第七話「ガラパゴの夜~救世主だなんて大袈裟です~」
いつも拙作を読んでいただき、本当にありがとうございます。
新作が完成しましたので、投稿いたします。
新型コロナが猛威を振るっておりますが、手洗いやうがいで予防して、この冬を乗り越えられるようにお互いに健康には気を付けましょう!
その日の夜。
僕たちは、僕が作った巨大なドーム型テントで一夜を過ごすことにした。
怪我をしていたタラスク族の人たちはベッドに入ると、痛みさえ忘れたかのような驚きの声を上げる。
「おっ・・・、このベッド、すごく柔らかくて気持ちいいぞ・・・!」
「ああ・・・、俺の身体をまるで優しく包み込んでくれるような感じがする。そうだ、これは子供の頃に寝付けなくて母ちゃんに抱かれている時と同じ感じだ!・・・ぐすっ、母ちゃん・・・!!」
「ふかふかしていて、すっごく気持ちいい・・・。くぅ・・・くぅ・・・まんまぁ・・・」
魔法のベッドは、寝ている人の身体の具合や健康状態を自動的に読み取って、それぞれの人に合った気持ちいい感触や肌触り、リラックスできる匂いを自動的に調節することが出来る。
さらに、風の聖霊石と炎の聖霊石、水の聖霊石、地の聖霊石、木の聖霊石の5つの聖霊石を糸にほどいて縫い上げた布で作った布団は、夏は風通しが良くて涼しく、冬になると毛布のように膨らんで身体がぽかぽかと温まるようになっている。
木の聖霊石に宿っている、治癒効果の力を秘めている布を纏って眠ることにより、長い時間をかけてゆっくりと身体の疲れをほぐし、血流を良くしていき、さらにはリラックス効果のある香りによってストレスも緩和させることが出来るのだ。
「枕には部屋の照明を調節する魔法石が埋め込まれているので、怪我などで身動きが取れなくても、一度眠りにつくと光の聖霊石と闇の聖霊石がお互いに調節をしあって、一番眠りにつきやすい照明に変えてくれます」
例えば、ぐっすりと眠りにつけば闇の聖霊石が部屋の光を吸収していくことによって照明を消し、その反対に起きるとゆっくりと光の聖霊石が魔力で光を作り出して、部屋の照明をつけてくれるのだ。
そして、魔力をテントに注ぎ込むと部屋が増えていき、最初は12部屋しかなかったはずのテントの内部は、一見外から見た感じでは変わった様子はないが、内部は倍以上に部屋の中が広がっていき、その都度個室も増えていった。
そして、タラスク族の負傷した人はもちろん、村人全員の分の個室が出来上がったのだ。
もはやこれは休憩所や診療所というよりは、豪奢で広々とした、奥行きがあり、清潔感を感じさせる高級ホテルのような感じの内装に変わっていた。
というか、これを僕が作ったとみんなは言っているけど、正直僕は全然覚えていません!!
あれか、我を忘れるほどに集中して作っていたっていうのだろうか?
武器を作る時も、このテントを作る時も、僕の意識にあったのは目の前にある無数の糸を設計図に合わせて、ただひたすら糸を集めて布を織り、布を縫い合わせるようにして作り続けていたことしか覚えていない。
だから、その、みんなすごく喜んでくれて、褒めてくれたけど・・・。
正直、これ本当に僕がやったのかと、今いち自分自身のことが信じられないわけで。
「本当にありがとうございます。みんな、身体をゆっくりと休めることが出来て、本当に助かりました。何とお礼を申し上げればよろしいのでしょうか・・・!」
ブルーベルさんが頭を深々と下げて、お礼の言葉をいただいた僕は驚いた。いやいや、僕みたいな一般人に長老様が頭をあっさりと下げてしまったら、周りに示しがつかないでしょう!?
「あ、いえ、その、こちらこそお気に召していただけたなら良かったです。気に入っていただけましたでしょうか?」
「とんでもございません。ここまで私たちのことを考えて、色々としていただいたのに、そのような無礼を申しあげるつもりはございません。本当にありがとうございます。あなたはガラパゴの救世主ですわ」
救世主とまで言いますか!?
どうしよう、この人、僕のことを過大評価をしているにもほどがあるよ!!
周りを見ても、タラスクの人たちはみんな笑顔でうんうんとうなづいているし、中には手を合わせて祈りを捧げている人までいた。
勘弁してください!!
というか、僕の今の恰好が無理矢理着せられているメイド服(下着も女物の紐パンを着用している)の姿でそんな風に言われると、素直に喜べません・・・!!
「ところで、この・・・えっと”てんと”でございますが、その、厚かましいお話で申し訳ないのですが、ケガ人の怪我が回復するまで、お借りしてもよろしいでしょうか?」
「えっ、いいですよ。これ、あげます。はい、これがこのテントの説明書です」
「ぶぅぅぅっ!?ちょっ、あの、トーマさん、アンタ何ばいいよっとねーっ!?」
ブルーベルさんが興奮のあまりに博多弁になって叫んだ。
いや、そんなに驚くようなことか?
「そりゃそうだろうな。お前の世界では珍しいものではないのかもしれないが、この世界では見たことも聞いたこともない異世界の技術の産物なんだ。それは貴族や魔術師たちならば、大金を積んででも欲しがるほどの価値のあるものなんだ」
「ああ、なるほど」
「そ、そ、そうですよ!!このような素晴らし過ぎるものを、そんなあっさりとあげるなど・・・!!」
「いや、だって、僕が作ったものなんかでよければ、使ってもらえる人に大切に使って欲しいですもん。ああ、それ、説明書にも書いてありますけど、1週間に一回、この【洗浄ボックス】に入れてボタンを押せば日干しや滅菌、空気の入れ替えをしてくれるから、いつでも清潔で病気をしても安心して治療が出来るようになりますよ」
テントについている柱に隠された【収納ボタン】を押すと、テントはミニチュアのジオラマのような大きさまで小さくなる。ケースに入れて持ち運びも出来るのだ。
「そ、そ、そんな魔法聞いたことがないんですけどぉぉぉっ!?あ、貴方様はもしかして異世界では名の通った高位の魔導師様だったのでございますか!?」
「いや、普通のどこにでもいる一般人の高校生だったけど」
「こ、コーコーセイ、ですか?なるほど、貴方様のいた世界の魔術師様は【コーコーセイ】と呼ばれておられるのですね・・・」
何だろう、ものすごく誤解されているような気がする。
しかし、ブルーベルさんは目に涙をウルウルと浮かべて、僕の両手をがしっと両手で掴んで、僕の顔を覗き込んできた。ううっ、美人の姉さんが涙目でこうして近づいてくるとすごく緊張しちゃう!!
「トーマ様!!」
「は、はい!!何でございましょうか!?」
「わたくしたち、タラスクの民は貴方様に命を救われたばかりか、素晴らしい異世界の技術の結晶ともいえるこの”てんと”を授けてくださったことを後世に語り継がせていただきますわ!そして、貴方のことを心の友として、同胞として受け入れることを誓いますわ!!」
「「「おおおおおおっ!!」」」
それを聞いていたタラスク族の人たちが声を上げて喜びをあらわにした。
そして、僕の周りに大勢の人が集まると、僕の身体を大きく胴上げをした。
僕の身体が部屋の中に打ち上げられて、タラスク族のみんなが祝福の言葉を僕に言ってくる。
「トーマ様!アンタは大したもんだ!!こんなにすげえ物が作れるのに、全然威張ったり、俺たちのことをバカにしないし、本当にいい人だ!!」
「今日は夜通し飲もうぜ!!トーマ様、お付き合いいただけませんか!?」
「さ、様付なんてしなくてもいいですからぁ~っ!!」
レベッカさんたちは恥ずかしさのあまりに顔が真っ赤になっている僕を見て、ニマニマと楽しそうに笑っていた。いや、恥ずかしいから笑っていないで助けてください~っ!!
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「・・・つまり、村を襲ったのはクロス王国が異世界から召喚した勇者軍とおっしゃるのですか?」
「ああ、トーマの話によるとな」
「・・・クロス王国、前々から友好国であるマリブに対しても人を見下す態度や発言が目に余るとは思っておりましたが、まさか、ここまでやるとは・・・」
ブルーベルさんの表情が強張り、細く引き締まった瞳孔が開き、彼女のこめかみに血管が浮かぶ。
うん、これは間違いなく本気で怒っていますね。
「ああ。それにしても、クロス王国は一体何を考えているのだろうな?タラスク族が採掘する【水の聖霊石】の恩恵に頼りきっていたくせに、手のひらを返したかのようなこの襲撃はただ事ではないぞ」
「・・・確か、水の聖霊石って【純水】という水が出てくるんですよね?それはそんなにも貴重なものなんですか?」
「ああ、純水は主に錬金術師が薬の調合をするときに使われる大事な材料でな。特にこのタラスクの漁村で採掘される水の聖霊石は他のものと比べると、その純度の高さと含まれている魔力の量は比べ物にならないほどに高いんだ」
「それがなくなるっていうことは、これまで使っていた純水とは比べ物にならないほどに質の低いものを、倍以上の金を払ってでも買わなくちゃならなくなる。純水がなかったら錬金術師ギルドや医療関係者にとっては死活問題だからな」
「この村の近くで採れる水の聖霊石は普通のものよりも多くの魔力を含んでいて、錬金術師や医療に携わるものなら、皆欲しがるほどです。クロス王国にも医療班や錬金術師ギルドが定期的に購入をしておりました。ですが、今度の一件でクロス王国の王族や貴族、関係者にはきちんと誠意を示してもらわない限りは聖霊石は出さないし、ミルティユを通して抗議してしかるべき対応をとってもらうつもりです」
まあ、そりゃそうだよね。
それにしても、今度の襲撃はどうも引っかかるんだよな。
なんていうか、あまりにもお粗末というか、襲撃ともいえないほどに何もかもが穴だらけというかさ。
「・・・ひょっとしたら、今度の襲撃はクロス王国にとっても想定外の事態だったのかも」
「それはどういうことだ?」
「・・・今回さ、勇者軍とはいえたった一人で村に乗り込んできましたよね?もし仮にクロスが魔王軍を討伐しようとしているなら、このタイミングで友好国であるマリブの領土でこんな騒ぎを起こすことなんてありえないと思うんですよ」
「そりゃそうだよな。回復や治療に必要な水の聖霊石をわざわざ定期船で購入しに来るほど重宝しているっていうのに、その友好国で問題を起こしたら聖霊石が手に入らなくなるもんな」
「それもありますけど、もしクロス王国が略奪が目的で攻め込んできたとすれば、鎌田さんがたった一人で乗り込んでくるということ自体があり得ないんですよ。たった一人、しかも女性がいくら魔人に改造されたからと言って、村一つを丸ごと制圧しようとするなんてどう考えても不自然・・・というよりは無謀過ぎるんです」
もし鎌田さんがやられてしまったら、そこでおしまいだもんね。
鎌田さんが捕らえられて、考えたくないけど拷問とかされて誰に指示をされたとか、何の目的でこんなことをしたのかとか聞かれて、全部白状してしまったらクロスも非常にまずいことになる。それに勇者軍に魔王討伐の任務を言い渡しているというのなら、数人が集まって組織された小部隊で攻め込んでくるのが普通だ。
単騎だけでいきなり殴り込みを仕掛けてくるなど、果てしなく無謀で無茶な愚策である。
「世界中の同盟国や友好を結んでいる国からも疑問視されると思います。だって、ずっと長い間、聖霊石を買ってくれていたお得意様の国が突然他国の領土に乗り込んで、聖霊石を採掘してくれているタラスク族の村を襲撃するなんて、これじゃだまし討ちじゃないですか」
「そうなると、次は自分たちの国で騒ぎを起こして、クロスは世界征服でも考えているのではないかってみんな思うよな」
「そうなったら、魔王討伐どころではありません。その前に、クロスが滅亡の危機を迎えます」
そう、つまり今度の襲撃はクロスにとっては一切得することがない、下手すれば世界中の国々からクロスに対する信頼を失いかねないほどの大問題なのだ。
「・・・そして、さっき、鎌田さんが言っていたけど、きっとガラパゴの村を襲撃するように命じたのは【鳳】っていう勇者の一人かもしれない。鎌田さんがあっさりとばらしちゃっていたし、こんな計画ともいえない行き当たりばったりな上に明確な計画も目的もお粗末で中途半端な命令なんて、鳳ぐらいしかやらないと思う」
雨野だったら脳筋で力こそが全てという信条だけど、意外と慎重な所がある。
信頼できる仲間たちを集めて、大勢で一気に攻め込んで陣地を制圧するやり方をやるのではないだろうか。
幕ノ内や松本だったら、そもそもマリブでこのような騒ぎを起こそうなどと考えることはないだろう。
雁野に至っては、もはや論外だ。
消去法で考えていくと、やはりこの騒ぎを思いついたのは、鳳とみて間違いないだろう。
「・・・とにかく鎌田さんがミルティユに捕まっているわけだし、その事についても、鳳や彼の仲間たちが現在どこにいるのか、これから何をしようとしているのかを聞き出してもらえると助かるんだけど・・・そんな簡単に白状するかな?」
「こういう場合、自分たちにとって都合の悪い真実を知っている上に任務に失敗したものは捨て駒として切り捨てるのがセオリーというものだがな・・・」
確かに、あんまりいい話じゃないけどクロス王国にとっては鎌田さんが変なことを話してしまう前に、彼女の口を封じると言うことも考えられる。
「とにかく、一度ミルティユに行ってみようぜ。明日、ブルーベルがタラスク族の長として王宮に行くんだろう?オレたちも証人ということで、一緒についていってやるよ」
そうだ、それがいい。
幸い、鎌田さんの自爆ともいえる告白は全て録音してあるわけだし、まずはクロスに対して勇者軍の不手際を訴えた方がいいだろう。
さて・・・、クロス王国はどんな反応をするかな?
しかし、その日の夜遅く。
僕たちのもとにはとんでもない知らせが飛び込んできたのだ。
クロスの【緑の雷騎士】。
鳳がリーダーを任されている勇者の小部隊が、王都ミルティユに襲撃を仕掛けたという最悪の知らせだった。
クロス王国にとっても鳳の暴走は想定外の事態でした。
このままではマリブはもちろんですが、世界中の同盟を結んでいる国や友好国からも総スカンを食らって、孤立してしまう危機的状況を招きかねない状況に。そして、さらにその事態を最悪なシナリオに仕立て上げてしまった鳳・・・。斗真が報復する前に自滅しそうな状況に陥っております。
次回は勇者軍の話になります。
報せを聞いて、クロスが大混乱になります。




