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TOD  作者: ナナシノススム
前半
108/272

前半 48

 美優は改めて、自分にできることを考えていた。

 翔を止めたいと思っていたのに、それは伝わることなく、通話を切られてしまった。気を使ってシャワーを浴びに行った冴木はまだ戻ってこない。そうして、一人の時間ができたことで、美優はより一層、自分に何ができるかを見つけたいと強く願った。

 ただ、翔を止められないとなると、自分にできることとして思い浮かぶのは、やはり自分自身が強くなることだけだった。そのため、美優は昨日、冴木から教わったことを思い返すように、身体を動かした。

 そうしていると、冴木が浴室から出てきて、驚いた様子を見せた。

「美優、何をやっているんだ? 翔との通話はどうした?」

「……翔が無茶をしないように、私は強くなると伝えたんですけど、上手く伝わらなかったんです。それで、今の自分にできるのは、これしかないので……」

 言いながら、自分が迷走していることはわかっていた。そのため、美優は自然と何も言えなくなってしまった。

「……すまない。美優がどう思っているかをわかりやすく伝えてほしい。俺は理解したうえで、力になる」

「翔が誰かを殺してしまうんじゃないかと不安で、それを止めたいんです! 冴木さんが言ったとおり、それをしてしまったら、何か一線を越えてしまう気がするんです!」

 冴木の心強い言葉を受け、美優は自分の気持ちを真っ直ぐ叫んだ。

「そうか……」

 冴木はどこか悩んでいるような様子を見せた後、真剣な目を美優に向けた。

「俺は誰も殺していないと言ったが、それは運が良かっただけだ。相手を制圧するより、殺す方が楽だと言っただろ? 実際、自分は殺さないつもりでも、意図せず殺してしまうことだってある。俺は、運良くそうしたことがなかっただけだ」

 そう言うと、冴木はため息をついた。

「それが良かったかどうかはわからない。俺に人を殺す覚悟があったら、緋山春来は死なずに済んだかもしれないし、美優を危険な目に遭わせることもなかったかもしれない」

「いえ、絶対に良かったと思います! その……私なんかがこんなこと言っても、しょうがないんですけど……」

「……そう言ってくれて、ありがとう。だが、覚悟は持つべきなんだろう」

 冴木が何を言っているのか、美優はわからなかった。

 それからしばらく時間を置いた後、冴木は銃を取り出した。

「あまり教えたくなかったが、銃やナイフなど、武器の使い方も教えておく」

「え?」

「これは、美優が生き残る可能性を、少しでも高くするためのものだ。だが、武器を使うとなれば、相手を殺す可能性も高くなる。だから、知りたくないなら知らないままでいいと思う。少なくとも、俺は美優にこんなことを教えたくない」

 冴木から真剣な目を向けられ、美優は自分のことを心から心配してくれていると感じた。そして、美優も真剣な目を返した。

「常にあらゆる状況を想定して、あらかじめどう動くかは決めておけと言ったが、銃やナイフを相手が使ってきた時、それを奪うことは、昨日教えたことを利用すればできる。そうして奪った時、ただ逃げることを選択したっていいんだ」

「私は逃げません。相手の武器を奪った時、相手を殺すことなく、制圧する手段を教えて下さい」

 自分が逃げる選択をしても、翔は襲撃者を相手にし、その結果、殺してしまうこともあるかもしれない。そんな不安から、美優は自分自身の力で、襲撃者を制圧する力がほしいと決心した。

「……それなら、銃の使い方を教えておく。これは、コルトガバメントと呼ばれる、アメリカなどで一般的に使われている有名な銃だ。銃によって違う部分もあるが、この銃の使い方を基本にすれば、他の銃も使えるはずだ」

 冴木はそう言いながら、慣れた手つきで銃を操作し、あっという間に七発の銃弾をテーブルに並べた。

「銃弾を抜いたから、実際に銃を持ってみろ」

「あ、はい」

 銃弾が装填されていないとはいえ、美優は恐る恐る銃を受け取った。

「思ったより重いんですね」

「先に言っておく。素人が狙った場所に銃弾を当てるなんて、まず不可能だ。だから、銃を奪った時、美優にできる選択は、単に撃つか撃たないか。その二つだけだ」

 一瞬、何を言われたかわからなかったが、美優はすぐに冴木の言葉を理解した。

「それって……」

「相手のどこに銃弾が当たるかは、運次第だ。これは、相手の動きを止められない可能性だけでなく、相手を殺してしまう可能性も、両方考える必要がある」

 そう言われると、美優は怖くなってしまい、自然と銃を持つ手が震えた。そんな美優の手を解くようにして、冴木が銃を手に取った。

「銃を撃つ時、俺は肩など、致命傷になりにくい場所を狙う。だが、絶対そこに当たる保証はない。少しでも照準が逸れれば、心臓や頭に当たり、致命傷を与えてしまうかもしれない。そんな不安もあって……本音を言えば、銃を撃つ時はいつも怖いと感じている」

 これまで、様々な経験をしているだろう冴木から、そんな言葉が出てくるとは思っていなかった。そのため、美優は言葉が出てこないほど、驚きを感じた。

「俺ですらそうなんだ。美優が怖いと感じるのは、当然のことだ。だから、改めて聞く。本当に銃の使い方を教えてほしいか?」

「……はい、教えてほしいです」

 冴木の言うとおり、怖いという感情はある。ただ、美優の中に、迷いのようなものはなかった。

「……わかった。まあ、そう言ったが、銃の使い方を教えるのは、美優が人を殺す可能性を少しでも減らすためだ」

「え?」

「今の美優は、どんな手段を使ってでも、翔に無茶をさせたくないと思っているだろ? そんな美優が、相手から銃やナイフを奪った時、相手を制圧するだけで済むよう、知識を教えるだけだ」

「……ありがとうございます」

 冴木の言葉に、美優は単に礼を言うことしかできなかった。

「だから、まずは銃を無力化させる方法を教える。当然だが、銃は銃弾が空になれば撃てない。だから、相手が銃を一丁しか持っていない時など、マガジンを抜いてしまえばいい。マガジンは、ここを押せば自然と落ちてくる」

 美優は慣れない手つきで、冴木の言うとおりに操作した。すると、マガジンがグリップから外れて、そのまま床に落ちた。

「あ、ごめんなさい!」

「いや、反対の手で押さえるように言うべきだった。あと、銃弾は一発だけ、銃本体に装填されるようになっている。今は空の状態にしているが、マガジンを抜いただけだと、まだ一発だけ撃てる状態が維持されてしまう。これを解消するには、ここを後ろにスライドさせるんだ」

「えっと、こうですか?」

「グリップを持った右手を前に押しながら、左手を引くイメージだ」

 最初はスムーズにできなかったものの、冴木の動作を真似する形で、次第に美優はスムーズにスライドさせられるようになった。

「空のマガジンを入れた状態でスライドを引くと、ホールドオープンといって、スライドが引かれた状態を維持する。これは銃を撃っていて、マガジンが空になった時も同じ状態になる。まあ、替えのマガジンまで奪える状況は少ないだろうから、これはあまり覚えないでいいだろう。それより、セーフティ……いわゆる安全装置の話を先にしよう」

 冴木はそう言った後、小さなつまみのようなものを上下に動かした。

「これがセーフティで、この状態だとトリガーを引けない。それだけでなく、スライドも引けなくなる。今は銃弾が空の状態だ。実際にトリガーを引いて、違いを確認するといい」

「あ、はい」

 そう言われたものの、万が一、銃弾が出てしまったら大変だと、美優は何もない場所を狙ってトリガーを引いた。そして、セーフティがかかっていると、トリガーがビクともしないこと。セーフティを解除してトリガーを引くと、銃の一部が動き、カチッと音を鳴らすことを確認した。

「今動いた、ハンマーと呼ばれる部分をこうすると、コックした状態になって、銃弾が装填されていれば撃てる。それと、セーフティは、ハンマーがコックした状態の時、かけられるようになっている。俺は普段、銃弾を装填した後、ハンマーはコックしたうえで、セーフティをかけた状態にしている。相手から銃を奪った時、恐らく同じ状態のはずだ。いや、奪ったタイミングによるが、セーフティはかかっていないことが多いかもしれない」

 初めて聞く用語に戸惑いつつ、美優は用語を覚えるよりも、実物の銃を用いて、どう使うかを優先して覚えていった。

「それじゃあ、空砲をマガジンに二発だけ装填する。空砲といっても、強い衝撃があるし、銃口を自分などに向けないように注意しろ。ホールドオープンの状態になっていれば、マガジンを入れた後、スライドストップを下げれば、これでスライドが戻って装填される。そうでない時は、スライドを一回引けばいい。銃弾が装填されているかどうかは、スライドを軽く引いて確認できるが、そこまでする必要はないだろう」

 それから、冴木は美優から見やすいよう、銃の向きを変えた。

「さっき言ったとおり、相手から銃を奪った時は、こんな状態だろう。これで普通に銃を向けるだけでも、相手にとっては脅威で、真面な奴なら抵抗しないはずだ」

「わかりました」

「銃弾を空にする場合は、マガジンを抜いた後、スライドを引け。こうすれば、銃に装填された銃弾が排出される。この時、トリガーに指をかけないようにすれば、暴発のリスクを減らせる。実際にやってみろ」

「はい、やってみます」

 空砲とはいえ、必ずしも安全じゃないと言われたため、多少の緊張がありつつ、繰り返し行ううちに、この動作も美優はスムーズにできるようになっていった。

「それぐらいできればいいだろう。最後に、銃の撃ち方も教える。といっても、実際に撃たせるわけにはいかないから、構え方と照準の合わせ方を教えるだけだ。銃の持ち方は、こう持つようにしろ。特に、指がスライドに触れないように注意しろ。撃った反動で、自動的にスライドが引いて、次の銃弾が装填されるようになっているんだ」

 それから、美優は銃の構え方と、照準の合わせ方を習った。ただ、ある程度腕を伸ばした状態で、それなりに重い銃を持つだけでも大変で、さらに照準を合わせるなど、あまりにも困難だった。

「素人が狙った場所に銃弾を当てるなんて、まず不可能だと言った意味、わかったか?」

「はい、震えてしまって、全然照準が合わないです」

「銃を撃つのは本当に最終手段で、基本はさっき教えた、銃弾を空にする方法を取るといい」

「わかりました。教えてくれて、ありがとうございます」

 美優が礼を言ったのに対し、冴木は複雑な表情を見せた。

「本当は、こんなことじゃなくて、もっと教えるべきことがあるんだろうな……」

「冴木さん?」

「ああ、すまない……。このまま、ナイフの使い方も……いや、あまり詰め込み過ぎても良くないか?」

「いえ、大丈夫です。教えてください」

「わかった。少し待ってくれ」

 冴木はマガジンから空砲を取り出すと、銃弾を七発装填した。それから、マガジンを銃に装填すると、スライドを引いて戻した後、セーフティをかけた。

 これまでは、こんな動作を見たところで、何も理解できなかっただろう。それが、今は何をしているか、ある程度は理解できるようになった。

 たったそれだけのことで、美優は少しずつでも自分が強くなっているような、そんな気持ちを持った。

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