プロローグ
彼は逃げていた。
彼を追いかけるもの。それは彼の死を望む悪魔だ。
バイクで追いかけてくる悪魔を避けるため、彼は徒歩でしか入れないような裏道に入った。
ただ、当然それで振り切れるわけではない。悪魔はバイクを降りると、彼を追いかけてきた。
彼は悪魔が自分を見失うことを期待しながら、入り組んだ道を進んでいった。しかし、途中に長い直線があり、そこを進む間にきっと悪魔が自分を見つけてしまうと判断した。
いつ殺されるかわからないという恐怖の中、少しでも悪魔に見つからないよう、彼は廃墟に入ると、ただ奥を目指して進み続けた。
きっと悪魔は自分の姿を見つけられないまま、廃墟に入ることなく先へ進むだろう。彼はそんな希望を持っていた。
しかし、そんな希望よりも恐怖の方が遥かに大きかった。
こんな自分の考えも、悪魔ならわかってしまうかもしれない。先へ進むことなく、悪魔はこの廃墟に入ってきているかもしれない。
そんな恐怖を振り払うように、彼は走り続けた。少しでも悪魔から離れようと階段を上がり、屋上に出ると、身を隠す場所を探すため、辺りを見回した。
しかし、ここは特に障害物もなく、身を隠せそうな場所はない。ここに来たことが間違いかもしれないと、彼は戻る選択をしようとした。
とにかくどこかに隠れたい。彼はそれだけを考えていた。
しかし、もう彼は戻れなかった。屋上の入り口に、悪魔が立っていたからだ。
フルフェイスのヘルメットを被り、バイク用のレーシングスーツを着た人物。かなり大きな体格で、恐らく男性だろうということは何となくわかるが、それ以外は何もわからない。
わからないということが、ここまで怖いものだということを彼は改めて知った。
「お願いだから、殺さないでください! お金がほしいんですよね? だったら、一生かけて払いますから!」
彼の命乞いは、悪魔に聞こえていないようだった。
悪魔は銃を出すと、何のためらいもなく、引き金を引いた。それも一回だけでなく、マガジンに込められた銃弾がなくなるまで、何度も引き金を引いた。
銃弾は彼の急所を避けつつ、確実に彼を傷つけた。
皮膚を貫き、内臓を傷つけられ、彼は口から血を吐き出した。
「……ま、待って」
彼は振り絞るように声を発した。しかし、そんな声も無視して、悪魔はマガジンを再装填すると、また引き金を引いた。それはまるで、彼を標的に銃の練習をしているかのようでもあった。
彼は既に痛みすら感じなかった。
ただ、悪魔に対する恐怖心。
死の間際、彼はそれしか持てなかった。