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TOD  作者: ナナシノススム
ウォーミングアップ
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ウォーミングアップ 10

 孝太は着替えを終えた後も、しばらくその場から動けなかった。気を抜けば涙が出てしまいそうになり、いっそのこと泣いてしまおうかと思ったものの、上手く気持ちの整理がつかなくて、泣くことすらできなかった。

 美優に対する思いは、大したことないのだろうと勝手に思い込んでいた。しかし、美優に自分の思いが届かないとわかった瞬間、あまりにも大き過ぎる思いだったんだと、孝太は自覚した。

 何かのタイミングで、もっと前に思いを伝えていたら、もしかしたら美優の気持ちも変わったかもしれない。そんな後悔がないわけでもない。ただ、さっきの美優を見る限り、何も変わらなかったのだろうといった確信も孝太は持っていた。

 結局、気持ちの整理がつかないまま、孝太は部室を出た。

「遅い!」

 そこには、千佳と大助が待っていた。

「何で二人がいるんだよ?」

「美優は一人で大丈夫って言ってたから、戻ったの」

「孝太君……話、聞きますよ?」

 あからさまと言えるほど、二人から気を使われて、孝太は思わず笑ってしまった。

「そんな気を使うなよ。俺は別に大丈夫だって」

「ううん、大丈夫じゃないよ。孝太が美優のこと大好きなんだって……私は気付いてたもん。大助も気付いたでしょ?」

「僕は……ただ、孝太君は美優さんと一緒にいる時が、一番楽しそうだと思いました」

「ほら! 大助ですら気付いてる!」

 千佳と大助の言葉で、そこまで自分の思いが表に出ていたことを、孝太は知った。ただ、思い返してみると、それは当然のことだった。

 みんなといる時も、常に美優のことを気にして、何か楽しそうにしている時、何か悲しそうにしている時、何か怒っている時、どんな時も美優の気持ちを共有したいと思った。そのため、なるべく美優の近くにいるよう努めていたし、過去の思い出を振り返れば、ほとんど美優と一緒の思い出ばかりだ。

 家が近くで、自然とかかわることになった女の子――それが美優だ。最初、人付き合いの苦手な美優は、孝太にもなかなか心を開いてくれなかった。しかし、何度も遊びに誘ううちに、美優は誘いに乗ってくれるようになった。

 幼い頃からサッカーが好きだった孝太にとって、最初の練習相手は美優だった。当時は男女の体格差がほとんどないどころか、女子の方が有利ですらあったため、孝太は美優相手でも苦戦した記憶がある。だからこそ、美優に勝ちたいと努力して、それが今の結果に繋がっているのだろう。

 美優が剣道を始めた後、少しだけ相手をしたこともある。しかし、全然相手にならず、いつも完敗だったため、孝太は剣道の道を絶対に選ばないと心に決めた。

 小学校の六年間は、偶然クラスが美優と一緒だった。相変わらず、美優は人付き合いが苦手な様子で、一人でいることが多く、孝太は時々美優に話しかけるようにしていた。そんなことを高学年になってもしていると、周りから茶化されることも多少あった。ただ、その時はまだ美優を意識していなかったため、単なる幼馴染だと返していた。

 中学生になり、一年生で美優と初めて別のクラスになった時、一人でいることが多い大助と同じクラスになった。どこか美優と似た雰囲気もあり、話しかけようかと思いつつ、迷惑になるかと悩んだ時、美優に相談した。そして、美優から絶対話しかけるべきだと助言された後、孝太は大助に話しかけた。その結果、孝太と大助は、親友と呼べるほどの仲になった。

 ある日、美優が真剣な様子で、両親のことをほとんど知らないという悩みを打ち明けてくれた。その悩みに対して、孝太は上手く答えられた自信がない。というのも、孝太は両親と一緒に過ごしていて、いわゆる幸せな家庭というものしか知らなかったからだ。それでも、精一杯美優の悩みを解決したいと強く思い、とにかく言葉を探しては伝えた。今思うと、孝太が美優のことを好きになったのは、この時かもしれない。

 高校受験の時、孝太にはサッカーの強豪校に入るという選択肢があった。しかし、美優と一緒の高校を受けると早々に決めた。大助も同じ高校を受けて、三人とも合格した時は、心から喜んだ。

 高校に入り、美優と大助と同じクラスになった時も、ただただ嬉しかった。

 高校でも、美優は相変わらず人付き合いが苦手な様子だったけど、そんな美優に千佳が積極的に話しかけて、いつの間にか親友と呼べるほど仲良くなっていた。そうして、今では、ほとんど四人で過ごす毎日だ。そんな毎日が、孝太は心から好きだと、自信を持って言えた。

 そうしたことを思い出しているうちに、孝太の目から涙が零れた。

「ごめん……」

「いいって! 私達の前では我慢しないでよ!」

 千佳がそう言ってくれたが、孝太は涙を拭うと、笑顔を作った。

「くよくよしてる場合じゃねえだろ。僕は美優が悲しむとこを見たくねえから、意地でも翔と仲良くさせる!」

 できれば、自分の思いが美優に届いてほしかった。そんな気持ちがないといえば嘘になる。ただ、それ以上に、翔から無視されて悲しむ美優を見たくないという気持ちの方が強かった。

 とにかく美優が幸せになってほしい。そう思っている孝太にとって、今やるべきことは明確だった。

「じゃあ、改めて作戦会議だね! 何かいい方法ないかな?」

「そういえば、翔の家ってどこなんだ? 上手く待ち伏せすれば、一緒に登校できんじゃねえか?」

「確かに! でも、翔の家、どこか知らないんだけど……」

「僕は知っていますよ。ここから近いので、翔さんは歩いて登校していると思います」

「そうなの!? じゃあ、どっかで待伏せしようよ! 美優にも言っておかないとね!」

 ふと、美優と翔がいないところで、こんな風に作戦を立てるのはどうなのかと冷静な考えが生まれたものの、孝太は止めようと思わなかった。

 美優が幸せになってほしい。改めて、そんなことを思いつつ、孝太は美優への気持ちを心の中で整理することができた気がした。

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