第二章 12 〇四獣
予想外の言葉が出てきた。
目の前の男が勤勉と評したアルトですら、ヴァ―ヴェルグのことは知らない様子だった。
「この城の地下には初代王にして初代神域の騎士一席に座したヴァ―ミリオン・クラリシアの日
記があるのさァ。そこにヴァ―ヴェルグの名があったんだァ」
「……あれ? オルガはブレイズとか言ってなかった?」
「王家は歴史の中で何度も分かれている。その中で現存しているのがァ、ブレイズってだけのことさァ。そのはヴァ―ミリオンの弟が何を隠そうヴァ―ヴェルグだァ」
「ぶっ!?」
思わず噴き出した。
「分かるかァ? 今の王家は血が薄いだの言われたり、行こうではなく武勇で統治しているんだァ。長老院の一部はァ、ヴァ―ヴェルグにつく奴もいるはずさァ」
名前を聞いただけでそこまでを読み切った。
「国家創世時のクラリシアはァ、異種族と殺しあっていたのさァ。そこで異種族との融和を唱えたヴァ―ヴェルグ派と人間のみの国家を作りたかったヴァ―ミリオン派は対立することになったァ。ヴァ―ヴェルグは死んだとされているがァ、それでもあまりの強さにヴァ―ミリオンはまともに戦える戦力が残っていなかったァ。ゆえに妥協して共存国家を作り上げることになったとあるんだァ」
「……ヴァ―ミリオン派完全敗北してるじゃねえか」
「思想的にはなァ。だが、トカゲと言ったのかァ?」
蜥蜴。というよりは悪竜。翼もなく、イメージする竜やドラゴンと比べるとあまりにも異質。人間の顔を変えて尻尾を生やしたらサイズは違うがちょうど同じシルエットだ。
「それだよ俺が驚いたのは。王の弟なんて別にどうでもいいんだ。いや、良くないけど王って人間?」
「人間の単一種族国家作ろうとするやつが人間じゃないわけないだろォ」
「それがどうしてあんなトカゲに……」
考えれば考えるほど謎。しいて推測するのなら、一〇〇〇年前にかけられた呪い。神域の騎士たちが封印するしかないほどの力でもって世界を滅ぼしかけたと言っていた。むしろ、封印されることを望んでいたようにも感じた。
「そんなものはどうでもいいィ。それよりもヴァ―ヴェルグだァ。日記は長老院と王以外が覗けないようになっている。持ち出しも口外も不可能だァ」
「お前が言うなスレが伸びる、伸びる」
理解ができないという顔をしていたが、どうも自慢したくて仕方がないヴェイシャズはドヤ顔で聞いてもいないことを勝手にしゃべりだす。
「別の長老院に魔術で文字をコピーさせて外で読んだのさァ。セキュリティを掻い潜るのも骨だったがァ、私に言わせるのならザルなんだよォ」
情報の価値を知っている。かつてのアレキサンダー大王はたくさんの金を集めて大図書館を作った。本を集めるために大金を使い、それでも渡さない人間には借りるという体で大金を担保に無理やり借りていったという。本にはそこまでする価値があると、情報の大切さに気付いていた。
目の前の男にはそれと同じ執着を感じられる。
「長老院の面々やお転婆女王なんてのはァ、今頃面食らっているはずさァ。お前の処刑もイヴル以外も乗り気だったのかもなァ」
「どういうことだ?」
「今でこそ多種族と融和の道を歩み続けた国として存在しているがァ、初代国王が真逆の思想だったなんてことはァ、知っている奴は消した方がいいィ。アルトやリナは国家の魔術と法で縛れるがァ、外から来たお前は違うのさァ。それにィ、日記の通りならヴァ―ヴェルグは殺せないからなァ」
「どういうことだ?」
「四獣を知っているかァ?」
「この国に来たばっかりだぞ。知るわけないだろ」
面倒臭そうにため息を吐くヴェイシャズ。それでも説明するのは、この男は折れに利用価値を感じているからだ。
「国家創世時にいたとされる化け物たちだ。東西南北に別れているが、ヴァ―ヴェルグに仕えたと日記にはある」
「ヴァ―ヴェルグに仕える? 森神みたいにか」
「そっちの方が初耳だぞォ、まあいいィ。東のエルフの住む森には雷の神獣、麒麟がいるゥ」
麒麟ときくとアフリカにいる首の長いアレを思い浮かべるが、賭けてもいい、絶対に違う。
「北には聖獣の銀狼ォ。西には覇王、カイザー」
「何だよカイザーって。銀狼と麒麟はまだ何とかわかるけど、それはさっぱりなんだけど」
「この世に存在しない生物だァ。少なくとも、麒麟と狼はいるがなァ。だから名前で通っている。全員名前があったはずだがァ、南と西以外は友好的でなァ、特に問題を起こさないから気にするまでもないんだァ」
森神は、生みの親のヴァ―ヴェルグを殺そうとしていた。もしかしたら四獣に協力が仰げるかもしれない。しかし、四獣というのに三体。もしかしたらまだいるのかもしれない。
「東西と北にいるわけだし、南にも何かいるのか?」
「……いるがァ。四獣の中でおそらくもっとも強い。水龍、オルガ」
「は?」
気馴れた柔道着が片からずり落ちるような感覚。あまりにも突拍子なさ過ぎて驚いた。
「あの女王四獣なの!?」
「違うわァ!」
否定した後のヴェイシャズは頭を抱える。
「あの女王はァ……」
たっぷりと五秒も掛けてため息を零した後に疲れた顔をする。
「まァ、さすがに女王のことは知っているのかァ。あのお転婆娘は強いものが好きでなァ、オルガノンという名前より、オルガのほうが強そうという理由で初対面の相手にはそう呼ばせたがる、困ったものだァ」
俺が名前を呼んだ時に長老院の面々が顔を青ざめさせた理由が、あの時思ったこととは別にあることをいまさらながらに察した。
「オルガとカイザーだけ名前は憶えておけェ。他はどうにかなるかもしれないがァ、ヴァ―ヴェルグを倒すにあたって敵には回すなァ」
「森神討伐する気概があるならこいつら討伐すればいいのに」
「あんな辺境にいる奴と交易の重要地点を比べるなァ!」
確かに無駄なことに金を使うなんて無駄なことはしたくないだろう。それならなおのこと言いたいことがあった。
「戦力の逐次投入しておいてそれ言うの?」
「当時の戦略を担っていたのは私じゃないわァ!」
躊躇なく元神域の騎士なんて規格外を部下に加えて警護させるような奴だ。本気で魔の山を攻略するならもっと大軍勢を用意したに違いない。
「とにかくゥ、ヴァ―ヴェルグを殺すのなら四獣は最大の障壁だァ。使えていた四獣も殺せないのにその主を殺すなんてのはァ、夢のまた夢だなァ」
「……むしろ、逆の可能性はないかな。生み出されたなんて言っていた森神はヴァ―ヴェルグを殺すためにあの土地で準備をしていたらしいし。他の四獣も案外ヴァ―ヴェルグ殺そうとしてたりして」
「そうだとしてェ、どうやって証明するゥ? とりあえず逃げるための準備は任せてけェ。今は休んで明日に備えろォ」
少なくとも、非常に有意義だった。腕は痛いし、体調も良くないが、それでも確実に前に進んだ感じがある。
「抜け出したら最初に行く場所は東のドラクル領だ。無理は言わないけど、馬車は欲しい」
「何でそこなんだァ? 私は入れないぞォ」
「そこで準備を整え、すぐにさらに東へと進み最短距離で四獣のうち一体、麒麟に接触したいんだ。そのためには知った仲のドラクルがいい。南のブレスレン領に行ってもいいけど、いきなり一番強いなんて言われてるやつよりも、協力的な方がいいと思って」
なおのこと露骨に嫌がる反応を見せるヴェイシャズ。
南にも敵がいるらしい。全方位にヘイトをばら撒くのが上手いらしい。なんでひとりでドイツ軍しているのか。
「分かった東だなァ。だが私はいかんぞォ。馬車だけは準備してやるさァ。いや、待てよォ。その心配はいらないかもしれないなァ」
「どういうことだ?」
「魔の山の開拓が終わっているのならァ、真っ先に飛んでくるのさァ。領主の交代の宣誓をするためになァ」
「ティアか」
「おそらくはミクハだがァ、むげにはしないはずだァ。王都と事を構える気概があるかどうかはまた別の話だがァ、逃げる手伝いくらいはしてくれるかもしれんなァ」
あごひげを十手少し考え込むヴェイシャズ。
「ミラタリオに伝書鳩を飛ばそうかァ」
すると、ヴェイシャズの掌に白く光る鳩が生まれる。
「風月凪沙が処刑されるゥ。逃がすための手伝いをしろォ」
『風月凪沙が処刑されるゥ。逃がすための手伝いをしろォ』
全く同じ言葉を同じ声で鳩が復唱した。
「これをその窓から飛ばせェ。ミラタリオにはこれで伝わるさァ」
鳩はいきなりバサバサと暴れ出汁、格子の間をすり抜けて俺の膝の上にとまった。それを襲うお剃る触れる距離に来てから、ついクセで思わず鳩の首をガッと掴んでしまった。そのまま流れるように締める動作に入りかけてすぐに思いとどまる。
「何してるんだよォ! その程度なら消えんがァ、変に扱うんじゃないィ」
「いや、つい。鳩は意外とおいしくて」
複雑そうな表情をしているヴェイシャズを余所に、格子窓の隙間から鳩を押し出す。元気よく飛んで行って、すぐに見えなくなった。
「魔術って、俺も使えるのか? 剣気よりはだいぶ使えそうだと思ったんだけど」
「使えるぞォ。だがァ、使いたいなら私は教えんからなァ。どうしてもというのならァ、紹介状くらいは出してやるさァ」
この男に借りを作りたくない。魔術は知りたいし、便利そうではあるが、この男の力は絶対に借りない。借りたが最後いくらでも利用された上に、死にそうだ。
「自分で何とかする。じゃあ、脱出は任せた。俺は寝る」
日はまだ高い。それでも痛む腕を庇いながら処刑の日を待った。




