第五話「暴発~勇者軍side③~」
本日二回目の投稿です。
勇者軍の転落の始まりです。
「・・・桜くん、ちょっといいかな?」
「千鶴?うん、いいよ」
クロス王国の王宮の一室。
豪奢な作り、高級な調度品や家具が置かれている勇者の為に用意された個室の扉が開き、難しい表情を浮かべた千鶴が入ってきた。
「今、鳳くんから連絡が入って・・・きゃっ!!さ、桜くん、何をしているの!?」
「何って・・・着替えているんだけど?」
「き、着替えている途中ならそう言ってよ。その、ごめんなさい、覗いちゃったみたいで・・・」
その部屋の主である桜は、着替えている真っ最中だった。
千鶴の視界に飛び込んできたのは、女物の黒いレースの紐パンのみの姿で、陶磁器のような真っ白ですべすべとした肌を持つ、華奢で細身の身体を見られても、赤くなって目を両手で隠している千鶴とは裏腹にきょとんとしている金髪の美少女とみまごうほどの美しい顔立ちの少年、幕ノ内桜であった。
桜の正体は、実は女装が趣味で学校にも多額の寄付金を支払っている代わりに女装をして通学をしてもいいという許可をもらっている、見目麗しいギャル風の男の娘であった。ちなみにそのことを知っているのは幼なじみで親友、そして彼女でもある千鶴と教師たちだけである。
「千鶴、何があったの?」
下着を着込み、特注の女子の制服を着込んでから桜は千鶴に話しかける。
千鶴はまだ頬を赤く染めたまま、桜と目が合わせられないといったように恥ずかしそうに顔を背けながら、ぽつりぽつりと話し始めた。
「・・・実は、結論から言うとね、鳳くんたちがまだ討伐命令も出ていないのに、マリブのタラスク族の漁村を襲撃したっていう連絡が鳳くんから来たの」
「・・・はあっ!?」
予想以上というか、想像の斜め上を行く展開に、桜は思わず声を上げた。
「ちょっと待ってよ。マリブって確か、クロスに【聖霊石】や【香辛料】、【砂糖】とかいった貴重な貿易品を輸出していたよね?」
「うん、マリブ原産の聖霊石は錬金術師や魔導師、医師たちの間でも重宝されている上質なものだし、他にも嗜好品や美術品、金銀なども輸入していたはずだよ。大金を出してでも買い付ける貴族たちが多いからね」
「・・・それで、タラスク族の漁村を襲撃したってことはさ、桐ちゃんたちってもしかして、このクロス王国の錬金術師や医師が薬を錬成する時に、タラスク族だけに採掘の許可が下りている上質な【水の聖霊石】がもう二度と手に入らなくなるかもしれないってことを、分かってないのかな?」
「さっき、私のスマホに連絡が入って、鎌田さんをタラスクの漁村に襲撃に行かせたって言うの。これで、襲撃に成功して【水の聖霊石】を独り占めすれば、雨野くんにももう自分のことをバカにはさせないし、水の聖霊石を魔物なんかに頼らなくても手に入れることが出来るって・・・」
「・・・まさか、ここまでバカだったなんて・・・!」
桜は思わず頭を抱えてしまった。
そもそも、聖霊石というのは非常に扱いが難しい代物なのだ。
例えば【火】の力を含んでいる聖霊石はちょっとした衝撃や火気などに引火して、小石程度の大きさでも一軒家を丸ごと吹き飛ばし、焼き尽くすほどの破壊力を秘めているのだ。
【水】の聖霊石も非常に扱いが難しく、専門的な知識と巧みな技術によって聖霊石の原石を加工して、魔力の暴走を発動させないようにしていたのだ。混じりけのない澄んだ水を無尽蔵に湧きだすことが出来る水の聖霊石は扱いを間違えると水がたちまち濁り出し、悪臭を放つ猛毒のヘドロのような物質に変わってしまうのだ。
しかし、水の聖霊石を加工する技術と知識は、タラスク族だけに先祖代々から語り継がれている、門外不出のものなのだ。正確に言えば、水に宿る生命の力を感じ取り、その意思を読み取り、聖霊石に宿る水の聖霊の力を正しく開放することが出来るのは、聖霊がタラスク族にだけ許しているからなのだ。
だからこそ、クロス王国はマリブが魔物領に住まう魔物や亜人種たちと友好条約を結んで、人間と魔物が互いに共存共栄の関係を保ち、独特の文明が発達していることを好ましくないと思いつつも、マリブから輸入する調度品、嗜好品、そしてあらゆる病気や怪我に効く万能薬を作るために必要不可欠な純水を生み出す水の聖霊石を手に入れるためには、マリブとは友好的な関係を続けていくことが重要だったのだ。
ところが、今回の桐人の行動は、その友好的な関係を全てぶち壊しかねない、クロス王国にとっても大変痛手となる愚策だったのだ。
「そのことは、桐ちゃんには言ったの?」
「言ったよ。言ったけど、鳳くん、話を聞いてくれなくて・・・」
『だーいじょうぶ、大丈夫だっての!どうせタラスクだって魔物なんだし、魔王軍と繋がっているかもしれないんだからさ!そいつらを全員ブッ倒しちまって、水の聖霊石を全部クロス王国のものにしちまえば高い金を払って聖霊石を買わなくても良くなるじゃん!』
『これで雨野のヤツにもぎゃふんと言わせてやれるぜ!あ、あと、ついでにちゃんと梶のヤツも見つけ出して無理矢理にでも連れ戻してくるから、楽しみにして待っていてくれよ!』
雨野を見返したい、そんな下らない子供じみた理由だけで桐人はクロスにとっては大切な友好国とのつながりをぶち壊そうとしている。いうだけ言って、千鶴が止めようとしたが一方的に話を終えると桐人はスマホを切り、それから何度も鳴らしているが電話に出なくなってしまった。電源を切ってしまったのだ。
「・・・ごめんなさい、私がもっと強く止めていればこんなことには・・・!」
「いや、千鶴は悪くないよ。雨野に挑発されたからとはいえ、桐ちゃんも考えなしでフライングしたのが悪いんだからさ」
「・・・これからどうするの?」
「・・・セルマっちにもこの連絡が耳に入るのも時間の問題か。仕方がない、あたしはこれからセルマっちの所に行って、このことを話して、今後の対策を打ってくるよ。最悪、桐ちゃんや桐ちゃんについていった連中を切り捨てることになるかもしれない。でも、今ならまだ何とでも手は打てるはず。千鶴は何かあった時に備えて、部屋で待機していて」
「・・・桜くん・・・」
「・・・そんな顔をしなくても大丈夫だよ。決して悪い様にしないようにするからさ」
そういって、桜は千鶴を気遣うように優しく微笑んで、彼女の頭を優しく撫でてから部屋を出て行こうとする。
千鶴は桜の優しい笑顔と、自分を気遣ってくれたことに胸が熱くなってくるのを抑えて、桜の背中にそういって見送った。
(桐ちゃんについていったのは、【鎌田みどり】、【甲田剣一】、【島田花桜梨】、【矢島茂久】、【須賀真砂美】、【火野明彦】の6人・・・。いずれにせよ、桐ちゃんとは仲が良かった連中ばかりか)
桜から見れば、桐人のバカげた発想にも異を唱えずに、むしろこれで自分たちがのし上がれるなら手段は選ばない連中ばかりだ。きっと、誰一人として桐人を止めるようなものはいないだろう。
『随分と困っているようだな。桜にしては珍しいな』
廊下を歩いていると、気配がないのにどこからか自分に話しかけてくる【声】が聞こえてきた。
「・・・その声は、麗音か」
『今の私は【スペクター】だ。ところで、鳳たちが何かやらかしたと聞いたが?』
「・・・そこまで分かっているなら、ちょっと相談がしたいんだけどいいかな?」
桜は振り返らずに、淡々と無機質で冷たい響きの声で独り言のように話し続ける。
「麗音に今からマリブに行ってもらいたいと思っているんだ。あたしたち勇者軍の評判を落とすばかりか、クロスが他国から恨みを買うような真似をしでかした連中がもし、万が一任務に失敗して、梶っちやマリブの騎士団に捕まったりして、彼らの口から今度の計画が漏れそうになったら・・・始末して欲しい。桐ちゃんと桐ちゃんについていった連中、全員をね。申し訳ないけどこれは麗音にしか頼めないわけよ。お願いしてもいいかな?」
桜はあっさりと桐人を見限ることを決めた。
例え同じ勇者の仲間だとしても、自分勝手な行動で仲間たちや王国に迷惑をかける事しかしない、無能で役立たずな勇者やその取り巻きなどもはや必要ないと判断したのだ。
『・・・心得た。ついでに、逃げ出した梶たちの戦力を確認して、報告するんだな?』
「さーっすが、麗音ちゃん♥抜け目がないって言うか、細かいことにもよく気が付くねえ」
『このぐらい、分かって当然だ。アサシンも連れて行っていいか?一人だけじゃやることが多すぎる』
「アサシン・・・、ああ【矢守忍】さんのことね。うん、任せたわ」
『それでは、これから行ってくる。また連絡をする・・・』
そういって、廊下からスペクターの気配が消えていった・・・。
第一の標的は【鳳桐人】に確定しました。
段取りを無視して先走った挙句に、クロス王国に経済的にも政治的にも大打撃を与えるようなとんでもないミスをやらかしたというのに、事の重大さに気づいていない(というか、気づくほどの脳味噌がない)おバカな勇者(笑)の桐人の運命やいかに?
そして今回、第二の男の娘キャラとして【幕ノ内桜】を出してみましたが、いかがでしたか?
次回もよろしくお願いいたします。




