第一章 7 〇魔の山
馬が引いているから馬車なのなら、竜が引いているのなら竜車になるのだろうか。それとも竜が引いている馬車なのだろうか。四足歩行ナノは変わらないが、馬どころか犀よりも一回りほど大きく、フランス王室の馬車を連想させるような豪奢なモノの中に俺は居た。
竜というものだからてっきり肉食で牙の鋭いいかにもな奴を連想していたけれど、実際は翼も持たない、火も吹かない。その挙句主食は草と土の中の虫だ。サイのような体躯に土を掘り返す嘴をもっている。
どうしてこんなものに乗っているのかと言えば、絶賛御者を脅し中だからだ。喉元にナイフを突きつけて、運転させている。アルトから逃げるためにやむを得なかった。近くに止まっていた豪奢な馬車は誰のものかは分からなかったが、乗り込むには都合がよくて、その辺の民衆からスリ取ったナイフで御者を無理やり操っていた。
巨大な城壁を抜けて、道を行くこと3時間ほど。未知が二つに分かれていた。
「ティア、どっちに行けばいい?」
「まっすぐ!」
すると御者がぎょっとした表情になって止めてきた。
「待ってくれ、俺は死にたくない! なんでこの道なんだ!?」
「近いから」
死にたくないは大げさだろ。
正直この時はそう思っていた。
「お前は知らないんだ。魔の山だ、魔の山がこの先にあるんだ。だれも生きて帰れない」
「まのやま? 俺はこの国に来たばっかりなんだ。教えてくれ。この道を往きながらな」
「鬼、悪魔!」
御者の罵り声なんてさして気にならずに、無理やりまっすぐな道を行く。
「魔獣が住む山なんだよ! 近道で二日でドラクル貴族領までついちまうが、魔獣が出て承認をみんな喰っちまう」
「へぇ」
自然が危険なことは旅をしていた風月にとってさして珍しい事ではなかった。なんならハイエナに襲われたこともある。
「神域の騎士が三人も負けてんだよ!」
「さっきも聞いたな。神域の騎士ってなんなの?」
「――っ」
俺の物の知らなさに御者は歯がゆく思ったはずだ。その証拠に嫌そうな顔をしていた。
「さっきのきし!」
ティアが叫ぶ。さっきのと言えば確かアルトウルベルクベイルサード。
「アルトのことか?」
「知っているのか!?」
今度は御者が反応した。
「この馬車はアルト様のものだ! 分かったらさっさとどっかいけ!」
「ほう、よほど魔獣の餌になりたいようだな」
「ひぃ!」
アルトのもつ馬車の御者だというのには実に情けない。ナイフを突きつけただけでこの様だ。
「で、アルトがどうしたの?」
「アルト様が神域の騎士だ」
やっぱり御者から返事が飛んできた。
ちょっと待て。アルトが神域の騎士?
「神域の騎士が負けた? 三人も?」
「そうだ。一〇〇年間で四回、最期は一〇年前に二万人の兵士と三人の神域の騎士による征伐が行われた。だが……」
嫌な汗が出てきた。そんな規模の兵士を送り込んでかてなかった相手。そこに単身突撃というのは何とも馬鹿げた話だ。
「通るだけだし大丈夫大丈夫」
「迂回するなら八日ですぜ」
「よし引き返すか」
親指を立てて御者と意気投合する。
「わんわん!」
そんな時にティアの大きな声が聞こえた。御者の座る操縦席から、馬車の中を見ると、ティアは窓の外を指さしていた。思わず覗き込んでみると、そこには全身黒い大きな狼のような獣がいた。
「あれ魔獣?」
「あれあれ魔獣」
八〇キロ以上ものスピードで走るこの馬車に単身追い付いてきた獣。違う、単身じゃない。森の暗がりに隠れるように何匹も何匹も何匹も――。
「引き返せ!」
「む、無理だ。もう無理! こんなに囲まれたら死ぬしかない。馬車の中に入れば魔術で何とかなるかもしれないが……」
言葉が聞こえた瞬間に、見てしまった。魔法について突っ込む間もなく、一際体のおおきい魔獣がこの馬車に体当たりをしようとしている姿を。
御者の首根っこを掴んで馬車の中に飛び込んだのと馬車そのものがひっくり返ったのはほぼ同時だった。