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異世界に飛ばされた俺は旅をした(*リメイクします)  作者: 糸月名
第二章 邪竜覚醒
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第二章 21 〇ドラクル領の食事


眠れない夜を超えて、さらには朝が来た。それでも体は痛みを訴えて思うように動けない。その日も寝て過ごす。さらに次の日、ようやく体を起こせるようになった・

風月は朝起きてから気づいた。この数日の流れで、服がボロボロになっていた。背中には大きな穴が開いていた。人さす指を通してみるとものの見事に貫通していた。


「あらら……」


学ランの布地はそこまで貧弱ではないと思っていたのに裏切られた気分だった。享年一年と2カ月の短い命。三年は相棒だと思っていた。


「どっかで直せないかな。いや、旅をするなら新しく機能性の高いものを作ったほうがいいか?」


この国を見捨てるつもりはさらさらない。今から行くのは味方を集めるため。ヴァーヴェルグを打倒するための戦力を確保するための旅だ。四獣を巡りながら戦力を確保する。ヴェイシャズの話によれば東の麒麟と北の銀狼は比較的友好的らしい。仲間に引き入れやすいならそれに越したことはない。

まずはこれから向かう麒麟の所の環境情報と、そこに至るまでに必要な装備をそろえないといけない。金はアルトが持っているらしい。ATMなんて便利なものがあるとは思えない。稼ぎも見つけて一年でクラリシアの領地を回るプランも立てないとならない。


「やることてんこ盛りだな」


それが面倒くさいだなんて思わない。むしろこの忙しさがうれしかった。繰り返す毎日に押しつぶされそうになって、息苦しくて、それでも日常の中で身を潜めないといけなかったあっちの世界よりもよっぽど生きている感じがする。

まず朝やるべきことは顔を洗って、シャワーを浴びること。首の周りや、腋が汗でべたつく。これを流してさっぱりしたい。服も新しいものに変えて……。とそこまで計画したところで、随分染まったなと思う。旅の途中でそんな風に休息が取れるわけがない。息苦しい日常の中にもそれなりに楽しみを見出していたことを思い出す。

向こうの世界ではいきなり風月は消えたことになる。誰にどんな迷惑をかけるかなんて考えなかった。いつか、向こうに行くことがあったなら、謝らないといけない相手がいる。少し気が重かったが、それもまた旅だと思いなおす。


コン、コン、コン。

ノックする音。ここでは客人という扱いだった。


「どうぞ」

「失礼します」


入ってきたの男には少しだけ見覚えがあった。直接会話を交わしたことはないが、確かに知った顔だ。


「えっと、確か。騎士団長?」


それも王都のではなくドラクル領のだ。城が吹き飛んだ時に重傷を負っていたはずだが、今ではぴんぴんしていた。


「覚えていただいて光栄です」


想像以上に渋い声だ。酒でやけた声だとすぐに理解できる。灰色と黒の入り混じった髪をすべてかきあげて、固めていた。


「領主代理から案内をしろと仰せつかっています。なんでも四獣を巡る旅をするとか」

「……それ、まだだれにも言ってないんだけど。いや、それをにおわせた奴はいたけど、ここにはいねぇよ」

「それぞれ情報を得るすべはあるのです。特にドラクル領にはヴェイシャズとつながっているミラタリオ殿がいますから」


それで納得した。というよりもヴェイシャズの口の軽さに呆れた。この場合はミラタリオのほうが口が軽いのかもしれない。


「金子の心配はしなくてもいいです。返せないほどの恩がありますので。装備をここで整えていってほしいと、領主代理からです」

「……どこまで聞いてるかわからないけど、期限が一年しかない。その間に領地を回って戦力をかき集めようと思ってる」

「神域の騎士では足りないのですか?」

「足りない。アルトもリナも敗北した。勝てないってさ」

「そのために四獣ですか」

「まず麒麟に行く。そのためのルートや必要な備品が知りたい」


騎士団長は目を細める。明らかに風月の言葉に反論がある様子だ。それを聞く前に否定するようなことはしない。何よりも情報が足りていないのだから。


「それは風月様が行かなくてはなりませんか?」

「……?」


言っている言葉が理解できない。

ここまで来て旅に出ないなんて、何をしにここまで来たのかという話だ。ヴァーヴェルグと契約を結び、命を懸けて処刑を回避してここまで来た。それはすべて旅をするため。

この足で見たこともない世界を歩くため。

あの男が見せてくれた旅を超えるため。

そのためだけにここに来た。世界を超えてここまで来たのだと思っている。


「一年で領地の端から端まで旅をして、四獣と交渉する。生中な旅ではありません。それに、人間にかぜあたりの強い種族はごまんといます。生きるか死ぬかもわからない旅をたった一人で行くなど、考えられることではありません」

「……いわれてみればそうかも」


ぐうの音も出ない正論だった。だからと言って旅をやめるわけじゃない。結局四獣なんてものは旅の言い訳で、この足で旅をしたい。ただそれだけだった。


「なら俺は一人で勝手に回るよ」

「ここで楽に暮らそうとは思わないのですか? 風月様は王都にもドラクル領にも多大な恩恵をもたらしました。一代遊んで暮らせるくらいの事を成したのですよ」

「興味ないかな。旅がしたいんだ。あんななんで生きているのかも見えてこない日常にいるのは耐えられない」

「そうでございますか。なら、風月様が回ったほうが良いでしょう」

「ん? 言ってること違くない?」

「いえいえ、私には二つの思惑があったということです。一つは領主からの命令。風月様のしたいようにさせろと。二つ目は王都からの命令。風月様に四獣の協力を取り付けるように誘導しろと。あくまでも私の所属はドラクル領ですので、ミクハ様からの命令を優先しました」


風月にはオルガのこともよくわからなかった。殺そうとしたり、それが撤回されたり。いまいち事件の全貌が見えてこない。


「なんでオルガはそんな命令を?」

「さあ? そのほうが都合がいいと」


四獣や森神はヴァーヴェルグに生み出された存在だ。森神はこういっていた。血縛の契りは運命を一部共有すると。ヴァーヴェルグという規格外の化け物と契約したこの体は、四獣からしたら一目で見分けがつくのかもしれない。

オルガは恐らくそう判断した。

結局これ以上話すこともない。それならと、ある提案をする。


「あ、そうだ。風呂入りたいんだけど」

「それは後にしましょう。今は使用人が使った後で、湯が残っておりません。それに装備の発注や準備で今日も歩きます。また汗をかくので、あとにしましょう」


肌がべたついて気持ち悪いことこの上なかったが、これも仕方がない。

騎士団長に連れられて夏の館の食堂へ行く。そこはすでにだれもおらず閑散としていた。にもかかわらず食事がきっちりと用意されている。


「統一性がないな」


それは風月の最初に感じた料理の印象だった。南でとれる魚の干物や王都で食べたトカゲ肉に魔の山でもみなかった野菜。その他いろいろだ。貝類もあれば、干した果物もある。そのどれもが一つの地域の名産とは思えなかった。

寄せ集め、そんな印象が強い。


「意外と鋭い。ここは交易の中継地点で特産は主に細工や装飾技術です。貴重な金属や鉱石などが入ってきますから。同時に、食料が大量に通る場でもあるのです。中の悪い北のものは回ってきませんが、南や他国の食材が一堂に集まります」


ゆえに統一性がない。

料理も他国の食材を組み合わせるというよりも、他国で作られている料理をそのまま再現したようにも感じる。統一性のなさはそれも原因顔知れなかった。

しかし、料理は料理。

少し冷めてしまってはいるが、昨日は寝ていて何も口にしていない。というより、ここ数日まともに口にしていない。料理を見たら、次第に唾液があふれ出し、胃が食料を欲しがった。


「では、私はここで。案内をする準備をしてまいります。何かあれば机の上の鈴を鳴らしてください。使用人が駆け付けます。出かける気になりましたら、玄関までお越しください」


正直、アルトに注意されるぐらいマナーはぎりぎりだったらしい。

今のようにマナーにこだわっていられないほどの空腹時に、ほかの目を気にしている余裕なんてなかったからありがたい配慮だった。もしかしたら、アルトからその辺の情報も回っているのかもしれない。


「いただきます」


風月は席に着くと、ナイフとフォークで並べられた食材を堪能し始めた。

干物系が多いのは明らかに保存のため。ティオの屋敷で食べた魚は生を調理してあったが、あれはどういう理由で新鮮なものを王都まで運べたのかが気になる。やはり魔術なのかもしれない。もし食料が改善できるならぜひとも魔術を覚えたいものだった。

しかし、干物の魚は結論から言うと口に合わなかった。パン自体も塩味がキツイのに、魚はさらに塩の味しかしない。しかも少し生臭い。玉ねぎのような香りの強い付け合わせがあればいいが、そんなものはない。


次に、真っ黒な何かに手を付ける。形状は貝だが、何かで煮込まれてすっかり本来の色を失っていた。恐る恐る口に運ぶと、ピリリとした辛味にも似た痺れが舌を駆け巡る。香りは柑橘系に近いかもしれないが、この痺れは花椒だ。噛むと染み出す味は意外にも貝の味がしっかりとしている。触感は非常に硬くなったサザエ。味は磯臭さのほとんどないつぶ貝。弾力を楽しんでいると、唐突に苦みが口の中に広がる、胆をつぶしたようだ。その苦みが柑橘系の香りによくなじんで、鼻を抜けていく。


「これすごいおいしいな。でも、こんなに塩味しなくて腐らないのか? 竹とかみたいに、抗菌性、殺菌性でもあるのかな?」


もし長持ちするのなら旅にはぜひとも持っていきたい逸品だ。

続いてサラダ。ゆでる以外何もしていない。このサラダは味が濃いものが並ぶ中でまさにオアシスだ。ドレッシングがかかっていないところを見ると、ドラクル領でも味の長には飽き飽きとしているのが何となく見えてくる。

しかしながら、サラダの葉はレタスよりも濃い緑色で、薄いにもかかわらず、ゆでた後だというのにしっかりと歯ごたえがある。しかも一枚一枚が大きく、細かく刻まれていない。それを見て何となく用途が見えた。先ほどの干物から身を外して、その葉で巻いてかじる。鼻をぬけるワサビのような辛みに涙が出てきたが、おかげで生臭さが気にならず、塩味も幾分かましに感じられた。旅先でこれがないかと思うと、魚を避けることを心に決める風月。


朝食にホカホカのものがないこともそれはそれで残念だった。ゆえに、放っておいたら冷めてしまうスープに最初に手を付けなかったのは愚策だった。

とろみのついたオレンジ色のスープ。

皿ではなく椀に盛られているところを見ると、やっぱりマナーの面でアルトから連絡が言っているようだ。

向こうが透けないほど、何かが溶け出していた。それを見て真っ先に連想したのが、トマトスープ。しかし、色はニンジンである。あの薬っぽさにも似たにおいは全くなく、それどころか香草の香りがすごかった。スプーンですくってみると、中からはベーコンや野菜くずが出てくる。

そこで気づいた。


「ティオの所で食べたのと違うな」


貴族が客人にもてなる料理ではないことが一目瞭然だった。使うにしてもこんな芯の固い部分を薄く切っていれるような真似をするとは思えなかった。


「なるほど、口に合うかわからなくって家庭料理から保存食までいろいろ集めたのか」


気の利かせ方がいろいろと下手だった。忙しい中にこれをやってくれたと思うと、指摘する気にもなれなかった。

だが、味はそんなこと気にならなくなるくらいおいしかった。ベーコンから出てくる肉のうまみと、塩気、そして香りづけに入れられたハーブがスープに溶けだしていた。そこに入れられたたくさんの野菜のうまみ。

オニオンスープのように甘く、野菜の芯の筋は口の中に残るが、ほかは溶けて消えてしまうほど柔らかい。ベーコンはすっかり繊維がほどけて、むしろ野菜と絡まっている。

気づいたら椀の中は空になっていた。


一通り平らげたが、そうしても干物が残る。さすがに味が濃すぎた。しかしながら、風月はふるまわれたものを残すことに謎の敗北感を感じる人種である、何とかおいしく食べられないかと思索する。

結局、そんな方法は見つからず、身を細かく裂きながら少しずつ食べていた。保存させるためにはたくさんの塩が必要なのは理解できる。肉なら塩抜きができるが、魚はそれが難しい身がすぐに崩れてしまうためだ。

北欧でタラの塩漬けの干物を食べたが、塩抜きがうまいことされていておいしくいただけだた。であるならば、塩抜きの方法を見つけられればこれをおいしくいただく方法があるかもしれない。

口直しにパンを齧りながら考えるが、おなかが膨れてくると今度は満足感で考えがまとまらなくなる。


「ごちそうさまでした」


風月は立ち上がると玄関に向かって歩き出す。

これから最初の一歩を踏み出すための準備に取り掛かる。そう思うと、楽しくて仕方がなかった。


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