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異世界に飛ばされた俺は旅をした(*リメイクします)  作者: 糸月名
第三章 冒険と多忙と戦争と祭り
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第三章 3 〇やはり引き回される


ほとんど短距離走だった。それも森の中ですばしこいウサギを追い回しながら、それでも短距離の要領で走らなければ、今にも見失ってしまいそうだった。むしろすごいのはジャッカロープと呼ばれているウサギだ。体躯は決して小さいとは言えない。角を抜いても風月の日さほどの高さがある。さらに幅も広い鹿の角を生やしたまま、ギリギリの隙間を駆け抜けていく。


「はや、いなっ」


息が上がり、それでも追跡をやめない。

すでに風月はジャッカロープの追跡できる特徴をつかんではいた。角がギリギリを通るがゆえに、木は角と擦れて、通った痕跡がうっすらと見えるようになっていた。たとえ見失っても追跡できる痕跡を見つけられたにおかかわらず今も追い続けているのは、はるか昔の猟の方法を風月が知っているからに他ならない。

人間はほかの動物と比べて体を冷やすことにおいて高いアドヴァンテージを得ている。ゆえに、長時間の追跡によって相手を追い詰めて狩りをしていた。

風月がやっているのはそのままこれだ。違うことは、山でやることではないということだ。すでに二時間も走って追いまわしている。

普通ならすでに崩れ落ちているが、魔術を少しだけ覚えた風月は痛みを和らげ疲労をなるべく感じないようにしていた。

魔力の使い方は稚拙で、魔方陣を思い浮かべることもできない。だから無駄に魔力を浪費していた。このやり方を茜には徒労だと言われた。それでも、体を魔力に慣らすために必死に走り続けていた。

カカカッ。

ジャッカロープの角が気にぶつかって擦れる音が響く。その音を追うように樹木をくぐる。さらに足を木の根にとられたときには、意図的に前に飛び込んで転がって受け身を取ると同時にその勢いのまま走り出す。ウサギの後を追い続けること自体は簡単でも、その背後だけを追い続けると自然の地形に足を取られて逃げられてしまう。

山を走るトレイルランとも違う。走るのは獣道だ。そうして集中力と体力、さらにはそれらを補うための魔力まで消費している。今にも崩れ落ちそうだった。

斜面を駆け上がり、ある時は斜面を駆け降りた。渓流から浮いた石の上を渡り、とうとうジャッカロープを追い詰めた。

その時には息も絶え絶えで、汗がもう絞れないほど流れていた。


「やっと、追い詰めたぞ……」


息を整えながら、逃げ場をふさぐように立ち回る。

ジャッカロープが逃げ込んだのは岩場に囲まれた小さな滝が流れる場所だ。岩の隙間にはイワタバコにも似た植物が茂り、ほかにも見覚えのある植物が多数見られた。

水しぶきも、木陰も体から熱を奪う。


「絞める前に気絶させたいが、あの角が邪魔だな。罠で足止めをしているわけでもない」


腰のナイフに手をかける。身体が冷え切る前にあのウサギにとどめを刺さなくてはならない。激しい抵抗も予測できた風月は腰についたサブバックの中からロープを取り出す、それで自分の頭が入りそうなサイズの輪っかを作る。逃げられる前に角に引っ掛けるつもりだった。

ウサギのつぶらな瞳と目が合う。

姿勢を低くすると、ウサギも姿勢を低くした。角をこちらに向けて臨戦態勢をとっている。ウサギの狩りをしたことはないが、ここまで敵意を剥き出しなのはなかなかいない気がする。

気を抜けば風月が大けがをしかねない。目にでも刺されば、そのまま脳にまで達して死んでしまうことも考えられる。

優劣の差もなく命のやり取りがそこにあった。

最初にかけるのは縄。角に縄をかけて身動きを封じる。力で引き回せるようになれば勝率はぐんと上がる。それに対してジャッカロープは初手をよけてしまえば逃げることも反撃することもできてしまう。

場所的要因以上に、命を奪う行為に体が冷えた。距離は5メートルと少し。見た目以上に近く感じる。

合図なんてものはなく示し合わせたわけでもない。それでも同時に動き出した。風月は駆け寄りながら、予定通り縄を投げる。


「――っ!」


直後に気づいた。

読み負けた、と。

ジャッカロープはその角を振り上げて枝をひっかけて縄を迎撃した。絡みついてこの場での再流用を風月はあきらめた。今度は手を伸ばせば触れるところまで肉薄する。

腰のナイフを抜いて、逆手のナイフをクルリと反転させて、その刃でもってウサギの首を狙う。柄頭に左手を当てて、骨までたたき砕いて絶命させるつもりだった。

しかし、読み切られた。

ジャッカロープは風月の動きを見て、まっすぐに突っ込んできた。そして、そのまま風月の目の前で跳ねると腕を足場にさらには寝て、頭の上へと着地しまた跳ねた。


「へぶっ!?」


結果風月は顔面から地面に衝突した。急いで振り返ると、ジャッカロープは岩を上り、その姿を消してしまった。


「まだ逃がさん!」


ナイフをしまうとすぐイワタバコの茂る崖へと張り付いた。風月の頭よりも一メートルほど高い場所だったが、それでも20秒もあれば登れるほど、ごつごつとした突起が多く上りやすかった。逆に言えば20秒も逃げる時間があった。

登りきる前に逃げ去った後を見ると、そこには完全に痕跡すら残ってなかった。ここは木が茂っているが、少し進めば視界が開けていて角をこする場所もない。これでは追うのは不可能だった。それがわかると風月の手から力が抜けて崖から転がり落ちて、地面に大の字に広がる。


「だめだー」


罠や銃がなぜ偉大なのかを身をもって教えられる。

呼吸を整えてから起き上がると、当然のことながら見覚えのない場所だ。


「どこだここ。ううっ、寒いな」


汗と滝から出る水しぶき。それが体から容赦なく熱を奪っていく。


「とりあえず火でもおこすかな」


乾いた木は少ない。


「まずいな。早く火種を確保して干しておかないと。火が確保できなくなるな。あれ? 魔術あるからいらないのか?」


とりあえず川の水でのどを潤すにしてもしゃうつは必要だ。とはいっても水分が減って喉の奥が張り付いている状態では作業もできない。

手で水をすくってうがいでのどを湿らせると、生水を吐き捨てた。


「うん、生臭さも泥臭さもない。煮沸したかったけど鍋もないから、このくらい綺麗ならいけるかな」


手で再び水をすくい飲み下す。水分の減った体に冷たい水が染みわたる。肺の中の温い空気を吐き出すと、すがすがしい冷たい空気が入ってきた。

一息つけば次は体を温めるための火起こしだ。

河原でせっせと石を積み、簡易的なかまどを作る。風で火を消えないようにすることと、火を回りに飛び散らせないためだ。

しかし、そんな労力をすべて無にすることが起きた。

唐突に背中にかかる物理的な重圧。それも二つ。背中には鋭い痛みも走った。


「ヴォウ!」

「……魔獣か」


もう声を聴くだけで正体がわかるほど馴染みのある鳴き声だった。鋭い爪がおろしたての服に穴をあけている。鼻を首筋に突っ込むように香りを嗅がれるとチクチクして、背中がきゅっと縮むようなくすぐったさが走る。

挙句そのまま押し倒されて地面に突っ伏した。


「どうしたんだよ……」

「ヴヴヴヴヴ」

「…………?」


何を言っているのか理解不能だった。魔獣は人間の言語を理解しているようだったが、風月は魔獣の言葉や感情を理解することができない。


「なんかあったのか?」

「はぐっ」

「は?」


魔獣は風月の首根っこ部分にかみつくと、そのまま力任せにブンと振り回した。同時に風月の体が大きな円を描きながら宙を舞った。


「ぶへぁっ!?」


宙を舞った直後、干された布団のように魔獣の背中に引っかかる。妙な既視感があった。というよりほぼ数日前にあったことだ。


「待て、まって、待つんだ!」


肩越しにこちらを確認する魔獣と目が合う。コクコクとうなずいているが、風月は知っている。これはわかっていても強行するタイプのうなずき方だ。


「せめて乗り方を返させ――」


直後、普段生きていてかからないほどのGが襲いかかる。必死に死が見浮いて、魔獣の体毛をむしるんじゃないかと思うほど強く掴むが、それでもお構いなしに走る。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


もうなんか泣けてきた。

この体勢はそこらの絶叫マシンより恐ろしい。元の世界に行ってもたいていマシンは恐ろしくないはずだ。地面が近いし、体が固定されてないし、不安定な状態だしで、生命の危機をひしひしと感じる。


「ひは、ひはっ、ひははっ」

「それは息が上がってんのか笑ってんのかどっちだゴルァ!」


よくよく見ると、この魔獣は数日前に運んでくれたやつとは別個体のようだ。前野は耳がぴんと立っていて、耳の間から前を見たときに、進む方向の指標になっていた。

この魔獣は耳が後ろを向いている。しゃべるたびにそれがぴくぴくと動いてきっちりと声を聞き取っているようだ。


「聞こえているならちょっと速度落とせ。じゃないと俺が落ちる」


必死に体を何とか動かそうとするが、この魔獣魔数日前の個体より走り方が荒々しい。腹への衝撃もそうだが、それ以上に体の上下が激しい。左右にぶれやすく、それでいて以前より速い。いまだに全力を出していないことも感じられた。

ゆっくりと手を動かして、体を魔獣に沿うように移動する。

同時にとうとう森の中を出てしまった。向かっている先は恐らく魔の山だ。いやな予感しかない。木々をよけながら走って前の個体より速かったのだ。制約が悪なったら恐ろしいことになることは目に見えている。


「待って、本当に待って! 頼むからま――」

「ヴォウ!」


魔獣に躊躇いはない。うなずいてから一泊開けて姿勢が低くなる。服越し魔獣の背中の筋肉が膨らむのを感じた。いやな汗が噴き出た。

案の定わかっていない。

ギュンっ!

あまりの速度に目を開けることが完全に不可能になった。さらに風で口の中に風が入り頬をめくられそうになる。

それはそれで面白い感覚だったが、口の中が乾燥していくのはいただけない。口も閉じ、目も瞑り、風圧以外に何も感じない。それでも、記憶を頼りに、馬にまたがるようなつもりで、体勢を整える。だが、見えないことが災いした。大きく跳ねた魔獣によって体が大きく浮き上がる。

同時に襲い掛かる風は、風月を真後ろへと押していった。ダンプに引っ張られたような感覚によって、ガクン! 首に激しい衝撃を受けた。さらに、ものの数舜で体が浮いた。指だけの力ではもう体を保持できなかった。

謎の浮遊感、同時に静止したような知覚。腹の底をぐっと押し上げるような感覚。

すべてをただ享受することしかできなかった。抵抗すら許されない。

そして、なす術もなく地面に転がった。




風月はボロボロだった。肌を擦り切れ、首は痛み、鼻からは血が出ていた。何よりも金をかけてそろえた服がボロボロで使い物にならなくなっていた。


「どうすんだよこれ」

「くぅん」

「別に、気にすんなよ」


べろりと傷や血をなめとってくれる。


「じゅるり」

「っ!?」


口をつかんで少しだけ遠ざける。


「今、舌なめずりした?」


ぶんぶんと首を横に振るが、抑えている口からあふれ出ている涎は隠しきれなかった。眼もしっかりと見開いて捕食者の顔をしている。


「やめろよ」

「ヴヴヴヴヴ」

「そんな不満そうな声出すなよ。俺はお前のおやつじゃないんだぞ。それとしっかり乗るまで待て」


言葉はわかっても、少しせっかちすぎる。旅にも一匹便利かとも思ったが、正直食費も含めて得策じゃないと判断した。


「いてて、腰が痛い」


背中を伸ばし、筋を伸ばす。変な音はしないがおそらく打ち身になっている。あざもできている可能性もあった。


「お前はどこに連れていきたかったんだ?」


ふいっ、と鼻で指示した先には当然のごとく魔の山があった。そのあと続くように見たのは遠くに見える大きな雲。それには見覚えがあった。

巨竜。

すでに風景の中にある巨大な異物としてしか認識できないほどの巨大さだった。それが浮いた島にも見える。その下には濃い陰が差し、奇妙な風景画にも見えた。


「あれがどうかしたのか?」


魔獣はさすがに言葉を話せない。風月の袖を噛んで引っ張るのみだった。

それは新たなる騒乱を呼ぶ前兆であることを、風月はまだ知らない。


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