ウォーミングアップ 09
翔が去り、残された美優達は、お互いに何も言えなかった。
「えっと……今日の翔は何だか不機嫌だったみたいだねー!」
そんな重い空気を変えようとしてくれたのは、千佳だった。千佳は、いつもこうして周りを明るくしようとしてくれる。そして、そんな千佳に美優はいつも助けてもらっている。
「千佳、ありがとう」
「てか、翔は攻略するの難しそうだし、ここは一旦引いてもいいんじゃない?」
千佳の言葉はそのとおりで、何の否定もできなかった。しかし、美優の中には、どこか納得できない気持ちがあった。
「少しでもいいから、様子見していいと思うんだよね。大助も、そう思うでしょ?」
「僕は……」
「うん、大助もそうだってさ!」
「あの……はい」
相変わらず、強引に大助を巻き込んで、千佳はいつもどおりだ。ただ、千佳の言うとおりだと、美優は自分の気持ちを納得させた。
「うん、千佳の言うとおり……」
「いや、僕は翔と仲良くなりてえよ。美優もそう思ってんじゃねえかな?」
そう言ったのは、孝太だった。
「翔がいれば、全国大会でも絶対優勝できる。だから、僕は意地でも翔と仲良くなってやる。大助と千佳も、翔と仲良くなりてえだろ?」
その言葉に、千佳と大助は少しだけ間を置いた後、頷いた。
「うん、私も翔と仲良くなっちゃおうかな。せっかくだし、大助もいいよね?」
「えっと……はい、それでは、僕も翔さんと仲良くなります」
そんな千佳と大助の言葉が、美優の背中を押した。
「さっき、千佳達には少し話したけど、翔はすごく優しい人で……それなのに、何か理由があって、無理して人を避けていると思うの。それを見ているのは……すごく痛々しくて、どうにかしてあげたい。それが、今私がしたいことなの。どうすれば、翔のことを助けられるかな?」
美優が真っ直ぐに気持ちを伝えると、三人は笑顔を向けてくれた。
「今日の活躍で、翔への人気はとにかく上がったよな。多分、明日以降は色んな奴が翔に話しかけると思うんだよ」
「そうだね。でも、翔のことだから、みんな無視するんじゃないかな?」
「ああ、それは困るな。どうにかできねえかな?」
「不機嫌だってことにして、茶化してみたらどうかな? まあ、空気が悪くなったら、ごめんね」
孝太と千佳は、明るい口調だったが、真剣に翔のことを考えている様子だった。
「僕も……人と話すのは苦手ですけど、翔さんに話しかけてみます」
「うん、大助もよろしく! てか、みんなでとにかく話しかけまくればいいんじゃないかな?」
「いや、それは迷惑じゃねえか? 嫌われたら元も子もねえだろ」
「現状、嫌われてるようなもんだし、問題なくない?」
「確かに、それもそうかもしれねえな……」
そんな三人を見ていたら、自然と美優は笑ってしまった。
「ちょっと、美優も考えてよ!」
「あ、ごめん。そうだね……話したいと思うから、なるべく話しかけるようにするよ」
「翔、案外押しに弱いかもしれないし、積極的にいけば、落ちるかもしれないよ!」
「いや、今は別に仲良くなれればいいと思っているだけで……あれ? 私って、翔とどうなりたいんだろうね?」
何故、自分がここまで翔と仲良くなりたいと思っているのか、不意にわからなくなり、美優は困ってしまった。それは、美優が翔と仲良くなる理由がない――このままでいいという結論になってしまい、否定したいものの、美優は上手く否定できなかった。
その時、孝太が何か勇気を振り絞るように、息を吐くのがわかった。
「多分、聞かれてたと思うから言う! 僕は美優のことが好きだ!」
孝太の言うとおり、自分に対する思いを、さっき美優は聞いてしまった。それを改めて孝太から言われて、美優は動揺してしまった。
「だから、翔のことなんて無視して、僕と付き合ってくれ!」
突然、孝太がこんなことを言う理由がわからなくて、美優は混乱した。しかし、真剣な思いを向けられたということは、はっきりわかった。だからこそ、美優は混乱しつつも自分の気持ちを整理しようと努力して、その結果、すぐに答えを見つけた。
「ごめん、孝太とは付き合えない。私……翔のことが好き……なんだと思うから」
「だよな! だから、頑張れよ!」
その言葉で、孝太が突然告白してきた理由を美優は理解した。美優自身が自覚していない翔への気持ちに気付かせるため、孝太は告白してくれたのだ。
何故、翔のことになると、自然と思いが口から溢れてしまうのか。その答えは、翔のことが好きだからだ。美優はそのことをはっきり自覚した。同時に、孝太の優しさを知り、涙が溢れた。
「孝太……ごめんね。でも、孝太は私にとって、大切な幼馴染だから」
「おう、わかってるよ!」
孝太の明るい笑顔を見て、美優は涙が止まらなかった。
「本当にごめん……」
「おいおい、しっかりしろよ! 翔と仲良くなるんだろ?」
「そうだよ! 何泣いちゃってんの?」
「美優さん、泣かないでください」
素敵な友人がいる。そのことを改めて知って、美優は泣きながらも笑顔を見せた。
「みんな、本当にありがとう! 私、翔と絶対に仲良くなるから!」
言ってから、何を言っているのかとか、目的がよくわからなくなっているとか、そんなことも感じたものの、美優はただ強い思いを胸に込めた。
「というか、遅い時間になってごめん。僕は着替えるから、先に帰ってくれよ」
「いいの?」
「ちょっと今日は調子も悪かったし、軽くボールも蹴りたいから、大丈夫だよ」
孝太の様子を少し心配しつつ、美優は頷いた。
「うん、わかった。孝太、本当にありがとう」
「……どういたしまして」
最後にそんな言葉を受けて、美優は千佳と大助と三人でその場を後にした。