第四章 3 ∮信頼
風月がこの世界に来る10年も前。
レルキュリアは貴族出身ではないが神域の騎士を多く輩出している家系であった。
神域の騎士は剣気が使えることが最低条件である。剣気は遺伝的形質では発現のしやすさや伸びが変わるわけではないが、アドバイスや使い方などを教導されることによってその強さは大きく変わる。そういう意味で一度神域の騎士を輩出した家系はその後も新しく出ることが多かった。
特に、レルキュリアの座す第六席は強さではなく冶金技術によって選出される。
何が言いたいかといえば、レルキュリアの父親は神域の騎士だった。10年前の魔の山征伐の後方支援で武器などを用意していた。その途中、腕を負傷して騎士としての役目を果たせなくなった。騎士としてではなく鍛冶屋として名誉の負傷だった。
その役目を継ぐことになったのがレルキュリアだった。仕事を手伝っていたこともあり、すぐに白羽の矢が立った。
神域の騎士に『辞職』という制度は存在しているものの、ほとんど機能していない。死ぬまで続けるのが常で、けがをしてもその待遇や金銭などから地位にしがみつく者が多いことにも由来する。しかし、第六席だけは武器や装備を作る都合上、けがでやめるものが多かった。退職金を渡すためにレルキュリアの父親は死亡扱いとなっている。
そういった経緯があって、レルキュリアは神域の騎士になるための試練を受けることとなる。
「技量を見せてみよ」
病魔に侵され死ぬ寸前の王は顔色が悪く、行ってしまえば、今のオレウスやオルガノンがもつ特有のギラつく力強さなどはない。それでも年季の入った威厳がそこにはあった。
この時、誰一人としてレルキュリアの特異性に気づいていなかった。本人や父親でさえ。
一世一代の大仕事として、自らの全身全霊をふるい一カ月もの間寝ずに火を焚いて、魔力と力を注ぎ続けた。鎚をふるうごとに鋼は鍛えられ、この世に二つとない武器に仕上がる。
そのうちの一つが、レギオンが持つ『スカー』である。
ただの細剣ではあるが、その素材となったのが時を操る怪物だった。元もとあった武器を融かし、新たな武器として鋳造する。
そこにレルキュリアの特異性が露わとなった。『スカー』を先代の第二席が手に取った瞬間、その肉体がものの数秒で若返り、胎児まで戻り死亡した。
そしてオレウスが持つ『ブレイカー』である。当時の第七席がオルガノンになる前で、使っていた人間は全身が肉片のいっぺんに至るまで名状しがたい何かになるまで破壊されつくした。
それらの回収に当たった茜の前の九席とミラタリオが被害を受け、結果として神域の騎士が三人死亡するという事件に発展したという。
レルキュリアはすべてを目の前で見ていたという。
「ま、おおよその顛末はこんなところだ」
「……」
月明かりを浴びながら夜風にあたっていたレルキュリアの話を風月は黙って聞いていた。
気になるところはいくつかあった。今もなお神域の騎士であること。レギオンは普通に武器を使用していたこと。処刑を免れたこと。
細かいところはいろいろ聞きたかった。
「これで背中預ける気になるか?」
「むしろ武器を作らせたくない」
センチになっていたレルキュリアに対して一切の躊躇なく、真顔で言い切った。
「その無駄に詳細な状況いらなかっただろ。うげぇ、詳細に話すな」
妙にリアルな想像をしてしまい、先ほど胃の中にいれた和食がせりあがってくる感覚に苛まれた。形容しがたい感覚も同時に発生し、無駄にストレスが溜まって首を掻きむしりたくもなった。
「本当に作らせるつもりなのかオルガは」
「作らないと素材が使えないんだよ。とりあえず受け取っておけ」
嫌そうな顔を隠そうともしない風月。
「人が死んでるのは護衛とか関係ねえじゃん。もういいよ、背中預けるとかどうでも」
「お前、こっちがいろいろ気にしてたのにっ」
「そりゃ、どうだろうけど。本当にどうでもいいよ。本当に……」
気分が悪くなった風月はもうレルキュリアの生い立ちとがどうとか聞いている余裕がなかった。かといって間違いなく夢見が悪くなるのを知っておきながら眠れる気もしない。
「それで?」
「もういいって言ってるだろ」
「そうじゃねえよ。聞きたいことがあるんじゃねえの、って言ってんだよ」
あるけどどうでもよくなった。出かかった言葉を飲み込む。とりあえず武器を作らないでほしいということだけだ。
そんな風月の内心をレルキュリアは理解しているだろう。それでも聞いてくるのには、口調にも表れている男勝りな性格が関係しているのだろう。一度話すと決めたからには疑問をすべて解決しておきたいのだと思った。
「レギオンは普通に武器を使っていたぞ?」
「力を抑えて鋳造しなおしたんだ。神域の騎士として武器に認められるようになるまで焼き直し、不純物を取り除いて、段階的に強くすることになっている。だから開放すればレギオンもどんどん強くなる」
扱いきれなくなったら死ぬけどな、と簡単に言ってのけた。
「今まで武器がそうならなかった理由は?」
「私が特別だからだ」
届かない月をつかむように手を伸ばすと、何もない空間に左右非対称の魔方陣が立体的に展開された。手を握るとハンマーがその姿を現す。太い持ち手に対してその頭部は不釣り合いに小さかった。尤も、普通の鎚に比べればかなり多き。風月の両手では隠し切れないだろう。
「これが私のだ。戦鎚、『星砕』だ。見てろ」
ボン。爆発するように頭部が膨らんだかと思えば、ただの鉄の箱がくっついていた形から、精細な彫刻を持つ巨大な頭部になった。そこには明らかに巨大な『歯』が並び、その奥から噴き出す熱気が風月の頬を撫でる。
その表面に興味をひかれた風月が手を伸ばそうとした瞬間、レルキュリアが止める。
「やめろ、喰われるぞ」
「くう?」
「私の力は浮き本来の能力を最大限に引き出すこと。触れた武器はすべてそうなる。その状態を固定することで誰でも使えるようにしたんだ」
生きた武器。レルキュリアの持つハンマーは戦鎚には思えなかった。明らかに武器に使うようなものではない。そう判断したのも細部に至るまでの彫刻が原因だった。細かい部分は少し力を咥えればへし折れてしまいそうだった。
「生きた武器は意志を持つ。不愉快に思えば使い手を容易に殺す。だからわざと混ぜ物をして、私自身に封印措置まで施してから融かして再度武器として仕立てる。鍛冶屋なのに、まともに作ってやれないのさ」
滑稽だろ、とレルキュリアは笑う。
風月にはその言葉がどういう意味を持ち、どうして滑稽なのかも理解できなかった。それでも悔しいんだろうな、と感じ取った。
レルキュリアがハンマーを消すと伸ばしていた腕がだらりと垂れ下がる。
「どうして私が生きていると思う?」
「別にいいよ。聞きたくない」
「そういうなよ。さっきは意地悪したくてちょっと精細に描写しただけじゃねえか」
「……」
「そううなるなよ」
風月に対して少し観念したように笑みを浮かべた。
「私が話したいんだ。知らなかったとはいえ、何もなかったように私に接してくれたのは父さん以来、お前が初めてだったりする。だから、少しだけ聞いていけ」
「わかった」
「当然私は処刑だった。リナの前任者に首を叩き落される段階まで進んだ。だが、そこで王が病に倒れた。そして政変が起きて、オルガノンが勝った」
風月もそれは聞いた。
遺伝的な病気で王家の血筋は代々病で死んでいると。次の王位をめぐって王子たちが戦い、結果的にオルガノンが王の座に収まったと。
「三年近く監禁されている間に気づいたらオルガノンが神域の騎士になっていてな。次に日の光を浴びるときは死ぬ時だと思っていたのに、オルガノンが政変に勝って私に恩赦を与えた。何が起こったのか、最初は理解できなかった」
風月が思い出すのはあの地下牢。いろいろ策を打って逃げ出したが、ミラタリオやヴェイシャズの助けがなかったら死んでいたことは間違いない。あの状況で、三年。気が遠くなるほどの時間を過ごしたことは想像に難くない。
戦争の勝利などで恩赦が出ることはある。しかし、処刑が変わるほどとは思えなかった。だから単純に問いただす。
「なんで処刑されなかった?」
「なんでかね。森神に敗北し、神域の騎士を多く失い、一度は半分にまで神域の騎士は数を減らした。戦力が必要だったし、武器も必要だった。でも、それは理由の一つ一つで、本質的には違うんだと思っている」
「……後悔しているのか?」
「ああ」
鼻をすする音が聞こえた。うつむき膝を抱えるレルキュリアのほうから目を逸らした。頬を伝うものを風月は目にするつもりはなかった。レルキュリアと同じ方向を向いて、月明かりを浴びる。
「もともと鍛冶師の家系だった。アストスっていう鍛冶屋では女が火を絶やさないように管理し、男が鉄を打つ。子供は三人いたけど、男が生まれなかった。だから、長女の私が鉄を打った。父さんは反対してたけどな。でも仕事する姿にあこがれたから私は鎚を手に取ることを選んだ。もしも、鉄を打っていなかったら。そう思わない日はなかった」
「なかった?」
「今は、誇りを持っている」
「何があったんだ?」
「父さんは私が牢から出るころには死んでいた。政変に巻き込まれたなんて言っていたが、たぶん違う。理由はないが、でも、そうでもないと私が生きて出られると思っていない」
風月の脳裏に嫌な予想がよぎる。それを無性に否定したくなったが、そうする前にレルキュリアが話を始めてしまった。
「父さんが代わりに処刑されて国家への忠誠を示した」
背筋が凍った。うすら寒いものを感じた。それは国家のどこにでもある仄暗い面だ。同時に、風月が見せてもらったあの男の生きざまに似たものを感じた。
死因が秘匿された理由は恐らくオルガノンの計らいだ。あの女王は風月に対しても要所で詰めが甘い。そうした甘さが見え隠れしているような気がした。
「そうでもなけりゃ、私が生きているはずがない」
「恨まなかったのか?」
「何を?」
「国、制度、自分。何もかも」
見えなかったが、レルキュリアは首を横に振ったように感じた。だから、ただ「そうか」と返す。
「もう一つだけ聞いていいか?」
「なんだ?」
「武器を、恨んでいるか?」
ひゅっ、と細い呼吸が耳に届く。
ちりばめられた意匠に込められたものは見る相手に伝わる。風月はレルキュリアの持つ戦鎚から『恨み』『憎しみ』といった感情を受け取った。自分の持つ鎚に込めるには随分と禍々しい。
返答はなかった。しかし、風月にとって判断するには十分すぎた。
「お前に武器は任せられない」
随一の鍛冶師に風月は言い放った。腕は確かでも、信頼できない。
風月は先ほどとは違う意味で自分の使う武器を任せたくなくなった。
王命はそう簡単に廃することができるものでもない。それは風月も理解している。それでも嫌だと思った。背中を預けるという信頼とは全く別のところで信頼できなかった。
「お前が使うのは俺に託されたものだ。それを預けるに値しない」
それだけ言うと、風月はその場を立ち上がって部屋の奥に引っ込んでいく。一度たりともレルキュリアと目を合わせなかった。




