幕話③「冥界の猟犬~幕ノ内桜の交渉~」
いつも拙作を読んでいただき、ありがとうございます。
今回は風の勇者・幕ノ内桜がメインの話になっております。
どうぞよろしくお願いいたします。
港湾都市【キュベレ】はレオノール大陸の南部にある玄関口とも言われており、他の大陸から移民が集まる交易が盛んな都市である。幕ノ内桜は財務大臣マーヴィンが寄越した使いの王宮騎士たちを連れてキュベレの大通りを歩いていた。
「えっと、確か4番街通りから抜ける裏道があるからそこに入って3軒目の家が目的地・・・っと」
売店で買ったジュースを飲みながら、ガイドブックを片手に町を歩いている姿はどこからどう見ても旅行を楽しんでいるようにしか見えない。
「あの、サクラ様。一体、暗殺者ギルドにどのようなご用件で・・・?」
「んー、多分ジャックさんが思っているようなことはしないと思うよ」
「そ、それは一体・・・?」
「まあ、それはあとのお楽しみってヤツよ。ダンさんも飲む?このジュース、結構美味しいよ」
使いの騎士に過ぎない自分たちの名前を覚えて、喉は乾いてないかとか、疲れていないかと色々と気遣ってくれる気さくな桜にジャックたちも最初は戸惑っていたが、不思議と人懐っこい笑顔を見ているとつい桜の言うことを聞きたくなってしまう。後でちゃんと話すと言われた二人はしぶしぶだが頷いた。
4番街通りから裏道に続く人気のない細い通りを見つけて入ると、ようやく目的地にたどり着いた。
そこは一見古びた酒場だった。桜はジャックたちに待つように言うと、建物の中に入っていった。
暗くランプの灯りがぼうっと灯っている木造の酒場を見回していると、奥からフードを深くかぶった長身の女性が現れた。どこか陰鬱としている、暗い感じの女性だ。
「・・・いらっしゃいませ。お店は6時からになっておりますが」
「・・・こんにちは。クロス聖王国のマーヴィン大臣からの推薦状を持ってきました」
桜がそう言うと、女性を纏う空気が変わった。
フードを脱ぐと、銀髪のロングヘアーに浅黒い肌、ルビーのように澄んだ赤い瞳を持つ端正な顔立ちをした妙齢の美女が姿を現した。
ダークエルフ。
闇の魔力を身体に宿し、浅黒い肌と赤色の瞳、強い魔力と破壊的性格の強い魔法を使いこなす亜人種で、神聖な光の神と聖樹の加護を持つエルフとは正反対に人間からは恐れられている種族だ。
「・・・貴方がマーヴィン大臣が言っていた、風変わりな勇者様かしら?私はこの暗殺者ギルド【冥界の猟犬】の代表、【フォグライト】よ」
「・・・どうも、幕ノ内桜です。桜が名前です」
「サクラ、ね。とりあえず、話を聞かせてもらおうかしら」
奥の部屋に通されると、がっしりとした体格を持ち、筋骨隆々とした大男と長いポニーテールにやや筋肉質の身体に胸をわずかに隠す程度しか布がない衣装を身にまとった女性、ノースリーブのジャケットに紐パンのみといた大胆な服装に身を包んでいるまだ幼さが残る可愛らしい少女が立っていた。
「彼らは私の家族で仲間よ。さて、それでは話を始めましょうか」
「そうですね」
テーブルをはさんでソファーに座ると、桜たちに視線が集まる。
「・・・それにしても、まさか異世界から召喚された勇者様から依頼をされることになるとは思わなかったわ。私たちに魔王軍討伐のために協力して欲しいって本気で仰っているのかしら?」
「うん、あたしは本気だよ。魔王軍を討伐するためには、どうしても貴方たちの力が必要なんだ」
「でも、その任務が暗殺がメインではなくて、各大陸の主要先進国や王都に忍び込んで情報を手に入れてくるっていうのは情報屋ギルドにでも頼んだ方がいいと思うのだけれども?」
「あの連中じゃ使えないね。そもそも、情報屋じゃ、手に入れられる情報の範囲が限られてくるよ。他国の王都や重要な施設に潜り込んで、魔王軍と手を組んでいるか、良からぬ考えを企んでいる国の動きについて調べ上げることなんて容易なことじゃないからね」
「なるほど!つまり、私たちなら例え見つかったとしてもよほどの手練れが相手でもない限り渡り合えるし、そう簡単に捕まるようなドジは踏まないと見て、暗殺者を情報収集に利用するってことかしら?」
「その通り。貴方たちが裏の世界では一目置かれている暗殺者たちって話はマーヴィン大臣から聞かされているけど、万が一の不測の事態が起こった時のことも考えておくと、貴方たちは自分の身元やどこの誰に雇われたのか、そういった信用問題にかかわることは絶対に口にはしないと思っている。情報屋と言っても、暗殺家業を生業としている貴方たちと比べたら、こっちの方が確実に仕事をこなすし、万が一の事態における心配の必要もないと確信しているわ」
「随分と私たちの腕を買ってくれているのね。まあ、報酬にもよるわね」
桜がカバンをテーブルの上に置いて開くと、カバンの中にはぎっしりと詰め込まれた大量の札束があった。その大量の札束を目の当たりにして、フォグライトや他の団員達も目を見開き、驚く。
「これは前金よ。2億ゴールドあるわ。作戦終了後に3億ゴールド、そして組織の今後の活動資金や調査にかかる費用として、さらに4億ゴールドを用意しているわ。つまり、全てが上手くいけば貴方たちの手元には9億ゴールドが入ってくる。悪い話ではないと思うけど?」
「・・・貴方、そんなに私たちのことを信用してもいいのかしら?私がここで貴方を始末して、2億ゴールドを頂戴するということも考えたことはないのかしら?」
その瞬間、桜を取り囲んでいる暗殺者たちの目に冷たい光が宿り、手には鋭い切れ味のナイフを握りしめている。さらにフォグライトも妖艶な笑みを浮かべて、光を受けてきらりと光る細い針を取り出した。
「クロスが何を考えているのかは知らないけど、ここで危ない橋を渡るぐらいなら2億ゴールドを持って逃げる方が得策じゃないかしら?」
「・・・なるほどねぇ。そりゃ名案だわ。でもさ、そんなことをしたらマーヴィン財務大臣からの信頼はなくなることだろうね。そしたらあっという間に噂が広まって誰もアンタたちに仕事なんて依頼しなくなると思うけど?」
「あら、勇者が一人いなくなったぐらいで別にどうということはないわよ?ましてや、クロスはこの間勇者の一人が随分と勝手なことをやらかして、処刑されたそうじゃない。貴方もそんなバカな勇者の一人だったってことで、みんな納得してくれるんじゃないかしら?こうして暗殺者ギルドにノコノコとやってくるような、勇敢と無謀を勘違いしているような子供ですもの」
フォグライトは余裕の態度を崩さない。
しかし、そこで桜がニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「・・・まあ、持って行ってもいいけどね。でもさ、あたしはもうとっくの昔に魔法を発動させているってことはご存知かな?」
「・・・え?」
「ここに入る前にあたしの両手に印を刻んでおいてね、両手を合わせるとカバンの中に仕掛けて置いた風の聖霊石と炎の聖霊石が魔力を暴走させて、大爆発を起こすように仕掛けておいたのよ」
「・・・そんなの、ハッタリでしょう?もしそんなことになったら貴方だって無事では済まないわよ?」
「こっちは最初からそのつもりだったって言えば、分かってもらえるかな?」
桜が掌を開くと、そこにはすでに魔法を発動している証でもある炎の魔法と風の魔法をいつでも発動させることが出来るタトゥーのようなものが浮かび上がっていた。
「これを思い切り両手で叩けば・・・その瞬間、この建物ごと吹き飛ぶってわけよ」
「なっ!?」
「ああ、手首を切り落としても無駄だよ?そしたらもう片方の手で指を鳴らして魔法を発動させるから」
「コイツ、最初からこんなものをすぐにでも発動できるようにしていたなんて・・・!!」
「まあ、警戒はしていたみたいだけど、それはもう予測済みだよん。風の魔力で魔力の気配を感づかせない遮断の魔法を使っていたからね。まあ、安全装置のようなもんかな。ちゃんとここに入る時に、そこのところももう少し気を付けて警戒した方がよかったかもね?」
「それを発動すれば、アンタだって無事じゃ済まないわよ!?」
「無事で済むつもりなんて毛頭ないんだよ。いい?”オレ”がアンタたちに頼もうとしていることはいつ、どこで命の危機を迎えることになってもおかしくないことを頼もうとしているんだよ?それなのに、オレが安全な場所から高みの見物を決め込むとでも思った?そんなことをやるようなヤツなんかにアンタたちが命がけで仕事をやってくれるとは思えないし、いつ裏切るか分からない以上、オレを切り捨てる事だって考えるかもしれないだろう?」
だからこそ、自分自身も命を懸けて暗殺者ギルドに依頼を申し込む。
自分も暗殺者たちと同じ条件で仕事を頼み、その成果を魔王軍討伐や自身の目的のために利用するために。雇い主自身が危険を冒さないで、暗殺者に危険な仕事を頼んでも信用は築けない。やがてちょっとしたすれ違いから両方とも疑心暗鬼に陥って、それが原因で不和や破滅を生み出しかねない。そうなることがないために、桜は敢えて最初から命を懸けて交渉をしてきたのだ。
最初から命を懸けて挑んでくる以上、桜が本気であることをフォグライトたちに伝えたのだ。
「・・・それにここに来る前に、もう一件、暗殺者ギルドに寄らせてもらったよ」
「何ですって?」
「彼らに対する資金援助を条件に、もしここでオレに何かあったらこの冥界の猟犬を殲滅してくれって頼んできた。だから、ここでオレが消息を絶ったら、証拠など関係なしにアンタたちの所に暗殺者が殺しにやってくるだろうね?同業者同士のトラブルは暗殺者とか裏の仕事では御法度とされているんでしょう?それで他の暗殺者ギルドからも非難の目が向けられたら・・・いつ、どこの暗殺者に殺されるか、毎日狙われることになるだろうね?」
沈黙。
桜の目はどこまでも本気で、迷いが一切なかった。
そんな桜に対して、フォグライトはいつの間にか自分の頬に冷や汗が流れていることに気づいた。
コイツは勇者なんかじゃない。もっと危険な、自分たちと同じ無法者だ。
しかし、見た目の若さとは裏腹に、暗殺を生業としてきた自分たちを圧倒している・・・!!
「・・・分かりましたわ。貴方には負けました。貴方は信頼に値する人間のようね」
そういって、フォグライトは笑みを浮かべると桜も不敵な笑みが崩れて、人好きのする笑顔を浮かべた。
「そう言ってもらえてよかったよ。まあ、こんなヤバい仕事を任されて、お金を持ち逃げするぐらいの根性がないような人には頼めないもんね!」
「貴方も相当のガッツと根性を持っているようね。窮地に陥った時、依頼人が追い込まれて私たちを売ろうとしたり、トカゲのしっぽ切りをしようとする心配はどうやらないと見るわ」
「そりゃ確かに心配だよね」
「ええ、でも、貴方はそんなことはしないということが分かったわ。これから他の大陸に渡って主要先進国や王都に忍び込んで情報を手に入れてくるわ」
「うん、その時にさ、この小型の魔道具を仕掛けてきて欲しいんだよ。これがあればその町や都市におけるありとあらゆる情報を探知してこっちに転送されてくる魔道具なんだわ。特にクロスとつながりがある大国では、王族や貴族が集まる場所に仕掛けてきてほしい。重要な情報が手に入ったら、その都度、情報の真偽を確かめるために調査をしてほしいんだけどいいかな?」
「ええ、あくまでも情報収集と諜報活動がメインってことでよろしいかしら?」
「よろしくお願いいたします。これで魔王軍の討伐にも非常に役に立つからね」
こうして、桜と暗殺者ギルド【冥界の猟犬】は手を組むということで商談が成立した。
「ああ、それと一つ調べてほしいことがあるんだけどいいかな?」
「何かしら?」
桜は懐から数枚の写真を取り出して、フォグライトに渡した。
「随分ときれいな絵ね」
「写真って言うんだよ。そこに映っている連中、【彩虹の戦乙女】っていう冒険者パーティーなんだけど、そいつらの動きにも気を付けてほしいんだ。それと、ここに映っている3人の女性・・・彼女たちはかつて【七人の獣騎士】と名乗っていたみたいでね、彼女たちのことについて調べてほしいんだ。出来るだけ多く情報を手に入れてほしい」
「ええ、分かったわ。確かに、この仕事を引き受けました」
そして、巨漢の男性の名前が【ダイナモ】、ポニーテールの女性が【ラムア】、幼い少女が【カーミラ】と名乗り、お互いに自己紹介を交わし、連絡先を交換した後で桜はジャックたちとキュベレを後にした。
暗殺者ギルドの暗殺者をも圧倒する、大胆さと冷静さを兼ね備えた幕ノ内桜。
敵に回すとこれほど厄介な人間もいませんが、味方に対しては面倒見のいい一面を見せます。
次回から第二章に入ります!!
今度の舞台は極寒の雪国【ドランブイ】で、斗真たちが大暴れいたします。




