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異世界に飛ばされた俺は旅をした(*リメイクします)  作者: 糸月名
第四章 その嘶きは雷鳴に、打ち鳴らす蹄は雷轟に。
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第四章 12 ∮紅い砂漠(夜)



紅い砂漠をさらに赤く染め上げたのは沈みつつあった太陽だ。地平線の近くは逆光で陰になり、日の当たった場所はさらに赤く輝いた。そのコントラストに目を奪われながら、風月はサボテンの実を齧る。

そして時は来た。

薄い光すら地平の向こうに沈み、月の時間が来る。

白い月が赤い砂漠を照らした。現代に生きていた風月とって、東京では月がまぶしくないと思っていた。海の上や砂漠で見たあの満月は太陽のような明るさをもって夜を照らしていたのに、その輝きが失せたように感じていた。それくらい人類の文明が夜の闇を駆逐し尽くした。

実の最後のかけらを飲み込み、立ち上がる。


「来た?」

「いいや。情報があっているのならここに来るんだ」

「クライシス……」


風月が実際にその脅威と相対するのはこれが初めてだ。ヴァーヴェルグや森神とは異なる、存在そのものが災害の生物。

今回出現するのは『CRISIS132:巨人の影』という存在。予てよりケイド周辺ではよく確認されているという。脅威度は高くなく、動くものを見つけては襲い掛かるだけらしい。

風月が知る情報はそれだけだ。それ以上の情報が欲しくて口を開く。


「今回のクライシスがどんな奴か知っている?」

「何度か素材を扱ったことがある。鍛冶屋で使うよりも呉服屋とかのほうが触る機会が多い素材だ」

「何に使うんだよ……。皮が丈夫とかそういうことか?」

「それもある。だが、もっともそれを象徴する性質は光を反射しないことだ。『巨人たちの影』という名前はそこに紐づけられている。文字通りの影だ」


文字通りの影と言われても風月にはイメージがわかない。


「武器に加工したときは夜に戦う時に刃の照り返しが邪魔だからって理由だったな」

「それって本当にまともな依頼だったか?」


少なくとも、普通の依頼者の発言ではない。しかし、光を照り返さないのなら闇夜に奇襲を仕掛けるにはもってこいの武器だ。


「というか、クライシスっていうのは一体だけじゃないんだな。この砂漠を作る原因になったやつが複数隊もいたらコノ沙漠みたいにどこもかしこも人が住めなくなると思ったんだけど」

「いや、その認識で間違っていない。クライシスっていうのはほとんどが一回きりの災害だ。巨人やらが例外なんだ。一説には発生の根源が別にあってそれを絶てていないからっていう説もある。似たような性質のクライシスも多いからな。だが巨人に関してはそんな必要もないさ」

「災害なのに?」

「定期的に素材を賭してくれる箱みたいなもんだ。ケイドじゃ主要産業の一つだ」


風月にとって、話を聞く限りクライシスには畏怖をもってセするのが正しいと思っていた。それこそ、人類ではどうあがいても勝ちえないほどの力を持った存在だと。それを箱とか言ったり、産業とかにするこの世界の人間がたくましいのだろうか。


「ただ、いくつか気になることもある」


風月の思考に言葉を差し込むレルキュリア。

「夜にしか発生しないなんて話、聞いたことがない。死体も残らないらしいからな」

「亜種とか?」

「クライシスにそんなもんいてたまるか」


確かに災害と捉えるのなら地震の亜種と言われてもピンとこない。しかし生き物のように考えるのならその亜種はいても当然だとすら思った。


「やっぱり亜種なんじゃないか? ゴーレムにはいろんな種類がいるみたいだし、似たような存在がいてもおかしくないだろ」

「言っただろ、巨人の出現の元となる何かがあるって。実際にあるかどうかは肝心じゃない。ケイド周辺にしか出現しないってことがその裏付けになっている。それに、私たちが議論することじゃない。線上にいる人間は仕事を確実にこなせばいい」


ああそれと、と付け加える。


「今回、お前は手を出すな。違う存在にしろ、同じにしろお前の敵う相手じゃない。何のために私に直接来た依頼にお前を引っ張ってきたかよく考えろ」


依頼というのはエルフの族長から来たものだ。

内容はクライシスの調査と阻止。最低でも阻止をしてほしいと。今日はその前段階の調査だ。


「単体の性能ならだけなら番号付きのクライシスの中じゃ最弱。複数体いるから番号があるようなもんだ。お前はそれにすら勝てない」

「うぐ……。よくもそんな突き刺さる言葉を」

「事実だろうが。お前はまだまだ弱い。こっちも武器のことも考えなきゃいけないし、いろいろ切羽詰まってるんだよ。お前のことを考慮しなくてもいいくらい強くなってくれ」

「……見て覚えろってこと?」

「よくわかってるじゃん」


風月は今の言葉に違和感を覚えた。

何かが変わったように感じたのだ。それが何なのか、どうしてなのか風月にはわからない。だが、感じる気配すら禍々しく、近くにいることすら恐ろしい。

風月が隣に立つレルキュリアの横顔を覗き込むと、笑顔だった。整った顔立ちに、冷たい視線。しかし口元は引き裂かれ白い歯が覗いている。いつもと何か、笑みの種類が違うレルキュリアの姿だ。


「来た」


ぼん。

爆発したように砂漠の砂が遠くで舞い上がる。地中にいた蠍も宙に打ち上げられたのが見えた。夜の赤い砂漠はまた違った幻想的な様相を呈してきた。


「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア……」


低く伸びる声と共に、漆黒の巨人がその姿を現した。表面を焚きのように赤い砂が零れ落ちる。


「でっか……」


巨人というからには大きいことはわかっていた。しかし、それが10メートルを超えるサボテンよりも大きいとなると話が変わってくる。今はまだ遠くだが、そのサイズ感に遠近感すら狂ってくる。

この時にはもう、レルキュリアに対する違和感は吹き飛んでしまっていた。

ほんの少し前まではまだ太陽が砂を温めていたのに、今では景色が一変した。ふと感じた寒さに身を震わせてマントをきつく巻きなおす。


「風月凪沙」

「ん?」

「武器は私に造らせろ」

「何いきなり。断るって言ったと思ったけど?」


露骨に機嫌が悪くなるのが隠せない風月。


「レルキュリアの武器がそうである以上、託されたものに触ってほしいとすら思わない」

「……そうか」


轟、と。噴き出たのは赤錆色の剣気。アリアと戦った時に視たあの剣気だ。

取り出した戦鎚はあの禍々しい『星砕』だ。剣気に当てられてドクンッ、と胎動し低い声にすらならない唸りが怨念のように響いた。

風月の表情がゆがむ。

巨竜。名をシャナガルラ。あれだけ雄大で猛々しかった存在が生まれ変わってあの姿になってしまうというのなら、風月は預けたいとは思わない。


「ならまたあとで交渉する」

「何度言っても答えは同じだよ」


レルキュリアは何も言わずに『星砕』を肩に担ぐと巨人のほうへと歩き出した。

それは緩やかな開戦を告げる。




初めて見るクライシスとの戦い。

サイズだけで見るのなら巨竜に次いで大きい。原始時代ならとても勝てるサイズ差ではない。それこそ近代兵器でも持ち出さなければあの大きさは脅威そのものだ。

それに臆することなく彼我の距離を詰めるレルキュリア。

風月が動き辛かったふかふかの砂地を重量のある戦鎚を持ったまま駆ける。


「あれは……揺らいでる?」


ゴムの膜を叩いたように、踏みしめた砂地が撓み、レルキュリアの体を押し返しているように見えた。そこに気づけば、領の足がうっすらと光を纏っていることに気づく。それは魔術によるものだ。


「見て学べっていうのはそういうことか」


風月は魔力も少なく持続できる剣気の時間もさほど長くない。ゆえに戦う時には両方の力がバランスよく必要になる。攻守避、三つのいずれに何を使うのかをとっさに判断しなくてはならない。風月はそれを学ぶためにこの砂漠まで来たのだと、今は確信をもって断言できる。

使う武器も体格も、扱える魔術の幅も、剣気の質すら違う。にもかかわらずその根底にある基礎の技術は風月が低いれるべきもので、教材の宝庫だった。

そして黒い巨人もその姿に気づき、その剛腕を振るう。拳も握らず目についたものっを叩き潰すだけの動き。サイズだけに行為そのものが脅威となるいい例だ。

だがレルキュリアの動きに動揺も慢心もない。迫る掌に戦鎚を一撃。

その結末よりも先に空圧によって飛ばされた土煙が舞い上がりレルキュリアの姿が見えなくなった。それも数舜の事。怪腕の上に、乗り移ったレルキュリアの姿がすぐに見えた。戦鎚を引きずりながら腕を駆け上がる。僅かな照り返しから戦鎚を引きずった軌跡えぐられていることに気づく。


「いや、おかしい……」


レルキュリアは言ったはずだ。刃の照り返しが邪魔だから巨人の素材を使ったと。光を反射しないと。

故に影。

気づいたのはほかならぬネットで限りなく光を吸収する塗料の髪を見たからだ。そこには無限に続く孔が存在するように見えたことをよく覚えている。もし、同じ性質があるのなら、えぐれた跡など見えるはずもない。

武器や服を扱わなければその素材が本物であるかどうかなんて判断はつかないはずだ。死体も残らないということを言っていた。本物であるかどうかなんてエルフたちには見分けがついていない可能性が脳裏を過る。

つまり。


「クライシスじゃ……ない?」


或いはクライシスなのかもしれない。だが少なくとも『CRISIS132:巨人の影』ではない。

そんな事実にたどり着いた風月に対して、レルキュリアは接近した時点のその事実に気づいていた。

故に、喰った。

戦鎚『星砕』はその口で咀嚼したものを取り込み、性質を応用する能力がある。雷を貯めこむ雷樹を取り込めば雷撃を放つこともできる。木を取り込めばもやし燃料にして火力を上げることができる。つまり『星砕』の発動する能力によって取り込んだ素材の性質がある程度把握できるのだ。

起きた現象は発火と発熱。並びのいい歯の隙間から炎が漏れ出し、星の如く赤熱し、輝きだした。


「……可燃性。ただの肉か」


これによって確信を得た。この砂漠による出現している存在は既存のクライシスとは全く異なる何か。

だからどうしたというわけでもないのだが、調査において既存の者とは異なるという成果を得ただけでも上々だった。

レルキュリアは巨人の方までくると剣気を一瞬だけ纏って跳躍し、その黒い脳天に戦鎚の頭部をたたきつける。


「灼き尽くせ『星砕』」


ゴバッ。

遠くで見ていた風月にはよりわかりやすかった。

20メートル以上はあろうかという巨躯がいきなり赤く輝きだしたのだ。刹那、目、鼻、口、耳といった穴という穴から熱を噴き出した。

炎ではなく熱だ。

高温に達した空気が噴き出ている。そして体内の尽くを焼却し、体が一回り縮んだように見えた。それは比喩ではなく体内の水分が蒸発し文字通り萎んでいるのだ。それすらも一瞬で、その身が炭化したのだ。そして、弾性とみずみずしさを失った肉は一気に膨張し、それに耐えられずに亀裂が走る。その隙間からさらに熱が噴き出した。

闇夜を照らしていた月明かりが頼りなく見えるほどの光量に思わず目を細める風月。その熱が遠くにいるにもかかわらず皮膚すら焼くように熱した。

悍ましいほどの速度で砂漠の砂が集まり巨人の体に集まりつつあった。

そのさなかに断末魔のような声にならない叫びが闇夜の静寂を引き裂いた。地中に眠っていた蠍が飛び出し炎から離れるように逃げる。

そのさなか、風月は確かに見た。

長く火にくべた炭が白くなるように、その身が白く崩れだしたとき、液化した。何度も目を疑った。しかし、間違いなく液化し、その蒸発音は聞き取れず、砂漠の土の下に意志をもって這いずったように見えた。しかし結晶化した砂漠の土に阻まれてそれすら敵わず、やがて熱に集まった砂に取り囲まれて、結晶に取り込まれた。

未だ陽炎の立ち上る結晶の上を悠々と歩くレルキュリアの姿があった。

それが武器の性能を十全に開放した神域の騎士の力。純粋な剣気を扱っては最弱などといっていたが、アルトやリナに負けずとも劣らないほどの兵に見えた。

気づけばじっとりと汗をかき、思わずマントを外す。熱によって生まれた風が、濡れた皮膚から熱を奪い、気持ちよかった。

そんな風に環境を楽しんでいるとレルキュリアが戻ってきた。


「あいつらの話通りなら、あと何体か出てくる。それまで休む。出てきたら起こせ」


肩で息をしてだいぶ消耗しているようだった。


「大丈夫か?」

「地面を数日固めるほどの火力を放った。これで出現傾向もつかめる。出てこれないのなら対処法が分かったようなものだからな」


相当オーバーな力を使ったらしい。戦鎚をしまい、そのまま『枯れた沼地』の固い地面に寝転がるレルキュリア。

風月はその横で火を起こす。薄く積もった赤い砂が磁石引き寄せられる砂鉄のように集まってきた。火の番をしながら持ってきたパンを齧る。近くにある小さな火では、空の星の偉大さは消えなかった。先ほどの光景以上に、脳裏に刻み付けられる星空。

見とれているうちに体が冷えてきてマントで体を包みなおす。その隣で震えているレルキュリアもいた。あれだけの熱に晒されて汗もかいたはずだ。そうなればこの砂漠の寒さは堪えるはずだ。

つけていたマントを外して、毛布のようにレルキュリアにかけた。


「おお、寒い」


火に近づき暖を取る。そうしながら夜空を観察して気づいたことがあった。

魔の山の空と、砂漠の空を違うということだ。砂漠は星の色がよく見える気がする。緑や青、赤の輝きがよりはっきりと。空気が澄んでいるからなのか、空気中の水分が少ないからなのかはわからないが、それだけがやけにはっきりと記憶に焼き付いた。

特に果て森の方角には大きく輝く一等星があって、それが北斗七星のように基準となり、時間がたってもほとんど位置が変化しないことも気づいた。

焚火の炭が白くなるころ。

かれこれ東の空が白み始めてきた。その間風月は星を観察して首が凝り固まっていた実を発してはあたりを見回して巨人の影を探した。

これを見る限りどうやら地面を固めるというのは効果があったようだ。

それに対しても風月は違和感を覚えた、数日は戻らないはずの結晶化が戻りつつあったからだ。

その時、巨人は再び現れた。

だが、大きくせりあがったその体が東からの陽光を浴びた瞬間、光を避けるように縮こまり、溶けるようにして大地に零れ落ち、染みこんでいった。

レルキュリアを起こす間もなく、ただ不気味な感覚だけが、心の中に残り続けた。

解ることは唯一つ。

うすら寒い存在がこの砂漠で胎動しているということのみだった。


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