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異世界に飛ばされた俺は旅をした(*リメイクします)  作者: 糸月名
第二章 邪竜覚醒
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第二章 22 〇旅支度

東の地から王都へ。安全な道が開拓されたことを受けて数多の商人が押しかけていた。そんな中でもとあるうわさが立っていた。

クレイグルが攻めこんでくる。

それは事実だったが、危機感があるわけではない。

兵士が駆けずり回っていて、すでに対策に乗り出しているという理由もあるかもしれないが、それ以上に、とある女性がこの地に来ているというのが大きい。

誰かが来ている、という噂は耳にしても、それが誰なのか、風月の耳にまでは届いてこなかった。


「なんか、やけに活気があるな」


この前来たときはヴェイシャズの管理下にあることも関係して静けさが目立っていたが、それとは段違いに騒がしい。


「巨竜迎撃祭が近いので。それに、魔の山の開通ですぐに王都へ行けるようになりましたので、間に合わなかった商人たちがこぞって集まっています」


ドラクルの騎士団長が説明してくれる。

それでも風月には巨竜迎撃祭がどんなものかさっぱりわからない。


「ちょいちょい聞いてたけど、巨竜迎撃祭ってなんなの?」

「南西から北東へクラリシアを巨竜が横断するのです。各国の領地がこぞって迎撃に乗り出します」

「なんで迎撃するんだ?」

「メリットがあるのですよ。巨竜の体から剥がれ落ちた鱗や甲殻は高値で売買されるのです。巨竜のほうもそれを体から剥がすためにこのルートを通っているのですよ。国家収益が跳ね上がりますから、多くの者たちがこぞって参加するのです」


五年に一度の祭り。


「それなら神域の騎士は全員参加すればいいじゃん」

「そういうわけにはいかないのです。過去に一度、本当に迎撃してしまい、二度ほどこの国の上を避けたことがありまして、それ以来、参加人数は制限しているのですよ」


何事もやりすぎはよくない。それよりもアルトみたいなやつら十人が参加して文字通りの迎撃のみ。巨竜も攻撃してこないあたり温厚な性格をしているようだが、それでも規格外の強さを誇っているとみていい。

仲間に引き込めないかを少し期待するが、言葉が通じる保証がない。何より、一年かけて戦力を集めるという計画を崩すわけにはいかなかった。

森神曰く、運命はヴァーヴェルグのほうが強いらしい。


「こちらでマントと服を見繕ってください」


町を歩き、連れてこられたのが呉服屋。マントは別段必要というわけでもないが、熱い場所や寒い場所では必須となる。東の地には必要にらしいが、備品として持っておきたいものだ。


「どのようなものをお探しでしょうか?」

「頑丈なのを」

「えっと、色などはどうなさいますか?」

「なんでもいいからとりあえず生地を見せてくれ」


店員の顔が引きつった。正直ないだろうなとは思っていた。店構えや品ぞろえからして明らかに富裕層向けの衣装が多く、長距離の移動や激しい運動に耐えられるようには見えなかった。おそらく、枝に引っ掛けるまでもなく、風月の力で引き裂くことができてしまう。


「これこれ、困らせるでない。お前さんの求めるものはそこにはないからの」


真後ろから声をかけられて思わず振り向くと、髪の長い女性がいた。

それも、大和撫子といわれて連想するような女性が。黒い髪と同色の着物には赤いラインが駆け巡り模様を作っている。しっかりとした着こなしは、この西洋っぽい街にはあまりにも不釣り合いだった。そして、頭からは人間のものではない、狐の耳がぴょこりと生えていた。

左手には扇子を、右手には煙管をもって優雅にたたずんでいた。


「お前さんが風月凪沙じゃな?」

「…………」


動く耳に興味が奪われる。街中ではちょいちょい目にしていたが、目の前にふわふわの耳があると思わず触りたくなる。さすがに初対面でそれをするわけにはいかなかったので、何とか自制する風月。


「わしの耳に何かついておるか?」

「…………」


苦い顔をした騎士団長がわき腹をつつき、それで我に返る風月。


「え、ごめん。なんだって?」

「噂通りの変な奴じゃのう、お前さんは。わしの耳が気になるのか? いまだにそういう風潮が残るのは理解できるがのう、そう邪険にするでない」

「耳触ってみていい?」


気になりすぎてだめだった。


「み、みみ? 耳か?」

「触ったら気持ちよさそうなくらいふわふわでちょっと気になる」


ペタリと耳をたたむと扇子で口から下を覆い隠す大和撫子。ジト目で睨まれているが、狐というより猫をほうふつとさせる。


「まあ、なるほど。アルトの話の数倍は変人じゃな」


パタン、と扇子を閉じた後、それで風月の頬を叩く。


「あんまりじろじろ見る出ない。恥ずかしい。お前さんはリナと同類じゃな」

「え?」


どういう意味か分からないが、それはそれで心外だった。風月にとってのリナの印象は純粋すぎて、いろいろと危うい感じだ。それと同類になると風月は相当変人の部類に入ってしまう。


「確認を取るだけリナよりましか」


その時だった。風月は騎士団長に頭を強引に押さえつけられた。


「申し訳ありません!」

「別に気にする出ない」

「え、なに? なに!?」


何やら状況を呑み込めなかった風月。


「わしの名前は禍月茜キュウビじゃ」


名前も日本人らしかった。しかし、気になったのはそこではない。苗字と名前。そして、もう一つ余計なものが引っ付いていた。アルトのベイルサード、リナのそるクワトロ。そしてキュウビ。ここまでくればさすがの風月でも理解できる。神域の騎士の名前には数字を現す文字が入っている。

思わず顔を上げると、茜と目が合う。ガントレットもマントもつけていないから気づかなかった。


「お前さんの案内はわしがしよう。そちらの騎士さん、ご苦労じゃった」

「はっ」


騎士団長が去っていくのを見届けてから、茜は風月を見る。


「てっきり同郷かと思ったのじゃが、違ったようじゃの」

「名前と服装見たときは俺もそう思ったよ」

「同郷の者はわしの姿を見ると嫌悪感丸出しじゃからのう。そんな風に耳を触るなどと言い出したら、さすがに気付くわ。ほれ、行くぞ」


茜の先導に風月は素直についていく。


「ところで、わしが神域の騎士として何を担っているか知っておるか?」

「いや全く。知ってるのは一から四までかな」


『強さ』『速度』『技術』『力』の四つだ。一席以外は基本的に横ばいの強さらしいが、ミラタリオなどの話を聞く限り、その中でもあるとは抜きんでているらしい。


「長い歴史の中で役職が変わり続けている席がある。その最たる例がわしの九席じゃ。昔は軍備を司っていたらしいが、貴族が増えそれぞれが軍備を拡張していく中で、『商業』を司る者へ変化したのじゃな。わしがここに来たのは商人たちを守るためじゃ。不用意な戦闘で商人が減ることを防ぐのが目的じゃ」


それで商人たちの緩い雰囲気を理解した。神域の騎士に守られるというのなら、この緩さも理解できる。


「というのはまあ表向きの名目での、お前さんの顔を見に来たんじゃ」

「俺の?」

「良くも悪くもお前さんが事の中心にいることは周知の事実じゃ。お前さんの動きには金銭がかかわることも多いからのう。動きから稼ぎどころをしっかりと見据えんと意見からのう」


魔の山の開拓でかなりの金銭が動いたのは知っている。その結果莫大な利益が出たことも。

森神が死んだ今、今後どうなるかはわからないが、少なくともまた金が絡む。


「あんがいガメツイのな」

「当り前じゃ。金を稼ぐことは悪いことじゃないからの。九席に求められるのは強さではない。承認を統べるのじゃから、金をしっかり稼ぐことができることも条件じゃ。ゆえに最も変わらない神域の騎士ぞ」


九席の変更はそのほとんどが年を取って能力が下がったことで、別の者に決闘を挑まれて変わる。これによって死亡として扱われているが、本当に死亡した者はここ数百年出ていない。


「ほれ、ついたぞ」


案内されたのは旅道具や。商人でではなく、旅商人を護衛するための傭兵たちが使う道具屋だ。小さなナイフからバックパックまで。基本的に旅に必要なものはすべて準備されていた。

しかしながら問題は別にあった。


「メタルマッチはないか」


アルミの精錬すら町では見られなかった。アルミの精錬自体は可能かもしれないが、それでも一般に普及するほどではない。マグネシウムはそのアルミのはるか後に精錬された。今の時代にあるはずがなかった。

むろんそれ以外にも火を起こす方法はある。


「鉄鉱石とかないか?」

「そんなもの何に使うんじゃ?」

「火起こし」


すると茜は怪訝な顔をする。


「魔術でも使えばよかろ?」

「また魔術か。俺使えないんだよな」

「押し、本当にどこから来たんじゃ」


呆れとも驚きともとれる声で言われた。

どこから来たかなんて言われてもこことは違うどこかとしか言いようがない。


「魔術ってそもそも何なの?」


風月の質問に茜は眉を八の字にして困り顔で首をかしげる。


「おぬし、それは学問が何なのかを問うているのと変わらんぞ」

「学問?」

「魔術とは学問じゃ。数学と同じじゃな。その辺の説明もしてやろう。ほれ、必要なものを見繕え」


つまり数学は何と聞かれて困っていたらしい。確かに風月もそんな質問をされてしまうと何も答えられない。

とりあえずせかしてくる茜に従って衣服から選び始める。さきほどの生地とはうって変わってデニムのような感情なものが並ぶ。引っ張ってみても到底千切れそうにない。


「うん。服はこれでいいかな。あとは……、靴か」


校則破りのスニーカーだったが、舗装されていない悪路を二カ月も履けばソールがだめになる。昔も靴はよく履きつぶした。


「店主さん、靴はどこにある?」

「こっちだ」


エルフの店主が意外と広い店の中を案内してくれる。そこにあったのは基本はブーツだった。それも動物革ではなく、鱗の革だ。鰐皮にも似ているがおそらくは駆竜のものだ。王都付近では駆竜がとても重宝されている。


「手入れの仕方は?」

「必要ない。だが、鱗が半分ほど禿げたら変え時だな。大体二年くらいだな。紐は鱗に擦れてもっと早くだめになる」


実際に触ってみると非常に硬い。履いているうちに柔らかくなるだろうが、しばらくは履きなれないかもしれない。


「サイズは……大丈夫か。履いてみてもいいか?」


無言でうなずく店主を見てから、実際に足を通してみる。靴底は意外にも柔軟性があった。しかし、固い。歩くのには不便だが、非常に頑丈だ。


「これでいい」


そうしてバックパック、ロープ、装備、簡易テントなどを注文した。あとで夏の館に届けてくれるらしい。


「ほかに欲しいものがあれば、注文票を書いてくれ」


残念ながらこの世界の文字が書けない風月にとっては無用の長物である。あと必要なものは食料だ。それはまた別で、しかも旅の直前に調達することになる。


「さて、必須なものはとりあえず集めたかな。それで、何だっけ? 耳触らしてくれるんだっけ?」

「おぬし、意外と抜け目ないの。魔術じゃ魔術」

「チッ」


あのピコピコ動くモフモフが気になって仕方がない。


「ほれ、このわしがメシをおごってやる。腰を落ち着けるところで話すぞ」


食べたばかりで腹は減っていなかった。だから何も手を付けるつもりはなかった。しかし、そんなことが、店構えを見たら吹き飛んだ。


「わしの店じゃ。支店じゃが、本店にも負けずとも劣らんぞ。ほれ、上がっていけ」


和風の家。それも巨大だった。西洋の街の中に存在していても違和感がなかった。

玄関を通されると、イグサの香りが鼻につく。日本人としてはどこか懐かしさを感じる。尤も、畳に振れたことはそう何度もあったわけではないが、それでもこの文化に触れるといやおうなしに日本を思い出す。

玄関を上がり、木の廊下を踏む。すると、興味深そうに茜が風月を見た。


「どうかした?」

「いやな。やはり同郷じゃないことが不思議じゃ。家は土足で上がるものじゃ」


そもそも、入り口から上がった場所に床があるというのがあまりにも馴染んでいて、違和感を覚えなかった。


「まあ良い。使用人ども、食事を用意せい」


パンパンと手を叩くと、光の玉がいくつも生まれて、散っていく。


「おおお……」


夜中に見る蛍のようだった。


「これも魔術じゃ。ほれこっちこい」


通されたのは居間。手に持っていた煙管にようやく火を入れて、そのまま畳に腰を下ろす。壁に背を預けて、煙管の香りを楽しみ始めた。


「さて、何から話そうか。お前さんはどの程度の認識がある?」

「いや全く。皆無といっていい。魔術の魔の字も知らない。仮に魔術のない世界があったとして、そこから来たと思ってくれていいぐらい」

「おかしな奴じゃ。まあ、それなら頭から話してやろう。魔術とは空間や物質に干渉する力の事じゃ。それは魔法も同じじゃな」


想像とは全く違う言葉が出てきた。風月には全くイメージができない。


「例えばじゃな、そこの庭にある石を見ろ」


煙管で指し示したのは石庭。趣などは風月には理解できないが、それでも妙に心が落ち着く気がした。

石庭の中でおり分け大きな石、それも風月の腰くらいまでありそうな大きさだ。それを目に入れ観察していると変化が起きた。


「苔が……」


石が苔むす過程を録画して早送りしたらきっとこんな感じだ。


「今のが魔術じゃ。苔に生命力として魔力を流し込み成長を促しただけじゃが、なかなか面白いであろう?」

「なんか、かわいい」

「かわいい? これ結構すごいことしておるのだぞ!? それを『この程度が?』見たいな反応をするでない!」


そんなことを言われても風月は森神の木を生やし、森を一人で作り出せそうな魔術を見てしまっている。それと比べると苔むす石などかわいい意外に使う言葉が見つからなかった。


「まったく。おぬしも魔術の勉強をすればわかるようになる」

「なんか呼び方が雑に……」

「当り前じゃ。『お前さん』などと親しみを込めた呼び方なんぞする価値ないわ!」


茜は結構ご立腹だった。


「あの石にむした苔。万物にはどのような形であれ、とどまろうとする力がある。それを存在固定値と呼ぶのじゃ」

「……?」

「苔は普通、あんな速度で成長はせんじゃろ? 大気中の魔術を吸い込んでもあのままでいるのは存在固定値があるからじゃ」

「存在固定値っていうのがいまいちイメージできないんだけど」

「摩擦じゃな。おぬしは畳の上を滑らんじゃろ? 外から力がかからなければどうあがいても滑りはせんように、あの苔も外から力を与えてやらねば成長は微々たるものじゃ」


そういわれてしっくりときた風月。物理の教科書で摩擦係数を計算する項があった。そこでは摩擦係数がある床にはしごを立てかけた時に、人が乗っても大丈夫かどうかを計算していた。その計算が何の役に立つかといわれると全く役には立たない。しかし、摩擦はスペースシャトルや人工衛星の打ち上げにも必須な計算だ。

魔術を学問と言った理由がよく分かった。


「存在固定値は空気を基準に考えるとかいろいろあるんじゃが、その辺りは置いておくぞ。単純に触っていると魔力消費が少なくて済むと覚えておくのじゃ。さて、続いては魔法について話すぞ」

「魔術と魔法って違うものなのか?」

「別物じゃ。そこの苔を見ておれ」


目をやると今度は苔が音も光もなく灰になった。生き生きとしている部分と灰できれいに分かれていた。


「今のが魔法じゃ。見てもわかりずらいと思うが、まあ灰にしたのじゃ。同じ結果を得るためにはどうすればいいと思う?」

「燃やす?」

「まあそういうことじゃ。結果のみを出すものを魔法というのじゃ。厳密には違うが、そう大差ない。物体固定値は通す魔力が増えるとその分通しにくくなるのじゃ」

「それも摩擦と一緒か。どちらかというと空気抵抗か?」

「それを魔力抵抗という」

「ああ、言葉もあるのね」

「当り前じゃ。魔術は学問と言ったはずじゃぞ? 同じイメージを持てるように共通化するに決まっておるだろう。数字の話をしてないだけありがたいと思うのじゃ」


だんだんと頭が痛くなってきた。勉強は苦手ではないが、嫌いだ。


「魔術で火をつけたほうが早いのじゃ。それに魔力抵抗や物体固定値を考えても火をつけるほうが格段に魔力の消費が少ないのじゃ。感覚だけでも覚えておくがよい」

「うーん。それで実際に魔術ってどうやって使うの?」

「体内の魔力を使うのじゃ。むろん、それもなれじゃ。まずはわしのように精霊を使うのが良いぞ」

「精霊もよくわからないんだけど」

「簡単じゃ魔術で呼んで、働かせるだけじゃ。魔方陣がうまく作れないときは効率は悪くとも確実に使えるのじゃ。まずは魔力をためてみるのじゃ」


茜の煙管の先から紫色の光があふれ出す。

それを見ても風月は全くできる気がしない。そもそも魔力のイメージができない。意識を集中しても魔力が出てくる気がしない。


「へたくそじゃの」

「やったことないからな」


少しむすっとしたがそれでもあきらめない。


「ふむ、本当に魔術に振れたことがないのじゃな。たいていは物心つく前に魔術に触れて、感覚で理解できるものじゃが、少し強引にやるしかないの」


ぽすん、風月の額に閉じた扇子を突き付ける茜。


「今から魔術を流し込む。報告書によればおぬし、剣気を流し込まれたことがあったらしいの? あんなものじゃ」

「は?」


雷に撃たれたような衝撃が背骨と神経の髄を貫いた。全身が弓なりに間借り、全身の関節が本来とは反対の方向に曲がろうとする力が走る。


「いでででででっ!?」

「痛いで済むあたりがなんともまあ不思議じゃな」


扇子を額から離されると、脱力して畳に這いつくばる。体の節々が筋肉痛を訴えて、けだるさに襲われた。


「強引に『門』を開いた。慣れるまでは時間がかかるが、魔術が扱えるようにはなるはずじゃ。ほれ、まずは手のひらに溜めてみろ」


生まれたての小鹿のようにプルプル震えながら必死に体を起こす。全身から、いやな汗が噴き出て、肩で息をするほど疲弊していた。

指を延ばすことも辛いほどの気怠さを押して必死に手のひらに集中する。

それでも何も起きなかった。しかし、茜には違う世界が見えていた。


「おお、できておるぞ。わずかだがな。色を付けたり火を生み出したりというのは基本イメージじゃ。やりやすい方法でやるがよい。じゃが、最初からやれというのは酷じゃな。使うがよい」


煙管に灯った紫色の光を吸い込むと、今度は同じ色に輝く煙を風月の顔めがけて吐き出した。思わずせき込むかと思ったが、そんな感じは一切ない。配布の奥まで思わず吸い込んでしまったのに、何かを吸い込んだという感覚がなかった。

代わりに、目の前に円形を基準とした幾何学模様が現れる。


「火を起こすのならそんな簡単なものでよい。紙に書いたものでも持っておけば火でも起こせるぞ。尤も、こんな程度のものでは火の粉しか起こせんがの」


その幾何学模様に触れる。

ぶわっ。

焚火の中で竹が破裂したように大量の火の粉が舞い上がった。


「あづづ!?」


その数はあまりにも多く、勢いもかわいいものではニア。舞い上がったいくつかが肌に触れてはジュッ、と音を立てて消えていく。それは一瞬で収まり、熱の反応すら気づいた時には消えていた。


「……え?」


なにが熱かったのかも定かではない。


「魔方陣はイメージを簡略化したものじゃ。本来は左右非対称で立体的に組むものじゃが、平面に無理やり落とし込むとこんなものじゃ。あとは仕えるように勉強じゃな」

「……俺のイメージだと詠唱と掠る者なんだけ度、そういうのはないのか?」

「あるぞ。戦闘中には余裕がないのでな。言葉とイメージを綿密にすり合わせて時間をかけて覚えるものじゃ。魔方陣を思い描けるようになったほうが楽じゃぞ?」

「……つまり?」


説明を聞いても全くイメージができない風月。


「簡単じゃ。勉強と訓練あるのみじゃ」


思いっきりため息が出た。

この異世界に来てまで勉強が必要とは思わなかった。メタルマッチや野宿に必要な道具がそろわない以上、必死に勉強するしかない。

同時に気づきもあった。

おそらくこの世界の生活は何百年も変わっていないということだ。おそらく魔術の発展によって生活が変化している。だからこそ、揺れがない馬車にサスペンションはなかった。つまり、材料工学が発展しない可能性がある。

道具がなくても火が起こせるのならメタルマッチなど開発する意味がない。かったるいと思ってもやるしかないのだ。

その魔力というものも感じ取れないし、それを火の形にするというのもいまいちイメージがわかない。


「うむむ、最初は魔方陣を持ち歩くのが便利かなぁ」

「まあ、それが良いじゃろ」


茜はスンスンと鼻を鳴らす。


「できたようじゃの」


においがしたらしい。だが、風月にはその香りを感じ取ることができなかった。

ぱんぱん、この家に入った時と同じように手を鳴らすとポンと背の低い机が現れた。


「これは、今時どの家庭でもなかなか見なくなったちゃぶ台……」


懐かしさを通り越してもはや新しさすら感じた。

そして、ひとりでに運ばれてくる料理。が、しかし。


「えっと、これ」

「メシじゃが?」


風月が言いたいのはそういうことではない。

ちゃぶ台の上には盆の上にはこんがりと焼き色のついた、ここまでくるとその香ばしさまで感じられるパン。そしていまだにボコボコと音を立てているシチュー。肉がごろごろと入っていて、ぜいたくな逸品だ。そして丸焼きにされた鳥。内臓は処理してあり、首のところには中に詰められた野菜が見え隠れしていた。カリカリに焼けた皮にはスパイスが塗り込んであるのか、言い得ぬほど不思議な香りで食べたばかりの胃を刺激してくる。それと付け合わせの野菜だった。

明らかに夏の館で食べたものとは材料が異なる。『商業』を守護し、担うだけあってどこからか調達するルートを確保しているのかもしれない。

しかし、だ。

風月が言いたいのはそんなことではない。

畳にちゃぶ台。家の構えから期待していたものは和の料理。味を少し控え出汁が利いた料理たちだ。にもかかわらず目の前に並んでいるのは洋風。


「な、なんでだあああっ!?」


期待していただけに、予想と外れたダメージは思いのほか大きかった。完全に崩れ落ち、地面に手をつく風月。


「む? やはりおぬしも気づくか。これはわしの故郷の料理ではないからの」

「うん、だろうね」


味噌汁がなんだかんだ懐かしくなる風月。なんなら茶漬けでもよかった。


「すまんが、わしの故郷は西の領地の外れにある。食いたければそこへ行くがよい」

「うん、絶対に行く」


風月は西に行った時には絶対に食を堪能すると固く心に誓った。

それでも、やはり食べ物は食べたくなるわけで。朝にかなりの量を食べたにもかかわらず、あれだけおいしそうな匂いを嗅いでしまうとどうしても食べたくなる。量は控えめにするが、そうしてでも欲しくなるほどだ。


「いただきます」

「……」

「どうかした?」

「いやな、おぬし。正座にも理解があるのじゃな。畳で楽にしろと言うと横になる輩もおるくらいでの。こうして正座できる男に会うとなかなかに嬉しいの」

「あ、そうなの?」


アフリカやらいろんな場所に行った時には、地べたに胡坐とかが普通だった。尻をつけて座ることがそんなに意外と思われていることが、また驚きだった。

しかしそんなことより飯である。

据え膳食わぬはというが、この場合は文字通りの膳である。

パンも微妙に違う。

持っただけでわかる。表面がパリッパリになっていて、中も幾層に重なりサクサクになっている。形が丸いクロワッサンのようだ。その層がシチューを吸い込み、噛むとそれがあふれ出す。シチューの味も格別だった。肉の味が染み出しているが、これは豚だ。塩漬けされていたと思われるが、塩抜きをしっかりとして噛むと塩味よりうまみが染み出してくる。

野菜の甘みも強く、のどの奥を焼くような熱も呑み下す。その熱が自分の糧になっていることを明確に感じる。ほうと漏れる吐息が多幸感をもたらしてくれる。冬にこそこれを味わいたくなる。


「おぬし、言い食べっぷりじゃな」

「熱いものは熱いうちに食べるのが流儀」

「シチューはどうじゃ? この辺りではなかなかに食べられてはおらんが、北では必須の食料じゃ。鹿より立派な角を持つ生き物の乳を使っておったがここでは牛じゃな」

「ほーん。地域によって同じ料理でも差があるんだな。俺にとってはこっちのほうが食べなれた味かも」


そういわれて思いつくのはヘラジカやトナカイだ。

アラスカに行く途中で見たあれはさすがにこの世の生き物とは思えなかった。トラックと衝突して運転手が死亡するほどの怪物だ。初めて遭遇したときは体が凍り付いて動けなかった。

風月のイメージでは料理はその土地によってがらりと変わる。日本の土地の中でも北海道では石狩鍋、秋田ではきりたんぽなど、食文化から違っている院祖があった。そう考えているとラーメンを思い出す。瞬く間に日本風に改造され、出汁やベースなどに様々な味が出現した。あれがもしかしたら同じ料理でも土地によって味が異なる料理なのかもしれない。

そんなことを考察しつつも料理を食べる手は進む。


「一番気になってたんだよな、この鳥」

明松(かがり)(どり)じゃな。どの家庭でも比較的よく食べられておるが、祝い事の印象が強いの」

「かがりって魚とる明かりの事?」

「いいや、たいまつや行灯の意味じゃな。夜に光っておるからの」

「どうやって光ってるんだろ?」


正直、一気に食べる気が薄れた。皮をつついてみる。


「魔術じゃな。別に火がついておるわけではないの。気にせず食べるがよい」


そういうことではない。むしろ謎の物質で発光しているほうを気にしていた。そんな心配がなくなり、心置きなくナイフとフォークで解体していく。骨をつかみ皮に齧りつく。

ばりっ。いい音が鳴る。

さらにジワリと広がるうまみと辛味。

意外と弾力がある肉をかみちぎり、咀嚼すると一気に汗が噴き出た。


「辛いっ」


痛みに消化する直前の辛さ。それでも満腹感を薄れさせるには十分だった。表面のスパイスが辛くて、中の肉は肉汁たっぷりだ。それで辛さがまぎれるが、むしろその皮がうまい。中毒性があるかと思うくらい、あのバリっと破れるような歯ごたえがたまらない。

唐揚げは鳥皮が好きな風月にはたまらない逸品だ。

骨の端に張り付くように残る軟骨を剥がし、ゴリゴリとかみ砕く。煮詰めたら柔らかくなりそうだが、この皮を想うとどうしても煮るということが冒涜的にすら思えた。

次は鳥の中に入っていた野菜だ。湯がかれた野菜というのは相変わらずだが、がっつり肉汁を吸っていた。ほうれん草のような野菜がみっちり詰め込まれている。しかし、味はほとんどしない。完全に肉汁を吸うためだけに詰められたもので、触感もしんなりしすぎていて、これをそのまま食することはあまり肯定的にとらえたくはなかった。肉汁を吸っているからこそギリギリ許せるラインだ。


「どうした? 浮かない顔じゃな」

「おいしいけど、中の野菜が……」

「子供みたいな舌じゃの。みんな中だけ残すのじゃ」

「正直おいしくない。中に詰める野菜、もっといいのあっただろこれ。おいしいのにここだけで台無しだよ」

「栄養価はすごいぞ。病人には(ぜん)(そう)を食わせろというくらいじゃ」

「良薬は口に苦し、かぁ」


苦しというか、おいしくない。

それでもここまで火を通したら、さすがに栄養が流れ出ていそうだな、と風月は考察する。それでも残すには忍びなくてもっしゃもっしゃと仙草を食べる。


「あー。最近食べてばっかりかもしれない。これは太るかなぁ」

「おぬしみたいな子供は食べてなんぼじゃろ」

「子供?」

「ものを知らず、出てくる飯をおいしそうに食べる。まるで子供じゃ」

「そんな幼いつもりはないんだけど」


もとより、義務教育とは大人になるまでの準備期間の意味合いが強い。学ぶことが多くなり、その期間が延びに延びた世界で働ける年齢になった風月はいつまでも子供でいるつもりなど微塵もなかった。


「何を言っておる。出てくる食事を警戒もせず食べておる時点でかわいいもんじゃ。もっと自分の価値を理解せい」

「うっ……」


東の商路開拓し、ヴァーヴェルグと一年間の期間の後に死闘が決定している。そのうえ王命による処刑を免れている。その価値を客観的に考えるとぐうの音も出なかった。


「ごちそうさまでした」


それからきっちりと食事を終えた風月に茜が声をかける。


「そうだおぬし。いつ麒麟の所へ出発する予定なのじゃ?」

「準備でき次第かな。迎撃祭は見たい気もするけど、この国がどのくらい広いのかわからないからいつまで余裕でいていいのかわからないから」

「その腕でか?」


風月は自分の腕を見る。いつの間にやら折れていた腕は引っ付いている。当て木はされているが、肘は十分に曲がるほどに回復していた。


「魔術で治癒が施してあるようじゃが、完治しておらん。無茶をすればまたぽっきりと行くぞ。それに、一年という時間は意外と余裕があるのじゃ」


優雅に煙管を楽しみ、紫煙を吐き出す茜。


「この国は広いといえど、徒歩でも一年かからん。ゆえにそう急くでない。四獣との交渉はおぬしでなければならんのじゃ」

「……どういうこと? 騎士団長からは止められたけど」

「おぬしの運命はヴァーヴェルグとの契約によりより強くなっておる。運命を見る力がある四獣にはおぬしが出向くのが一番じゃ」


森神も運命がどうのこうの言っていた気がする。


「というわけで、キリンのもとへ向かうのは迎撃祭後でどうじゃ?」

「……」


風月は迷った。圧倒的にこの世界のじょうほうが足りていないからこそ、判断材料がなさ過ぎて決定できなかった。

警戒しろと言われた手前、今の情報を吟味したいとおもった 。それにはあまりにも時間が足りない。


「迎撃祭っていつから?」

「もう数日中には始まるのじゃ。数日ほどの時間差はあるが、例年通りならもうじきじゃ」

「その前に行きたいところがある」

「ほう、おぬしは魔法やら覚えることがたくさんあるのに、それを押してでも行きたいと申すのか?」

「うん」


返事にためらいがない風月を見て茜はあきれた顔をする。


「どこに行きたいんじゃ?」


風月にとって本当に旅が幕を開けた場所。おそらくはこの旅で最大の宿敵となるヴァーヴェルグが目覚めた場所。


「魔の山に」



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