前半 50
光は和義から渡されたデータを分析した結果、ある重要な手掛かりを見つけていた。
しかし、それは素直に喜べるものでもなかった。むしろ、そうであってほしくなかったと思えるもので、光を困らせた。
そのうえで、光は情報を整理した後、瞳、圭吾、鉄也、和義という、自分が心から信頼できる人にだけ話をしようと決め、集まるように仕向けた。そして、実際に五人が集まった今、光のすることは決まっていた。
「最初に結論を伝えるよ。当初から予想はしていたけど、TODにインフィニットカンパニーが絡んでいる可能性が高い。これは、和義君からもらったデータを確認してわかったことだけど、特定のネットワークに接続した形跡があって、それを調べたら、インフィニットカンパニーが管理するネットワークだったんだよ」
「まあ、セレスティアルカンパニーが色々調べてもわからなかったわけだし、そうなるよね」
「ただ、そうなると厄介だな。前にインフィニットカンパニーの管理するネットワークをハッキングしようとしたが、ほぼ何もできねえで終わった。匿名性を売りにしてるだけあって、かなり厳しい」
「犯罪に利用されているって噂もあるし、これまで僕達も調べてきたけど、あいにくのところ、インフィニットカンパニーの対処はできていないからね」
和義と鉄也は、インフィニットカンパニーを相手にすることの厳しさを理解している様子だった。一方、圭吾だけは、話についていけていない様子で、困っているような表情を見せた。
「よくわからないが、お互いに情報の発信と受信ができるってことは、繋がってるんだろ? どのネットワークを、どこが管理してるかで、何が変わるんだ?」
「言っても、圭吾には理解できねえだろ」
「何だと?」
「厳密に言うとちょっと違うけど、共有のスペースをイメージするとわかりやすいんじゃん? 共有のスペースだから、そこにあるサイトは誰でも見れるし、そこにさえ行けば、お互いに情報を発信したり受信したりもできる。それだけでなく、セレスティアルカンパニーの管理するネットワークを利用してる人なら、その共有スペースに来たのが、どこの誰なのかってとこまで、ある程度把握できるようになってるんだよ」
和義はフォローするようにして、そんな説明をした。
「ただ、インフィニットカンパニーの管理するネットワークなんかを利用されると、その共有スペースに来たのが、どこから来た誰なのか、わかんないんだよ」
「それは、覆面を被ってるような感じってことか?」
「うーん、ちょっと違ってて……どこから来た誰なのかを示す、名札がないといえばいいのか……」
「和義、無駄だから諦めろ」
「何だと?」
放っておくと、またケンカになりそうと感じて、光は口を挟むことにした。
「僕から補足するけど、海外では、匿名が普通だよ。日本では、インターネットというかITが普及し始める時に、まずセキュリティを万全にしようと動いたからね。まあ、それをしたのがセレスティアルカンパニーなんだけど、おかげでネット犯罪は大分抑えられているよ。それに、匿名じゃないからこそ、技術のある人が周りから認められやすい環境ができているとも思うしね」
「俺はそうした環境に反対で、ハッキングとか、独自にネットワークを作る技術を磨いてるけどね」
「セレスティアルカンパニーの副社長として、僕は反対の立場だけど、和義君の考えも理解できるよ。実際、そうした匿名性を重視したインフィニットカンパニーのシェアが拡大しているだけでなく、独自にネットワークを構築する人もそれなりに増えてきているからね。まあ、それに比例して、ネット犯罪が増えているけどね」
そこまで話したものの、相変わらず圭吾は話についていけていない様子だった。
「まあ、圭吾はこういう話が苦手だし、そんなことがあるとか、その程度の認識でいいよ。それより、大分話が脱線したけど、改めて色々と整理してみて、わかったことを共有するよ。まず、これまでラン君や美優ちゃんの位置が特定されたり、その情報が闇サイトに流れたり、それと通信障害があったり、TODに関連していそうなことがたくさんあったけど、それらをまとめて考えていたのが、そもそも間違いだったみたいだよ」
「どういうことだ?」
「順に説明すると、システム障害と、それに伴う通信障害に関しては、悪魔と呼んでいる人物がやったことだと思う。さっき和仁さんに確認したけど、悪魔の襲撃を受けた潜伏先のシステムの状態と、これまで障害のあったシステムの状態が似ていたし、これは間違いないと、とりあえず置いておくよ。問題は、和義君が調べてくれた、車の位置などが特定された理由だけど、これがさっき話したとおり、インフィニットカンパニーが管理するネットワークに接続することで、行っていたみたいなんだよね」
そう言いながら、光はパソコンを操作した。
「特定のネットワークに接続することで、位置情報の確定から、それを外部に流すよう、あらかじめ仕掛けられていたようだよ。確認のため、和義君も見てもらっていいかな?」
「オッケー」
そう言うと、和義は近くに寄ってきて、パソコンのモニターに目をやった。
「これ……大分前から仕掛けられてるじゃん」
「やっぱり、そう思うよね。そこで、疑問が出てくるんだけど、この仕掛けをオフェンスが使えば、最初からターゲットの位置を特定して、いくらでも襲撃できたはずなんだよ。でも、何故かそうじゃなくて、実際は不定期に情報が流れるといった、不自然な状況が続いているでしょ? それを説明するシナリオとして、どんなものが作れるかな?」
そんな質問をしたところで、鉄也が何か気付いた様子を見せた。
「そういうことか。それを仕掛けたのは、オフェンスじゃなくて、TODを開催してる奴じゃねえかって話だな?」
「鉄也の言うとおりだよ。普通に考えて、ターゲットがどこかに潜伏したり、遠くへ逃げたりといった行動を取れば、それだけでゲーム終了まで簡単に時間を稼げるでしょ? でも、これまでの時点で、そうした動きは何故か止められていた。それで、これまではオフェンスの誰かがやっていることだと思っていたけど、TODを開催しているところがやっているって考えた方が、自然な気がしたんだよ」
「確かにそうだ。そう考えると、位置が特定された理由も、今後どういった形で位置が特定されるかも、根本的に考え方が変わるな」
光の考えは、鉄也と一致していた。そして、和義も同じ考えのようで、納得した様子だった。
「これまで、ラン君とも話していたんだけど、妙に偶然が重なっていたし、どこか意図的なものを感じるというか、違和感があったんだよね。それで、ターゲット、それにオフェンスやディフェンスも、あらかじめ決まっていたんじゃないかって話が出たんだよ」
「そうだとしたら、一ヶ所に留まるのは危険だね。ランとかに知らせた方がいいんじゃん?」
「ああ、そうだね。不確定の情報も多いから、少し抵抗があったけど、早急に伝えておくよ」
光はパソコンを操作し、簡潔なメッセージで、翔に伝えた。
「うん、とりあえず伝えたよ」
「これだけだと判断できねえだろうが、光はTODを開催してるのが、インフィニットカンパニーだと思ってるのか?」
「難しい質問だね。セレスティアルカンパニーでは、自分達の管理するネットワークを誰がどう利用しているか、全部把握できるような仕組みを作っているんだけど、インフィニットカンパニーはどうかわからないからね。一応、ネットワークを利用されているだけって可能性もあるけど……まったく無関係ってことは、さすがにないんじゃないかな?」
「俺もそう思う。そうなると、色々と厄介だな」
「警察が捜査を進めないのも、TOD絡みというより、インフィニットカンパニーが絡んでいると判断しているからかもしれないね」
そんな話をしていたところで、まだ理解に苦しんでいる様子の圭吾が口を開いた。
「まだよくわからないが、あらかじめターゲットなどが決まってたんだとしたら、圧倒的にオフェンスが有利じゃないか?」
「話を聞いてねえのか? TODを開催してるとこが、どのタイミングでターゲットの情報を流すか決められるなら、どちらを有利にするかなんて、いくらでもコントロールできる」
「ちゃんと聞いてるぞ。そのうえで、オフェンスが有利になるように進んでると言ってるんだ。ランがいなかったら、オフェンスの勝ちでとっくに終わってただろ?」
「それは……そうだ。俺達のとこに堂崎家の情報が匿名で送られてきて、それでランを襲撃したんだが、情報を送ってきたのは誰だと思う? 光の考えを聞かせてくれ」
鉄也の質問を受け、光は少しだけ答えに迷った。
「むしろ、その件は僕の方から鉄也と和義君に聞きたいよ。ラン君がTODにかかわるのを防ぐ目的があったなんてシナリオも考えられるけど、二人はどう思っているのかな?」
「あの後も色々と調べたけど、堂崎家の情報は、誰が送ってきたのかわからなかったよ。でも、わからなかったって時点で、おかしいんだよね。まあ、インフィニットカンパニーなのかはわからないけど、匿名性のあるネットワークを利用してるのは確かだよ」
「ただ、ランをTODにかかわらせねえようにするなら、そもそも同級生をターゲットに選ぶ必要がねえだろ。光の予想だと、意図的に選んだ可能性が高いんだろ?」
「確かにそうだね。何か、矛盾のないシナリオは作れないかな……」
そうして、全員が悩んでいたところで、これまで黙っていた瞳が口を開いた。
「今回のTOD、本当の標的はラン君なんじゃないかな? 上手く考えがまとまらないけど、ラン君をTODに巻き込むことが、そもそも目的だったような気がするの」
「……その可能性を考えていなかったよ。確かにラン君はこれまで無茶を繰り返しているし、今後も何をするかわからない危うさがある。そんなラン君をダークに襲撃させたり、TODに巻き込んだりすることで、誤った方向へ向かわせたいという意図があるのかもしれないね」
「そうだとしても、ランは止まらないぞ? というか、その件だけでなく、俺達はどうすればいい?」
圭吾の言葉を受け、光はどう答えるべきか、少しの間考えた。
「僕は、改めてインフィニットカンパニーの管理するネットワークを調べてみるよ。TODに絡んでいるなら、そっちの線で何か見つかるかもしれないからね。和義君も、一緒にやってくれるかな?」
「オッケー。でも、もうちょっと寝てからでいいよね?」
「うん、ちゃんと休んでもらってからでいいよ。あと、圭吾と鉄也は、リアルの方でインフィニットカンパニーを探ってみてほしい。あそこ、内部の情報も公開していないから、誰が出入りしているかとか、そうした情報だけでもほしいんだよね」
「わかった。ライトの中に、インフィニットカンパニーとかかわりを持った者や、その知り合いがいないか確認してみるぞ。ダークの方も……」
「圭吾と違って、俺はもう把握してる。ダークの中にインフィニットカンパニーとかかわりを持った奴はいねえ。それより、こっちは過去のものも含めて監視カメラの映像を確認してみる。周辺の監視カメラにはアクセスできねえけど、近くの道を頻繁に通る奴を調べれば、何人か特定できるだろ」
「うん、お願いするよ。あと、この件はデータベースで共有しないで、直接連絡してほしい」
「何でだ?」
「インフィニットカンパニーが相手となると、今までよりもハッキングを警戒する必要があるからだよ。それこそ、なるべくこうして直接話すようにしたいぐらいだよ。あと、言い忘れていたけど、色々と調べる時は、警察の妨害も避けるため、慎重に動いてほしい」
「たく、めんどくせえな」
そこで、光は翔の件に頭を切り替えた。
「あと、ラン君のことだけど、さっき話したことはラン君に伝えないようにしよう。圭吾の言うとおり、伝えたところで、ラン君は止まらないだろうしね」
「わかった」
「そのうえで、ラン君や堂崎家について、可能な限りでいいから調べてみてほしい。ただ、これは本当に危険で、篠田さんが殺された原因になっている可能性もあるから、他の人に頼まないで、僕達だけでやるよ」
「調べてどうするんだ?」
「ラン君が本当の標的だとして、その目的を探るためだよ。これは勘に近いけど、ラン君が自分のことを隠している理由とか、その辺が関係している気がするんだよ。それで目的がわかれば、具体的にどこがどんな目的でTODを開催しているかもわかるんじゃないかな?」
何の確証もなかったが、光の言葉に、圭吾達は納得した様子で頷いた。
「繰り返し言うけど、ラン君のことを調べることで、何か知っちゃいけないことを知る可能性があるし、それを知ることで命の危険もあるかもしれない。だから、抵抗があるなら、やらなくていいからね」
「脅かすんじゃねえよ」
「いや、光の言うとおりだ。ある程度の覚悟は必要だぞ」
「うるせえな。覚悟なんて、とっくにできてる」
圭吾と鉄也のやり取りを見て、光は何だか安心すると、軽く息をついた。ただ、すぐにまた気を引き締めた。
「あまり言いたくないけど、ライトやダーク……さらにはセレスティアルカンパニーの中に、インフィニットカンパニーと繋がっている人がいる可能性も否定できない」
「ダークには、そんな奴いねえ」
「うん、わかってるよ。僕が言いたいのは、改めて本当に信用できる人にだけ協力を求めてほしいってことだよ。まあ、表向きはTODの調査を控えたことにするから、そのうえで、それぞれ僕達にできることをこれまで以上にやっていくよ」
危険が伴うことを話しているのに、最後は自然と軽い口調になった。それは、ここにいる全員が、光にとって心から信頼できる人だからだ。
そして、改めて情報を整理したうえで、光達はそれぞれ動き出した。