表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界に飛ばされた俺は旅をした(*リメイクします)  作者: 糸月名
第二章 邪竜覚醒
49/126

第二章 9 〇契約


絶望とはこういう形をしているんだな。

そう思った。

名乗りすら捨てて、跳びかかったアルト。剣気を纏った最大の一撃を叩き込んだが、それを腕で受け切った邪竜は、反対の腕でアルトを地面へ叩きつけた。大地が揺れて、クレーターができるほどだ。

続くリナは何もない空間から巨大なハルベルトと呼びだした。魔術で収納していたもので、見る者に威圧感を押し付けてくる。赤黒く、リナの華奢な体に似合わない武器だ。それを振りかぶり、叩きつける。力の最も強い神域の騎士。その名に違わぬ一撃。しかし、それが届く前に、真下から鋭く突き上げるけりが下腹部に刺さり、舞い上げられた後に地面に頭から叩きつけられた。

瞬きの間すらなく。何が起きたかなんてわからなかった。動いたら、沈められていた。ただそれだけ。

鋭い歯の隙間から洩れる蒸気。煌々と輝く目。サイズ以上の大きさを醸し出す存在。


「貴様、名前は?」


心臓が高鳴らない。不思議なほど落ち着いていた。絶望を感じているはずなのに、それ以上の感傷が驚くほどなかった。恐怖も、驚きも。微かに感じる非現実があって、あとは虚無。目の前の存在を目で見ている以上のことを感じなかった。


「貴様は、なるほど。この世界の生物じゃないのか」


尻餅をついたままの俺の前に、同じように腰を下ろす竜。


「貴様、名前は?」

「風月凪沙」


二度目の質問に答える。


「魂を分けた分身ですらこの様だ。貴様ならこの命に刃を届かせることができるか?」

「……………………………………………………無理だ」


死ぬかもしれないのに、敵意を感じないからという理由で命乞いができなかった。


「アルトやリナが勝てない森神が負けた。俺はただの人間だ。特別でも、何でもないんだ」

「関係ない。自分が特別かどうかなんて関係ない。俺にとって貴様は特別だ。この世界の理から外れ、呪いを迂回した存在だ」

「のろい?」

「この世のすべてが嫌悪する呪い。ありとあらゆる存在が嫌い、敵対する。その結果、俺は強くなる」

「強く?」

「世界を統べる天上の意志によって生まれた存在だ。一〇〇〇年も前にこの世界を滅ぼす力を手に入れた。それがこの俺に死を許さない」


邪竜は語る。


「貴様はその存在が俺に植え付けた業から抜け出した存在。目覚めを速めたかいがあるというモノだ。故に、この世界が滅ぶ前に俺を殺さなくてはならない」

「戦わなければいいだろうが」

「無駄だ。この世のすべてが俺を拒絶する。忌避せずにはいられない。嫌悪せずにはいられない。そういう存在だ。嫌悪した生物と同等の力までの力しか引き出せないがな」


土砂降りの雨の中、邪竜は語る。一〇〇〇年間、ひたすらに待ち続けたこの時を噛みしめるように。


「この世界は俺に絶対に勝てない。この世界に存在する森羅万象と同等の力がこの肉体に注ぎ込まれた。この世界が憎めば憎むほど俺は力を増す。一〇〇〇年前に世界を滅ぼしかけたように。だが、今なら違う。この世界の理から外れた存在がいる。貴様ならば俺を殺せる。貴様だけがこの命に刃を届かせられるのだ!」


邪竜は語る。嬉しそうに。歓喜にその身を打ち震わせ、雨の中で叫んだ。

それを酷く冷たい感情で聞いていた。

殺せるかなんてわからない。むしろ不可能だと思っている。魔の山で死にかけた程度の人間だ。今ここで跳びかかったところで、一瞬で縊り殺される。

との時だった。邪竜の背後でゆらりと幽鬼のように立ち上がるリナ。処刑斧を振りかぶり、笑みすら消えた顔で邪竜の背中を睨み付けていた。


「きえろおおおっ!」


桜色の剣気が処刑斧に流れ込み、淡い光を放つ。それが弧の軌道を描き、三日月の残像を虚空に刻んだ。大気が震え、滝のように降り注いだ雨が一瞬押し返され、静寂が訪れる。風月にはそう感じただけで、鼓膜が衝撃でうまく機能していないのかもしれない。

数秒後、その静寂を殺し尽くすように怒涛の勢いで雨が叩きつけられた。


「この世界に存在する限り、俺が気づかないことはない。万物は俺の敵であり、目であり、感覚であり、力だ」


邪竜は腕を頭との間に挟むだけで防いだ。その身体は処刑斧の重みに圧されて膝まで地面位沈み込んでいたが、それでもなお無傷。振り返りすらせずに防ぎ切った。振り返りざまに水平に手刀を叩き込む。

もしも、それが敵対するすべての存在と同等の力を発揮するというのなら、この一撃はリナの一撃だ。きっとあの華奢な体を真っ二つにして吹き飛ばすに違いない。


「なら技術(コイツ)は真似できるか?」


蒼い剣気が手刀とリナの間に挟みこまれた。

ジェット機が通り過ぎるような音を立てて、不自然な軌道を描いて手刀が逸れる。

その一瞬さえあれば、リナはさらに攻撃を叩きこめる。

そして森神が目を覚ます。

一連の動作の中に怪腕による攻撃を滑り込ませた。正面からリナの処刑斧による重撃。それを避けることを許さないように、背後から森神の電光石火の一撃。

互いに破壊力に引けを取らない一撃に挟まれた邪竜。

その二つが激突した刹那。


〝音〟が消えた。


邪竜が吠えた。それしか見えなかった。万物が吹き飛ばされ、風月も何メートルも転がされて大樹にぶつかってようやく動きを止める。


「なに、が?」


ほんの一瞬。数十秒前まで話していたのに、すべてが消えた。朦朧とする意識の中で、必死に情報を集めようとした。

しかし、目の前には絶望が君臨するばかり。それ以上の情報が入ってこない。


「もり、かみ?」


雨の音が響く。何かに縋りたかった。森神の名前を呼んだのは、他の二人の返事が聞こえないのが怖かったから。森神は、強い生命力を知覚にいるだけで感じたから、最初に反応すると思っていた。

ただ、それだけ。

声は聞こえない。聞こえたとしても雨に呑まれて聞こえない。


「りな」


昨日会ったばかりなのに、死んでほしくはない。

返事がないことがただただ心配だった。

辺りを見回せば、その姿が無く、遥か遠くまで飛ばされたのかもしれない。代わりに、森神が近くに倒れているのが見えた。全身の四肢が千切れかかり、ことの凄惨さを現している。

そして、目の前。


「あると……」


アルトの身体は跳んで行った風船のなれの果てのように木に引っ掛かり、風に揺れていた。赤いマントが雨以外の者で濡れている。木の影で雨は入り込まないのに、その下に真っ赤な水溜りを作っていた。


「何日あれば、俺を殺せる?」


そんなヴィジョンは見えない。未来永劫不可能なことのように思えた。たとえこの定命が尽きるまで戦ったとしても、勝てる気はしない。

それでも、思ったのだ。

この世界を消すなんて許せない。

俺の〝旅〟をこんなところで終わらせてたまるか。

あの男も言っていた。勝つための才能があると。そのために努力を惜しまない力があると。

そう考えると、周りが見えるようになった。顔の真横に、一歩間違えれば刺さっていたような角度で、アルトの剣があった。普通の、何の変哲もない剣。嘘裁ちの剣と呼ばれた方は、今もアルトの腰に収まっている。


「あ、ああぁァ……」


必死に立ち上がった。自分の身体がどうなっているかもわからない。それでも、立ち上がる。今ここで折れるわけにはいかない。

右手で、刺さった剣を抜こうとして、初めて腕が可愛くない方向へ折れ曲がっていることに気付いた。それを知っても、痛みの感覚がない。からの末端から体温がどんどん奪われていく。


「この状況はこの俺に止めが刺せるかもしれんぞ? 未来永劫来ることのない、最後のチャンスかもしれない」


左手で剣を抜く。これが人を殺せる武器重み。


「今なら、俺の強さは貴様だけだ。森神は死に、神域の騎士二人は意識がない。さあ、我が命を脅かして見せろ! その刃が我が魂に届きうることを証明してみせろ!!」

「おおっ」


右腕が折れていることがこんなにも動けないとは思わなかった。うまくバランスが取れない。

剣がこんなに重いとは知らなかった。これもまたバランスを崩す要因だった。

何もかも初めて。これが俺の旅。それでも終着点じゃない。

自分を奮い立たせた。使い慣れない武器を必死で握り、泥濘を踏み込んだ。喉が千切れるほど叫び、それでもなお考える。

勝つための道筋を。

邪竜は最初の攻撃を待っている。刻まれるのか、或いは不可能なのか。その眼が問っている。


――貴様の刃は我が命に届きうるのか?


結論を言うのなら、届かなかった。竜の皮膚に阻まれ、傷すら入らず、手の中で剣が跳ねた。それでも剣を離さなかったのは、素直に褒めて欲しい。

しかし、邪竜はそれを許容しない。刃が止まった時点で俺への興味は失せたようだ。


「なるほど、この世界が存在する価値は無いらしい」

「俺の刃は、届かねぇ。でも、よ」


息が切れていた。ただこれだけの動作なのに、息をするのが辛い。それほどに疲弊していた。


「神域の騎士の一撃は守っていたよな?」

「――っ!?」


邪竜は気づいた。アルトが目を覚ましたことに。全てを察したアルトは木から跳び跳ねて、その剣の刃を掴み剣気を纏わせる。蒼く輝く剣気が俺の身体にまでまとわりつく。瞬間、全身が融けた鉄に覆われるような激痛が走った。


「あがっ、があああああああああああああぁぁぁぁァァァァアアアアアアアっ!?」


鉄の短刀が砕けたように、強引に剣気を流し込めば、人体がどうなるかなんて想像に難くない。纏わせるだけでこれだけの負荷がかかる。流し込まれたら、この五体は砕け散るはずだ。それでも、歯を食いしばる。舌を引っ込めたが、間に合わず、少し切り取った。血の味が口の中に広がる。

ズンッ!

邪竜の首に刃が少しだけ沈んだ。さらに沈み込む刃を腕が止める。


「ふはははははははははははははっ! まだ届かんぞォ!」


邪竜は膝を着くが、それでもなお首は落とせない。興味が失せはずの玩具の新しい遊び方を思い出した子供のように笑顔になる。それも、口を引き裂いて、牙を見せて凶悪な笑みだ。

次の瞬間、リナも走り込んできた。おそらくは吹っ飛ばされた時に処刑斧を落としたのか、素手のまま走り込んできた。その刃に、さらに剣気を流し込む。

アルトの剣気が桜色のリナの剣気の浸透を防ぐ役割をした。これで五体が吹き飛ぶことはないが、邪竜にとっては致命的だ。アルトの剣気に沿って桜色の剣気が纏わりついて、その太い首を切り取る刃として機能する。


「「「うおおおおおおおおおオオオオオオオ!!」」」


三人の声が共鳴し、刃はさらに沈み込む。

だが、刃の方が持たなかった。

パキン。

あまりにも軽い。聞くに堪えないほど情けない音を立てて剣が砕けた。

まだ、邪竜の命には届かない。

腕を振るい、リナとアルトを吹き飛ばし、意識を刈り取る。


「貴様はこの命に届きうる。風月凪沙。覚えたぞ」


身体を駆け巡る痛み。

それで意識が途切れそうだった。


「一年。それだけ待つ。王都の玉座でな」


折れた右腕を持ちあげて、俺に強引に目を合わせさせる邪竜。


「風月凪沙。森神と血縛の契りを結んだらしいな。同じものを結んでもらうぞ。俺を殺せ。さもなくば世界を滅ぼす。こっちには世界が消えるまでの時間をくれてやる。最初の一年間はただの準備期間だ。世界が滅びるまで殺しあってもらうぞ」

「やって、やる」


風月の意識はそこで途切れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ