第八話「レーヴァテイン動く~勇者軍side④~」
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斗真の元に【緑の雷騎士】による、ミルティユ襲撃の話が飛び込む数時間前。
聖王国クロス、王宮の一室では桜と千鶴がスマホから浮かび上がる映像をじっくりと観察していた。
ちなみにこの動画は、ガラパゴの村に鎌田が単身乗り込んだ時、こっそりとついていった鳳の仲間である【島田花桜梨】が隠し撮りして、桜のスマホに送られたものである。
桜は予め勇者軍を5つの部隊に分けた際、自分が信頼している仲間を各部隊に送り込んでいたのだ。所謂スパイである。
桜がリーダーを務めている【黄の風騎士】。
千鶴がリーダーを務めている【水の蒼騎士】。
鳳桐人がリーダーを務めている【緑の雷騎士】。
雨野柳太郎がリーダーを務めている【黒の地騎士】。
そして、本来は雁野美月がリーダーを務めるはずだった【紅の炎騎士】である。現在雁野が行方不明になっているため、セルマが代理でリーダーを務めている。
「・・・これは・・・!!」
「・・・うん・・・これは想像以上の強さだね」
その立体映像は、斗真がみどりが変身したエンプーサと戦っている場面である。
斗真が腰に装着したベルト型の神器を拡大して、いったん映像を停止させる。
「なるほどね。これが梶っちの能力か。これは、梶っちを追放したことはかなりの痛手だったかもね」
「・・・梶くんは魔石を使って【闘衣】っていう武器と防具を作り出すことが出来るんだ。しかも、おそらくこれを見ると魔石の種類によって、さまざまな能力を持っている武器を作り出すことが出来るみたい」
「そのうえ【武器の極意】って言うスキルで、一通りの武器を完全に使いこなせるってわけか」
「・・・そういうことだね」
自分たちが斗真を追放したことが、魔王軍と対抗することが出来る強力な戦力を失ったことを改めて痛感して、二人の表情が暗くなる。
「フン、下らん。何が魔法裁縫師だ、何が闘衣だ。例えアイツにどのようなスキルがあろうとも、あのような女顔でやせ細った貧弱な身体で戦えるはずがないだろう。すぐに体力がなくなって戦えなくなるのがオチというものだ」
そんな二人に、柳太郎が偉そうに切り捨てる。
「で、でも・・・」
「黙れ。所詮バカ女の浅知恵などではその程度のことしか考えられんのだろうな。どれだけ魔力が強かろうと、それを使うには鍛え抜かれた身体や研ぎ澄まされた精神力が必要不可欠なのだろう。つまりは、あの梶ごときにいくら優れた能力があろうと、それを使いこなせなければ意味はない」
「あのさ、それはこの鎌田さんと戦っている梶っちの力を見てからいいなよ。鎌田さんも鳳の仲間の中では一番弱かったかもしれないけど、タラスク族が数人がかりでも叶わないほどの実力を持っているんだよ?あまり油断はしないほうがいいと思いますけど?」
「ふん、うるさい女だ。貴様のような頭の悪い女などと話している時間はない。これから鍛錬の時間だから、失礼するぞ」
二人の話に耳を貸さずに、柳太郎が部屋を出て行った。
その後ろ姿を、桜が不機嫌そうな表情で見送ると、小さく舌打ちをする。
「・・・あとで泣きを見ることになっても知らないからね」
ふと見ると、千鶴が落ち込んでいるのか、うなだれていた。
桜は柳太郎にひどいことを言われてショックを受けているのかと思い、千鶴に話しかける。
「千鶴、気にすることないからね?」
「・・・大丈夫だよ。雨野君には最初から期待なんてしていないし・・・」
千鶴がうつむいたまま、ポツリとつぶやいた。
「・・・彼は英雄にふさわしい人間じゃない・・・ふさわしくない人間は・・・邪魔なんだよね」
その表情は暗く、瞳には光が消えており冷たい殺意が渦巻いていた・・・。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
その後、桜と千鶴は、千鶴がリーダーを務めている【水の蒼騎士】の隊員が生活をしている寮の一室を訪れた。
「鬼島さん、いる?」
『・・・ん~?その声は、桜?ちょっと待ってね・・・ひっひっひ・・・』
扉が開くと、小柄で白衣を着込んだぼさぼさの黒髪ロングヘアーの少女が顔を出した。
彼女の名前は【鬼島梨香】。
身だしなみを整えれば可愛らしい顔立ちをしているのだが、髪の毛はろくに手入れをしていないためにぼさぼさで、不健康そうな青白い肌、目の下には濃いクマが浮かんでいるといった姿は病人のようにも見える。
澱み切った光のない瞳を向けて、じとっとした視線を向けながら、不気味な笑みを浮かべて桜たちを部屋に招き入れた。
「・・・ひっひっひ・・・あたしのところに来たってことは・・・さっき動画で見せてくれたあの面白そうな魔道具のことかい・・・?あれなら、ついさっき試作品が完成したところさぁ・・・あたしは天才だからねぇ・・・ひっひっひ・・・」
「嘘?もう出来たの!?」
「・・・ひっひっひ・・・あたしのスキルの【物理学者】と、このあたしの天才的な頭脳と知識、創意工夫と技術があれば不可能などないのさぁ・・・ひっひっひ!!しかし、随分と面白いものを見せてくれたねェ。このあたしが初めてこれを見たとき、興奮のあまりに思わず全裸になって踊り狂ってしまうほどであったよ!!あーっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ!!」
「それ、絶対に人の前ではやらないでね」
この梨香という少女、興奮するとどこでも構わずに服を脱ぎだすという困ったクセがあるのだ。興奮のあまりに、桜たちの目の前でシャツのボタンを外そうとしたため、すかさず止める。
「ひっひっひ・・・とりあえずこれが梶が使っていた変身ベルトと同じように、魔法で作り出された甲冑を全身に纏うことによって身体能力や運動神経を爆発的に高めることが出来る、あたしの研究者人生において最高の作品ともいえる魔道具!!【魔導造形銃ジオチェンジャー】さね!!」
梨香がジュラルミンケースを開くと、グレネードランチャーに似ている大型の銃火器の魔道具が入っていた。そして、その傍らには黄色の【竜】を象った鎧のミニチュアがドーム型のケースに納められている。
「・・・すごいね、この動画を送ってからそんなに時間が経っていないのに」
「ひっひっひ!あたしのスキルを知った時に、この能力を思う存分使えるように、セルマとやらに頼み込んでねぇ・・・。あたしの部屋の中の時間が、部屋の外の時間と比べるとものすごくゆっくりと流れるようにしてもらったのさぁ!まあ、動画を見てから3日ほど部屋の中にこもってようやく作り上げたのよ」
動画を送ってから3時間ほどしか経っていないはずが、梨香の部屋では3日も時間が流れているのだ。その間、三日三晩飲まず食わず寝ずで梨香は魔道具を完成させたのだ。
「ひっひっひ。そして、これがリーダーのヤツさぁ」
「私の分も作ってくれたの?」
梨香が同じケースを千鶴に手渡した。
開くと、そこには同じタイプのジオチャンジャーと、緑色の【クワガタムシ】を象った鎧と、青色の【クジラ】を象った鎧のミニチュアが収まっているケースが入っていた。
「うん、これをうまく使いこなせるようになれば、魔王軍にも対抗できるようになると思ってさ」
こっそりと桜が、千鶴の分も頼んでおいたらしい。
「まあ、思うところはあるかもしれないけど、雨野や雁野の分も今作っているところでねぇ・・・ひっひっひ・・・出来上がったら桜に教えるから、アイツらにも一声かけておくれよ」
「うん、まあ、その鳳が今かなりヤバいことになっているんだけどね。こっちにまで飛び火してくる前に、何とか出来ないかなって色々と対策を考えているところさ」
「しかし、どうして、あたしに頼んだんだい?王宮魔導師の人に頼めばもっと早い時間で、すぐにでも実戦で使える気の利いたものが作れると思うんだけどねぇ?」
「そりゃ決まってるじゃん。あたしはこの世界の人間を誰一人として信用してないからさ」
国王も、王宮魔導士たちも、自分たちを利用しようとしている貴族も、自分たちのことを魔王を打ち倒す伝説の勇者だともてはやしてくる一般市民のことも、桜は誰一人として信用などしていなかった。
理由は、自分たちのことをあくまでも勇者という【道具】としてしか利用価値がないと思っていることを知っているからである。
「魔王軍を討伐しろと言っても、どこの魔王軍なのか、勢力や軍事力はどれぐらいのものなのか、どこに拠点を構えているのか、どんな被害が出ているのか、大事なことについては具体的には全然教えてくれないのに、魔王軍を倒さなければ元の世界には帰れないって、これって、そもそも取引が成立していないでしょう?あたしはそんな連中よりも、千鶴や皆を信じるよ」
「・・・桜くん」
「ひっひっひ・・・。まあ、アンタの言うことはあたしも信じているからねぇ。これからも何かあったらいつでも声をかけてきな。サポートが出来るようなアイテムならいくらでも準備できるようにしておくからさぁ・・・ひっひっひ」
「サンキュー♥」
そんなことを話していると、廊下の向こう側から一人の女子生徒が慌てて駆け込んできた。
「いたっ!おい、リーダー!ヤバいぜ!!」
栗色のポニーテールを揺らし、豊満なナイスバディを上下に揺らしながら、長身の女性が桜を見かけると食らいつくような勢いでまくし立てる。
彼女の名前は【和田仁美】。
桜がリーダーを務めている【黄の風騎士】の一員で、チーム一の長身の持ち主である。日焼けした小麦色の肌、ワイシャツのボタンが締めきれずに胸元までシャツがはだけており、そこから胸の谷間が見え隠れしている。負けん気の強い彼女の性格を表したかのような鋭い目つきをした美少女だ。
「ひとみん、どうしたの?」
「さっき、忍から連絡が入ったんだ!鎌田のヤツが失敗して、ミルティユの騎士団に捕まったって!!」
「それはもう聞いているけど・・・」
桜がそう返そうとすると、仁美の口からとんでもない言葉が飛び出した。
「それで、鳳や鳳にくっついていった連中が、鎌田の口を封じるために、ミルティユに殴り込みをかけに行っちまったんだよ!!」
「はあっ!?」
思わず桜も声を上げてしまう。
仁美の話によると、忍に連絡をくれたのは、桜がスパイとして【緑の雷騎士】に潜り込ませておいた花桜梨だった。
みどりが失敗して、ハゲのヅラを被されて、顔中に落書きとドロボーヒゲを書かれた挙句に全身泥まみれになった無残な姿で連行されたと聞かされた桐人は驚いたらしい。
そして、ようやくここで自分がとんでもないことをやらかしたということに気づいたのだ。
命令が下りるまで勝手に動くなという国王からの命令に背き、柳太郎の鼻を明かしてやりたいというつまらない理由で他国の領土に乗り込むわ、上質の聖霊石を提供してくれているタラスクたちが住む村を問答無用で襲撃を仕掛けるわ、挙句の果てには追放した梶斗真とクロス王国に深い因縁がある【七人の獣騎士】に邪魔されて、みどりは軍に捕まってしまった。
このままでは勇者の称号をはく奪されるばかりか、自分たちの命までもが危ないと思った桐人は追い詰められた結果、みどりをミルティユ軍から奪還する計画を思いついたのだという。無論仲間を助けるためではなく、みどりを口封じで始末するためだというのだ。
「それ、本当なのかい?ひっひっひ・・・こりゃあまずいことになったねぇ」
「ミルティユに乗り込んで、鎌田さんの口を封じるなんて・・・正気なの!?他国の王都にいきなり乗り込んで襲撃を仕掛けて罪人を奪還するなんて、戦争を吹っかけているとしか思えないよ!?」
「このままじゃ、クロス王国は友好を結んでいたにもかかわらずいきなり他国の領土に乗り込んで領民を傷つけたり、そんな事件を起こしたにもかかわらず、王都に襲撃を仕掛けて無理矢理奪還し、罪人の口を封じることを試みるような、常識の欠片もない無法者を勇者として好き勝手やらせている国だと、世界中から思われちゃう!!」
もしそうなったら、クロス王国は間違いなく滅亡の末路を辿ることになるだろう。
「この分じゃ、遅かれ早かれセルマっちや国王の耳に入るだろうね。こうなったら、あたしたちが動くしかない!ひとみん、向こうにいる忍と麗音にも声をかけて、いつでも動けるように待機してもらっていて!あたしはセルマっちと国王を説得して、何とか出来るように交渉をしてくる!」
「お、おう!!」
桜は現在の状況を整理して、各部隊に伝達するように千鶴たちに指示を出した。
そして、桜は玉座の間に足早に向かいながら、必死で頭をフル回転させて策を思いつこうとする。
(・・・桐ちゃんはもうダメだ。でも、彼を切り捨てるだけじゃ、こっちまで警戒されることになる。そうなったら今まで以上に拘束が厳しくなるかもしれない。そうなる前に、今までに集めてきた切り札を使って、何とか切り抜けるしかない!)
「・・・面白くなってきたじゃん」
桜が唇を舐め取って、獰猛な獣のように微笑んだ。
その表情はまるで美しくも凶暴な【獣】のようにも見えた。
勇者軍も想定外の事態に大混乱を迎えております。
そんな状況にも果敢に立ち向かって、この混乱を逆に利用しようと目論んでいる勇者の一人【桜】が動き出します。彼女は報復対象のリーダー的存在であり、主人公にとっては一番の敵となる存在にしたいと思っております。黒髪メイド服の男の娘の斗真と、金髪碧眼、色白のギャルのコスプレをしている男の娘の桜との対決を今後ともよろしくお願いいたします。




