第三章 12 §方針
国家として、ただの一個人に勝てない。
そんな情けないことがあっていいはずがない。だが、クラリシアではそれが二度発生した。一度目は何百年と手を焼いていた魔獣の巣くう魔の山。そして首魁、森神。この二つが危険すぎて魔の山は長らく、クラリシアの成長を妨げてきた。それを解決したのが風月凪沙。この時点で国家として笑えないほどの恩恵が発生した。
本来、英雄といわれ国家の重役に食い込んでもおかしくないほどの功績だった。しかし、そこに国家として勝てないもう一つの事象が発生した。
それは過去の悪英雄、ヴァーヴェルグ。
国家創世時に人間の単一国家を作ろうとしたヴァーミリオンに対して、多種族国家の建国を主張したのがヴァーヴェルグだ。ヴァーヴェルグは強く、最終的に単一種族の国家を作るほど地力をすべてそぎ落とし、結局は多種族国家を建国するに至った。
その事実は歪曲して伝えられ、立場は入れ替わってしまった。
本来人間であり、死んでいて然るべき年数が経過していた。にもかかわらず、ヴァーヴェルグは現れた。
その強さは風月とはまた異なっており、国家として物理的に殺害できなかった。そしてそのヴァーヴェルグに恩を売る形で国家の存続を狙い、風月凪沙を処刑しようとした。
それは国家としての基盤すら揺るぎかねない事件だった。
英雄の処刑。しかも、それは失敗に終わり、さらにはヴァーヴェルグの意図するところですらなかった。
そうした過程を経て、現在。
オルガノンはのどの奥が干上がり、張り付くのを感じた。それがぺりぺりと剥がれて、かすかな吐き気すら覚えていた。
その原因はやはりヴァーヴェルグと風月凪沙だった。
連絡はレギオンから霊装を通じてきた連絡にいら立ちを隠せない。元神域の騎士ということもあり使用人たちはハラハラしている。そんな風に腫れ物に触れるような態度もオルガノンのいら立ちを助長させた。
「もう一度言え、詳しく」
『巨竜の寿命が近いらしく、どうしてそうなったかは分かりかねますがヴァーヴェルグが巨竜を殺すと。それによって風月凪沙とヴァーヴェルグが対峙しました。第四席と第九席もです。それで巨竜にとどめを刺すかどうかの判断を』
「―――――――――――っ」
思わず頭を抱えるオルガノン。
「どいつもこいつも行く先々で厄介ごとおこしやがって!」
『王?』
「なんでもない」
本当は叫び散らして今すぐ執務室から逃げ出したかったが、立場上そうもいっていられない。霊装越しに心配されてバツが悪くなったことも関係して、何とか平静を取り戻すオルガノン。
『大丈夫ですか?』
「こっちのことはいい。それよりも茜とリナはなんて?」
『巨竜を国内に墜として利益を独占するか、このまま逃がすかでもめています』
選びたくないというのがオルガノンの素直な感想だった。墜とせば他国からの批判が強くなる。それだけの価値があることも確かだった。
問題は国内で英雄視されかねないほどの功績を引っ張ってきた風月凪沙の意見に正面からぶつかることだ。処刑騒動を含めてこれ以上不当な扱いをすれば国内の過激派がこれを理由に勢力を拡大しかねない。
「……レギオン。二人に伝えろ。今は待機だ。何もするな。追ってこちらから支持する」
『わかりました』
「オレウス兄様を呼べ」
「かしこまりました」
霊装を切ると迅速に指示を出す。
それからしばらくして尋常ではない事態を聞きつけてオレウスが駆け付けてきた。
「何があった?」
「オレウス兄様。詳しくはわかりません。でも、巨竜が死亡するかどうかの瀬戸際……」
そこまで言ってオルガノンは口をつぐんだ。ヴァーヴェルグの強さは異常だ。森神という通常では考えられないほどの運命力を持つ存在との契約を同じ運命力でかき消したのは知っている。巨竜ですら不可能な事態を引き起こす文字通りの規格外だ。
「いえ、おそらく巨竜は死にます」
もはやそれ以外のヴィジョンが見えなかった。だからわざわざ言い直した。
オレウスは王の執務室に一歩踏み入れた瞬間に内部の剣呑な雰囲気を感じ取り、朗報で呼び出されたのではないことを理解する。同時にオルガノンの言葉も予測できたものだった。
「それで? 私に何をしてほしいんだい?」
「知恵をお貸しくださいオレウス兄様」
「かわいい妹の頼みだ、もちろんいいとも。状況はどうなっているんだい?」
「風月凪沙とヴァーヴェルグが巨竜でもめています。巨竜を墜とそうとすれば風月凪沙と対立して国内から突き上げに会います。さらに国外からも死骸の利権を求めて戦争になるかと。ですが、ここでヴァーヴェルグとかち合っても勝ち目がありません」
オレウスは少しだけ考え込む。こうした厄介すぎる状況にはそこそこ慣れていた。
「隣国にヴァーヴェルグのことは?」
「通達はしました。場合によっては他国もヴァーヴェルグの討伐に手を貸すと」
「できもしないことを……」
クラリシアの周りには三つの国がある。一つは北壁と呼ばれる巨大な山脈を隔てた向こうにある『クロウドラグマ』。東の森の向こうに広がる砂漠の国、『ケイド』。そして西の大地の傷跡を挟んだ向こう側にある『デミシェリア』。
北と西は言うまでもない。援軍を送るためには超えるべき障害があまりにも多すぎる。そして東の砂漠は巨人たちの縄張りでありケイドはそちらにかかりきりだ。
だが、巨竜の死骸はそれらの障害を越えて余りある莫大な利益を生み出してしまう。
もし自国の利益のみを追求しようとすれば間違いなく開戦に踏み切る形になる。
「よし」
考え込んでいたオレウスは顔を上げる。
「放っておこう」
「はい?」
「風月凪沙にこの件は一任しよう」
「どっちに転んでも危険なんですよ? それなら落としどこはコントロールしたほうが良いのでは?」
「オルガノン、実はそうでもないんだ。今考えるべきは他国に対する言い訳をしつついかにうまく巨竜を国内に墜とすか、ということだ。特に巨竜の死が確定であるのならば、外へそれを防いだというアピールをすればいい」
オルガノンにはますますわからない。
「放っておくとどうしてアピールすることになるのですか?」
「実際には放っておくんだが、一任したことにすればいい。事実、風月凪沙はヴァーヴェルグに認められている。今回の件はあまりにも突発的過ぎて国家として小回りの利いた対応ができるとは言えない。だから風月凪沙に一任することにしたというのが国家としての方針。リナには好きにさせておくと強い。神域の騎士の何人かは形だけでも風月凪沙に協力させておけばいい」
「逆に言えば、神域の騎士たちにはヴァーヴェルグと敵対しつつ巨竜を殺させて風月凪沙を殺させないようにしろということですか?」
「ああ、その通りだ。こういったことはアルトか翁がうまいんだが、いないものは仕方ないな。巨竜には今誰が?」
「リナ、レギオン、茜の三人です」
「待て、なんでレギオンがいる? 八席は? 一席もどこ行ったんだい?」
「レギオンから連絡が来て驚いています。八席とスイッチして第二席が入ったと。しかもそれはどうもほかの神域の騎士たちには通達されていたようで……」
「――翁か」
こういった意味不明なことをしでかすのは翁しかいない。
「夢、ですか?」
「おそらくね」
それは時折見る予知夢であり、異様なまでにうまくいくことが多い。たびたび王命を無視した采配をするがそれが裏目に出ることは少なく、黙認されているのが現状だった。
「とりあえず融通が利かない八席がいないのは朗報だね。それよりも一席だ」
「一席は連絡がつかないです。レギオン曰く遠目に見たらしいです」
「……この際だ、はっきり聞こう。第一席は本当に強いのか?」
しん、と静まり返る。
神域の騎士で唯一強さに直結しているのが第一席だ。だが、誰一人として今代の代位ss気が戦っている姿を見ていない。大きな戦もなかったと言えばそうなのだが、今代の第一席は今までにない偉業を成し遂げた。
「本来実力は疑うべきではない。だけど、彼だけは別だ」
「神域の騎士にならずに第一席を殺して襲名したのは歴史上今代だけですからね」
第一席とは神域の騎士にとってほかの地位以上に特別な意味を持っている。最も強き者こそが得られる称号。第一席を打ち倒すことでのみ得られる称号は、神域の騎士が鍛錬を怠らないためにも必要なものだった。だが、今の第一席が神域の騎士であったことはない。何なら騎士ですらなかった。にもかかわらず第一席を打ち倒し、今その席に座している。
「誰も姿を誰も見ていなかったからね。証明は前の第一席が死亡と称して引退したときに口にしたことのみ。むしろ誰にも今の第一席が強いと証明できない」
「もし今回のことで死ぬようなことがったら……」
「ないとは言えないさ。だからといって責任問題になるほどのことでもない。神域の騎士に支社が出るほど努力したと言い訳できる」
「オレウスお兄様はもう少し歯に衣着せぬ物言いを何とかしたほうがいいともいます」
オルガノンにとがめられても肩をすくめるだけだった。
「とりあえず巨竜が墜ちるのなら第五席は忙しくなる」
「武器や防具がたくさん作れますからね」
「森神もいい素材ではあったんだがね……」
「それは……」
「わかっているよ。風月凪沙と事を構えると国が分断される。遺体を掘り返すことも運ぶことも魔獣がいるせいで難しいこともわかっているさ」
それでも惜しかった、そういっているのはオルガノンにもわかっている。四獣に匹敵する強さの素材となればその武装は神域の騎士の武装を超える可能性がある。
ヴァーヴェルグに勝つためには正直欲しかった。
「ま、今話し合うべきことはこれくらいかな? レギオンたちに指示を出しておくんだ」
「いえ、もう一つだけ相談があります」
「なんだい?」
「どこに巨竜を墜としますか?」
「……」
オレウスは思わず窓の外を見る。その先には浮かぶ島といっても差し支えないような巨大な竜がいる。あれが落下すればまず大量の人が死ぬ。
「大河、しかないだろうね。それでも洪水が起きたり、氾濫したりは十分にあり得る。いつ落ちるともわからないんだ。今すぐに非難を呼び掛けたほうがいい」
「わかりました」
オレウスは踵を返して部屋を出ていこうとする。しかし、扉が開かない。ドアノブに歯魔方陣が
浮かび上がりそれが原因だと詳しく調べずとも理解できた。
「なるほどね、いくつになってもいたずら好きのおてんばさんなところは変わらないね、オルガノン」
「いつになっても放蕩癖が治りませんね、オレウス兄様。ここにある書類、かたずけtくださいますか? 半分ほどはオレウス兄様関連なのですけれど」
ガチャガチャ。
「オレウス兄様?」
「……」
ガッチャガッチャ。
コツコツと足音を立てて近づいてくるオルガノン。オレウスはとうとう剣気を纏い扉を破壊しにかかるが、それよりも早くオルガノンの腕が肩に触れた。
オルガノンが恐ろしかった。
それでもさび付いたねじを回すようにゆっくりと振り返る。オルガノンはそれはもう満面の笑みだった。
逆にオレウスの笑みは引きつっている。
「勘弁してくれない?」
「だめです」
「お願いだから逃げさせて」
「逃がしませんよ?」
最悪、現状を解決するために結婚までさせられかねないオレウスの明日はいかにっ。




