第二章 15 ✖処刑当日その2
ヴェイシャズは風月を見送った後、凍らせておいた牢屋の扉をあけ放って堂々と出ていく。これから大仕事がある。
「秘密の道よォ、その入り口を開き給えェ」
牢屋が再度に控えた通路の床。そこに仕込まれた魔術が起動する。長老院は暗殺に備えて様々な場所に通路を敷設している。特にヴェイシャズは黒いことをやりすぎていた。こういった場所に仕掛けるのは定石だ。言葉と魔力で扉を開く。
地下牢からさらに下る階段が現れる。この通路はまっすぐ処刑広場の下を通っている。だが、すぐに下るわけにはいかない。ただただ利用されるだけなんてなおのことごめんだった。転んでもただでは起きない。
「あの男ォ、よくもまああんな嘘をべらべらとォ」
あの男とは風月凪沙のことだ。朝起きたら自分の体を自分で傷つけていた。何を見据えていたかといえば、この詰め所に少しでも多くの人材を留めておくこと。少しでも闘争の可能性を高めるために必要なことだ。
アルトの性格と、罪人の処遇。それらを考慮して導き出した足止めの策だ。最終的にはこのまま地下通路を崩落させて混乱に乗じて脱走する。
しかしそれにはまだまだ問題があった。
「合流のはずだがァ、来てないなァ」
すでに巨竜迎撃祭によって領主貴族は王都に集結している。そうでなくともドラクル領は領主交代のために王都に召還されていなくてはおかしい。領主護衛のためにミラタリオもこの王都に来訪しているはずだ。
「まさか決まった処刑に対して正面から抗議なんてするはずがァ……」
ないとは言い切れなかった。馬鹿正直に長老院に泣きついたミクハと幼いその妹。その時点で察するべきだった。
「どうするんだよォ……」
嫌な予感しかしない。
本来ならミラタリオに殿を務めさせつつ撤退するはずだった。それができないとなれば神域の騎士と鬼ごっこを強いられる。
はっきり言って、ヴェイシャズは逃げることも視野に入れている。それをしないのは単純に血縛の契りを結んだ相手が悪い。ヴァーヴェルグとの契約が風月凪沙を守っているといっても過言ではない。問題は、ヴァーヴェルグが今回のことをどう思っているのか。最悪のパターンは処刑を知らず、処刑を望んでいない場合。助ける動きを見せず結託していたことがばれた場合ヴェイシャズが殺される公算が非常に高い。
逆に手を貸せばヴァーヴェルグに取り入ることも可能になる。
そういう意味で風月凪沙という人間はデリケートな立ち位置にいるといっても過言ではない。
同時に最悪のパターンも考えていた。処刑も契約も容認している場合だ。契約を履行する手伝いという点でヴァーヴェルグに恩を売るくらいはできるはずだ。問題は生き延びられるかどうか。
運の要素が他悪手もこの話に乗ったのはただ一つ。ヴァーヴェルグの力によって国の転覆があり得るということ。そこに黒い算段を持ち込んでいた。
手に魔力をためると、空気中に魔方陣を描いて魔術を使用する。魔術は基本的には魔力と魔方陣によって形成される。それで描き出したのは地図だ。砂の積もる地面に描き出したのはこの上、処刑広場の位置と風月の現在位置だ。
「もうすぐ処刑かァ」
ミラタリオがいない以上、最適なタイミングは移動中ではなく、処刑のギリギリ。できれば死を偽装できることが好ましい。
大規模な崩落で生死をわからなくさせてしまえばいい。
「間に合いましたかな?」
「遅いぞミラタリオォ」
いきなりかけられた声に、醜悪に顔を引き裂いて笑みを作るヴェイシャズ。正面には小柄で禿げ上がった頭の老人がいた。
かつて神域の騎士であり、アルトと同じくベイルサードの名を持っていた男。ミラタリオ・ミースだ。
「符丁通り、馬車は用意しておきました。それにドラクル領が全面的に協力を申し出ました。わしも協力は惜しみません」
これで早めに仕掛けてもよくなった。
「それと、風月凪沙の死は偽装したほうが良いかと」
「ヴァーヴェルグのことかァ?」
「いいえ違います。問題はそれだけに収まりません。北の領主であるイヴルと長老院のベンサム・アディハトが風月凪沙の処刑のために動いています。処刑後にあの山の征伐も行うとして軍を組織しています」
「風月凪沙が生きていると分かればァ、その戦力がこっちに流れてくるのかァ」
しかし、魔の山の利権に関しては王命があったはずだ。それがどうなるのか思考しているとミラタリオが口を開く。
「王は今の混乱を収めるために、手出しはしないそうです。その騒乱を負けた側にすべての罪を押し付けて安全圏から見ているだけという立場で傍観を宣言しました」
北と東の領地の内乱。
「見立てはァ?」
「南のブレスレンが参戦を宣言し、すでに戦力を集め始めた動きがあると」
過去一〇〇〇年の間に四大領主のうちの三つが参戦を宣言した闘争はなかった。クラリシア建国以来最大の戦争になる。
その引き金は間違いなく風月凪沙だ。
「お前の見立てはァ?」
「一五日でケリがつけば北の勝ち、つかなければ東と南の勝ちといったところですかな」
増援が来るまで持ちこたえられるかどうかでドラクルの未来が変わる。
「儂はもう、あなたに与するつもりはありませんので、敵に回る、そういいたいのであればこの場で終わりにしますが、いかがなさいますかな?」
「そんな気はないなァ。北は私を擁護しなかったァ。東と南には嫌われいるがァ、取り入る相手はもっとデカいからなァ」
ミラタリオには心当たりがったようで、薄い目をぎょろりと見開いた。
「城にいたあのリザードマンですか」
「そうだァ。森神を殺したらしいぞォ」
ギチ、ギチィッ。
顔の皮膚が収縮し革を引っ張るような音を立てる。それは怒りの感情をあらわにした時のミラタリオの顔の皮膚がゆがみ音を立てている。
「森神は儂が殺すと決めてあったのですがね」
「風月は懲りずに血縛の契りを交わしたらしいィ」
「あの少年は呪われているのですかな?」
「フハハハハハァ! 呪われているほうがましだったかもしれんぞォ。神域の騎士ですら殺せなかった怪物をあっさりと屠った化け物を殺す契約だからなァ」
「おやおや、それはまた……」
「お前はどうするぅ?」
「その質問は、仇敵を奪った相手をどうするかと取りますと、実に、血沸く。森神が死んだことは部下にはよい報告ですが、これでも好みは元神域の騎士。あの少年を手伝うとしますかの」
生命力の高さで森神との殺し合いから生き残った男だ。それ以降も強さを求めて戦い続けた。年齢を偽り強制的に神域の騎士の座を下ろされるまで戦い続けた男だ。
「私は行かんからなァ、東の地では頼んだぞォ」
「ええ、言われずとも」




