第二章 2 〇仕組まれた会議
それは数日前のこと。
まさか、こんな場所に立たされると思っていなかった。
扇形の机が三つ並び円を作っている。その間に一か所だけ椅子が一つ置かれていた。
並ぶのはぞんざいに紹介された長老院と呼ばれる11人(ヴェイシャズは牢獄の中)。10人いるという神域の騎士二人。そして四大貴族と呼ばれるうちの領地の当主が二人。そして、王族。
その真ん中で手錠に繋がれてこの俺、風月凪沙は座らされていた。クラリシアについてから一日後のことだった。
俺の正面にはクラリシアの王でアルトの幼馴染という深紅の髪の女性が座っていた。
「おい、そこに転がっているお前。今回の議題を話せ」
アルトから開始を告げられ待つこと二時間。一時間で今のメンツはそろっていたというのに遅れておいてこの言い分。
俺よりも一つ二つ幼そうな女の子は豪奢なドレス――を台無しにするように、裾を際どいところまで裂いて、動きやすくしていた。細部に至るまで意匠が散りばめられた深紅のドレスは、ボロボロになっても強気な王女には似合っていた。
とはいうものの、議題が分からなかった。俺はここに連れてこられただけで、何も知らない。予測するのなら、森神と魔の山の一件だ。
とりあえず分からないふりをしてみる。
「黒髪のお前に行っているんだ。時間が押している、早くしろ」
「遅れて来たのはお前だろ」
反射的に口に出していた。周りの全員が一斉に視線を逸らした。きっと、思っていても立場上言えなかったことだ。
「私は忙しいんだから、遅れてくることもあるさ」
「書類仕事押し付ける癖に」
ぼそっと長老院の机の誰かが口にした。
女王が睨み付けると、ひそひそ声はピタリと止んだ。それだけで女王の力の強さと、ある意味でどれだけ慕われているかが見えた。
「それで、議題はなんだっけ?」
「知らん。行き成り連れてこられてこれだ」
「それはお前があんな契約の結び方するから……」
今度は神域の騎士の席から聞こえた。というか、その場所の中心から一つだけ左にずれた席に座るアルトが口にした。相変わらずのポーカーフェイスは鉄仮面のように張り付いていた。
「口を慎めよ。議題は分かっている。その上であえて質問しているんだ」
「………………」
つまり、これから交わされる議題に隠れた意図をくみ取って会議をどれだけ進められるのかの手腕が見られている。
それを察するのは容易だった。
「……アルトが俺に馬車を奪われて、紛失した挙句大破させたこととか」
「ぶっ!?」
盛大にせき込むアルト。
嫌がらせを受けるという文言を俺は忘れていない。
「ほう、それは報告書で読んでないな。折角王族のおさがりを下賜してやったのになぁ。それも数カ月で破壊?」
「そ、それは今日の議題ではありませんので」
「紛失がバレたらいやがら――」
「本日の議題は魔の山についてです!」
散々殺されかけた憂さ晴らしをしていると、遮って話を進めるアルト。
本心ではまだまだ弄り足りない。
「ふん、肝は据わっているようだな。さて、報告書では魔の山の首魁と結んだんだって? 血縛の契りを」
「うんまあそうなんだけどさあ……。何で俺は拘束されてんの?」
「ヴェイシャズの聴取は実は終わっていてな、アイツが言うにはお前は森神を召喚したとか。それがまずかったな」
確かにやった。やらかした。しかし、それで拘束されるのは納得いかない。
「あのクソ野郎は散々やらかしたようだが?」
「全くだ。それに関しては悪いと思っているさ。ヴェイシャズの行動によってドラクルは滅びかけた。吸血鬼は脅威になり得るかどうかは全く分からないし、アイツの独断だったからこっちではどうしようもなかったんだ」
「だからどうしたんだよ。長老院とやらはまともな人材いないんじゃないのか?」
とりあえず悪口をぶつけてみても全く意に介さない。むしろ長老院のほかの面々の方が居心地が悪そうだった。
「今拘束されている理由が知りたいのなら、ヴェイシャズを黙らすために使った方法がまずかったとしか言えないな。今ここに森神よばれようものならどう考えても全滅だ」
「やらねぇよそんなこと」
「なぜそんなことがいえる?」
「なぜって……」
「一国のトップが、他国からどうやって入り込んだかもわからないやからを警戒するのは間違っているのか?」
これには黙らざるを得なかった。
「この場で拘束されずに交渉できるほどの信頼を得たいなら働いてもらうぞ、風月凪沙。お前にはアルトとそうだな……」
王女が見回すと全員が視線を逸らす。その中で二人目の神域の騎士だけが女王をキラキラした目で見つめていた。
「よし、お前だ。リナ」
「はい! リナ・クロム・ソルクワトロいかせていただきます!」
元気で甲高い声だった。薄ピンク色の髪を同色のリボンで結んでいる。女の子らしいと言えばらしい。女王と同じくらい華奢でアルトと同じガントレットを右腕に付けているが、サイズが合っていない。
「初任務頑張るぞおおお!」
年齢も女王と同じくらいで、神域の騎士は全員が初老を過ぎた長老院と比べて若年化が進み過ぎているようにも見える。
「それでだ、風月凪沙。これから細かい部分を詰めたい。お前はこの交渉を成功させるためには何が必要だと思う?」
「金。通行税を商人から巻き上げること。ただし、荷物、人数によって値段は変動させろ。武器の持ち込みも禁止だ。道は一本、馬車が荷台ギリギリ通れる幅にしておく。あとは購入品を森神に決めさせるくらいか?」
「ふむ。どのくらい搾り取るつもりだ?」
「どのくらいの需要があんの? 軍隊を作るくらいには利益出てるなら、人数と荷物に応じて、八日分の食料、寝具、竜の食費。それの八割くらいがいいところじゃないか?」
王女は何も言わずに長老院を見る。
「……………………」
「……………………」
しばらく視線を飛ばしあった後に、長老院の一人が折れた。
「はい、費用計算させてもらいます。えっと、一〇年前の見込みの資料ではエルズ金貨三〇〇万枚ほどの利益が見込まれていました。現在は東側だけが交流の薄いままに活発化している状態です。これがクラリシアに流れ込んだら、今はざっとこの倍は見込めます。荷物の重さや竜、人の食糧は計算しないと具体的な数字が分かりません」
「八割か少し高いな……」
「いいところ五割じゃないか?」
「これだけの金額を払ってまで通りたい承認がいるかどうか……」
勝手に進行していく中で、長老院たちの会話の中で陰が差す。
「……安全を売ればいい。ドラクルの領地から山は直に隣接している。盗賊が入り込む余地がない。そして、山を抜けたらすぐにクラリシアに入れる。ドラクルの領地まで入れば確実で安全で速いルートが開拓されるわけだ。魔獣は武器を持った人間を襲うように伝えておけばいいだろ。払いたくない奴は山賊に襲われるリスクを背負いながら八日かけて移動すればいい」
しんと静まりかえる。
全員が互いの顔を見合わせていた。
商人としての価値観を持ち合わせていないからロクな意見が出てこないんだ。
内心毒づきつつ、この会議の意味を疑問に思い始めていた。
そんな中で口を開いたのは領主の机に座る髪の長い男だった。
「王よ、発言よろしいか?」
「イヴル卿か、許す」
「今回の議題の発端はそもそも森神に何かしらの異常があってそのために戦いを避けたいということから来た。今なら森神を征伐することが可能なのではないか? もしくはその異常事態に乗じれば、征伐が成功する算段はあるかと」
森神が警戒していたことをそのまま口にするイヴル。威厳があり、若い女王を蔑にするような様子もない。
「それに対してはこちらから意見がある」
「アルトか。良いぞ」
「その話は既にしたはずだイヴル卿。森神は相手をする暇がないとは言ったが、恐らく神域の騎士を一ひねりするくらいの実力は十分に持っている。それに、無駄な血は流すべきではない」
「それは騎士の言い分だ。東の地の開拓は我が国の悲願。血を流してでも早急な開拓が必要だ。王よ、勇気あるご決断を」
俺は何となくだが知っている。こうやって終わった話を蒸し返す奴は別の狙いがある。つまり、山から出る利益以上にイヴルの利益になりうることがある。
それを知るためには圧倒的に情報が足りない。
「なあ、アンタのことなんて呼べばいい?」
「無礼な口調は今の待遇からくるものとしてペナルティは勘弁してやろう。私の名前はオルガノン・クラリシア・ブレイズ。王として国の名前と共に君臨し、ブレイズ王家の系譜の者だ。好きに呼ぶといい」
「ならオルガノン。イヴルってどこの領地の当主?」
「なんだと、この私を――」
「アルトの話通り、本当に物を知らん奴だな。この私をファーストネームで呼ぶとは……」
バッサリとオルガノンが話しを遮った。
そっちなのか。てっきりイヴルがどこの領主か知らないことを指摘されているのかと思った。
「むしろオルガと呼べ」
「ああ、そう。で、オルガ。イヴルはどこの領主だって? それで何が特色なんだ?」
長老院や領主貴族の顔が青くなる。無礼を働いている自覚はある。
「ドワーフが多く住んでいる地域だ。そして武器や防具などの生産を一手に担っている」
「…………」
「気に入らない情報だったか?」
そんなことなかった。むしろ必要な情報は全て入っていたようなものだ。だからこそ、このオルガは全て知っている。あえて伏せていて、与えることも惜しまない。
オルガは俺を試している。
「魔の山の迂回ルートは北側に面してたな。つまり、北側が得ていた利益が東側に流れるな。それに、武器や鎧も売れる。もし征伐失敗したら利益は現状維持。成功しても東側に恩を売れる。イヴルが欲しいのは国益じゃなく領地の利益だな」
「うむ、それだけ考えられるならいい。東の貴族、ドラクル卿はお前に交渉の全権を負かせると言っていた。あとは魔の山の首魁との話し合いに向え」
もう用はない、そう言いたげに席を立ちあがる。そこへイヴルが喰ってかかった。
「王! そんな他国からの侵入者にこの事業を任せるというのですか!?」
「お前がヴェイシャズと賄賂でつながりがあったことを気づいていないとでも?」
「で、ですが……」
「今は東の大領主の全権を担っている。つまり、貴様と風月は同じ権限を持っているという事を忘れるな。それでも連座したいというのならそう言え。私が手ずから貴様ら一族の首を叩き落として、その血を絶えさせてやる」
イヴルは舌打ちをすると黙って俺を睨み付けてきた。かわりに最高に馬鹿にした笑顔をイヴルへと向けた。
「さて」
オルガは一言で区切ると、アルトとリナを見る。
「王命である! 神域の騎士第三席、アルト・ウルベルク・ベイルサード」
「はっ」
膝を着き、頭を垂れるアルト。その動きに一切の無駄がなかった。
「同じく第四席、リナ・クロム・ソルクワトロ」
「はい!」
甲高い元気な声だが、桜色の髪とリボンを揺らし、アルトと同じ体制をとる。
「風月凪沙を護衛せよ。王の名において、命に代えても守り通せ!」
「「はっ」」




