第一章 38 △エピローグ2
私は頬に走る鈍い痛みで体が楽になったように感じた。まだこんなにも私のことを思ってくれている存在がいたことに安堵していた。そんな自分を嫌悪した。醜く、弱い。どうしようもなくなって、泣くことしかできない自分が嫌いだった。にもかかわらず、そんな自分を受け入れようとしている自分自身が許せなかった。
何もかも認めたくない。
どこまでも卑屈な根性をその手で叩き直してもらいたかった。
だけど、その拳が振り下ろされることはなかった。
気付けば、妹であるティアが私を庇うように抱きついていた。風月が掴んでいた胸倉はスルリと離れ、私はティアに地面に押し倒されていた。
その刹那。私は見てしまう。風月という男の微笑んだ顔を。この風月はこうなることが分かっていた。だから、悪役を演じて見せた。そう周りは感じなくとも、難しい話が分からないティアには悪い人に見えただろう。
「お姉ちゃんを傷つける凪紗なんか、大っ嫌い‼」
…………あ。
私はその一言で本当の意味で救われると同時に、救われない風月の表情を見てしまう。
悲しそうに笑う風月の顔を。
一緒に旅をして、救いに来て、嫌われてしまう。なんて、悲しいのだろう。なんて、辛いのだろう。
(ああ、あああ……)
涙が止まらない。この部屋を水没させてしまうんじゃないかと思うほどに涙が溢れて止まらない。
私という存在を一番思ってくれていたのは風月ではない。
そのことを不器用に、それでいて必死に伝えようとしていたのだ。
――私を、一番思い続けてくれていたのはティア、だった……。家族、だった。
救うだけ救って悪役のように消えていくつもりなのだろう。ありがとう、なんて言わせてもくれないのだろう。
それ以上に、私自身が今お礼を言うことを赦さなかった。
今はただ、妹を抱きしめてお互いの無事を喜ぶことしかできなかった。
「ごめん、なさい……。ごめん、ね」
泣きながらティアに顔を埋めてより強く抱きしめる。
そして、ずっと言いたかったことを口にする。言い逃してしまわないように。
「――ありがとう」
この手を放してやるものか。この娘は私の家族だから。
そういうようにずっと抱きしめあったまま私たちは泣き続けた。




