第十一話「ハイデルベーレ要塞防衛戦②~雷鳴のアーヴィング~」
いつも拙作を読んでいただき、本当にありがとうございます。
新作が完成しましたので、投稿いたします。
今回、後半から三人称視点となっております。
メルがものすごい速さで、風を切りながら飛んでいく。
そして、ついに僕たちの目の前に【ブラオベーレ王国】の王都【ミルティユ】が見えてきた。
ミルティユは六角形の巨大な城壁が三重になって囲まれている要塞のような街だった。
「あれがミルティユですか?何だか、まるで刑務所のような作りをしていますね」
「ブラオベーレの王都で、世界的にもその名が知れ渡っている造船の国でもあり、マリブの海域を守っているマリブ水軍の総本山が置かれている町だからな」
「ミルティユは外敵からの侵入を防ぐために三重の外壁に囲まれている都市なんです。まずは一番外側に面した外壁は頑丈で魔物の襲撃にも耐えうるほどの強固な作りをしています。もしそこを突破されても、第二の門にたどり着くまでの間に、第二の門と第三の門、つまりはミルティユの出入り口となる門との間には橋がかかっており、侵入者が通ろうとすると橋を上げて入れなくしてしまうのです」
なるほど、海と繋がっている水路を利用して船を行き来させるだけではなく、防衛の手段としても役になっているというわけか。
「二番目と三番目の門との間に敷かれている水路は、他国から訪れた商船や客船を港に案内するほかにも、街の重要な施設ごとに設けられている船着き場を回っている市街船もここを利用しているんです」
高潮に対抗するために、建物が段差ごとに積み重なるようにして建てられている街並みはとても綺麗だった。
こんな綺麗な街を、この街で穏やかに暮らしている人たちの平穏な日常をメチャクチャにしていい理由なんてあるわけがない。
「それでよ、さっきのカマキリ女がいるとしたらどこらへんだ?」
「おそらく、罪人はみんなこの街の中央にある海底刑務所に一旦送られてから取り調べをされますから、きっとそこにいると思います」
「なるほどな。それでは、連中はどうやってこの街に潜り込んで海底刑務所に忍び込むのだろうな?そもそもこの街の堅牢な守りを潜り抜けるなどそう簡単にはいかないだろう」
その時だった。
街並みが少しぼやけて見えてきた・・・?
これは・・・霧か?
気が付くと、僕たちは前がほとんど見えない霧の中にいた。
「おい、この霧、自然に発生したものじゃねえぞ。匂うぜ、魔力の気配だ」
「ああ、どうやらこの霧は誰かが作り出しているものだな」
レベッカさんとアイリスさんがお互いに頷き合うと、僕に振り向いた。
「トーマ、お前はメルと上で待っていろ。この霧は、ただの霧じゃねえ。この真下で、誰かが町全体を霧で覆い尽くそうとしていやがるみたいだ」
「何ですって?もしかして、鳳たちがそこにいるんですか?」
「分からん。だが、真下にいくつか気配を感じる。あのカマキリ女と同じ質の魔力がな」
そういうと、メルが地面にゆっくりと着地した。
レベッカさんたちがメルから降り立つと、暗がりから数体の影がこっちに向かって近づいてきている。
「メル!トーマとブルーベルをちゃんと守ってやれよ!!」
「二人とも危ないです!僕も一緒に戦います!」
「お前はさっきテントやメルを作った時にかなり魔力を消費しているだろうが。少しは魔力と体力を温存させておけ。いいか、これは隊長と副隊長からの命令だ」
「オレたちにも少しはカッコつけさせろよ」
レベッカさんが強気な笑みを浮かべると、メルがこくりとうなづいて僕とブルーベルさんを乗せたまま、地面から浮かび上がってはるか上空に舞い上がった。
「レベッカさん、アイリスさん・・・!!」
「トーマ様、今はあの二人にお任せしましょう。大丈夫です、彼女たちならどんな相手が来ようとも、必ず打ち倒してくれることでしょう。何故ならあの二人は・・・最凶最悪の傭兵団の団長と副団長なのですから!」
今すぐにでも二人の元に駆けつけたかったが、確かに今の僕はかなりの魔力を消費していて、全身が重くて思うように動けなかった。魔力を出そうと手に力を籠めるが、いつもと比べると発する魔力の量が少なく、掌の上でぽすんっと音を立てて消えてしまった。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
『三人称視点』
レベッカたちの前に現れたのは【甲田剣一】と【矢島茂久】、そして【火野明彦】であった。
レベッカは手から赤い炎を噴き出すと、炎が大剣の形に変わり、両手で持って身構えると不敵な笑みを浮かべた。
「テメェら、トーマを殺そうとしていた連中の仲間だな?ここでオレたちと出会っちまったのが運の尽きだ。まとめて地獄の業火で焼き尽くしてやるから、往生しやがれ!!」
「レベッカ、意気込むのは構わんが冷静さだけは失うなよ?」
「分かってらい!お前だって、もうそろそろ暴れたいと思っていたんじゃねえのか?」
「そうだな。私の古き親友の村を襲撃し、可愛い弟分の命を狙うような連中にはそろそろお仕置きをしなければいけないな」
アイリスが口元に笑みを浮かべて、眼鏡を外した。
そして、ゆっくりと瞳を開くと・・・!!
「私の前に立ちはだかったことを、後悔するといい」
右目の眼球が、雷の牙を持つ誇り高き百獣の王の化身【獅子】へと変わった。
黄金の雷を生み出し、闇を照らす聖なる光を放つ獅子。
愚かな咎人を見下し、圧倒的な力で支配する【傲慢】に満ちた絶対的王者。
「傭兵団【七人の獣騎士】が一人、”雷鳴”のアーヴィング、ここに参上」
アイリスが左手に電撃を迸らせると、籠手が付いた弓矢が現れた。
「七人の獣騎士は殺せ・・・」
「殺せ・・・!」
「殺せ・・・!!」
甲田たちがまるでヘドロのように澱んだ瞳を向けて、無機質な声を上げる。
その姿はまるで生ける屍のように不気味な姿をしていた。
甲田の身体が光り出すと、額から巨大な角を生やし、全身をメタリックグリーンの頑強な甲冑で覆ったカブトムシを模した魔人【ヘラクレス】に姿が変わった。左手には巨大な大剣、右手には盾を持っており、地面をズシンッと太い脚で踏みつけて身構えた。
矢島は大きく鋭い爪を生やした八本の手足と、巨大な天鵞絨の複眼と額に6つの瞳を持つ蜘蛛のような魔人【タランテラ】に、そして火野は全身が黄緑色の光を放つ、右手に発光する玉のような武器を装備したホタルのような魔人【ウィルオウィスプ】に変貌する。
もはや彼らには人間だった頃の記憶も理性も、鳳の絶対的支配によって奪われてしまった。
今は鳳の言うことを忠実に実行するだけの哀れな操り人形なのだ。
「こりゃ、まるでゾンビだな」
「絶対的支配、か。ふん、どこまでも救いようがないな!」
「ああ、コイツらからもう生きた人間の匂いはしねえな」
まるで腐り切った肉が放つ腐臭のような匂いに、むせ返りそうになるほどの負のエネルギーに満ちている甘ったるい魔力の波動が混じり合った魔人特有の匂いに、レベッカは舌打ちをする。
もう彼らは自分自身が誰だったかさえ分からないまま、人を襲う怪物になってしまったのだ。
『クロス王国に敵対するものは、死あるのみ!!』
『邪魔者には死を!!』
『クロス王国に栄光あれ!!』
ヘラクレスが先陣を切って地面を蹴り飛ばし、猛然とレベッカに襲い掛かっていく。
レベッカの頭上に勢いよく大剣を振り下ろすが、レベッカは大剣を構えて一撃を防いだ。
「おいおい、まさかこの程度でオレに勝負を挑んできたんじゃねえだろうな?」
大剣から炎を噴き出すと、ヘラクレスが思わずひるむがそのスキをレベッカは見逃さずに大剣を思い切り振り上げた!
ヘラクレスが盾で防ごうと右手に持った盾を前に突き出すが、ヘラクレスの右腕を盾ごと弾くほどの重い一撃を受けて、ヘラクレスの上半身ががら空きになる。
「活火激発・炎魔法・狼の怒火!!」
ヘラクレスの胸に向かって拳を突き出し、甲冑で覆われている頑丈な胸の部分にめり込むほどの強烈な一撃を放ち、拳から放たれた青い炎にヘラクレスがあっという間に飲み込まれていく!
-グオオオオオオオオオッ!!-
抵抗して、必死で火を消そうとするが青白い炎は勢い良く燃え上がり、ヘラクレスの身体を焼き尽くしていく。ヘラクレスもついに力尽きて膝を地面に突き、全身が炎に包まれたまま倒れこんだ。そして、ヘラクレスの姿がボロボロになった甲田の姿に戻っていった。
「紫電一閃・雷魔法・梟の雷矢!!」
タランテラが素早い動きで右に左にかく乱をするように移動しながら、背中に生やした巨大な鉤爪を振りかざしてアイリスに斬りかかってきた。
八本の脚を巧みに操り、鋼鉄の甲冑でさえも刺し貫くほどの破壊力と鋭さを持つ刃で襲い掛かるが、アイリスはタランテラの動きを完全に見切っているかのように攻撃をあらかじめ予測しているかのように、かわしていく。
そして、タランテラの大振りの攻撃をかわした瞬間、タランテラの腹部に弓矢を押し付けると超至近距離で矢を放った!
「ふん!」
バチバチバチバチバチバチッ!!
-ギャアアアアアアアアアーーーッ!!-
外殻の装甲で覆われているはずのタランテラの腹部からぶすぶすと黒い煙が上がり、超高圧電流の矢を一度に数十発も集中放射されて、装甲が粉々に吹き飛び、身体から大きな火花が飛び散った。
「これで私を倒すつもりだと?非常におこがましいことだ。悲鳴も非常に耳障りだ」
アイリスがタランテラに向かって矢を構えると、容赦なく次々と雷の矢を放ち、タランテラは反撃をする間もないままアイリスの一方的な攻撃をただただ浴び続けるだけの的と化した。
-グゲッ・・・グウウウウウウ・・・ッ!!-
タランテラの両腕両足に深く突き刺さった、黄金の光を放つ雷の矢は傷口から象でも気絶するほどの強力な高圧電流を流し込んでいき、タランテラは口から煙を吐き出しながらも止まらない電気ショックの激痛、痺れ、身体の内部がドロドロに溶け落ちていくような感覚を味わいながら、地面を転がってもだえ苦しんでいる。
そして、アイリスが振り向くと彼女の目の前にはウィルオウィスプが放った光弾が迫っていた。
「ふん!」
しかし、アイリスは臆することなく、鼻を鳴らすとわずかに頭を反らして光弾をかわした。
そしてそのまま弓矢を受けてウィルオウィスプに向けると、電気の矢を放った。
電気の矢は闇を切り裂くかのように飛び出していき、風を切る速さで、ウィルオウィスプの右手の玉に突き刺さると、激しく電流を迸らせる。大量の電気エネルギーが体の中に流れ込んでいき、身体の各部分から火花が噴き上がり、身体の内側からウィルオウィスプの肉体が爆発していく。
「・・・ふん、この程度か。これで私たちを相手にするなどと、見くびられたものだな」
「悪いけどお前らとは潜り抜けてきた修羅場の数が違うんだよ」
レベッカたちが冷たい瞳で睨みつけて近づこうとした時、ボロボロになったウィルオウィスプが震えながらも右手の玉を彼女たちに突き出すと、視界が真っ白になるほどのまぶしい光を放った。
「うおっ!?」
「目くらましか!?」
とっさに目を隠したがわずかに遅かった。
レベッカたちの視界は真っ白になり、何も見えなくなっている隙を見計らってウィルオウィスプは火野の姿に戻ってその場を立ち去った。火野も制服の所々が焼き焦げていて、ボロボロに傷ついた身体で足を引きずっているという痛々しい姿でなんとかその場を去っていく。
ようやく視界がぼんやりと見え始めてきたとき、すでにレベッカたちの前には火野の姿はどこにもなかった。
「・・・ちっ、一人逃がしたか」
「追うか?まだ匂いは残っているぜ!」
「ああ、逃がすわけにはいかないな」
追いかけようとした時、倒れていた甲田と矢島が苦しそうなうめき声をあげだした。
「・・・あ・・・ああ・・・何で・・・俺たちの身体がぁぁぁ・・・!?」
「・・・どうして・・・どう・・・して・・・!?」
甲田と矢島の身体がまるで泥人形のようにボロボロと崩れて、砂となり、風に吹かれて消えていく。
皮膚はどんどん水気を失って無数のひびが入り、腕が、足が、ごとりと音を立てて地面に落ちて砕け散る。
「・・・た・・・たす・・・け・・・」
「しに・・・たく・・・ねえ・・・」
それが彼らの最後の言葉だった。
甲田と矢島が絶望の表情を浮かべたまま、首にひびが入ってごとりと頭が落ちて転がっていく。
顏に無数のひびが入り、風が吹くと砂のようにボロボロと崩れだし、跡形もなく消えていった。
「・・・魔石を直接身体に埋め込んだことによって、魔力に肉体が耐え切れなかったか・・・」
「・・・クロス王国・・・どうやら腐った性根は300年前から変わっていないどころか、もはや救いようがないまでに腐り果てていたようだな」
魔の勇者セルマが施した禁忌の人体実験。
そのなれの果てを目の当たりにしたレベッカとアイリスの瞳には、セルマやクロス王国に対する激しい怒りの炎が燃え上がっていた。
そして、レベッカが空を見上げた瞬間、彼女の瞳が丸くなる。
「・・・あれ?」
「どうかしたのか?そんな鳩が豆鉄砲を食ったようなツラをしおって」
「・・・あのさ、トーマ、どこだ?」
「・・・え?」
アイリスが上を見上げると、ついさっきまでメルに乗って上空で待機していたはずの斗真たちの姿が見当たらないことに気づき、二人の表情から血の気が一気に引いて青くなっていった。
出席番号 男子21番『矢島茂久』:死亡
身長:175㎝
セルマの施した強化実験によって一度死亡し、クモの特質を持つ魔物【タランテラ】の能力を持つ【魔人】として復活した男性。鳳桐人の陣営に所属しており、生前は桐人が率いる不良グループの一人だった。趣味は筋トレで、坊主頭と長身でガタイのいい体格が特徴的だった。かつては野球部に所属しており、ポジションはキャッチャーだったが練習中の事故で負傷し、レギュラーから降ろされたことがきっかけでグレてしまい、知り合った鳳の仲間になった。
出席番号 男子9番『甲田剣一』:死亡
身長:170㎝
セルマの施した強化実験によって一度死亡し、カブトムシの特質を持つ魔物【ヘラクレス】の能力を持つ【魔人】として復活した男性。鳳桐人の陣営に所属しており、生前は桐人が率いる不良グループの一人だった。お調子者で、弱い者いじめを楽しむと言った幼稚かつ粗暴な性格だった。過去に一度、転校してきたばかりの斗真に因縁を吹っかけたが、返り討ちに遭って完膚なきまでにボコボコにされたことがあり、それ以来は斗真のことを恐れていた。
次回、なぜトーマがいなくなったのか説明いたします。
最後まで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。




