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TOD  作者: ナナシノススム
前半
105/282

前半 45

 翔はバイクで篠田の会社に向かっていた。

 話を聞くなら、相手が会社に入ってしまう前に会い、そのまま質問する形にするのが簡単だ。そのため、出勤時間前には到着したいと、翔はバイクを飛ばしていた。

 そして、会社のすぐ近くにバイクを止めると、翔はヘルメットを外し、そのままヘルメットロックに取り付けた。もしかしたら、警察や報道陣が殺到しているかもしれないと心配したが、この事件も報道規制されているようで、ほとんど人はいなかった。そのことに安心しつつ、スマホを取り出した。

 既に、篠田と仲が良かったとされる同僚については光に調べてもらい、顔写真付きで送ってもらった。その人物は、速見はやみ絵里えりという女性で、入社当初は篠田のアシスタントをした経験もあるそうだ。篠田にとっては後輩で、プライベートでも交流があったらしい。また、事件の第一発見者でもあり、警察に通報したのも、この速見とのことだ。

 そのため、話を聞くなら、速見に聞くのが一番いいだろうと光が判断し、翔も同じ考えだった。

 そうして、翔は速見が来るのを少しの間待っていた。今はまだ出社時間前なものの、もしかしたら早くに出社して、もう会社の中に入ってしまったかもしれない。そんな不安もあったが、速見は出社時間の十分ほど前に姿を現した。

「すいません、速見さんですよね?」

「え、そうだけど、何かしら?」

 当然ながら、突然声をかけた形のため、速見は警戒している様子だった。

「自分は、堂崎翔と申します。篠田さんが取材していた高畑孝太の同級生で、先日は断りましたが、自分も取材をお願いされたことがあるんです」

「ああ……そう」

「昨日、篠田さんが亡くなったと伺いまして、その件で話を聞きたいんです」

 あらかじめ、自己紹介や、どう話を切り出すかなどは決めていたため、スムーズに伝えることができた。しかし、自分の名前を言った瞬間、速見の態度が変わったことに翔は気付いていた。

「ごめんなさい。事件については警察に話したわ。あまり外部に話をするなとも言われているから、私からは何も言えないわ」

「報道規制がかかっていることは知っています。だからこそ、直接話を聞きに来たんです。現場がどういった状況だったか。不審な人物を見ていないか。篠田さんは何か手掛かりを残していないか。そうした事実を知りたいんです」

「篠田は何も残していないし、残していたとしても、全部警察が持っていったから、私は何も知らないわ。それじゃあ、遅刻するからもう行くわね」

 明らかに翔を拒否する態度で、速見は横を通り過ぎていった。そんな態度に戸惑いつつ、翔はもう一言だけ伝えたいことがあった。

「篠田さんが殺されたのは、自分のせいかもしれないんです。だから、どんな些細なことでも構いません。速見さんが知っていることを、教えてくれませんか?」

 そう言うと、速見は振り返り、どこか迷っているような複雑な表情を見せた。しかし、すぐにまた先ほど同様、こちらを拒否するような態度を見せた。

「もう行くわ」

 そして、結局話を聞けないまま、速見は行ってしまった。当然、納得できなかったが、翔は諦めると、バイクを止めた所へ戻った。

 そのままバイクに乗り、この場を後にしようとしたところで、冴木から連絡があり、翔はすぐに取った。

「冴木さん、おはようございます」

「おはよう」

「翔、おはよう」

「美優もおはよう。昨夜は寝られたか?」

「うん、寝過ぎちゃったぐらいだよ」

「それなら良かった。休める時に休んでおいた方がいい」

「翔も寝られたかな?」

「ああ、休ませてもらったから、心配するな」

 今は比較的安全な状況だと思っているが、こうして美優の無事な声が聞け、翔は安心した。

「今、大丈夫か?」

「はい、今は篠田さんの会社の近くに来ていて、同僚の速見さんという方から、事件について話を聞いてきたところです」

「そうなのか? 何かわかったか?」

「いえ、何も話してくれませんでした」

「まあ、昨日の今日じゃ警戒しているだろうし、しょうがないか」

「いえ、あれは警戒しているというより、怖がっているように感じました」

 速見の態度に対して、翔はそんな印象を持っていた。

「怖がるって、どういうことだ?」

「自分もよくわかりませんが、とにかくそう感じたんです」

 そう言いつつ、翔には心当たりがあった。

「もしかしたら、自分や堂崎家について調べたせいで、篠田さんは殺されたのかもしれません。それで、速見さんも同じように考えている可能性があります。自分が堂崎翔だと名乗った瞬間、態度が変わりました」

「翔がそう考える理由は、何だ?」

「……すいません、話すことで、どんな危険があるかわからないので、話せません」

「……だったら、話さなくていい」

 何か察した様子で、冴木はすぐに諦めてくれた。そのことに感謝しつつ、翔は軽く息をついた。

「それじゃあ、本題に入ろう。こっちは昼前にここを出るつもりだ。あらかじめ、待ち合わせ場所を決めておこう」

「それは少し待ってもらってもいいですか? こちらの位置が特定された理由、和義が調べていたんですが、トラップを仕掛けられていたようで、まだわかっていないことが多いんです。今、和義は光さん達の所に戻って、残されたデータを調べると言っていたので、それがわかるまで、このまま待機するつもりです」

「そういうことならわかった。それじゃあ、何かわかり次第、翔の方から連絡してほしい」

「わかりました。それじゃあ、後でまた連絡します」

「ああ、そうしてくれ。それじゃあ、俺は軽くシャワーだけ浴びさせてもらう。美優、翔と話したいことがあるだろ? 俺がシャワーを浴びている間、話すといい」

「え、あの?」

 美優が困っている様子だったが、そのまま冴木はシャワーを浴びに行ったようで、そんな物音が聞こえた。それから、美優は何を話せばいいかわからないようで、しばらく沈黙が続いた。それを受け、翔の方から話すことにした。

「まだ不安もあると思うが、冴木さんは必ず美優を守る。俺も昼ぐらいには合流できると思うし、安心してくれ」

「あ、うん、大丈夫だよ。冴木さんと一緒にいて、不安なことはないし……だから、大丈夫」

 美優の言葉で、翔は色々と思うところがあったが、言わないでおいた。

「あと、私も強くなるから」

「どういう意味だ?」

「私が私自身を守れるぐらい強くなれば、翔や冴木さんが私のために無茶をしないで済むと思うの。それに、私はもう誰も死んでほしくない。だから、強くなるって決めたの。えっと……ごめん、上手く言えないんだけど……」

「いや、わかる。俺も同じだ」

 美優が何を言いたいか、言葉以上の思いを感じて、翔はそう言った。そして、ふとミサンガに目をやった。

「同じ?」

「……俺は弱くて、そのせいで大切な人を守れなかった。だから、俺は強くなると誓った」

 今、美優も自分と同じように考えて、強くなりたいと言っているのだろう。そんな風に感じて、この言葉を伝えた。

「ううん、同じじゃないよ」

 しかし、美優は強い口調で否定した。

「自分を襲ってきた人を制圧するより、殺す方が簡単だと冴木さんが言っていたけど、私は絶対に人を殺さない。それぐらい、私は強くなる。だから、翔もそうしてほしい」

 自分と同じだと思っていたが、美優が強くなりたいと言った理由は、はっきりとした形で違っていた。今、翔のしていることは間違っている。それを伝えるため、美優は強くなろうとしている。そんな思いを翔は理解した。しかし、美優の思いに応えることはできなかった。

「美優は強いな。俺は弱いから……どんな手段も使う」

「翔は弱くなんかない! だから、誰かを殺すなんて、絶対にしないでほしい!」

 そこまで言われたものの、やはり翔は美優の思いに応えられなかった。絶対に復讐する。そう誓った決意は、そう簡単に消えなかった。

「悪い。ずっとここにいると、不審に思われるかもしれないから、そろそろ移動する」

「翔、逃げないでよ!」

 美優から、そんな強い言葉を受けたが、翔の考えは変わらなかった。

「もう切る。さっき言ったとおり、後でまた連絡する」

「翔、待って!」

 美優の言葉を無視するようにして、翔は電話を切った。それは、美優から逃げる行動だということを理解したうえで、それでも電話を切った。

 それから、翔は強く両手の拳を握った。

 自分はどうなってもいい。悪魔になってもいい。とにかく強くなればいい。そう誓ったはずなのに、今も自分は弱いままだ。

 それは、目指した先が間違っていたからだろうか。そんな疑問を持ってしまったら、もう先へ進むことはできないとわかっているから、翔は必死に全部捨てた。そして、もう何も考えなければいい。そう自分に言い聞かせた。

 それから、翔は少しして気持ちを落ち着けると、ヘルメットを被り、バイクに乗って、その場を後にした。

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