第四章 9 〇尋問と方針
風月に負けたエルフ――、アルバは手近な木に縛り付けられていた。意識が残っているのはアルバだけだったので、当然のように最初の情報入手のための餌食となった。とはいう者の、そんなえげつない手段を使うつもりは、風月にはなかった。
まず持ち物を物色して名前を知って、武器を押収して、それ以外の装備はすべて持たせていたくらいだ。
「これって何に使うの?」
「言えない」
手に持った球状の石を見せるがすぐに断られてしまう。
「とぼけられるより面倒くさいな」
「吐かせるか?」
「やめろやめろ。そんな物騒なもん見せつけるな」
『星砕』をちらつかせるレルキュリアを制する風月。しかし、相手の意志が固いと吐かせることも一苦労だ。何よりも、知っているのに話すことはできないという態度がすべてを物語っている。
「まあ、判別する方法も、ない訳じゃないんだけどね」
同時に風月は仕掛ける。
球状の石に魔力を込めていく。魔力残滓を探知するのと同じ方法で石を覆い、魔術回路に魔力を流していく。
「そんな方法で解るわけがない」
「お前の常識ではな。わざわざ大地の傷跡を迂回してまでここに来たんだ」
レルキュリアは笑いをこらえるために顔をそむけた。魔力の使い方を知らなかった風月が『そっち』の国から来たというのは絶対にありえない。
つまり、世界に名を轟かせる『魔術大国デミシェリア』だ。西の大地の傷跡を越えていく国などほかに存在しないのだから。世界で最も魔術が進んだ国で、魔術と魔法の境を消した国でもある。
「魔術回路を展開しなくても結果から逆算する魔術もある」
見ものだな、レルキュリアは口には出さずににやけかけた口元を隠して風月を見る。これだけでは騙せない。はったりには話術と態度、それ以上に知識が必要になる。人によってその比率はばらばらで状況によってもだいぶ変わってくる。風月がどころを重視するのかも少し楽しみなレルキュリアだった。
「お前らは誰を探しているんだ?」
「……」
「ああ、その態度のままでいいぞ。なるほど、探していいるのか」
ひくっ、とアルバの喉が動いた。
探すというのは風月が最初からあたりをつけていたことだった。追い払いたいだけならもっと殺意の高い魔術を仕掛けてしまえばいいのだ。わざわざ探知して人をよこすなんてことをする必要はない。
「それにゴーレムの張った『根』を利用していた。あの『根』はずいぶんと森の奥まで張り巡らされていたな」
アルバの態度は変わらない。焦りもなければ、わかりやすい反応もない。同時に風月は確信する。この森全体で何かを探知して探していると。風月はゴーレムの『根』に触れた瞬間に、その広大さに途中から探知をやめた。木々の根と複雑に絡み合い、この森のすべてと一体化していた。
もし、外から来た人間を追い払うために魔術を使うのなら森の外側に張り巡らせた方がはるかに楽だ。ここまで壮大な魔術を組み込み、その起点をこんな石ころに任せるのはあまりに不自然だ。
そうした思考をゆっくりと意識した瞬間に、風月の中で一つの答えへとつながった。
「役割は二つ、目的は三つ……?」
「役割は外の奴を探知する、ついでに森の中まで見てるってこともわかる。目的が三つってどういうことだ?」
「魔術の目的はわかったからここからは仮説だけど、一つは森の外からの人を追い払うため。二つ目は森の中の誰かを探すため」
「その二つは聞いてりゃわかるんだよ」
三つ目の目的の胆はそこにない。
風月はまだアルバから探るためにわざとその思考の過程を話す。
人差し指を立てた。
「思えば不自然だったんだよ。神域の騎士だけがつかんだ内戦の話。しかし、よその町には一切ないその予兆。それが目的の一つ目。おそらく中で内戦は起きているか、その手前まで緊張が高まっている。それを気づかせないために追っ払っていた」
「何のために?」
「被害を減らすため」
風月はチラリとアルバを見る。
なぜ知っている?
そう問いかけるような驚愕によって眼を見開いていた。
「ここは商人たちの領地と言い換えてもいい。貴族ですら商業に首を突っ込んで積極的に金を稼いでいる。戦争なんて『おいしい話』を少しでも聞きつけたら武器に食料になんでも流すさ。だから秘匿した。本当に目的効いただけでここまでわかった?」
情報収集怠っていたけど、という言葉を隠したがレルキュリアには伝わっていたようで、バツが悪そうに眼を逸らした。
風月は続いて中指も立てる。
「二つ目。森の中の誰かを探しているっていうのはたぶん麒麟のことだ。これはまあ、誰でも予想がつく。麒麟が姿を消してから森の中で仲が悪かった奴らがいがみ合い始めたんだからな」
「獣人とエルフか」
「争いを治めるために麒麟を探してるんじゃないかって思ってる」
風月は薬指まで立てた。
「ここからが三つ目。根拠も薄いけど、まあ、あり得る話かなって。率直に言えば内戦に発展するかどうかを監視している」
息を長く吐く音が聞こえた。
アルバからだ。
「もういい」
「なにもよくない。こっちはお前たちは別の部分で麒麟を探してんだ」
「話すから……」
「話さなくていい。嘘を喋られると本当か同化の判別がつかない。ノイズが混じるから黙っていろって言ってんだよ」
風月の容赦のなさに舌を巻くレルキュリア。
あれだけ硬化した態度だったアルバが今では自ら話すまでになっていた。それは知られたくない情報に近づいているということだ。
余裕を見せびらかすように笑う風月。
「なんで監視する必要があるんだ。相手の動向を見るためか? そんなことするくらいなら相手の戦力を削ぐような工作をした方がいいんじゃないか?」
「そこなんだよな。相手の拠点を燃やしたり、人質を増やして戦況を有利に運んだり、監視なんてことに労力を割くよりもやるべきことがあると思っている。俺が三つ目に気づいた理由はそこなんだよ。外から商人を入れない理由はなんだ?」
「そりゃ被害を抑えるためだって言っていたじゃねえか」
「でも、それはおかしいんだって。強い武器も食料も数をそろえた来るもんじゃねえのか。指導者なら特に北がそうだっただろ。その当然の思考をエルフの受容的排他主義なんて言葉で片づけるのは些か無理がある」
魔の山を征伐するために武器や兵士をそろえていたクレイグルの動きは記憶に新しい。
「仲が悪いのに相手を慮る発言ということになる」
「なら仲が悪いふりをしているっていうのか?」
「それだと神域の騎士の発言が嘘になる」
「なるほど……、つまり……?」
こてん、と首をかしげるレルキュリア。普段からこのくらいなら可愛げがあるのに、と思いつつ、どつかれるのが怖いので絶対に言わない風月。
「こいつらの動きは一貫して被害を抑える方向に動いている。同時に内戦の状態、あるいはそれに準じた状態である。この二つの情報が真であるとしたとき、見えてくる」
「……第三陣営?」
「そうだ。エルフと獣人の争いを止めたがっている第三陣営が存在している」
「それがこいつらか?」
下唇を嚙むアルバを風月たちは見下ろした。
「これからどうするんだ?」
「むしろ僥倖だ」
「僥倖?」
レルキュリアにはこれからどうするべきかというヴィジョンが見えていない。
「俺たちの目的はヴァーヴェルグを倒すこと。その過程で麒麟から力を借りることができるかもしれないってことでここに来ている」
「別に、麒麟を探すのならこいつらだけじゃなくてもよかっただろ」
「そうでもない。闘争を望むやつらが仲裁者である麒麟の帰還を望むとは思えない。そういう意味ではお互いに運が良かった」
「お互い?」
そう口にしたのはアルバ。
「この内戦の仲裁を図ろう」
「「はあ!?」」
レルキュリアもアルバも驚きの声を上げた。
風月はまだ笑っている。それも心の底から。風月の中で事態は大きく好転した。
「味方に付くかどうか、そもそも見つかるかどうかもわからない麒麟を何日も浪費して追うっていうのが効率的じゃない」
「……内戦を仲裁して両陣営とも味方につける気か!?」
さすがのレルキュリアも風月の意図に気付いた。
「アルバ、であってるのか? ここで流れる血をすべて止めてやる。そのために協力は惜しまない」
「……信用できるかっ」
「信用するのは俺じゃなくていい。神域の騎士とドラクル領の領主が担保だ」
「私もか」
呆れたようにため息をこぼすレルキュリア。
「なに、できないの? まあそうだよね。降りかかる火の粉を振り払うのはお手の物でも突っ込んでいくのは度胸が足りなかったか」
「やれるに決まってんだろ!」
扱いやすくて助かる。
べっ、とレルキュリアには見えないように舌を出す。
「必要なものは全部調達する。戦争を止められる戦力も今ここにある。そのうえで答えろ。俺たちに手を貸すかどうかを」
「こんな場所で、それも見張りにだされるような下っ端に決められるわけないだろ!」
「知ってるよ。交渉してないもん。強要してんだよ」
風月は悪辣な笑顔を見せた。
「ここに商人を強制介入させて、武器を流して泥沼になったところを一網打尽にした方が簡単だって言ってんだよ! その力も、物も用意できる。お前らが一番避けたがっていた方法でこの内戦を強制的に激化させて弱ったところをかっさらうことが難しくないとでも思ったのか?」
「お、おい……」
風月の言葉にさすがに引き始めたレルキュリアの脇腹を肘でつつく。
合わせろと無言のままに語った。
「ま、まあっ。こんな程度なら何千人に手も余裕だなっ」
「この大根役者が」
ぼそっと言った言葉はレルキュリアには聞こえなかったようだ。
声が裏返っていてひどいものだったので、風月が下した評価は間違っていない。
「簡単な方法を採らないその意味を理解しろ」
「容赦ねえな」
「うるせえ。手を抜いてヴァーヴェルグに勝てるのならこんなことはしてない」
アルバは目を瞑って必死に考えた。
そのうえで出した答え。
「だめだ。ここで判断できない」
「なら連れていけ。判断できる奴のところまで」
「なんでそこまでする? ここに首を突っ込む意味がないだろ」
「あるさ。これからもっと多くの血が流れる。それを少しでも減らせるのなら、ここで流れる血は止めてやる。代わりにここで流れる血を俺にくれ」
風月は言い切った。
それはすべてを見据えた旅のため。
「この国だけじゃない。もっと大きくすべてを巻き込んだ戦いになる。それに勝つために四獣の力もお前たちの力も必要だって言ってんだよ」
「本当に、止められるのか?」
「ああ。魔の山に無血で道を通してきた。それに比べたら難しいことでもない」
「わかった、連れていく……」
その血連のやり取りを見て、レルキュリアは観察するために少しだけ身を引いた。風月が変わった存在というのは知っている。それ以上に、不思議だった。悪辣な内容も、敵に立ち向かう時も、笑っている。何となく、その笑顔を見ていると何とかなる気がしてくるのだ。
内戦に大きくかかわるとなると、風月は生きて帰れる保証もない。
それでも何とかなる気がしてくるのだ。
「……!」
気づいたら上がった口角をもんで元に戻すレルキュリア。
「変な癖が移ったかな?」




