第二章 19 §国家会議
神域の騎士が集まり、軍備や修練状況などについて話し合うのが軍事会議。四大領主が集まりその年の政策や収穫などについて話し合うのが最大領主会議。長老院が政治などについて話し合うのが長老院会議。
そして、そのすべてが集まるのが国家会議。
これが開かれるタイミングはそう多くない。風月が呼び出されたときが例外的だっただけで、本格的に開かれるとなるとその規模は壮観だ。
議題は言わずもがな、今回の処刑騒動について責任の所在と、風月凪沙の処遇、ヴァーヴェルグの処遇。この三つだ。
風月凪沙の処刑騒動から三日。
玉座に座すオルガノンは今回の会議の人数を見て驚いていた。領主はすでに風月のために帰還し、西は忙しいとの理由で断ったが、南と北が参加。長老院はヴェイシャズが抜けた穴をそのままに残りの全員である12人が参加。神域の騎士に至っては半数が参加している。リナが入るまでは翁とアルト以外が参加をせず、リナが入ってからは翁は任務で出払っていないことも多く、三人以上の人数がそろうことなどまずありえない。
ここに五人いるということは任務に就いている者とオレウスに追放されたもの以外全員がそろっているということだ。
「今回の進行役を承りました、オレウス・ブレイズ・セプタクルスです。以後、お見知りおきを」
一時期は王を担っていたこの男を知らない者など長老院にはいない。むしろこの采配には意図的なものを感じるものが多数を占める。王だった数日の間で長老院の半分を失脚させたのもこの男だ。自分の側につかない者に対してあまりにも冷酷だ。
「異論はないようなので進めさせていただきます」
オルガノンは翁とレギオンがいないことを見て、オレウスが何かをやらかしたことを確信した。この流れで躊躇なく意見を挟めるのは、現時点で最も長く神域の騎士を務めている翁だけだ。アルトはあくまでも職務に準じるが、翁はその年ゆえか異常なまでに公平性を重んじる。この場に姿を現していないということは、もはやオレウスが何か暗躍した証明だ。
「最初に今回の事件の責任の所在を明らかにしましょう。発言がある人は挙手をお願いします」
誰も発言しない。というより、発言できない。オレウスは胡散臭い笑顔をしているが、その実、目が一切笑っていない。すべての質問を想定して、それに対する反論も用意している。それができずにこの男が会議に臨むわけがない。オレウスにかかれば長老院の資格を剥奪させることもたやすいはずだ。
「発言がないのであれば、私から。今回の処刑騒動の発端は間違いなく風月凪沙という男です。この男が引っ提げてきた森神との契約。魔の山の開拓こそがすべての始まりだった。これには東の最大領主、ドラクルが全面的な支援を約束しており、契約自体は遂行されました。ここまでなら何も問題はない。この後です」
オルガノンは玉座からオレウスの語りを見ていた。会議をもとに最終的な決定を王が下す。ゆえに基本的には私怨や情は交えないということになっている。今回は状況が誰にとっても悪すぎた。オルガノンは責任の追及を免れないし、風月の処刑を推したイヴルに浮いた長老院たちもそれは同じ。今回の騒動は一歩間違えれば王の威信の失墜と長老院たちの半数以上が解体という国家運営の機関が半分瓦解した国家崩壊の一歩手前段階につながりかねない。
ゆえに。
今まで一切会議に参加してこなかったかつての王が本気で牙をむいた。
「一〇〇〇年前に死んだとされるヴァーヴェルグの復活。すでに知っている者も多いとは思いますが、この怪物はクラリシアの初代王、ヴァーミリオンの弟。これ以上の詳しい話は省くが、ヴァーヴェルグが森神との契約に、それも法律を制定し国民を縛る王宮魔術に割り込んできた。この怪物は森神を殺害し、アルト、リナの両名により討伐が試みられたが、失敗しました。殺されなかったのが奇跡としか言いようがない」
まだ、誰も口を挟まない。
「報告書によれば一太刀いれることができたと。それにも風月凪沙がかかわっている。これも報告書に書かれていた事実です。しかし、書かれていないことも。結ばれた契約魔術は一年の猶予を持つということだけ。その間、ヴァーヴェルグは魔術で縛られ、敵意を持たれなくなります」
長老院の中でもっとも若手の男がほかの長老院にせっつかれて手を挙げた。
「発言よろしいですか?」
「これはこれは、シャイン殿。どうぞ」
「神域の騎士が勝てないという判断をしたのは知っています。いつかは討伐しなければならないことも重々承知しています。その準備期間が一年は短すぎる気がしますが?」
「まあ、普通に考えれば不可能ですね」
この場にいる誰もが黙った。それこそ、軍事という面で一切を担う神域の騎士たちが何も口に出さない時点で、オレウスの言った事実に一切の疑いはない。
「神域の騎士二人係で一年という時間しか稼げなかったのか?」
やりたい役ではなかった。しかし、オルガノンにも王としての役目がある。反論が少ない場合は口を挟まなくてならない。王として公平を期するために。
「報告書にもその意図が一切かかれていませんでした。アルト」
名前を呼ばれて立ち上がるのは神域の騎士第三席。
「私とリナは一切関知していません。完全に負け、意識がない状態でした」
「なら、いったい誰がこの契約を取り付けたと?」
「風月凪沙です」
「結構、座ってよろしい。まあ、察しのいい者は気づいているだろうが、ここが分水嶺でした。確か、風月凪沙の処刑を推したのはイヴル卿と長老院の一部の面々でしたか。その理由をお聞かせ願いますかイヴル卿」
ようやく来てしまった。
オルガノンは正直この後の展開を考えると嫌気がさす。かつての処刑された兄達はオレウスのことを泣くほど恐れていた。それの再来だ。
ガタリ、イヴル卿が冷や汗を垂らしながら椅子を断つ音が静かな会議室に響いた。口を開くまでにたっぷりと数秒。
「風月凪沙がそんな無茶な契約を結んだ以上、その責任は処刑することが正しいと」
「はい、確かにそのように聞き及んでいます。しかし、実際はどうだったのでしょうか? 風月凪沙の裁判での発言をお聞かせください」
「……せん」
「イヴル卿?」
「ありま、せん」
「なぜでしょうか?」
「国家を揺るがすほどの大罪人に弁明は必要ありません。ましてや他国の人間です。国家の不安を煽り、侵略を許しやすくするための間者である可能性が捨てきれませんでした」
イヴルは下を向き、オレウスと目を合わせようとしない。見てなくともオレウスが満面の笑みを浮かべていることはわかるだろう。
「それに反論したのも、アルト、か」
「はい。森神との一件。その時に深くかかわっていたのはドラクルの末娘であるティア嬢でした。奴隷にされかけたところを風月凪沙に救われ、その過程で魔の山を知らずに突っ切り、森神との契約に至ります」
「ドラクルが深くかかわっていた?」
「元長老院、ヴェイシャズ・ライルヴァスが吸血鬼の血を濃く引いたティア嬢を王の意向を無視して危険視し、その結果ドラクルがまともに機能しない状態まで落とされました」
「長老院の方々。そのヴェイシャズというのはそんなにも無茶をする男でしたか?」
再びシャインが席を立つ。
「いいえ。無茶な賭けはなるべく避ける人間でした」
「にもかかわらずドラクル領解体は失敗したと?」
「それは……」
答えられるわけがなかった。真相は報告書を読んだ人間とアルトのみ。その報告書は長老院の三分の一も把握していない。
「アルト」
オルガノンは見かねて口をはさむしかなくなってしまった。
「はい。ヴェイシャズは元神域の騎士、ミラタリオ・リースを味方につけて武装していました。ヴェイシャズの側に想定外があるとするならば神域の騎士である私と森神が風月の側についていたことです。契約を盾にして森神を呼び出し、ヴェイシャズを下しました」
「風月という男はなかなかにやり手だな。それで?」
オレウスが求めているのは別の情報。それはアルトもつかみ切れておらず、私が発言したものだ。
「オレウス、そこは私が話す。ヴェイシャズの私物からイヴル卿と結託してドラクル領をつぶそうとした事実が存在することはわかっている。理由は報告書を読め」
「なるほど。つまり、今回の発端は風月凪沙が森神十契約を引っ提げてきたところになかったということですね? ではこの事実を確認したところで話を戻します。アルト」
「はい。森神と正式な契約を国家として結びました。そこでヴァーヴェルグが復活します。森神、私、リナの三名が気絶し、残ったのが風月凪沙だけでした」
「なぜ最も弱い風月凪沙より先に気絶したのですか?」
「護衛です」
それ以上の言葉はいらない。護衛は守るべき対象より先に死ぬことは許されない。
「なるほど。では、契約がどのようにして結ばれたのか分からなかったと」
「はい。風月凪沙が牢屋にいるときにも報告しました」
「よろしい。シャイン殿とアルトは席についてください。イヴル卿。あなたの言い分ではこうでしたか。大罪人。いえ、立たなくて結構。王よ。なぜヴェイシャズは裁き、イヴル卿は裁かなかったのでしょう?」
これも十分に予想できた質問だ。
「ドラクルが弱まり、その起因となったクレイグルまで弱まれば他国の侵入を許すことになりかねない。ゆえにヴェイシャズにすべてを背負わせ、イヴル卿には金を支払わせた」
「これも理解できますね。わかりました。では時間を進めて処刑まで行きましょう。この処刑騒動はそもそも風月凪沙が罪人ということで進んでいます。なぜ誰もがそう思い込んだのか。それはイヴル卿の発言以外に根拠がないわけです。もっとも、ヴァーヴェルグにすべてを確認しておけばこんなことは回避できたのですが、誰一人できなかった。この点で誰かに責任を問うべきではない。ならば、この場で責任を問われるべき人間は誰なのか」
全員の視線がイヴルへと向いた。
「どうやら、責任者は決まったみたいですね」
見ていてかわいそうになるくらい青ざめるイヴル。
「ま、待て」
「何をだ? イヴル・クレイグル」
オレウスから敬語が消えた。もとより表面上にしか存在しなかったが、ここにきて明確な悪意が浮上した。
「まさか時間稼ぎに使われるとは思わなかった。これでも元王だぞ」
「こっちはこんなに無茶を言いつけられるとは思わなかったぞォ」
遅れて部屋に入ってきたのは豪奢な服に身を包んだヴェイシャズ・ライルヴァス。その横には女性が控えていた。名前はクラン・クレイグル。イヴルの妻で、王都にいることが多いイヴルに変わって北の内政を担っていた人材だ。
「なぜここにいる!?」
「どちらがだァ? まァ、どちらともかァ。なに、東でやったことを北でやっただけさァ。北の領地も中央も意識を向けていない今、東の領地をのっとるうえで最も難易度の高かった中央の魔術への干渉すら楽勝だったわけだがァ、根回しのほうは終わっているんだろうなァ?」
イヴルに対してはほとんど無視。ヴェイシャズはこの数日間でかなりの無茶をした。かつての失態を帳消しにするどころか、恩を売るところまで駆け上がった。それはオルガノンも知るところであり、今回の事件の後始末さえうまくやれば長老院へ返り咲くことになる。
そして、それを終えた。
つまり、この瞬間をもって、イヴルは実質的に領主の座を下ろされたことになる。
「すべて終わっている。さて、イヴル・クレイグル。理解したか? お前の沙汰は追って下す。これにて責任の所在は明確になり、わかりやすい罰も与えた。連れていけ!」
それだけ言うと兵士が入ってきてイヴルを取り押さえ連れていく。代わりにイヴルが座っていた場所へクランが座る。ヴェイシャズも長老院の空いていた席へ腰を下ろした。
この光景を見ると十席の翁を蚊帳の外に置いた理由が見えてくる。さらにオルガノンが気になったのはヴェイシャズとオレウスのつながりだ。いったいいつどの場所でこの話を合わせたのか、そこが何も理解できない。
「さて、次の話をするとしましょう。東のドラクル領へのがれた風月凪沙の処遇を」
責任の押し付けが終わった次は、共通認識の作成だ。今回の風月凪沙をめぐる処刑騒動はヴァーヴェルグとの認識の齟齬があったために大惨事へと発展した。変に触れれば今回のような大惨事を発生させかねない。
「今回の風月凪沙に対する沙汰は王よりお伺いします」
「さっきまでの話を踏襲する限り、風月凪沙に落ち度はない。完全にこちらの失態だ。それに対する賠償は私から与えるとする」
発言が終わり席に着く。オルガノンにとってはこういう場での公式な会見は非常に堅苦しい。非公式なら議事録もないので随分砕けた回答ができる。それができない今は言葉を慎重に選んでいた。
「わたくしからご報告が」
クランが席を立つと同時にディオスが表情を曇らせた。
オレウスがこちらにアイコンタクトを取ってくる。この発言を通すかどうかの意図がある。オルガノンはうなずいて許可した。
「では。現在、わたくしが持っている権限はあくまで領主のもののみです。内政に関しては全権を持っていますが、自領の騎士団に関して、わたくしはもっていないのです」
「確かにその通りです。しかし、騎士団長への命令権は持っているはずでは?」
「いいえ。そこはわたくしよりもヴェイシャズ殿のほうが詳しいかと」
全員の視線がヴェイシャズに集中するが、本人は肩をすくめて、当然だろ? というような態度しかしない。オルガノンがため息をつく。
「ヴェイシャズ、説明しろ」
「別に不思議なことはないさァ。短い期間で何を期待していたんだァ? クランはあくまでも例外的な手段を用いた中継ぎだァ。継承権の高いイヴルの息子が騎士団長の場合はァ、どうしようもないィ」
「はい。わたくしの息子が今回の動きを察知してまして、復讐心を燃やしています。イヴルは魔の山を切り崩すために兵を集めていました。その軍勢がそのまま東の領地へと動いているはずです。イヴルが領主の座を下ろされたこの瞬間から」
オルガノンは頭を抱えた。国家が滅びかけたというのに、それを知らない人間がさらに引っ掻き回していく。
「王命で止まるか?」
「おそらく止まりません。内政ですらさんざん振り回されてきましたので。クレイグルの男はそういうものです」
「オレウス、今何人が出れる?」
「強制なら三人。立候補制なら……」
オレウスが目配せすると躊躇なく立ち上がったのは二人。アルトとリナだ。
「贔屓が過ぎますな」
「これはこれは、翁。遅い登場で」
あきらかに表情を曇らせるオレウス。レギオンの訓練を終えてようやく姿を現したのはシュタイン・グラス・レイツェーン。神域の騎士で均衡を司る十席に座す老人だ。ドワーフと人間のハーフで、浅黒い肌に、目の強膜が黄色く濁り、口に蓄えた白い髭が震える。目深にかぶった鉄のヘルムが異様なまでに似合っている。
「足止めしておいてよく言う。これ以上の贔屓は見過ごせませんな。他領に示しがつきませぬ。他の所が同じ状況に陥った場合同じことをするつもりか?」
十席は王に対し忠言できる立場にある特殊な席だ。
「シュタイン。今回は見過ごせませぬ」
「翁、私はやりたいわ。護衛も処刑もまともにこなせなかったから、挽回したいってわけよ」
「リナ殿、それは風月という少年にすべきことではありませぬ。王命の失敗は同じく王に尽くすことで返すもの。少年を助けることと同義ではなく、背負った神域の騎士の仕事でもありませぬ。それ以上の失言はお控えください」
王命にすら躊躇なく口を挟む翁は基本的には執務室で書類仕事をしている。こういう場での政治的強さはオレウスに引けを取らない。
「アルト殿、あなたも食い下がりますかな?」
「いいや。職務として執行できないのなら、これ以上食って掛かるつもりはない」
「よろしい」
十席は神域の騎士の訓練と教育も兼ねているためか老齢な者が多い。それこそ、剣気が仕えて一席から九席に当てはまらない者がこの席に着く。尤も、強くなくては神域の騎士は務まらない。翁も相応の実力は備えている。
「領地同士のいざこざは領地同士で解決すればよいのです」
「それで国家を脅威にさらしたとしてもか?」
「その時に動くのが神域の騎士です」
オレウスが警戒した理由がよくわかる。翁が動き出しただけで会議は違う方向へまとまりつつある。
「翁、レギオンは?」
「伸した」
過去に七席に座ったことがあるオルガノンは心の中で合掌した。翁の訓練はかなり躊躇ない。剣を使うのではなく、剣気の使いかたを徹底的に叩き込まれる。レギオンはヴァーヴェルグに傷もつけられなかったことを知らされれば、体が砕ける限界まで直接剣気を流される可能性すらある。というより、レギオンはこの場に馳せ参じたい翁によって気絶するまで剣気をたたきつけられたに決まっている。
「これ以上、神域の騎士がやることはありませぬ」
「なら私が行かせていただきます」
立ち上がったのはディオス。
「我が盟友のために騎士団を動かさせてもらいます。領地同士のいざこざなら関係ないのですよね?」
翁は柔らかくうなずいた。
「準備があるので失礼します」
速足で立ち去るディオスを見送る。同時に立ち上がったのは蚊帳の外にいた神域の騎士、八席。全身を鎧で覆い隠し、性別すら不明だ。翁ですらその鎧の下を見たことがない。何も言わずにその場から空気に溶けるように姿を消した。魔術で転移した。
そして六席。
レルキュリア・アストス・セスタリス。短く適当に切られた茶髪以上に、そのいでたちが目立つ女性だ。神域の騎士として異常性が際立つ。マントもガントレットもしていない。その理由は単純で邪魔だから。座っている椅子の背後には巨大なハンマーが置かれていた。神域の騎士の六席は翁と同様に特殊で、『冶金』を担っている。神域の騎士の装備や王族のための武具などを一手に作っていた。
レルキュリアは最も腕の立つ鍛冶師でもある。その彼女が参加した理由はいたって単純で、持ち込まれた一枚のコインに起因していた。見たこともない緻密な細工はまねできるかどうかわからないほどの代物で、あろうと固化それを持ち込んだのが風月である可能性がたかったからだ。
情報欲しさに来てみたものの、何も得られずにうなだれていた。
「得られるものはなしか」
椅子の背もたれにだらしなくもたれかかり、天井を仰ぐだけだった。
すでに興味が失せたのが二人。いつもの会議らしく神域の騎士の人数が減ってきた。
「では、最後にヴァーヴェルグの処遇についてですが……」
「部屋にこもって出てこない。こちらから何も手出しできない」
オルガノンに言えることはただそれだけ。悲しいほどに何もできなかった。




