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現代幻想譚

流れ星に願ったら、星の神様が現れた件について

作者: 夜宵氷雨

 星が流れた。

 その瞬間、香帆は慌てて手を合わせて目を閉じると、微かな声で願いを三回唱えた。恐る恐る目を開くと、星はまだ、流れている。

 いつもなら一瞬で消えてしまうはずの流れ星は、それから数秒間も空を走り、ようやく闇に消えた。

「な~んて。流れ星にお願いしたからって、叶うわけないわよね」

 いつもより長く光った流星を見届けた香帆は、一人、家路を急いだ。


『流れ星が見えてる間に、3回願い事を言うと願いが叶うのよ』

 そう言って母は、夜の空に、流れ星を探していた。

『お母さんは、どんなことをおねがいするの』

 幼かった香帆がそう尋ねると、母は微笑んだ。

『香帆が、ずっとずっと、幸せでいられますようにって』

『じゃあ、私もお星さまにおねがいする。お父さんとお母さんといっしょに、幸せがつづきますようにって』

 香帆がそう言うと、母は香帆を抱き締めた。

『ありがとう、香帆は優しい子ね』


 しかし、願いは叶わなかった。

 ただ両親と共に、幸せに暮らしたい。そんなささやかな願いだったのに。

 間もなく、両親は交通事故で逝ってしまった。

 それから香帆は、喫茶店スターを経営していた父方の祖父母に育てられた。商店街の中にあり、地域の人々が集う店で、その二階が自宅になっていたから、学校が終わった香帆は、決まって2階の自宅ではなく、1階の店舗に帰宅した。そうすれば、忙しい祖父母に代わって、常連客達が、遊んでくれたり、宿題を見てくれたりしたのだ。

 その頃の自分は、両親に会えないことは悲しかったが、決して不幸ではなかったように思う。

 香帆は、高校を卒業したら働くつもりだったが、祖父母は進学を勧めてくれた。そこで、自宅から通える国立大学に進み、奨学金で通った。卒業後は、常連客の一人に紹介された、小さいながらも待遇の良い会社に、事務職として入った。

 祖父は香帆の就職を見届けると、自分の役割は終わったとばかりに冥土へ旅立ち、祖父の3回忌を済ませて店をたたんだ祖母も、後を追った。

 祖父母には父の他に子は無く、一族の反対を押し切って父の元へ嫁いだという母の親類には、会ったことが無い。


 自分が幸せになることが、母の願いだった。

 けれども今、香帆は幸せと言えるのだろうか。

 友人はいるが、そのうちの何人かは結婚し、子供もいる。皆で会っても話が合わなくなってきた。

 香帆と同じように独身の友人達も、遠方や中には海外へ転勤したり、管理職に出世したりして、頻繁に会うことが難しく、また仕事に対する意識の違いから、独身同士だからと話が合うわけではなくなっている。


 その上……三〇歳の誕生日を目前に、結婚を考えていた相手から振られたばかりだった。

『ごめん、香帆。他に好きな人ができたんだ』

 彼はそう言ったが、嘘であることは明白だった。

 学生時代に知り合った彼とは、周囲が羨む程の仲の良さだった。しかし、香帆のことを両親に紹介してから、あからさまに彼の態度が変わった。

 招待された彼の実家は、都内でも一等地に建つ豪邸だった。彼の父は、上場企業の役員で、母は有名政治家の娘。兄はその政治家の秘書で、兄の妻は、父の会社の取引先の社長令嬢だという。


『あら、それじゃあ今はお一人なの。ご苦労されたのね』

 家族のことを聞かれた香帆が、手短に身の上話をすると、彼の母は当初、労るような口調でそういった。

『祖父の店のお客さん達が、いろいろ助けてくださったので』

『きっと、お祖父様やお祖母様、それに香帆さんの人徳ねえ』

 そう言って、笑顔さえ浮かべていた。

『お母様のお身内は、どうされてるの』

 次にそう聞かれて、香帆は言葉に詰まった。

『わからないんです。母はその……一族の反対を押し切って父と一緒になったそうで』

『あら……それは、ロマンチックなお話ね』

 彼の母は、一瞬表情を強張らせ、再び笑顔を見せた。その場は、それで終わった。

 終わったと、思っていた。


 しかしその後、毎日あった彼からの連絡が途絶えた。

 何度か、香帆から連絡してみたが、電話には出ず、仕事が忙しいとメッセージが届いた。

 2週間程経って、ようやく会いたいと彼から連絡があった。そうして会ってみれば、別れて欲しいと告げられたのだ。



『おかえり、香帆ちゃん』

『お仕事、お疲れ様』

 いつもなら、そんな風に祖父の元常連客が声を掛けてくれるが、今日は静かだった。週末と月末が重なって残業が長引き、9時を回っていた。夜の早い商店街は、どの店もシャッターが閉まり、ひっそりと静まり返っている。

 香帆は変わらず、祖父母が残した家に住んでいる。1階にあった祖父の喫茶店はもう無いから、一年中、シャッターが降りたままになっている。2階の自宅へは、外階段を使って上がる。

 玄関の前に、人影があった。

「誰?」

 大声を出せば、近所に聞こえるだろう。この町の人たちはお節介で、特に香帆には過保護だから、すぐに駆けつけてくれるはずだ。

 そう思いながら、香帆は慎重に相手の様子を窺う。

 背が高く、頭には妙に背の高い帽子を被っている。よく見れば服装もおかしい。平安時代のような服だ。神主でなければ、コスプレ以外の何ものでもないだろう。

 ちなみに、近くにある天羽あまはね神社の神主は、香帆もよく知る相手で、普段着は革ジャンに革パンだし、重要な神事の時以外は、仕事中は袴姿だ。

 神主だとしても、知り合いではない。

星村ほしむら香帆さんですね」

 見蕩れるほど整った顔立ちから、涼やかな声が発せられた。

「あ、あなたは……誰。人の家の前で……なんで、そんな恰好……」

 優しげで穏やかなのに、妙な迫力を感じた香帆は、しどろもどろに問い詰めた。

「これは失礼。私は、あなたの願いを叶えるために、やってきました。天津甕星と申します」

「あ、あまつ……みかぼし?」

 一応、相手は名乗ったらしいが、人の名前とも思えない単語に、香帆は余計混乱する。

「星の神、と言えばわかりますか」

 微笑みを浮かべてそう言われ、香帆は我に返る。

 自分のことを神と自称する人間が、まともなわけはない。ここは、さっさと警察に頼る方がいいと判断する。

「はっ?あの、帰らないと警察呼びますよ……」

 香帆は、スマートフォンを出した。

「それは困るので……ちょっと強引ですが、失礼します」

 そう言うと、天津甕星と名乗ったコスプレ青年は、あっという間に香帆を抱き上げ、鍵が掛かっている扉を開けることもなく、通り抜けた。


「え、ちょっと、今の何……」

 香帆は、上着のポケットに玄関の鍵が入っていることを確認する。鍵を開けた覚えはない上に、内鍵は掛かったままだ。

 どう考えても、玄関の扉をすり抜けたとしか思えない状況に、香帆は自分の頬をつねる。

「申し訳ありません。外で騒がれると困るので、力を使いました」

 詫びの言葉を口にしながら、全く反省の色の無い笑顔を向けられる。

「いや、その……それじゃあ、本当に、本当に神様だというの」

 力を見せられても、香帆は半信半疑だった。まさか本当に神が存在するなど、こうして言葉を交わしているなど、にわかには信じがたい。

「はい。我が名は天津甕星。かつて、まつろわぬ神として高天原を追われた星の神です。そして貴女は、代々私を祀る一族の裔。私の巫女です」

 そう言って天津甕星と名乗った青年、もとい神は、香帆の両手を握る。

「私が、巫女?いやだって、巫女服とか持ってないし」

 そう言って後ずさる香帆だったが、天津甕星は、握った手を離そうとはしなかった。

「装いなど、どうとでもなります。それより、詳しくご説明したいのですが……」


 かつて、天照大神が豊葦原中国を平定する時、高天原を追われたのが、星の神である天津甕星だという。そのため神力を弱め、彼を信仰していた一族の加護が難しくなった。そこで彼らはやむなく、天照大神の元に下った。しかし秘かに天津甕星を祀り、その祭祀を継承し、それは現代まで続いている。

 香帆の母は、その一族の、それも本家の出身だという。

 本来なら、分家の男と婚姻するはずだったが、香帆の父と出会い、周囲の反対を押し切って駆け落ちした。

 同族内での婚姻を繰り返すだけでは、子孫が先細りするため、外部の人間と婚姻する者もいる。しかし、香帆の母は、本家の跡取り娘であった。そのため、一族を取りまとめ、祭祀を継承するためにも、分家から伴侶を得ることが定められていたのだ。


 香帆が用意したコーヒーを飲みながら、天津甕星は、自身と香帆の母の郷里について語った。

「えっと……すぐには信じられないけど。それが本当だとしても、どうして私なんですか。母の郷里には、巫女になれる人たちがたくさんいるのでは……」

 彼の話が真実だとしても、香帆でなければならない理由など無い。そもそも、一族を捨てた母の娘に、巫女の資格があるとは思えなかった。

「いえ。次の世代の一族には、何故か女子が産まれず、香帆さん以外は男子だけなのです。幸い、その次の世代の女児は何人かいますが、まだ幼い。巫女になれるのは、月のものを迎えた純潔の乙女だけ。巫女になる者が流れ星に祈りを捧げ、私はこの世に現れる力を得ます」

「だからって、別に私はそんなつもりで……第一、なんで私が未経験だって……」

 涼しい顔でコーヒーを飲みながら説明する天津甕星に対し、香帆は顔を真っ赤にした。

 先日振られた彼とは、結婚するまではと清い関係だったし、彼以外に、親しく交際した男性はいない。神とはいえ、男性の前でそういう話をするのは、気恥ずかしかった。

「男性を知る者に、私は呼び出せません。私が貴女の前にこうして姿を見せたことが、貴女が巫女である何よりの証拠です」

「……それで、私は何をしたらいいんですか」

「巫女は生涯を祈りに捧げるか、次の巫女が現れたら、退いて一族の男性、特に神官と婚姻するのが普通なのですが……」

「それじゃあ、巫女になったって、私の願いは叶わないわ」

 巫女の務めに香帆が抗議すると、天津甕星も困った顔を見せた。

「そうなのです。叶わぬ願いであれば、いくら純潔の乙女が願っても、私はこの世に現れることが出来ません。しかし、何故私はここにいるのか、どうすれば貴女の願いが叶うのか、わかるまでは、天に帰ることもできません」

 これが香帆と、不思議で怪しい青年天津甕星との出会いだった。


 翌日、香帆が目を覚ますと、祖父母の部屋で休んでいたはずの天津甕星の姿は無く、用意した布団と浴衣は、元の場所に仕舞われていた。

 夜遅くまでの残業の疲れと、珍しく長い流れ星に、夢でも見たのだろうと、ほんの少し、落胆を覚える。

 しかし、台所の水切りかごには、二人分のコーヒーカップが置かれている。それではやはり、天津甕星はこの部屋にいたというのだろうか。

 香帆は、しばらく逡巡した後、気を取り直して、外出の準備をした。



「天津甕星?珍しいな、星村がそんなこと聞くなんて」

 境内の清掃をしていた若い神主、武藤大和むとうやまとは、香帆の質問に目を見開いた。それもそうだろう。

 大和は、祖父母に引き取られた香帆が転校した小学校の同級生で、高校まで一緒だったが、香帆が神話に興味を持ったことは一度も無い。天羽神社の跡取りである大和が、小学生の頃から、現代語訳とはいえ『古事記』や『日本書紀』を読んでいたのに対し、香帆は時間さえあれば、祖父母の喫茶店を手伝っていたのだ。

「ちょっとね……母を知る人に会って、その故郷の風習とか何とかで出てきて……」

 香帆は、慎重に言葉を選ぶ。さすがに、本人(を名乗る人物)に会ったと言うわけにもいかず、嘘にはならない程度に、曖昧な説明をする。

「そうか……お袋さんの。何か事情がありそうだな。まあ、いいや。まず、日本の神について書かれた本は、二つある。『古事記』と『日本書紀』だ。これは知ってるな」

 香帆の母が、故郷を捨て、駆け落ちで父を一緒になったことは、この商店街の誰もが知っている。知っていて、今も皆、香帆を気遣ってくれている。

 それは、同級生の武藤も同じであった。

「ええ、まあ。名前を聞いた記憶は……」

「大抵の神様は、その両方に名前が出てくるんだが、天津甕星は『古事記』には登場しない。『日本書紀』にだけ登場する悪神だ」

「悪い神様なの?」

 香帆の前に現れた天津甕星は、神にしては威厳が薄かったものの、嫌な感じはしなかった。香帆に、人を……いや、神を見る目がないだけかもしれないが、いわゆる邪神などではないと信じたい。

 香帆のやや悲しげな表情に、武藤は頭を掻いた。

「実際にはわからねえが、そう書かれてる。古文だと悪っていうのは、悪い意味だけじゃなく、力強いとかって意味もあるけど……『古事記』だと災いとかそういう意味でも使われてるからな。ヤマト政権に服従しなかった部族の中に、星を祀る一族がいたからじゃないかって説もある。ともかく、神々が豊葦原中国、つまりこの地上を平定しようとした時、最後まで抵抗したのが星神香香背男ほしのかがせおとも、先に高天原にいる悪い神、天津甕星またの名を天香香背男あまのかがせおを征服してからにすると告げたとも言われているんだ。これらの記述から、星神香香背男も天香香背男も、天津甕星の別名とされている」

「詳しいのね」

 香帆は、同級生の意外な一面に驚く。

 武藤は、『悪』の意味に若干のフォローを入れながら、天津甕星について淀みなく説明した。いくら仕事とはいえ、聞かれてすぐに、これほど詳しく説明できるものなのだろうか。

「まあな、その天津甕星を服従させたのが建葉槌命たけはづちのみことで、ここのご祭神、天羽槌雄神あめのはづちのおのかみの別名とされているからな」

 香帆の視線に気付いたのか、武藤が苦笑する。天津甕星について詳しいのは、この神社の神と、縁があるからなのだ。

「じゃあ、天羽の神様とは仇同士ってことになるの」

「一応、そういうことになるな。でも、元々は建葉槌命は天津甕星の味方で、建葉槌命が先に懐柔されたっていう説もある」

 心なし、一層表情を暗くする香帆に、武藤は慌てて説明を付け加える。しかし、香帆の表情は、変わらない。

「そう……」

 この辺りの氏神は、天羽神社なのだ。いくら香帆に、巫女の資格があるからといって、天津甕星はどのような思いで、自分を征服した相手が氏神である土地に現れたのだろうか。

 それももし、最初から敵だったのではなく、自分を裏切った相手だったとしたら……

 そのまま黙り込んでしまった香帆に、武藤が気遣わしげに声を掛ける。

「何だ?お袋さんの故郷に、星宮ほしのみや神社でもあるのか?」

「星宮神社?」

「星神社とか星宮神社は、天津甕星を祀ってるとこが多いんだ。もちろん、神社の名前が違ったり、違う神様を祀ってるとこもあるけどな」

 母からはもちろん、昨日の天津甕星も何も聞いていないが、天津甕星を祀っていたのなら、名前は違ってもそのための神社くらい、あるのだろう。香帆はどう答えたものか悩み、結局、曖昧な答えを返した。

「そうね。詳しく聞いてないけど、それならあるかもしれない」

「あとは神仏習合で、仏教の妙見菩薩、つまり北極星とか北斗七星を神格化した信仰が関わってくると、もっといろいろある」

 香帆の返事を、別の意味に捉えたらしい。武藤はさらに、ややこしい話をする。

「う、うん……何かこんがらがってきた」

「その、お袋さんの知り合いって人は、妙見菩薩については何も言ってなかったのか」

「そこまでは……」

 少なくとも天津甕星は、妙見菩薩とは名乗らなかった。もっとも神仏習合というのは、祀る側の人間達の考えたことで、実際に神や仏は、それぞれ別に存在するのかもしれない。

「そうか。まあ、俺に出来ることがあったら、何でも言ってくれよ」

「ありがとう」

 香帆は、同級生の気遣いに感謝し、天羽神社を後にした。


 帰宅した香帆が、外階段を上ろうとすると、後ろから声を掛けられた。

「あ、香帆ちゃん。ちょうどよかった。お客さんだよ」

「国枝さん、お久しぶりです」

 声の主は、祖父の元常連の一人で、不動産業を営む国枝であった。

 祖母が廃業した時、馴染みの店が無くなることを惜しみつつ、店舗部分の登記を住宅用に変更すれば固定資産税が安くなると、土地家屋調査士を紹介してくれたのが国枝である。

「実は……こちらの方が、元スターの店舗を借りたいと仰ってね。賃料が入るなら、固定資産税の心配も無いし、話だけでもどうかと思ったんだよ」

 国枝は、背が高く、整った顔立ちの青年を連れていた。

天瀬光稀あませこうきと申します」

 そう名乗った彼の顔に、ふと天津甕星が重なる。

「あ、えっと……」

 思わず自己紹介を躊躇う香帆に代わり、国枝が紹介してくれる。

「天瀬さん、こちらが、この店舗じゃなくてこの家の星村香帆さん」

「よろしくお願いします。突然押しかけてきて申し訳ありません」

 丁寧に頭を下げる天瀬に、香帆はふと、店舗を見てもらいたいと思った。

「あ、いえ……そうだ。よかったら中、見ますか。たまに掃除する程度で、ほとんどそのままになってますけど」

「是非、そうさせてください」

 天瀬は、表情は穏やかながらも、瞳を輝かせた。

「ああ、それはいい。すみませんが、僕はこの後、用事があるから、もし話が決まるようなら、後で店に来てください」

 そう言うと国枝は、香帆がシャッターの鍵を開ける頃には、姿を消していた。


 シャッターを開け、久し振りにドリップコーヒーを淹れる。

 祖父が使っていた道具類は、時々であるが、手入れを欠かさなかったから、軽く濯げばすぐに使うことが出来る。

 天瀬光稀がコーヒーを飲む仕草に、香帆は、その正体をほとんど確信した。

「あの……もしかして、天津甕星、さん?」

 それでも、恐る恐る尋ねた。

「おや、わかりましたか。さすがは私の巫女ですね」

 天瀬光稀は、表情を一変させた。涼やかで余裕のある、それでいて含みある微笑みだ。

「いやいや。だから私は……」

 香帆には、巫女になることを了承した覚えはない。

「あれから考えたのですが……香帆さんが巫女の務めを果たしつつ、願いを叶えるには、これが一番いいのではないかと思いまして」

「星の神様が、ウチの店を借りることがですか?」

「もちろん、香帆さんにはお手伝い頂きます。それなら、私に仕えるという使命が果たせます」

「でも、私は……」

 香帆が巫女であることに、本人の意思は尊重されないらしい。仮に香帆が、巫女であることを受け入れ、天津甕星の店を手伝ったとしても、願いが叶えば、手伝いはできない。

「それで、ゆくゆくは、私と結婚してください」

 天津甕星は、香帆の両手を握り、熱い視線を送ってきた。

「はっ?」

 香帆は、その言葉に耳を疑い、思わず手を振りほどく。

 しかし天津甕星は、一向に堪える様子は無く、話を続けた。

「それなら、香帆さんの願いも叶います。私は神ですから、貴女より先に逝くことはありませんし、見た目だけ徐々に年相応にすることもできます。もちろん、下界の戸籍取得も住民登録も済ませてあります」

「ここ、仇の神様が氏神ですよ」

「問題ありません。彼とは和解済みです。でも、あの神主に、貴女を渡すわけにはいきません」

 香帆は先ほどの、天羽神社の心配を返して欲しいと思った。

「え、神主って、武藤君?」

「ええ。貴女が彼に取られてしまうと、貴女は建葉槌命に仕えることになる。それだけは、認められません」

 和解したと言いつつ、何かしら思うところはあるらしい。

「別に、武藤君とは何も……」

「香帆さんがそうでも、彼まで同じとは限りませんよ。もちろん、結婚するのは、今すぐでなくて構いません。まずは、大家兼バイトと、店子兼店長から始めましょう」

 天津甕星の笑顔に、香帆は思わず頷いてしまった。


 香帆が願ったのは、家族。

 それは優しかった父と母、それに、祖父母と共にこの店で過ごした時間。

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