった。

 しかし、今の美優には、戦うことを選択した際に使える、知識と技術がある。それはまだ少ないと自覚しているが、ほとんど何もない状態と比べれば、大きな進歩だ。そのうえで、戦わないという選択肢もまだあることを、冴木は示してくれた。

「戦うことを選択するのは、自分や相手を傷付けるリスクを選択するのと同じだ。そのことを理解したうえで、戦うか戦わないかを選択しろ」

「はい、わかりました」

 どこか、師匠と弟子みたいだと感じつつ、美優は真剣な態度で返事をした。

 その時、スマホが鳴り、冴木はすぐに取り出した。それから少しして、険しい表情になった。

「何かあったんですか?」

「光からの伝言で、すぐに移動した方がいいとのことだ。翔も詳細を聞いていないようだが、それだけ緊急の連絡ということだろう。すぐに出よう」

「わかりました」

 もしかしたら、危険が迫っているのかもしれない。その可能性を考えると、美優は不安になり、思わず胸に手を当てた。

 あらかじめ、荷物のほとんどは車に乗せていて、残りの荷物も一つのバッグにまとめてあるため、今すぐ出られるようになっている。ただ、冴木は最後に確認したいことがあるようで、バッグを持ちつつ、監視システムを操作した。

「今のところ、監視システムには何の反応もない。今のうちに出れば……」

 その時、突然ガラスが割れる音が響き、美優は驚きのあまり固まってしまった。ただ、そんな美優を庇うように、冴木はすぐ前に出てくれた。

「美優、下がっていろ!」

 冴木は持ったばかりのバッグを置くと、銃を構えた。

 そこには出入りができるよう、大きな窓ガラスがあったが、岩か何かで割られたようで、破片が散らばっていた。そして、そこにナイフを持った、見知らぬ男が立っていた。

「何で、監視システムに反応しなかったんだ?」

 それは質問というより、無意識のうちに疑問を口にしたようだった。そのことから、冴木も動揺しているようだと感じ、美優はそれほどの事態が起こっているのだと理解した。

 それから、美優は男に目をやった。

 男はナイフをこちらに向けているが、その手は震えていた。また、表情は不安げで、どこか泣きそうなようにも見えた。

「ど……どけ! 私は、そいつを殺さないといけないんだ!」

 そう叫んだ後、男はゆっくりと近付いてきた。それに対して、冴木は銃を構え直した。

「止まれ! それ以上近付いたら撃つ!」

 冴木が叫ぶと、男は足を止めた。しかし、ナイフはこちらに向けられたままだった。

「おまえは、オフェンスだな?」

 闇サイトを見た者という可能性もあるはずなのに、冴木は男がオフェンスだと確信しているような口調だった。それは、これまでの経験で得た、何かしらかの感覚によるものだったようだが、男の反応を見て、当たっているようだと美優は感じた。

「おまえに美優は殺させない。それ以上近付いたら、本当に撃つからな」

「撃つなら撃てばいい。それでも、私は……やらないといけないんだ!」

 男はナイフを強く握ると、軽く膝を曲げ、今にも突進してきそうな雰囲気だった。それに対して、冴木は銃の照準を男に合わせ、少しでも男が近付いてくれば、撃つつもりのようだった。

 その瞬間、美優は自然と体が動き、冴木の前に立つと、両手を広げた。

「二人とも待ってください!」

 そんな美優の行動が意外だったようで、冴木と男は一瞬だけ緊張感が抜け、呆気に取られた様子だった。

「私は、水野美優です! あなたの名前を教えてください!」

 美優がそう叫んだが、男は何を言われたのか理解できていない様子で、固まっていた。

 そんな中、冴木は男よりも早く我に返ったようで、美優の肩を後ろへ引いた。

「美優、何をやっているんだ!? 後ろへ下がれ!」

「さっき、戦わないで解決するなら、それが一番だと言ったじゃないですか? 私は、その人と戦わないで解決できると思うんです」

 先ほどから見ていて、男はどこか怯えている様子だった。それは、人を殺すことに恐怖心を持ち、できれば殺したくないと思っているのではないかと感じさせた。また、美優を殺すことができないなら、自分が死ねばいいと思っているような、どこか自暴自棄ともいえる行動を取ろうとしていることも気になった。

 そうしたことから、美優は男から話を聞こうと決心した。ただ、今すぐにでも男が襲いかかってくるかもしれないという恐怖があり、気を抜けばすぐにでも身体が震えそうだった。それを必死に抑えながら、改めて男に目をやった。

「もう一度言います。私は、水野美優です。あなたの名前を教えてください」

 今度は落ち着いた口調で、そう伝えた。そんな美優の言葉を受け、男は戸惑った様子を見せつつも、口を開いた。

「わ、私は琴原ことはらさとるだ」

 男が琴原と名乗ったのを受け、美優は話ができそうだと、少しだけ希望を持った。そのうえで、何を話そうか考えようとしたが、それは考えるまでもなく、自然に見つかった。

「私は今、祖父母と暮らしています。母は私を産んで、すぐに亡くなりました。父は……いつか一緒に暮らしたいと思っています」

 背後から聞こえる、微かな息遣いの変化。そのことに気付きつつ、美優は続けた。

「先日、捨てられていた犬を拾って、飼い始めました。名前は、ミューといいます。友達作りは少し苦手で、いつも幼馴染の孝太といました。今は孝太の親友の大助と、高校で友達になった千佳と、四人でいつも一緒にいます」

 琴原は戸惑った様子を見せつつも、真剣な表情で美優の話を聞いていた。

「それと……私は最近、初めて人を好きになりました。その人は、ずっと人を避けていて、どこか怖い雰囲気を持っていて……でも、優しい人です。その人は、私を必死に助けようとしてくれています。そのために、取り返しのつかないことをしてしまいそうで、私は不安です」

 何を話すべきか。何を話したいか。そんなことも考えることなく、頭に浮かんだことを、そのまま言葉にしていった。そして、美優は琴原を真っ直ぐ見た。

「それが私……水野美優です。琴原悟さんのことも、教えてくれませんか?」

 そう問いかけると、琴原は戸惑った様子で、顔をそらした。ただ、何度か唇を噛むような動作を見せた後、また美優の方へ顔を向けた。

「私は……息子と二人で暮らしている。妻は五年前、事故で亡くなった。息子は高校を卒業して、今年から働き始めたんだ。本人は言わないけど、私に負担をかけたくないと思って、大学へ行くことなどを諦めたんだろう」

 それから、琴原は目に涙を浮かべた。

「妻が亡くなったショックで、真面に働けなくなってしまった私のせいで、息子はずっと我慢してきただろう。でも、何の文句も言わないで、立派な社会人になってくれた。それなのに、急に体調を崩して……」

 琴原は泣くのを必死に我慢するように、歯を食いしばった。それから、強い目で美優を睨みつけた。

「これまで、私は息子に何もできなかった! だから、せめて最高の治療を受けさせてやりたいんだ!」

 そう言うと、琴原はナイフを強く握り直した。

「私を殺したっていい。そうすれば、保険金が入る。だから、私は……」

「待て! いくら必要なんだ?」

 不意に冴木がそんなことを言ったため、琴原は驚いた様子を見せた。

 それから、冴木はバッグを開けると、札束を五つ取り出し、それを琴原の方へ投げた。

「TODの賞金と同じ、500万だ。それで足りるか?」

「え、これは……」

「金で解決できるなら、俺はそうしたい。それを、息子さんの治療費として使えばいい」

 そう伝えると、琴原は崩れるようにして座り込み、恐る恐るといった様子で札束に触れた。

「いいのか? こんな……」

「これまで、息子に何もできなかったと言ったな? だったら、これからたくさんできることをしろ。ここで死ぬなんて、そんなことは誰も望んでいない。だから、そのナイフを捨てろ」

「……わかった。ありがとう」

 琴原は、弱々しいながらも、しっかりとした声で礼を言った後、ナイフを冴木の方へ軽く投げるようにして捨てた。

 その様子を見て安心してしまったのか、美優は急に身体の力が抜けて、倒れそうになってしまった。そんな美優を支えてくれたのは、冴木だった。

「美優、大丈夫か?」

「はい、少し気が抜けてしまっただけで、大丈夫です」

「あまり無茶をするな。心配になる」

「すいません。でも……」

「ただ、美優は正しい選択をしたと思う。本当によくやったな」

「……ありがとうございます」

 冴木の言葉は、美優にとって大きな力になるものだった。そのことを嬉しく思い、美優は自然と笑顔になった。

 一方、冴木は険しい表情で、琴原に目をやった。

「聞きたいことがある。どうやって、ここのことを知った? それに、監視システムも誤作動させたな? どうして、そんなことができた?」

「……監視システム? そんなのは知らない」

「正直に言え!」

「本当だ! それに、ここのことはメッセージが来て、それで知っただけだ!」

「メッセージ?」

 それから、琴原は慌てた様子でスマホを取り出し、何やら操作した後、画面をこちらに向けた。

「これだ!」

「……確認させてもらう」

 冴木は警戒しながら琴原に近付くと、スマホを受け取った。

「……このスマホ、もらってもいいか? 調べさせてほしい。金が必要なら……」

「さっきもらったので十分だ。それに、それは今回のために用意したものだから、もう必要ない。好きにしていい」

「わかった。俺達はもう行く。ここは他のオフェンスにも特定されているかもしれない。すぐに離れた方がいい」

「ああ、わかった。私はもう、かかわらないようにする」

 それから、冴木は少しだけ焦っているような様子で、バッグを持った。

「美優、何かしらかの方法で、ここが特定されている。監視システムも機能していないし、すぐに離れよう」

「あ、はい、わかりました」

 危険が去ったような感覚を持っていたが、そうではないと気付き、美優は改めて気を引き締めた。そして、冴木についていくようにして、足早に外へ出た。

「水野美優ちゃん、やっと見つけたよー」

 その時、聞き覚えのある女性の声がして、美優は強い恐怖を感じると、足が止まってしまった。そして、声がした方に目をやった。

「今度こそ、最高の快楽を与えてあげるからー」

 そこにいたのは、高校で美優を襲撃したオフェンス――ケラケラだった。

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