第二章 1 〇プロローグ
俺が這い蹲るのは広場の断頭台の上。右腕は折れて、指先の触覚も含めて痛み以上の感覚が無かった。
鼻血が固まらず、息もできない。喉にこびりつく鉄臭い液体を無理やり嚥下して気道を確保すると、異様な喉の渇き覚えた。唾液も出ないほど、水分が不足している。
ぼやける視界にうつるのは、数多の民衆。そして、神域の騎士、第四席に座す同い年くらいの女の子、リナ。桜色の髪を同じ色のリボンで束ねた、明るい印象の子だ。
そんなリナが身長よりも長く、幾多の血を吸ってもなお切れ味を落とさぬよう丹念に磨かれたハルベルトを俺の首に添えていた。あまりの重量に手を離すだけで俺の頭と体はおさらばしそうなほどだ。
日差しが容赦なく照りつけて、ヒビ割れた唇が切れた。水が欲しかった。今にも眠りにつきたい。
こそんな気持ちすら、リナの一撃は全てを両断する。
「何か言い残すことはある?」
これから人を殺す様な覚悟があるとは思えないほど無邪気で、女の子特有の甲高い声が民衆の喧騒を押しのけて耳に届いた。
「俺は死なない」
「そっか」
悲しそうに視線を伏せて、俺の言葉を否定も肯定もしなかった。
「それと」
ハルベルトを振り上げようとするリナに矢継ぎ早に言葉を紡いで、動きを止める。
「〝旅〟は、終わらない」
再び喉の奥に溜まった血塊を吐き出してから笑ってやった。すると、そこそこ知った仲のリナも笑った。柔らかく、それでいてやっぱり悲しそうだった。
「しっかりと覚悟があるのね。大丈夫、初めてだけどうまくやるわ! 絶対にいたくはさせない、だって私は神域の騎士だもの」
元気いっぱいに、満面の笑みでそう答えたリナは、ハルベルトを大きく振りあげた。
それが振り下ろされるまでにそう時間はかからない。
「じゃあね、風月」
返事はしない。
チラリと見もしなかった。
怖いわけじゃなく、これ以上、表情の裏にある悲しい感情は見るに堪えないと思ったから。
逸らした視界にはかわいくない方向へ折れた右腕。その手の甲には新たな血縛の契りが刻まれていた。
これを追えるまで俺の旅は終わらない。
終わらせてたまるか。
そんな感情とは裏腹に、無慈悲にも風を斬る音と共に振り降ろされるハルベルト。轟! と空気を引き裂くほどの音が耳に届いた。そして――俺は聞いたのだ。
邪竜の咆哮を。




