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異世界に飛ばされた俺は旅をした(*リメイクします)  作者: 糸月名
第二章 邪竜覚醒
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第二章 5 〇話は聞かないが飯を食う


騎士団は神域の騎士とは違い、発言権は無く、治安維持と各領地の領主が王都へ来たときに護衛をする。

指揮系統が神域の騎士とは異なるせいで、衝突することもしばしば。特に、一般の貴族領地から神域の騎士になったアルトとは良く衝突する。それに対してリナは騎士団長や騎士団員を多く輩出してきた歴史ある騎士系貴族だから、仲がいいらしい。

リナはもともと騎士になりたかったようだが、親に反対されて騎士になれなかったらしい。だから努力で剣気を身に付け実力を示して神域の騎士へと取り立てられた。そう簡単になれる職業でもないが、最年少で神域の騎士になったアルトと並んで平均年齢を著しく下げている。

そんなわけで、この中で一番居心地が悪そうだったのが、アルトだ。

騎士団をぞろぞろと引きつれてついたのは王都の西側。さすがにリナの馬車に乗って移動することになったが、空が夕陽に色づくころにはブレスレンの王都にある屋敷へとたどり着いた。玄関で使用人と共に複数人が歓待してくれた。


「ようこそいらっしゃいました、風月凪沙様。こうして会えたことを嬉しく思います」


そう言ったのは赤い短い髪の女性だった。成れなしく、好印象を与えるように微笑んでいた。しかし、見覚えはない。


「どこかであったか?」

「いえ、初対面でございます。私の名前はティオス・ブレスレン。ティオとお呼びください」

「騎士団長はディオスって言ってなかった?」

「南の方言は王都では使えせんので」


名前にそれ以上拘泥はしたくないようで、妙な威圧感を感じた。俺もそれ以上触れたいと思うこともなかったので、そのまま次の議題へ移る。


「それで、なんでお礼なんて?」

「ここではなんですので、どうぞ奥へ」


促されるままに入っていく。この屋敷はいわゆる別荘のようなもので、物も使用人も多いとは言えない。調度品も城にあったモノとは趣が違う。海のような意匠が含まれ、細部には船や魚などが掘られたものが多い。

広い食堂に通され、そこには魚料理が多く並ぶ。

先にティオが席について、そのあと対面に座らされる。アルトとリナは護衛という事で、俺の後ろに控えていた。じゅるりと聞こえたが、気のせいだと思いたい。


「好きに食べてください。それで、どうして呼ばれたのか、でしたね」


俺は目の前に真っ先に出されたサラダをフォークだけを使って食べていく。こういった場で食事することはほとんどなかった。生野菜はやっぱりなくて、きっちりと湯がかれた葉野菜に、酸味のあるソースと、透明感のあるオイルがかけられていた。


「東の領地貴族、ドラクルとは長い親交があるのです」


酒場で食べたものとはうって変わって繊細さを楽しむ料理。

オイルは恐らくオリーブ。酸味はレモンと牛乳で作られたものだ。胡椒のほのかな辛みがあったかと思えば、歯ごたえのある野菜に絡んだソースが、野菜の甘味を引き立てた。人参の甘味に似ているが、この葉野菜は緑色でしんなりしている。しかし、茎の部分はわかめのような触感を残していて、日本人好みといえば好みの味だ。


「本当なら私が助けに行くべきでしたが、できませんでした。亡くなったミナハの姉、テレーズは私の義妹で、本当に家族のように思っておりました。しかし、先代のドラクル、今では先々代ですが、病死したあとの領地をまとめ上げるために東の地へ帰りました。あとを継いだのはミナハでしたが、共に処刑されたと聞きます」


次は鯛だ。こんな山に作られた都市で立派な魚を見ることになるとは思わなかった。まる一匹鯛は尾頭付き、内臓が丁寧取り出されている。たっぷりのオリーブオイルがかけられて、ガッツリと焼き色が付けられていた。薬味が上に乗って、これはまたさっきの者とは趣が異なる。どうやらブレスレンは魚を如何においしく食べるのかを探求してきた土地のようだ。ナイフとスプーンで身を崩しながら骨から身を外す。皮の下で蒸し焼きになったほっくほくで柔らかい白身が、もう堪らなかった。


「情けないことに処刑の話を聞いたのは、ずいぶんと後になってのことです。自由に動けるほど、領主とは軽い立場ではない、というのは甘えですよね」


たくさんの油と焼き色の付いた皮をスプーンに掬い、薬味のように乗っけられた野菜も一緒に身にラーメンのようにして盛り付けた。それをつるりと口の中に入れてしまう。塩味のきいた皮に、油を吸った白身が見事にマッチした。この薬味はネギとは違ってニラやノビルなんかの野草に近しいもので、噛むと苦みの成分が口の中の油を喉の奥まで流し込み、油の領に反比例してものすごくさっぱりしていた。


「急いで王都に向って王に謁見しました。それに対応するという言質をいただいた直後に、首謀者のヴェイシャズの逮捕連絡が来たのです。それから何があったのかを調べました」


鯛のこの料理に安易にレモンとのマリアージュが浮かんだが、すぐにその考えが愚かだと思考を振り払った。こんなにもおいしい、完成された料理はなかなか見ない。二口目がこんなにも楽しみな料理はなかなかない。旅では絶対に南に寄ろう。

そして気づく。崩した魚から溢れた旨味成分が、油に浮いてマーブル模様を作っていた。だがそれだけじゃない。魚から出た油は比重が違うのか、皿の底に張り付いて、立体的に模様を作っている。


「そこで聞き及んだ名が風月凪沙。アナタが、あの領地でヴェイシャズを圧倒したと。第三席のアルトにも感謝を述べたいのですが、個人的な影響力を上げることはいろいろと得策ではありませんので、書面でお送りさせていただきました」


骨から出た髄液と二種類の油を丁寧に魚肉と皮に絡める。骨が大きいから、身から外しやすい。なみなみとある油すらもクドくない。油はそこそこの温度があったが、猫舌ではない風月はそんなもの意に介さない。しかしこうなってくると、塩気だけではパンチが足りない。足りないからこそ二口目が欲しくなるのは間違いない。しかし、どうしてもにんにくが欲しいと思ってしまう。


「訃報を聞いたときは胸が締め付けられる思いでしたが、取り返されたと聞いて胸が透くような思いでした。同時に、不甲斐ない自分を恥じる思いでした。ですので、お礼が言いたかったのです」


しかし、楽しみ方はただ食べるだけじゃない。この贅沢なまでの旨味と油はパンに吸わせることで凶悪なご飯になる。ちぎって白いふわっふわのパンがベタベタになるまでアツアツの油をきっちりと吸わせてそれをぱくりと口の中に放り込む。噛むとアツアツの油が旨味と共に染み出てくる。口の中で唾液腺が刺激され続けて、唾液が止まらない。パンは香ばしいだけで何の変哲もなくて、つまらないなんて思っていたのにつけあわせとして使うだけでこの美味さだ。

骨の隙間にある魚肉、頬の部分に詰まっている魚肉、この個人的にうまいと思う魚の部位を贅沢に千切ったパンにはさんで油をたっぷり吸わせてから放り込む。

もうたまらない!


「東の領地、ドラクル家を助けていただいてありがとうございます。幾ら礼の言葉を尽くしても足りません」


用意されたのが白身魚なのに赤ワインが置いてあった意味が今になって分かった。薬味だけでは圧倒的な油を処理できない。故に、口の中の油をさっぱりさせる渋みが用意されていた。がっつりと飲み干した。口の端から垂れそうになった雫を、空になったグラスを持つ掌と手首の境目辺りでふき取る。これは行儀がいいとは言えないが、ある意味で癖で、どうしても強制できなかった。


「私の口から言えることではありませんが、お願いがあるのです」


口の中の油をしっかりと消してから気付く。あれだけあった鯛がもう一口位しか残っていない。胃の中に溜まった感じはあるが、もっと食べたい。なんだか切なくなって泣きたくなる。仕方ないから最後の肉と、頭についた肉を剥がしにかかる。薄いが、それだけ焼き色がついてこんがりと色が変わっている。この部分は、白身が少なくて油をあまり吸わないが、塩気が他の部位より感じやすい。


「ドラクルの地でお力を貸していただくことは可能でしょうか?」


頭の肉も全て食べきり、残るは目玉。忌避されがちだが、トゥルンとしたこの部位は最高においしい。薄い骨に囲まれたその中にあるゼラチン。それを吸い出し、その中には白くて丸い水晶体のようなものがある。それを皿に出して、きっちりと味わい尽くした。もっと食べたいがないものは仕方がない。

そこでティオの表情に気付いた。


「なに?」

「あの……。目玉食べるんですね」

「あれ? この国だと食べないの?」

「南の領地では食べますが、王都やほかの地域では食べられませんね。料理はどうですか?」

「最高」


そこで、今回何で呼ばれたのかを聞いてない(話はされている)ことを思い出す。


「で、何だっけ?」

「ふふふ、面白い方ですね。初めての料理で目玉までいただくのは嫁いできたテレーズ依頼ですね」

「おいしいのにもったいない」


嬉しそうに微笑むティオ。自領を褒められることはやっぱり誇らしいらしい。


「残されたミクハもティアもまだ幼いです。東の領地でお力をお貸しください」


ふと思う。ティアの名前はもしかしたらティオからもらった名前なのかもしれない。良く似ている。しかし、それだと王都でティアはディアになるのか。


「俺なんていらないよ。調べたんなら知ってるだろ、吸血鬼のこと」

「……、はい。知っています」

「先祖返りしたあの吸血鬼は本当にお人好しだから大丈夫。それにミラタリオもいるし、騎士団長もな。みんなが支え合おうとしてる。あそこは揺らがないさ」

「ミラタリオは、なぜ許されたのですか?」

「それはティアに聞けよ。処刑することはアルトが提案していた。それをしなかったのはティアだ。全てティアに聞け」

「…………わかりました」


複雑そうにしていたが、最大の被害者であるティアには意見を申し立てられないようだった。俺は席を立つ。


「ご馳走様。美味しかった。これから宿を探さないといけないから、もう行くよ」

「いきなりでしたので品数は多くないですが、まだ料理はありますよ?」


今日は肉に魚に飲み物にパン。たくさん食べ過ぎてお腹がいっぱいだった。まだ食べたい気持ちが強いが、それを我慢する。


「今日はいいよ、さすがに食べ過ぎた。でも、今度必ず南に寄るよ。料理はすごくおいしかった」

「東では食べなかったのですか? あそこは交易中心ですのでさまざまな食材や料理が集まる場所ですから、とっても楽しめますよ」

「向こうでは忙しくてすぐ帰ったからな。楽しみが増えた。ティアにもよろしく言っておくよ」

「よろしくお願いしますね」


席を立って、アルトたちと共に食堂から出ようとするとき、ティオから声を掛けられた。


「風月凪沙。昼間より傷が小さくなりましたね」

「傷?」


傷と言われて思い出すのは右手の血縛の契り。そこの傷は確かに小さくなっていた。


「なにコレ?」

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