第二章 4 〇食事と騎士団
酒場。
昼間だというのに活気づき、酒と喧騒とあらゆる情報が行きかう。あるいは娼婦たちの契約の場だ。二回はいくつかの宿泊施設を兼ねており、魔の山へ行く前に腹を満たしておくのも悪くない。飯はその土地の特色を現し、食文化は生きる知恵が存在していたりする。
それを味合わないのはもったいない。
世界のどこへ行っても変わらない味を提供するファストフード店にはあまりいい印象を持っていない風月の考えだ。
どこの酒場もカウンター席にしか椅子が無い。テーブルに飯を乗せて、立ったまま飲み食いするのだ。この世界では立てなくなると帰る合図だ。
そんな場所で風月たちはテーブルについていた。
でかい木製のジョッキになみなみ注がれた液体。泡を吹きながら端から筋を作って零れていた。
「かんぱーいってわけよ!」
「乾杯!」
リナの勢いよく突き出すジョッキに俺も打ち合わせる。アルトは乗り悪く、仏頂面で机に指で貧乏ゆすりしていた。
一気に流し込むと、喉の奥がきゅうっと収縮して息が苦しくなる。それを堪えて飲み下してから肺が一気に酸素を求めて息を吐きだし大きく吸った。
「「ぷっはああああああ」」
どこに行ってもこの美味しさは不変で、昼間から酒場が栄える理由がよくわかる。何を飲んでいるとは言わないが、アヴェレージアンダー二〇だ。
「やっぱり仲間との飲みは最高ね! それに対してアルトは固すぎるのよ!」
「仕事中だぞ?」
「酒場に来てなにいってるのよ! オルガも飲んでいるのにアルトは飲まないわけ?」
「ああ!?」
声に明らかに怒気が混じった。
「なんだって?」
「だからオルガも隠れて酒場に行って一緒に飲んでることが多いわ!」
「本当に仕事しろよあいつ!」
家を荒らされてもポーカーフェイスを崩さなかったのに、オルガの職務怠慢には怒りを露わにしていた。
リナは俺の肩に腕を回して声のボリュームを落とす。
「これもしかしてまずいこと言ったかしら?」
「知らない。でもオルガに被害が行くようなことがあったら怒られるんじゃないか?」
リナの眉が眉間による。
「アルト、聞かなかったことにしなさい! そしてたのしく飲みましょう」
なおのことアルトの顔が曇った。
ロリコンだけど神域の騎士一の堅物なんて言われているのは伊達じゃない。不正などを見逃せる性質ではない。
「楽しく飲むときは飲むさ」
「なら笑いなさいよっ」
「今はそのときじゃないだけだ。山を下れば下るほど監視の目が増えたことにきづかないか?」
「アルトの左後ろにいるデブとリナの後ろにいる髭。この二人は常に俺たちのことを伺っている。あとは上に娼婦を引きつれていった男はアルトの家からここに来るまで尾行してた」
「気づいていたのか」
「え、本当に!?」
「「見るな見るな」」
二人で何とかリナを押さえる。
俺に旅を教えてくれた男はなんだかんだいろいろやらかし過ぎていた。その結果、尾行されることもたくさんあった。そのせいで見分け方くらいは知りたくもなかったが知っている。
「放っておけばいい。ここでなら何もできないさ。最悪魔の山まで退きこんでから魔獣たちで炙りだすとかいろいろ方法はある」
「そうは言ってもな。少なくとも神域の騎士二人を相手に尾行を辞めないあたりで相当ヤバい。何かを狙っているぞ」
「早々に飯食って出るぞ。まともに相手している時間はないからな」
小さく舌打ちをするとウェイターにご飯を頼む。出てきたのは肉、肉、肉。ウィンナーや骨についた肉。おそらくは太もものあたりのものだ。それが濃い味付けをされて大量に出てきた。
頼んだのはリナでジョッキを片手においしそうに国の中に頬張ってたくさん食べる。筋すらブチリと音を立てて引き千切り飲み込んでしまった。
「最高においしいってわけよ!」
「そんなにか」
あまりにもおいしそうに食べるものだから思わず頼みたくなるが、リナの顔よりも大きなサイズの肉を食べきれる気がしない。仕方なく小さく切られた肉を食べる。焼肉なら肉厚でに津に贅沢だが、隣のあの肉と比べると見劣りしてしまう。
そんな俺の視線に気づいたリナが食べかけの肉を差し出してきた。
「一口位なら遠慮しない。いいってわけよ!」
「俺はリナが心配だよ」
悪意なし、下心なし、なんなら恋愛感情なし。平然とこんなことをしてくる。いい加減やめてほしい。風月の持論だが、男女間の友情は双方向に作用しない。男子は異性に対して友情を越えたものを欲しがりがちだが、女子は異性に対して友情を結ぶことができる。
それを体現したかのような存在がリナだった。
「要らなかった?」
そんなに悲しそうな顔をするのは本当に卑怯だと思う。しかも食べかけの部分を平然と向けてくるあたりが、もうリナらしかった。
「いただきます」
ハグッと思い切って噛みつくと、ガチッと骨に当たって歯が痛くなった。それが分かってリナが笑う。もうこっちが恥ずかしい。
顔が暑くなるのを感じた。
「凪沙は面白いわね。顔真っ赤よ」
「うるさいっ」
がぶがぶがぶっと齧りつき肉厚で脂身が刺してある一番おいしそうな部分を持っていく。糸状に解ける肉は柔らかく、歯が喰い込む。味は鯉が、それをジョッキの中の液体で流し込むと最高にうまかった。
「ああ!? 食べ過ぎってわけよ!」
「おいしい!」
「かえせー」
ぎゃあぎゃあと叫びながら腹を満たした。それでもアルトは警戒を辞めない。というよりは、アルトらしくいることを心がけているのかもしれない。いつもと違う方が警戒されるかもしれない。
確かに妙な動きはあった。しかし、それが表だって風月たちの目の前に立ち塞がることはなかった。むしろその一線だけは守っているようで薄気味悪かった。
結局最後まで飲み物に手を付けることが無かったアルト。ベーコンやハムの切れ端やパンを食べるが、それを満喫しているようには見えなかった。そして不思議なことに野菜を食べない。異常なまでに食が偏っていた。それとは対照的にリナは何でも食べる。おいしそうに食べるものだから、思わず同じものを頼んで食べてしまうほどだ。
「これ美味しいけど何の肉?」
「駆竜ってやつよ。モモの肉はとっても絶品ってわけ。むしろ凪沙のところでは何食べて他の?」
思い出すのパックの肉。豚、牛、鳥、羊、こんなところを思い浮かべる。ほかには刺身。今ではなんも気にならないが、最初は抵抗感ありすぎて飲み込めなかった。
「豚とか鳥とかが多かったかな。ほかにもいろんな動物食べた。魚も好き」
「ここらへんじゃ見ないわね。南の方にはいるらしいわよ。どんな感じだった? 私も食べてみたいっ」
「俺が食べたのはガッツリ血抜きされてたからな。これみたいに血なまぐさいのはあんまりなかったかな」
「これで血なまぐさいの?」
そう言われると、そうでもない気がする。塩気が多く、血なまぐささは綺麗に消えている。それでも血なまぐさいと思ったのは、さして記憶に残ってない日本の出来事がきっちり刷り込まれているからかもしれない。
「締めると同時に血抜きして冷蔵庫――、冷たい部屋に突っ込んでおくから。さすがにそこまできっちりやってたところに比べると血なまぐさいかも。それでもこっちの方がおいしい」
「ほぇ。すごいのね」
詳しく知っているわけではない風月はそれ以上のことは答えられない。
そんなふうに一頻り食べ終わると、アルトがジョッキをリナの方へ押し出していた。すっかり泡が無くなり、美味しくなさそうだったがリナは何も言わずに一気に飲んで行った。
「そろそろ帰るぞ。魔の山での交渉は明日からだ。準備もあるし、尾行もまかないといけない。これから出るぞ」
確かに寝てる間に襲われたらひとたまりもない。昨日までは安宿で泊まっていたが、今から同じ宿に泊まる度胸はない。
「俺を寝てる間に監禁するのがイヴルにとって意見を通す一番簡単な方法だからな」
「夜通し警護するわけにもいかないからな。宿も変えるぞ」
「・・・・・私の家に泊まるから大丈夫ってわけよ」
「「は?」」
ぬるい飲み物を嚥下したリナがトンデモナイ爆弾を落としていった。思わずアルトと顔を見合わせる。
「なんも聞いてないんだけど?」
「今言ったもの。大変なんでしょ? アルトの屋敷はあっさり侵入されてて入れないし、あとは私の屋敷しかないってわけよ」
「なにがそれしかないって? 俺たちの話聞いてた? 宿変えれば済む話だって。俺はリナが心配だよ」
こんなガードの緩さでいままでよく無事だったなとほとほと感心する。
「そうそう親から心配されてるってわけよ。年頃なのに誰も家に連れてこないって」
「それは絶対違う意味だ!」
ピュアすぎた。
子供の作り方とか聞いたらこっちが火傷するレベルの純粋さだ。
「うちは貴族出身だし、そう簡単に侵入できるわけないってわけよ」
なんか着々と逃げ場が塞がれている気がする。
(リナがこれだから親も諦めてるんだろうなぁ。だから家に連れてこないとか愚痴っているわけだし。ここでついて行ったら最悪、旅ができないなんてことになりかねない)
もう飯は任せろと言ったアルトがいるのだから、その責任を取ってもらうべく、さらに言うなら変な責任を取らされないように俺は出口へ駆けだそうとした――その刹那。
がっしりとリナに腕を掴まれた。
「あ」
「そんなに気にすることはないってわけよ! 部屋もいっぱいあるし、騎士系の貴族だから夜盗も絶対ないから安心!」
満面の笑みを見たときに確信した。どうやら逃がしてもらえないようだった。
アルトは早々に席を離れて会計を済ませていた。
「じゃあ行くってわけよ!」
神域の騎士の力を使われてしまうと、もう抵抗できなかった。ズルズルと引きずられていって、扉を出ると、目の前には騎士たちがいた。
神域の騎士というわけではなく、普通の騎士という感じで、完全に鎧で表情も体格も隠しきっている。それが七人。戦闘の一人だけがフルフェイスのヘルムを脱ぎ去り、年季の入った白い髪を掻き上げていた。
「お、騎士団長!」
「お久しぶりです、リナ様」
柔らかく微笑み、会釈を交わす。リナの方は完全に様式虫で元気よく手を振り上げてあいさつを交わしていた。
「このような場所でお会いするとは思いませんでした。今はその男に用があるのです。連行をお許しくださいませんか?」
そう言った騎士団長と視線が合った。剣呑な雰囲気が漂う。そこでアルトが店から出てきた。
「騎士団が何の用だ?」
団長と呼ばれた初老の男が露骨に舌打ちをした。アルトとリナへの態度が違いすぎる。リナは騎士系の貴族出身と言っていたが、それも関係あるのかもしれない。
「その男の連行命令を受けているのです」
「誰から?」
「お話しする義理はありませんな」
「どこの馬の骨か知らないが、こっちは王命を受けてこの男を魔の山まで護衛することになっている。邪魔をするなら即刻切り捨てるぞ」
「切り捨てるぞー」
能天気にリナが真似をする。初仕事と騒いでいたところを見るに、きっと楽しみで仕方がないのだろう。騎士団長もアルトもそれは理解しているようで、リナをスルーした。
「護衛の最中に昼間から酒場ですか」
「俺は飲まん」
「私は飲んだ!」
「リナ、ちょっと黙ろうか。今いいところだから」
いちいちリナが挟むせいで会話のテンポが悪い。それも日常なのか、騎士団長とアルトは睨み合っている。
「それも怪しいところですな。王命を証明することはできますかな?」
「それはおかしい」
思わず口を挟んだ。
「王命でないことをお前らが証明すべきだろ。こっちの主張をこっちに証明させんなよ。幾らでも偽造し放題になるだろ」
交渉ごとに関して五月蠅い自覚はある。それこそギャンブルとか、交渉ごとが多かったせいだ。少なくとも証明してほしい側が、相手に証明させるなんていう愚行は他で見たことが無かった。
「お前は犯罪者取り締まるときに、犯罪者に罪の立証をさせんのか? そんな無茶できんのはそこのアルトくらいだろ」
斬って証明する。それで相手の犯罪を立証できるのは本当に卑怯だと思う。
「らしいぞ騎士団長。王に聞け。今は我らの命に代えても、この男を渡すわけにはいかない」
「渡さないぞー」
「……わかりました。今は引きましょう」
「どうせイヴルとかいう奴の命令でしょ? それならこっちが従う必要は――」
「いえ、違います」
予想外の否定に目を丸くする風月。
「南の領地、ブレスレン当主、ディオス・ブレスレン様から連行を命ぜられています」
「だれ?」
「イヴルの隣にいた女性のひと」
ボソリとリナに耳打ちすると教えてくれたが、話してない相手の顔を覚えていられるほど記憶力に自信はない。
「そのブレスレンが護衛対象に何の用だ?」
「感謝の意を示したいと」
心当たりが全くない。しかしながら、気になることも確かだった。
「本当に俺?」
「詳しい話は申しておりませんでしたが、間違いないかと」
「お礼なら行こう! 問題は起きないし、団長は仕事できるしいいこと尽くし」
なぜ護衛対象の俺じゃなく、リナが決めてしまったのか。
最も安全な場所が神域の騎士に挟まれているこの場所だと分かっている。だから二人がいいというのなら納得してついて行くつもりだった。リナは行く気満々だし、仕方ないからそのまま納得してついて行くことにした。




